ALMOND GWALIOR −196
落下してくる機動装甲に為す術はなく、誰もが見つめるしかできない。
幸いなのは帝星に住む人々は《それ》を知らなかったこと。二体は帝星の大宮殿に落下してきたので市街地からは遠く、普通の人間には姿を捕らえることはできなかった。
”もしも”その姿が人々の目に触れていたらどうなったか?
人々は驚きながらも受け入れたであろう。恐怖よりも先に受け入れてしまったことだろう。
二体のうちの一体が真紅である以上、そして帝星が皇帝の住む場所である以上、現れない筈がないのだ。
人々はその真紅を受け入れ、もう一機に期待をかける。
話合いも懐柔も恫喝も買収も効かない狂った一族を、戦って退けてくれ……と。
垂直に落下してきた二体は地上ニメートルの所で、剣を合わせたまま左側にスライドし帝星への衝突は避けた。
同時に周囲に残っている建物の残骸を剣で薙ぎ、体当たりで破壊してゆく。
厚さ十メートルの壁も、残っていた飾りの宝石も、再生した木々も草花も弾き飛ばして、両者叫び声を上げて叩き合いを続けていた。
高性能な機体に、遠距離から狙い撃つことの出来る武器を持ち、異星人を倒すために進化した兵器に搭乗しながら、
「うおああ!」
「があああっ!」
唸りながら殴り合う。
肩の装甲が弾けて割れていた大きな硝子を砕き、蹴られた機体が棟を丸ごと押し潰してまた起き上がる。
戦争巧者と実力者が洗練もなにもない、ただ拳と蹴りで殴るだけの泥のような壊し合いを続ける。
二体はまるで正気を失っているかのようだが、その実はなにも失われてはいない。
二体から遠く離れた場所にあたる、巴旦杏の塔の中でディブレシアは「巴旦杏の塔専用」の衛星で一人を追っていた。
ディブレシアが見ているのはデウデシオン。
「修復した箇所をかわしておるのか」
そしてディブレシアが言う通り、デウデシオン「と」ザセリアバは、帝星で戦るという狂気の沙汰にしか見えない行為をしながら冷静だった。
二人は廃墟でしか戦わない。それも市街地には被害が及ばぬように、出来る限り大宮殿の中心で。
「内部安定用の動力を全て外部攻撃に回したか。それを続ければ、いくらお前の身体であっても破損は免れぬぞデウデシオン」
内部の安全を保つためには、ある程度の動力が必要なのだが、デウデシオンはそれらを全て腕の方に回し殴りかかる。
拾うことの出来る、殴られた際に漏れる呻き声を聞き、バラーザダル液から推測できる負傷にディブレシアは微笑む。
しばらくして歯軋りにも近い悲鳴を押し殺す音と、硬い肉が裂ける音が聞こえた。
ディブレシアには聞き慣れた音
バラーザダル液の成分からデウデシオンは腹を損傷し、内臓が飛び出していることがはっきりと解り、ディブレシアは恍惚となる。
「良い子だ、デウデシオン」
左にスライドしながら壊せるだけ壊し、黄金に輝く夕べの園とその向こう側にある巴旦杏の塔が彼らの視界に入ったところで、二人は再度上昇し宇宙と帝星の間で”殴り合い”を再開した。
**********
デウデシオンの機体から届く数値に、
「そんなに持たない……」
バロシアンは頭を振る。
そして地上にいる殺される側となった皇王族は数値を見て、
「上手くしたら帝国宰相は死ぬやも……そうしたら、勝ち目がある」
希望を持つ。
**********
戦いの終わりは壮絶かもしれないが、殴り合いの終わりは呆気ないものだった。
右腕を前方に上げたザセリアバの懐にデウデシオンが体当たりをして体勢を崩したところで、胸元に当たる部分を抉るように左手で掴み、もっとも殴りやすい間合いで拳を振り下ろした。
ザセリアバは反応し、自らが搭乗している頭部を庇ったものの、その際に腕に受けたダメージが引き金となり機体が全停止した。
「……」
「もう動かんようだな。騎士は無傷に近くとも、機体が壊れてしまっては意味がないな」
二人は帝星を周回したまま、一人は動きを止め、もう一人は動きが止まった。
「そのようだ。この状態で生身で貴様と遣り合えば勝てるのだが」
戦い続けていれば勝てる騎士としては勝てる状態だったが、機体が先に根を上げた。
「お前が生身で襲いかかってくるのは自由だが、私がそれに応えてやる必要はない」
デウデシオンは盾にも見える剣の裏側、腕に面している部分から銃を引き抜き銃口をザセリアバの操縦席に向け、
「リスカートーフォン、これからも陛下によく仕えよ。同じ陛下の臣としてこの帝国宰相も、それを希望する。私に希望に応えてくれるな? リスカートーフォン。さて私は陛下に連絡をしなくてはならないのだが、邪魔はせんよなリスカートーフォン」
”終了宣言”を行った。
足元でながれて行くような大地を見ながら、
「……陛下も貴殿と話しをしたいであろうよ、帝国宰相。ああ、このリスカートーフォン、いつだって陛下の僕だ。忠実とは言い難いがな」
ザセリアバは終了宣言を受け取った。
”忠実と言い難い”という部分に少しばかり自らの血とともにその言葉を噛み締め、
「バロシアン」
「はい」
「私の内部映像を補整し、陛下に繋ぐように」
シュスタークと対面することにした。
「補整?」
「バラーザダル液の色を基本の物にしろ。顔が酷い有様なのは仕方ないが、画面に血の混ざった液体など使えるか」
「わかりました……閣下、ご無事でなによりです……」
「ああ」
デウデシオンはバロシアンの泣きそうで喜んでいる表情に”なぜか照れ”下を向き、自分の腹が裂けていることにやっと気付いた。
「……」
「おい、デウデシオン」
どうしたものかと、掴んで腹に押し込んでいると、
「なんだ? ザセリアバ」
本当につい今しがたまで戦っていたザセリアバが、妙に陽気な声で話しかけてきた。
「我が負けたのは、機体が試作品だったからでも、運がなかったからでもない。我がお前よりも弱かっただけのこと。それだけは覚えておけ。我等は勝利した相手に”たまたま運が良かっただけだ。実力は互角だった”と言われるのが何よりも嫌いだ」
「安心しろ。そんな事は露も思っていない。私は貴様より強い」
**********
「陛下。ハーダベイ公爵より通信が」
「バロシアンから通信? 何事だ」
「帝国宰相の……」
「デウデシオン! 無事か! 無事なのか? デウデシオンは」
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『デウデシオン』
「陛下。ご無事でなによりで御座います。陛下が僭主に襲撃されたと《リスカートーフォン》に《いま》聞かされました。陛下の危機を事前に察知することできず、また危機に駆けつけることもできず、この帝国宰相、弁明の余地もありません」
画像処理により、バラーザダル液を普通に見せかけてデウデシオンはシュスタークと久しぶりの対面をした。
実際は一週間程度なのだが、シュスタークが即位してから二十二年間、直接間接を含めて毎日会話をしていた者同士にとっては、一週間は本当に「久しぶり」だった。
「よく言う」
「白々しい」
もちろんデウデシオンとシュスタークの会話は周囲にも聞くことができるし、王であればシュスターク側の映像を映し見ることもできる。
デウデシオンの無事を喜んでいたシュスタークの表情が強ばり、
『デウデシオン、その右目は? 右目はどうした?』
椅子から立ち上がり、思わず指さす。
「転がって機器の隙間に挟まってしまいました」
指摘されて初めて”また”眼球が転がり出てしまったことにデウデシオンは気付いた。映像を不必要に脳に送り込んでこないので、外れていたことが解らなかったのだ。
『目が外れる程の戦闘か。大丈夫なのか?』
「ご心配ありがとうございます。ですが陛下、私の右目は……過去に負った怪我で外れやすいのです。癖のようなものです。それと大規模戦闘などありませんでした」
『機動装甲に乗っておるようだが、機動装甲が攻めてきたのではないのか?』
「いいえ。《一機たりとも攻めてきておりません》帝星に到着したのは《僭主を狩るためにやって来たリスカートーフォン公爵の機体》のみで《よく戦ってくださいました》リスカートーフォン公爵のお陰で私は機動装甲で《僭主と戦う必要はありませんでした》。私はただ念のために機動装甲で待機していただけのこと。陛下がリスカートーフォン公爵に許可を出したことを知らなかったので危うく戦いかけてしまいました。陛下からの命を受けたリスカートーフォン公爵に対して攻撃をしかけたこと、謝罪いたします」
デウデシオンは嘘は一言も言っていない。
「上手くまとめやがったな」
だが真実も言っていない。
『攻撃したことは良い。あとで余がザセリアバに言っておく。それと勝手なことをして、悪かった。早くに僭主を排除しようとザセリアバに機動装甲で帝星に近付くことを命じてしまって。結果としてデウデシオンに怪我を』
「勝手などと。全ては陛下の物、ご自由になさって当たり前のことです」
『あのな……デウデシオン…………帰還したら色々と話したいことがある』
「はい。私も楽しみですが、少々お時間をいただきたい」
『時間? とはなんだ? デウデシオン』
「陛下とアルカルターヴァ軍の到着を四日ほど遅らせてください」
『なぜだ?』
「まだ帝星には《僭主》がおります。それらを全て刈り終えて、安全を確保するまであと四日必要です」
残り四日でデウデシオンは残りの皇王族を殺害し、僭主を新たなる皇王族に仕立て上げ、シュスタークの凱旋式典の用意を整える。
『……解った。無理はするなよ、デウデシオン』
それが帝国宰相デウデシオンの仕事。
「はい」
『それでは帝星で再会すること、ロガ共々楽しみにしているぞ、デウデシオン』
「はい」
通信が切れたと同時に、デウデシオンは意識が後ろ側に引っ張られるような感覚に襲われ、そのまま意識を失った。
「……」
普通であれば騎士が意識を失っても機体は安定を保つのだが、デウデシオンは内部の安全用も外部の安定用の動力も全て戦闘の際に腕に回し、それを元に戻していなかった。
それと機体の破損が追い打ちをかけて、完全にバランスを失い重力に捕らえられて、まさにデウデシオンが感じた「感覚」と同じように機体は帝星に落下していった。
落下してゆくデウデシオンの機体をザセリアバが眺めていると、
「ザセリアバ」
「なんだ? ランクレイマセルシュ」
画面に”隣に不吉というかアシュ=アリラシュ”が映り込んだランクレイマセルシュが声をかけてきた。
「このまま落下して激突したら帝国宰相は死ぬか?」
「嬉しそうだな、お前。だけどよ、死ぬわけねえだろ。お前でもでもあるまいし、ランクレイマセルシュ」
「それは残念だ」
「まあな」
動かぬ機体と小型移動艇では何をすることもできない。それは地上でもほぼ同じ事。出来ることはただ一つだけ。周囲に及ぶだろう被害の予測。
「落下予測ポイントは?」
落下してくるデウデシオンの機体を画面で確認し、メーバリベユ侯爵が部下に尋ねる。
「かつて帝国軍の壮行式が行われていた大広間です」
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割れた天井から差し込む光は眩しかった
青い空だけが広がる
数十万本のパイプと水で奏でていた巨大なオルガン
まばゆく生気に満ちあふれた陽光に照らされている、破壊されたオルガン
音を奏でるために必要だった水は大地を潤し
割れた天井から舞い降りた種に命を与えた
溢れる水。奏でられなくなって久しいオルガン
朽ちゆく壁。そして既に朽ちた床
ダーク=ダーマが建てた出陣式典用ドーム
ベロフォッツを、ファリンを、セトディセロアを、ジオを見送った音はもうない
―― 愛しているとは伝えなくていいのだね ――
「君はやっと伝えられるのかな? クレメッシェルファイラ。それとも伝えないのかな? クレメッシェルファイラ。どちらでも良いけど、彼は連れて行かないでくれよ……もう連れては行けないだろうけどね」
―― 六日前だったらどうだったか解らないけど
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