ALMOND GWALIOR −195
ザセリアバにはロヴィニアらしいところが幾つかある。その一つは「戦う為に効率化を図る」こと。
その性格を知っているエーダリロクは「ザセリアバが陥るであろう考え方」を利用して、バリアに必要な動力を得た。
「衛星の大きさと、あのバリアの大きさ……機動装甲……」
残量を計算させ直すが、画面に浮かぶ数値は同じ。
エルティルザは角度を計算し、地表に当たらないように銃口を動かしてトリガーに指をかける。
―― その瞬間になったら、膠着状態になる。お前は動くな、解るな? ……ま、直ぐに気付かれるだろうが、お前の任務は時間稼ぎだ。最大限に利用しろ ――
エーダリロクから言われた言葉を思い出しつつ、視線をザセリアバの機体から離さない。
「……背後に帝星があるから撃たんのか? それとも……」
あることに思い当たり、ザセリアバは帝星を背負うことを止めて、奴隷衛星を検索し続けるようにセットし、エルティルザに対して攻撃を再開した。
「我の考えが間違っていなければ」
『時間稼ぎになったかなあ……』
エルティルザは丁度いま足元に見える奴隷衛星に向けて呟き、迎撃態勢に入った。その引き金を引けば《からくり》はザセリアバの知る所になる。
自らの銃から直進型のエネルギーが放たれたのを手元の画面で見て、そして近くの通常であれば《味方》である筈の機動装甲の内部音を拾うようにセットし、再度ザセリアバに狙いを定めて撃った。
「まさかカートリッジを人力で装填しているとはなあ」
銃のエネルギーカートリッジが充電器から装填機に人の手でセットされているとは考えもしなかった。
この充電器から装填機まで移動させるために使う動力を「人力」にし、その分をバリアに回したのだ。僅かのようにも思えるが、この僅かな余剰分で小さな奴隷衛星を《もしも僭主艦の主砲攻撃を喰らっても》耐えられる程のバリアを張ることに成功した。
『エルティルザ、気付かれたのかな?』
「気付かれた。でもバリアがある限り大丈夫だから」
『安心してます。だからエルティルザも、もっと此方を気にせずに撃ってください。私は貴方の戦いを完全にサポートできますから』
「……うん」
『では通信を切ってください。貴方は集中して戦ってください』
「解った」
エルティルザからの連絡を受け取り答えていたバルミンセルフィドの身体は左肩から左腰骨にかけて喪失していた。
「私の状態が気付かれても困りますが」
750sある円筒のカートリッジを充電器から外し、装填する。通常は機械が流れ作業で行っているところを人が行う。
「装填機、三分以内で直りますか?」
また装填機も通常であれば数機用意し、一つが壊れた別の機を稼働させるのだが、ここにはその余裕もなかった。
「無理です」
装填機でもっとも壊れやすい場所はカードリッジを安定させる”ピン”
これが強度を重視すると面同士が触れ合うことを阻害し銃器が使えなくなり、壊れないように柔軟さを重視するとカートリッジが動かずやはり充填面が触れない。程良い強度と柔軟性を持った素材で作ると、ある程度で壊れる。その《ある程度》の範囲内で戦いが終われば良いが、そうでなければ裏方にあたる場所は戦場さながらの状態となる。
「仕方ありま……」
エルティルザとザセリアバが睨み合いになる寸前に充填機の安定用のピンが壊れ、エルティルザはシリンダーを一人で抑えていた。
その大きさから縁を持っているだけでは支えられない。スムーズにシリンダーを動かすためには《巻き込まれる》ことを覚悟しなくてはならない。
―― ここで終わってくれたら……
バルミンセルフィドは心より願ったが、その願いは届くこともなく砲撃が再開する。充填機の面に引き寄せられるカートリッジ。抱えている腕を放して逃げたいと思えど、ここでエネルギーが切れたらエルティルザは戦うことができなくなる。
―― 父上と同じだから大丈夫。直ぐに直るから、直ぐに直るから……痛いのだって直ぐに収まるよ!
自分に言い聞かせて面と面がしっかりと触れるまで、己の腕が押し潰されるまで耐え。回転して巻き込まれかかったところで自分の身体を引き抜いた。
「……」
叫び声を上げる余力もないほどの身体の喪失。
父であるタバイが「私は平気だが……平気ではない者のほうが多い」と言った意味を理解した。
身体を治すことが、治ることが恐くなったのだ。
戦いの状況とエルティルザが搭乗している機体の性質から、再度カートリッジを充填する必要がある。それも休みなく。
充填機を直すための技師はいても、余裕はない。シリンダーを一人で装填できるのも、身体が瞬時に回復するのもバルミンセルフィドだけ。
身体を潰される恐怖、そして痛みと、終わりの見えない戦い。
”治らなければもう動かなくていい”その感情が身体を支配する。
「弱いにも程があります……」
回復してゆく身体を見ながら、自分の弱さに苦笑し、カートリッジの残量を確認して、充電器へと向かう。
他の者たちは運ぶことは補助器具で何とか出来ても、最後の押さえは出来ない。
「バルミンセルフィド卿。エルティルザ卿に一分間に撃つ回数を減らしてもらうように……」
「そんな指示は出せません。出す必要もありませんよ。ここにはピンの代わりになる私がいます。私の回復力が尽きるまでの戦いにはならないでしょうから。痛みに叫ぶ事はありますが、そこは目を瞑ってください。この場合は耳を閉じて下さいと言うべきでしょうかね」
「ですが」
「私はもともとこの為にいるのですよ。だから……」
―― 最終局面になったら、その回復力が物を言う。ああ、シリンダーに押し潰されてくれ。お前を配置するのは、その為だ。嫌だろうな、痛いだろうよ。でもな、一度思いっきり《破損》を体験しておいても損はない。それで生き方を変えることもできる。軍人になったら、お前はその能力で配置される。そうだ、その能力で作戦が立てられる。軍人になったら「嫌だ」って言っても通じない。これが最後のチャンスだ。これで駄目なら軍人は止めておけ ――
エーダリロクの言葉を思いだし、
「だから……余計なことは考える必要は無い。任務に戻れ」
回復した腕を高く掲げる。
「私は軍人になりますよ。セゼナード公爵殿下」
*********
「デウデシオン、デウデシオン」
―― 誰だ?
「デウデシオン」
―― 心地良い声が聞こえてくる。クレメッシェルファイラか?
「そうよデウデシオン」
―― なにも見えないのに、彼女が微笑んだと……なぜ私はそう認識したのだ?
「デウデシオン、デウデシオン」
―― 彼女のはずがない。私は彼女の声を知らないのだか……頭に入ってくる映像はなんだ? 見た事のない機動装甲が二体……私はいま何処にいる?
「デウデシオン、目を覚まして。デウデシオン」
―― ……
「本当は目を覚まさないでいて欲しい。私の声が届かなくなってしまうから、話ができないから。でも目を覚まさなければいけない。あなたと私はもうすぐ……」
*********
デウデシオンが目を開くと、まずはバラーザダル液内を漂っている自分の眼球があった。眼球を掴み、抜け落ちた眼窩に押し込みながら《その眼球》が拾い自分の脳に届けていた周囲の状況を呼び起こし整理する。
「繋がっているのはエルティルザらしいな。そしてあの赤いのは……ザセリアバの新型機か」
機体の状況を確認し、一度目を閉じて血が混ざったバラーザダル液を深呼吸するように吸い込んだ。
『ザセリアバ、後ろ!』
撃ち合いに始終していたザセリアバに届いたアシュレートの声。
振り上げられた盾をかわすが、ザセリアバの機体は左腕に大きなダメージを食らった。
「デウデシオン」
ザセリアバも忘れていたわけではないが、
「待たせたな、ザセリアバ。エルティルザ、ロヴィニア艦隊を援護しろ」
想像よりも動きが速かった。
「死に損ないが」
外側から解る数値では、デウデシオンは最早満足に戦えない。
「彼女と別れるその時が来た」
「……」
「私に届く祈りの歌は、貴様には届かぬ”声”だ。最初で最後だ、彼女を送る為に」
だがデウデシオンはそれらを全て意味無き数にして、ザセリアバの機体に殴りかかる。
登録されていない機体ゆえに、機体の性能も特性もわからないが「それがどうした?」と、デウデシオンは盾に似た兵器で、普段ならば銃を安定させるための腕で、バランスを取るための脚で。
黒に輝きが点在する、冷たい空間に似つかわしくない、地上に人々がいた頃となんら変わらない殴り合い。駆け引きでも戦術でもなく、ただ一つ。
「勝たなくてはならないのだ」
口調は知られている「帝国宰相」とは思えぬ穏やかさで、機動装甲では考えられないただ殴る蹴るを繰り返す。
ザセリアバは銃を捨て剣をたたき込み、そのまま地上へと押す。
二機の破壊兵器は、速度を上げて地上へと落下してゆく。
剣を交えたまま落下してくる機動装甲に、
「落下予測ポイントは」
メーバリベユ侯爵はポイントを聞き、それが大宮殿内の中心部に近いことを聞き、
「記録を優先しなさい。あれを防ぐなど不可能です」
《次回》に備え周辺被害の情報収集を命じた。
たとえ防御衛星が働いていたとしても、機動装甲が攻め込んできたら何の役にも立たない。むしろ機能を切っていたお陰で迎撃されずに済んだくらいだ。
「記録かあ。いつか帝星に機動装甲が攻め込む時代が来るんだろうなあ。実際もう来たわけだけど」
「今回は撃退できますから、それ程問題にはなりませんけれども……いつか、攻め込まれてそのままになる時代がくるのでしょうね。私が生きている間は、絶対に防いでみせますが」
「さすがだね……なんだろう? あれ」
「なにがですか?」
エダ公爵が画面のデウデシオンの機体を指さす。
「君見えないのかい? 帝国宰相の機体。右肩のあたりに……」
「エダ公爵は幽霊が見える方なのですか?」
計測している部下たちを見回すと、全員が不思議そうな顔をしていた。
「そうみたいだね。そっか、メーバリベユ侯爵。君は初めて王家と縁付いたから、帝国騎士の原則からは外れてるんだもんね」
「そうですね。私は見えもせず、そして帝国騎士にもなれません。ところで帝国宰相の右肩に何がいるのですか?」
ロターヌやエターナのごとき白い十二枚の翼を持ち、藍色の美しい瞳。宇宙の黒に溶けてしまいそうな長い髪。
口元は微笑み動きはしないのだが「歌っている」
「……教えてあげないよ。というより、説明し辛い。別れの歌を紡いでいるように……僕には見える」
「美しいのですか?」
「うん、綺麗だ。それはとても美しいよ。幸せそうだ……なんでだろうね」
―― デウデシオン、さようなら。デウデシオン ――
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