ALMOND GWALIOR −193
 エルティルザが試作機でザセリアバと対峙し、殺意を浴びた奴隷と家畜が恐怖に怯えている。その挾間とも言うべき防衛拠点で、
「……」
「大丈夫ですか! バルミンセルフィド」
 ハイネルズ以外の者たちは、膝を折り肌を粟立させて逃れられない殺意に耐えていた。耐えたところで、事態が好転することはないのだが、それ以上のことが出来ない状況。
 耐えきれなくなったら発狂するしか道は残っていない程の殺意。
「水とか飲みますか?」
 その中でハイネルズだけが浮いていた。
 バルミンセルフィドを気遣い、エルティルザに通信を入れて、
「エルティルザ! 早く動かないと危険ですよ」
 励まして、機動装甲の動力用エネルギーのカートリッジの残量を確認したりと”生き生き”している。
「まずいですね」
 バラーザダル液に紛れて目視では簡単に判別できないが、目を見開き口を開いている”泣いている”エルティルザの様子にハイネルズは手首と足首を動かし始めた。
 運動をする前に行う軽い準備体操。
 それを鼻歌を歌いながら行い、
「バルミンセルフィド、あとは頼みましたよ」
「どこ……いくの?」
「奴隷惑星は宇宙空間までの距離が短いので、簡単に重力から脱出できます☆」
「ハイネルズ! まって」
「カートリッジの手作業での充填お願いしますよ」
 手足を大きく動かして動力室からハイネルズは立ち去る。施設内は生命維持に関わる部分以外は全ての動力が切られているので、重い扉などは自力で開かなくてはならないのだが、それを苦もなく開かせる。
 重いといっても人間にとってという但し書きが付くので、ハイネルズの能力では然程の問題ではない。特に今は気分が高揚しているので、重さなど微塵も感じない。
「殺意は人を恐怖させ、リスカートーフォンを呼び寄せる」
 殺意が降り注ぐ空を見上げる。
 青い空、薄い生命維持用の膜の向こう側にいる彼らの王。

―― そう言われるとな。ともかく死ぬなよ。お前はエルティルザのような帝国騎士としての能力もなければ、バルミンセルフィドのような半異形ともいえる超回復能力も持っていない。お前が持っているのは、愚かで曖昧な力と人を殺す時に躊躇わない思考だけ。自らの弱さを自覚して任務を遂行せよ。いいな、ハイネルズ ――

 ハイネルズは空を見上げ意識を集中させる、母親であるハネストに”愚かで曖昧”と言われた力を持って、奴隷衛星の重力支配から抜けて飛び上がった。

 ザセリアバは動けなくなっているエルティルザに銃口を向けて、撃とうとした。躊躇うことなく、遊ぶようなこともせず、自らの力を誇示するわけでもなく、殺すタイミングを逸することなく射殺する『予定』であった。
「シダの息子、死……なんだ?」
 引き金を引こうとした時、背後から小さな物体が”飛んでくる”と警告がだされた。大きさに反比例する警告の大きさ。危険は大きさには関係ない、そして内在する力も。
 警告された存在、エルティルザの試作機の背後から現れた人間・ハイネルズ。
 エルティルザに向けられているエネルギーが見て取れるその銃に向かって、誰にも聞こえないながら、ハイネルズは気合いを入れるために叫んだ。

「きょしんへい! なぎはらりるれろぅ☆」

 スライディングをするような体勢で、銃の上方を滑るように抜け機体に”蹴り”を入れる。
「アシュ=アリラ……じゃなくて、ハイネルズ!」
 機体にしがみつき、右手を挙げてピースサインを作り、ザセリアバに笑顔で宣言。
「ハイネルズ☆ハイヴィアズです。聞こえないでしょうけれども」
 そして四足で機体のあちらこちらに向かいだした。
 四足の帝王でザロナティオンと同じ筈なのだが、全く同じに見えない。悲壮さなどがなく、楽しそうにしか見えない。実際にかけずり回っているハイネルズは楽しくてしかたなく、それが周囲にも伝わっているのだ。
 ただ周囲が砲火を交えていなければ、その楽しさも享受できたであろうが
「ハイネルズ……」
 デウデシオンの意識回復を外部操作で行っていたバロシアンや、
「ハイネルズ」
 防空を担当しているセルトニアードの手が止まり、
「……あ、あそうだ。モニター画像処理パターン055」
 ギースタルビアもハイネルズの行動に呆気に取られていたが、この状況を一般に見せてはならないと、インヴァニエンス戦と同じように画像処理を命じる。
 このような《生身》で宇宙空間で戦闘している姿は、処理されることになっている。
「そ、そうだ! 本艦副砲テオフィラ機頭部に照準を合わせろ! 早くしろ!」
 セルトニアードはまだ立ち直っていないが、ハイネルズを守る指示を出した。
「また細かいのが……ちっ! 出るに出られん!」
 ザセリアバは操縦席で舌打ちをして副砲台に毒づく。
「ランクレイマセルシュ! あれを撃ち落とせ。出られん」
 インヴァニエンスと戦っている時は、全ての艦隊が固唾を飲んで見守る状況だったが、ハイネルズ戦となると事情が異なる。
 ザセリアバには援護してくれる艦隊は存在しない。
『ミサイルはないな。艦隊を貸すか?』
「馬鹿野郎。手前のところの艦隊防戦一方でこちら側に割く余裕なんてねえだろ。ろくな艦隊指揮官いねえなあ」
『否定はせんよ。だからこそ”あいつら”が欲しいのだ。馬鹿弟は最前線に行くわ、帝国軍の頭脳だわで指揮を執ることは稀だからな』
「……っ!」
 ランクレイマセルシュの”自分の窮地を楽しんでいる表情”にザセリアバは歯軋りする。
 その間もハイネルズは四足で頭部を目指して進んでいた。

―― 飛んで来たのはいいんですけど、具体的にどうしましょう☆

 ハネストに超能力を使うなといわれた理由。それはハイネルズの超能力が「使うと逆に窮地に陥る」ためであった。
 先程のインヴァニエンスとザセリアバの戦いは両者「立って」いた。だがハイネルズは這い回る。二足歩行では体を固定できないほどハイネルズの超能力が弱いためだ。
 重力圏を抜けるのことよりも、無重力下で自在に動き回るほうが高度な力を要する。ザセリアバがいる頭部操縦席に到達したとしても、打つ手は殆ど無い。
 ハイネルズはロッククライミングをする人のように、機動装甲の表面に捕まり、蹴り上がりを繰り返して目指していた。
 動き時間を稼ぎ、エルティルザが攻撃態勢を再びとることができるようになる。それがデウデシオンを含めたこの状況を好転させる唯一の手段と信じて。

―― 母上くらい強かったら、機動装甲の両足を拳一撃粉砕してザセリアバ王を吃驚させつつ”足なんて飾りですよ! 偉い人だからわからないのですか☆”とか言いたかったんですけどねえ。……無理だなあ

 危機的状況も死ぬことも怖くはないハイネルズは、楽しくそうやって赤い機体を本人の意識としては登っていった。

『エルティルザ!』
「見えてる……見えてるよ、バルミンセルフィド……」
 あのままではハイネルズが危ないと、エルティルザは頷く。するべき事は解っている、喩え殺そうと狙っても殺せない可能性が高い相手であることも。
『早くしないと!』
 能力的にエルティルザは当てようと「決め」引き金を引くように指示を出せば、銃が壊れていない限り外すことはない。
「解ってる。いま引き金を! ……ハイネルズ! 危ない」
 ハイネルズが胸部の金箔で描かれた水仙の紋章の上を”ぴかぴか、ぴっかぴっか、ぴーかぴーか”と呟きながら進んでいると、頭上に奴隷衛星で感じた殺意を圧縮したようなそれを感じとり顔を上げた。
 そこにはロヴィニア艦隊によりバロシアンたちの艦の副砲台が破壊されることを”数秒前”に理解したザセリアバがバラーザダル液を宇宙空間にばらまきながら飛び出し、
「     」
 右腕を大きく上げている姿。貫通型の超能力を放ち、その反動でザセリアバは操縦席へと背中から内部へと戻る。
―― やっほぉー! ゆっくりと動いているのに、避けられないことも解る。へえ……こういう
 ハイネルズは無理矢理立ち上がり体を捩った。体の中心を貫こうとしていた貫通エネルギーは左胸骨をぶち抜き体に穴を開けた。ザセリアバは自らの計画として衝撃で飛ばされるようにしたが、ハイネルズはこの衝撃に耐えるほどの力はない。
 後ろに押しやられながら、動力の関係上奴隷衛星を背負うような格好になっているエルティルザのほうを見て、
―― 頑張ってくださいね! 脱出☆
 艦隊戦と機動装甲戦の両方を安全領域境界線で眺めていた、ランクレイマセルシュの移動艇に飛び移るために腕を機動装甲に付き後方回転をする。
「あ! 血の流出を止めな……おお! さすが超回復能力を持つ母上の血を引く私! 宇宙空間での怪我には即座に対応できたようですね、ありがとう自律神経。たぶん自律神経のおかげ☆あとは痛みを堪えて、あの小型機にダイブゥ!」

 血の流出と先程までの移動で、残り僅かしか使えない超能力を振り絞り、ハイネルズは機動装甲から離れた。

「させるか!」
 ザセリアバが銃を構え、ハイネルズを撃ち落とそうとする。
「させるもんか!」
 エルティルザの射撃用銃が息を吹き返し、トリガーを引こうとしている指と、その背後に見えるバロシアンたちの艦を撃ったロヴィニア艦の両方を同時に射程範囲に収めて撃った。
「シダの……エルティルザァ!」
「死ぬまで追い詰めてやる、リスカートーフォン!」
「上等だ!」
 指が一本飛び、背後の艦が爆発する。
 銃を引く指を取り替えて、機動装甲に備わっている僅かな破損を直すシステムを起動させる。
「なっ!」
 だが破損を直すよりも先に、指に当たる部分が次々と吹き飛び、銃を扱う左手の指は完全破壊され、ザセリアバは右手に銃を持ち替えて、一度体勢を立て直すために帝星の裏側に回ろうとした。

『助けろ! ザセリアバ』
「あん? ……知らん。知らんわ!」
 ハイネルズが無事避難を終えた移動艇。その移動艇の搭乗用の透明な開閉部分に、確りと張り付いているハイネルズの姿。
『おま! このアシュ=アリラシュ顔どうにかしろ』
「アシュ=アリラシュ顔に関する責任なんざ知らん!」
 両手両足で抱き込むようにしてへばりついてるハイネルズ。その肩近くに空いた穴の向こうにランクレイマセルシュはデウデシオンの機動装甲を見つけた。
『まず……おい! ザセリアバ!』
「煩ぇ!」
 音声が切れ、再度繋ごうとするランクレイマセルシュ。
 ハイネルズはそのランクレイマセルシュの視線を追って、振り返り再度顔を向けて《凶悪極まりない笑顔》を向けていた。

―― デウデシオン伯父様が意識を取りもどしかかってますね☆外側から解るようにできてるんですよ。意識喪失中の際には救難信号にも似たものが、目視わかるようになってるんで。さて前座ハイネルズ=ハイヴィアズの出番はこれで終わりってわけですね!

 ハイネルズはしがみついている操縦席を覆っているアクリル板に髪を振り乱し額を打ちつけ始める。
『な、な! なんだ!』
 異音が上がり、システムは「攻撃あり」とご丁寧に伝えてくれる。攻撃があるのはランクレイマセルシュも解っているのだが、この状況を打破する手段を持たない。
 ザセリアバのように超能力もなければ、そもそもランクレイマセルシュは宇宙空間に生身で出たら死ぬ。
 慌てて通帳の画面を見せて叫ぶランクレイマセルシュにハイネルズは首を振り、行きたい方向を指さす。
”あっち、あっち。バロバロ叔父さんの旗艦に行きたいのです”
「…………解った!」
 画面に自動操縦と目的艦の名を出してハイネルズに見せて、指示に従うから頭を打ちつけるのを辞めろと叫ぶ。
”ありがとございまーす☆”
 礼儀正しく頭を下げた瞬間アクリル板にひびが入り、ハイネルズは責任を感じてより一層からだをくっつけて、エルティルザとザセリアバの激闘の最中を抜け、無事にバロシアンたちの元へと戻った。

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