ALMOND GWALIOR −192
 ロヴィニア艦隊と僭主艦隊の交戦による”破片”が、帝星に落下しないよう帝星を背に布陣していたバロシアンたちの艦隊のモニターが警告色に染まる。
「何事だ!」
「帝国宰相閣下の機動装甲……」
 フォウレイト侯爵を迎えにきた時にデウデシオンが操縦していた灰色の機体。
 それが赤の機体と押し合いながら上昇してきたのだ。
「帝国宰相」
 二機が映し出されたモニターをフォウレイト侯爵は父とともに食い入る様に見つめた。彼女に出来る事は、それしかなかった。

 機動装甲が剣で戦う。
 国境の最前線を見たことのない者たちは違和感を覚えないが、現状を知っているものはこの行動に違和感を覚える。
 なにがおかしいのか?
 それは剣を持っていること。恒星級の敵空母を破壊するのに、300メートル前後の機体が操る剣状の武器など役に立つはずもない。だが全ての実戦に投入される機動装甲には、剣状の兵器が装備されている。
 理由は幾つかある。
 一つは騎士であるということ。式典の際に並ぶとき、武器を操れるほうが見栄えがする。そしてもう一つは《このような事態》を想定してのこと。
 ザセリアバの武器は反り返った巨大な刀。デウデシオンの武器は刃物というよりは盾に近い。極端な二等辺三角形で角が丸みを帯びている形状。
 それで互いに殴り合うようにぶつかり合う。
「役立たずの皇王族共だと思っていたが!」
 ザセリアバは殴りつつ、デウデシオンの調子が悪いことに気付いた。疲労から精彩を欠いているのが、剣を振り下ろし感じる衝撃で感じ取った。
「……」
 事実デウデシオンは、ほぼ五日間休息も食事すら取らずに戦い続けていた。
 こうなることを解っていながらも、殺さなくてはならない相手が多すぎて休む暇がなかった。
 ザセリアバは力を込めずに『動かす』デウデシオンは精神の安定を欠き、指示を出す脳内が興奮状態のまま無駄なまでに力を入れて『振り下ろす』
 研ぎ澄まされた指示の方が伝達されやすく、他の感情が入り交じっている指示は動きが悪くなる。
 結果デウデシオンは振り下ろされた剣を受け止めることができず、機体そのもので受け止める形になった。
「……!」
 機体の損傷もだが、操縦室の揺れも大きい。
 ある程度の衝撃には耐えられるように作られているが、ザセリアバの一撃は耐性を越えていた。バラーザダル液の中で激しく揺れたデウデシオンは、
「ふたつ……」
 頭の中に二種類の映像が入り込んできたことに気付いた。
「目玉……どこだ!」
 衝撃で外れやすい右眼球が吹き飛び、制御されている左目とは別に、映し出したものを次々と脳へと送り出す。
 モニターを見て周囲を確認するためには左目。脳内に広がる視野を蝕むかのような右目。ぐるりぐるりと周り、どこにも焦点を合わせずにただ映像だけを脳へと送り続ける。遮断することの出来なくなった映像と、見なくてはならない映像が混じり、赤が強くなりつつあるバラーザダル液中で意識を失った。
 動かなくなったデウデシオンの機体から距離を置き、ザセリアバは銃を構える。
「こっちのほうが確実だからな」
 頭部にある操縦席に照準を合わせて、引き金を引こうとした。

**********


「操縦室内の状況確認!」
 デウデシオンのあまりの劣勢に、バロシアンたちは状態を危ぶみ、搭乗者の状態確認を急いだ。
「精神の安定値がマイナスに」
 画面よりも先に現れた数値と《要回収》の文字。
 もう戦える状態ではないと、器機は冷静に伝える。
「無理だ!」
 肉体的な限界値には到達していないが、精神値は原液といっても差し支えない濃度のバラーザダル液の使用でも最低基準値に届かない。
「戦えるような状態ではない」
 かつてキャッセルが「ザウディンダルの精神安定が……」説明した通り、ある程度の安定値は絶対に必要だった。
「……」
 リスカートーフォンのようにどれ程狂おうとも戦闘用司令部位が冷静に働くタイプもあるが、デウデシオンは”そう”ではない。
 一刻も早くに回収しなくてはならないのだが、近付くことができず、誰にも止めることができない。悔しさを隠さずにバロシアンは拳をつくり、それをもう片方の手のひらにうちつけた。
 操作卓を殴ると破壊してしまうほどの力がこもっていることを理解しての行動。
 どうしたら助けることができるのだろうか? バロシアンやセルトニアード、ギースタルビアなどが考えるが、それは艦隊の動きを鈍らせるだけに過ぎない。
『ジュゼロ少将!』
 通信局が特別に繋いだ通信からの叱責に、我を取り戻し彼らは仕事に戻る。
「は、はいアウロ……バイスレムハイブ中将閣下」
『私は大宮殿で暴れ出した”やつら”の鎮圧にむかう。防空は任せたぞ!』
「御意」

 赤く鋭角の多いザセリアバ機が、少し灰色のデウデシオンの機体から少し距離を取り銃口を向ける。
 現れるエネルギー光球を前に、
「為す術はないのか!」
 バロシアンは叫んだ。
「ああ……」
 アイバリンゼン子爵は今まで息子助けられない自分に何度も直面し、不甲斐なさに打ち拉がれてきた。それでも生きていればと思いずっと傍にいたが、最早それも出来なくなりそうな状態に、呻くような声を上げることしかできなかった。

 デウデシオンに向けられていた光球が、青白い光に貫かれ拡散する。

 巻き込まれないように銃ごと捨てて距離を取ったザセリアバは、見た事もないエネルギーの出所を見た。
「あれは……試作機か。あんな前衛的なものを作る機動装甲開発者なんて、エーダリロクだけだろうな」
 ザセリアバの前に現れたのは「機動性」皆無の、試作品特有の装備で現れた、見た事もない機動装甲。
 通常の機動装甲の約1.5倍ほど長い手足で、頭部がない。狙撃用銃と腕が接合されている。腕が長いのは背後を撃つ際に回転する肩の関節を生かし、接合された状態で後方に腕を回すため。頭部が存在しない理由の一つでもある。
 頭部のないもう一つの理由は、操縦席がそこに”ない”から。
 機動性皆無なのは腰の部分から太いコードが衛星に繋がっているため。そのコードが動力と繋がっている。
 そして機動装甲につき物の接近専用の武器、剣などが装備されていない。銃と接着した腕だからというだけではなく、

―― そうだ、これには接近戦用の装備はつかない。試作品だからな。そうだ、これで戦っても《試験運転》だ ――

 公式に王と交戦されては困るので、エーダリロクは敢えて装備を外した。
『動くな! リスカートーフォン公!』
「シダの息子か!」
 エルティルザを気遣ったのではなく、
「やってくれたな、エーダリロク」
 兄であるランクレイマセルシュに対しての意志表示。こうなることを予測していたエーダリロクだが、そもそもエーダリロクはロヴィニア王子。
 兄のロヴィニア王がエヴェドリット王と共に帝国宰相を殺害する意志があることを知っている以上、それに従うのが筋。
 だがエーダリロクはそれに黙って従うことを”善し”としなかった。
「小細工を……あとでどうやって私に弁明するつもりだ?」
 正式な騎士の機体ではないことを全面に押し、他になにかを”つけて”説得してくるだろうことを考え、ランクレイマセルシュは狭い移動艇の操縦席で睨み合う二体の機動装甲を眺めながら舌なめずりをした。
『動くな!』
「我は命じられるのが嫌いでな!」
 銃を構えるエルティルザの機体に近付くザセリアバ。接近戦用の武器を所持していないエルティルザは、傍に寄られたら終わり。
 己が対峙している王が、殺さないで済ませてくれるはずなどない。
 エルティルザは銃を構えて、軌跡を脳裏に描き撃つ。
「銃は見事だ。腕もいい……だが、避けやすい。近寄れはせんがな」
 だがエルティルザは当てることができなかった。もう少し”ずらしたら”的中させることは解っていても、威嚇しかできないでいた。
 相手が王だからではなく、エルティルザは等しく人を殺すのが怖い。
 いつかは異星人と戦うが、それは人ではないと認識できる。だが目の前にいるのは、確かに人の形をしている。半年近く前に式典で手伝いをしたアシュレートの兄という個がありためらってしまう。―― 命中させなくては! ―― 思えば思う程にあせる。それは的中させることが出来ない焦りではなく、的中させてしまうことへの焦り。
『ひけ! ひいてくれ!』
 無理だ無理だと思いながら、エルティルザは叫ぶ。
「くっ……くっ……くっあああああ!」
 ザセリアバはエルティルザの機体を動力を提供している奴隷衛星ごと殺気で包み込んだ。向けられる容赦ない殺気。
 もっとも浴びているのはエルティルザだが、その背後の衛星の地下室で守られている奴隷たちですら感じた。
「空気が……変わった?」
 とくに動物たちは如実に反応し、暴れ出す。
「落ちつけ! 落ちつけよ!」
 家畜を宥めながらシャバラは、この感覚を以前にも味わったことがあることを思いだした。―― ナイトだ……シュスターク帝がロガを蹴った貴族を殺そうとしたときの空気にそっくりだ! ――


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