ALMOND GWALIOR −187
 バイスレムハイブ公爵が武装し部下を率いて市民の居住地を落下物が襲わないようにと待機し、無力化した空を見上げた頃、
「エルティルザ兄さんにも教えてあげたいな」
 皇婿宮に集められたタバイ、タウトライバ、そしてデ=ディキウレの息子たちが、アニエスの無事出産を聞き、この場にはいない長男たちに教えたいと語り合っていた。
「でも今、そういうの全部使えないよね」
 もちろん、ここに残っている皇帝の甥たちは、生まれてきたのが女の子であることはまだ知らされていない。
 知っているのは帝星を離れている三人だけ。
「使えないね。いつ元に戻るのかも解らないよね」
「どうしよう……」
「どうしよう……」
「ここは一つ、みんなで心で念じてみよう! 届くかもしれない」
 一人の言葉に全員が祈った。
 届くとは思ってはいないが、言いしれぬ立ち向かえぬ不安を拭うのに、祈るという行為は非常に効果があった。

**********


 エルティルザに生まれたよ! と届けたかった面々だが、
「ぴきーん☆」
「なに効果音喋ってるんですか? ハイネルズ」
「この緊迫した状況下でも退屈を感じられるハイネルズは凄いよ」
「電波を受信しました!」
「電波?」
「どこから?」
「アニエス伯母様が無事出産したという電波です」
 祈りを電波として受信したのは、ハイネルズ。
 ハイネルズには特殊な能力はなにもない。ただの悪ふざけで、偶々タイミングがあっただけのこと。
 実際ハイネルズは退屈していた。退屈だと思って気を紛らわせてもいた。
 襲撃から三日経過し ―― 帝星でみんな大騒ぎしてるんですよねー残念 ―― その気持ちが大きくなるのを、表面に表さないようにするために、所作を緩慢にし時間を持て余しているのだと自分自身に言い聞かせている。
「昨日の午後が出産予定日時だから、もう生まれてるからもね。母上は初産じゃないから、予測もかなり正確だし」
 経産婦は過去の状態から、出産日時とかかる時間を確実ではないが、かなりの精度で計算できる。
「楽しみでしょう、妹に会えるの」
「帰還した父上が、名前付けるのに悩む姿が今から想像できて、今からちょっと笑える」
 息子の名前のストックは山ほどあるタウトライバだが、娘の名前は一つもない。
「タウトライバ伯父様はねえ」
「どんな名前になるだろうね?」
「さあ」
「名前は分かりませんが、帰還したタウトライバ伯父様のお披露目第一声は解ります」
「なに? 未来の電波受信したの? ハイネルズ」
「はい、受信しましたとも! 間違いなく”娘は嫁にやらん!”と叫ぶことでしょう」
「まあ、それは、もう様式美ってやつだから。母上も……そんなこと言ってた」
「様式美ですよね」

 息子に甥たちの予想通り、そして妻も言った通り、タウトライバは本気でその台詞を叫び、実行に移した。
 実行とは皇帝シュスタークに「娘を誰とも結婚させないで」と。
 やり過ぎだとタバイに叱られたが”タバイ兄に娘ができたら、絶対に言わないと言えますか!”そう言われてはタバイにも返す言葉がなかった。
 シュスタークは初の姪が成長した頃にはタウトライバも落ち着いているだろうと考えて、個人的な意見として「姪の結婚は余が取り仕切る」と発表した。
 その頃はまだ女性が少なかったので、高位の女子は全て皇帝が管理してもなんら問題はなかった。なかったのだが……

「閣下ちゃんと結婚するんだ。閣下ちゃんじゃなきゃやだ−!」
「それは出来ぬ」
「どうしてですか、父上」
「余が”結婚はさせない”とタウトライバに約束してしまったからだ。余が約束を破るわけにはいくまい」
「やだー! かっかちゃんー! 閣下ちゃんじゃなきゃやだー!」

 タウトライバとアニエスの一人娘は後にシュスタークの第五子にして第二皇子の妃となる。

**********


 僭主が帝星を襲撃してから四日目の早朝。
 朝日の中を走るシュスターククローン。追われてはいるが、逃げる一方だけではない。廃墟の続く区画に追われたクローンは落ちている白骨を拾い、
「古い」
 噛んで飲み下す。クローンは四日間、アシュレートとバーローズ公爵の二名を交互に相手していた。単純な身体能力では「理論上最高値」と言われるクローンに二人が敵うはずもないが、身体能力が高いだけで勝てる相手ではない。二人はクローンとは違い、休憩を取って体力の回復をはかり、時に連携してクローンを追った。
 絵に描かれたような廃墟。
 大昔地球を捨てて、数百年してから人類が戻った大地に良く似ている。緑が生い茂り、蔦が建物を破壊し大地を元の姿に戻している。背の高い木々と、差し込む日差しの下の小さな花。
 その地球に本当に似ていた。
 必死に手を加えて作っていた過去の者たちが観たら、嫉妬するほどに。
 だがクローンが欲しているのは郷愁を誘う風景ではない。追われ続けるクローンは、暗黒時代初期に死に肉朽ちた骨で腹を満たしながら、二人の追撃をかわしていた。
「どちらか一人を殺して食えば……」
 体が《思うように》動かないクローンは、現れる二人のどちらかを食べて、自らを強化しようと考えていた。
 だが二人とも《まるで知っているかのように》近寄らず、遠距離から攻撃を続ける。
「肉……死体……肉……」
 クローンは死体がありそうな場所を《思い出し》廃墟から、再建されたある建物へと一直線に進んだ。

 《まるで知っているかのように》

 床を破壊して地上に這いだしてきた根を越えて、白骨の山を破壊し、転がる新しい死体には目もくれずにクローンはリスカートーフォン系皇王族の霊廟へと向かった。
「そこら辺に落ちているのは……」
 途中手足を奪って空腹を満たすが、欲しているのはリスカートーフォン皇王族で霊廟内でも高位の者。
「ディルレダバルト=セバインの直系に近い子孫!」
 リスカートーフォン霊廟に辿り着いたクローンは、扉を破壊して押し入る。
「……!」
 耳は潰されていない皇王族は、その異様な音に恐怖し身を硬直させる。
 もしかして自分を捕らえたエダ公爵であったらどうしようか? と、吐き気をもよおす程に緊張した。自分ではどうすることもできはしないのだが。
 視界を失った暗闇の中、敏感になった皇王族の耳に届いた轟音。
 破滅の音というのがどんなものか? 皇王族には解らなかったが、こんな音ではないのだろうか? そう思った。
 それが正しいと知る時。それは死ぬ時。

**********


「回復に支障が出ているようだな」
「そうだな」
 アシュレートはバーロース公爵と合流し、決着をつけることにした。楽しんだこともあるが、楽しむために必要な補佐のバーローズ公爵の体の回復が、過度の破損と度重なる器機の使用により遅くなりはじめたことと、そろそろザセリアバが帰還するので、それまでに楽しみを全て手に収めておかなければ取られてしまうからだ。
「さて、そろそろやるか」
「そうだな」
 二人は配下の目視による追尾報告で、ゆく先を把握していた。
 決着をつけるための武器を携え、配下たちが確認した場所へと向かう。
「お前たちは戻れ。あとは最後まで我等が付き従う」
「はっ!」
 去る部下たちとは反対に、霊廟へと向かうアシュレートとバーローズ公爵。
「残っているのはクロタクス叔父公爵だけだった筈だがな」
「アメ=アヒニアンか。ヲイエル=イーハも食ったのか」
「そうらしい。詳しくは聞いていないがな」

 強者が眠るはずの霊廟は、空の棺だらけ。

「……ちっ!」
 棺を開けても、開けても中身は空。理由は解るが、目的を果たせずクローンはやや焦った。霊廟内に生物の存在を感じるが、それほどの強さを感じない者と《相反する》存在感じとったので食べようとはしなかった。
 殺すのは、食べて回復してからでも遅くはないと。
「……帝君……」
 いくつもの棺の蓋をこじ開けて、やっと目当ての遺体と対面し喉元に噛みついた。肉と骨を一緒に食いちぎり咀嚼していると、
「味はどうだ?」
「お食事は終わりだ」
 噛んだ肉だけは飲み込み、到着した二人のほうを観る。
 そこにはアシュレートと、
「中身の殆どは、お前が一口味わったアメ=アヒニアンの甥で現リスカートーフォンが食った」
 エダ公爵が用意した皇王族を髪を引き摺り連れてきたバーローズ公爵の姿があった。
「残りは”それ”だけだ」
 バーローズ公爵は銃を構えて霊廟内だろうがお構いなしに撃つ。
 クローンはアメ=アヒニアンの骸を肩に担いで飛び上がる。この場を一先ず離れ食べてからにしようとしたのだが、

 金と白銀の間と表現するのが最も近い頭髪と、彫刻のような顔立ち。動かねば冷たさを感じさせる容姿とも言われる。
 過去にこの容姿で有名な皇帝が存在した。
 第十六代皇帝オードストレヴ。瓜二つのアシュレートは、平素は賢帝と呼ばれた皇帝のような性格だと思われている。
 普段の彼はたしかにその通りだが、戦いとなれば違う。

「そろそろ謎明かしの時間だ」

 アシュレートが特徴のある、特殊ワイヤーで繋いだ左右に長さの違う剣、今回は何時もよりも短いワイヤーのその剣を構え、クローンに突進し、バーローズ公爵は連れて来た皇王族を投げ上げクローンの体一つ分ほどの高さのところで銃を乱射する。
「我はお前の全てを知っている。だから勝てはせぬよ」
「なぜたたかう!」
 周囲に飛び散る血に ―― 浴びたらまずい ―― と避けようと体勢をかえたところで、胸をアシュレートの両剣が突き刺さり背中まで貫通する。
「なぜ戦うかだと? 当然だ。お前が”皇帝”だからだ。エヴェドリット、或いはリスカートーフォンにそれは愚問だ。”皇帝”よ」
「デウデシオン! デウデシオン!」
 短いワイヤーも体に肉に食い込み、腕を引きつらせる。そして手が空になったアシュレートは長剣を抜き

「お前が呼んでも来はしない”皇帝”よ。パスパーダは確かに皇帝に従う男だが、それはお前ではない。たとえお前が”不和の象徴”であったとしても」
 アシュレートは長剣の鋒を”皇帝”の喉元に当て挑発する。

―― 負けるのか? この小僧に? ――

 不和の象徴、その名は、
「ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオ」
 シュスタークのもう一つの人格《帝王》を隠れ蓑にした、帝王の実兄。
「父バクティノイビア、母ディーロシュマドーヌの第三子としてアルバタニズ星、今は琥珀の産出星として名を残す外系惑星(*1)で誕生」
 アシュレートの言葉を聞きクローンの表情が変わる。顔はまったく違うのに、その表情ははっきりとラードルストルバイアとわかる程の変化。
「……っ」
 自分がシュスターククローンではなくラードルストルバイアと知られているのならば、この状況は理解できた。
 無効能力者をばらまき、超能力を封じ込める。
 その策を取ったのは、
「帝王ザロナティオンに敗北した時と同じだ。ゼークゼイオン《不均衡の翼》の意であった名を”不和の象徴”に書き換えた男ラードルストルバイアよ」
 誰でもない《エーダリロク》の内側にすむザロナティオン。

**********


「なんだ? 知りたいな」
「……王に教えないのであれば、教えてやろう」
「良いのか?」
「恐らく我一人では対応できんからな。死ぬつもりはあるか?」

―― アシュレート。お前も知っての通り………………
―― なんだと? カルニスタミアはそんな事は言っていなかったぞ?
―― あの忠臣が”ばらす”かよ。これは帝国宰相も知らない
―― なぜお前は知っているのだ? エーダリロク

―― そいつは秘密。どうしても知りたかったら、金払えアシュレート

「愚問だな。お前の親父リーデンハーヴと二十年近く前に名を交換してから、今日この日まで戦死したいと思わなかった日はない!」
「それでこそ、戦争狂人。良いだろう、相手はラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオ。不和の象徴と呼ばれたあの男だ」


―― アシュレート。お前も知っての通り《陛下は帝王だが、実際は帝王じゃない。陛下の中に存在するのはザロナティオンの実兄で食われたラードルストルバイアだ。そうあの不均衡の翼の名を持っていた男だ》 ――


*1)外系惑星 [この場合、三十一代皇帝の頃には帝国領に含まれていなかった惑星をさす]


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