ALMOND GWALIOR −5
あの日、皇帝の手を払いのけた後、死ぬほど兄貴に殴られた。当然といえば当然だし、殴られなけりゃ大変な事になってたのは解ってる。
恨んだり嫌ったりはしていない……俺は……
「……」
夢だと解っているが、身体のあちらこちらが痛む。あの夢を見ると、身体のあちらこちらが痛みだす。
救いは身体が温かいことだ。
俺の身体に触れている、身体がある事。
「目覚めたか」
「何隣で寝てんだよ、カルニス」
上半身に乗っている、腕を掴んで引き剥がす。
「なんだって良いだろうが。今日は朝の会議に出なけりゃならん日だ、そろそろ起きろ」
カルニスは起き上がると、召使に準備するように告げた。
一人で寝るよりは誰かと一緒にいた方が良いが、目が覚めたら直ぐにいなくなって欲しい。我侭だってのは解ってるし、カルニスも解っている。
身体から腕を引き剥がされても、何事も無かったように起き上がり呼び出しベルを鳴らす。
こいつは俺とは違って生まれも育ちも『王子』だから、黙ってりゃあ非の打ち所がない。
「どうした? ザウディンダル? 足りねえなら、行く前に二回くらいいかせてやるが」
言いながら俺の手の甲に口付ける。
「要らねえよ。あー朝飯食うのも面倒だ」
それを払いのけて、背を向ける。
カルニスの兄・カレンティンシス王に俺は恨まれてる。そりゃそうだ、元は品行方正だった皇帝の[我が永遠の友]
帝国でも屈指の才能を持つ弟王子が、何を血迷ったか性処理玩具の残骸、それも庶子と関係持ったら、気分良くないに決まってる。
だがな、俺はコイツに誘われて半ば無理矢理関係を持ったんであって、俺から誘惑したわけじゃねえ。
でもよ俺だって最初は謝ろうかと思ったさ。何せ前途有望な王子様だった訳だし、年下の強引な誘いを年上として諌めりゃ良かったわけだから。それに、あの時[止めろ]って言えば、カルニスも止めたと思う。
あの時流されたのは……なんて言うか……兄貴に対する“あてつけ”も確かにあった、それは認める。
だから、謝罪しようとはしたんだが、コッチが口開く前に向こうがスゲー勢いで『人の弟誘惑しおって、淫乱の落とし子が! 死ね、この忌まわしい両性具有!』って言われりゃあ腹も立つ。
その一言で、俺はテルロバールノル王カレンティンシスに喧嘩を売って、その後は直接会おうとも思わねえ。
解ってるって、本来なら俺の方が頭下げなきゃならねえってのは。相手は『王』だ、どれ程理不尽な事を言ってきたって、格下は黙ってるのが階級社会ってものだ。そうやって考えれば、俺が悪かろうが悪くなかろうが罵られて頭を下げるのは当然だってことも。
でも……やっちまったんだよなあ。
その後、兄貴に叱られるかと思ったがそれは不問だった。
兄貴は兄貴でカレンティンシスとやりあったらしい。
『貴様が弟に対し王族としての自覚を確りと持たせる教育を施さなかったのが原因だろうが! 庶子は王の子の申し出を拒否する権限などない! それを考えれば解るだろうが! 少しは厳しく躾けておけ! 貴様も弟王子の私生児を庶子認定したくはあるまい!』
厳しく躾けるの件で、カレンティンシスが反論してきたが、
『我々は庶子。そちらは生まれながら高貴な王族。我々は動物も同じ、どれ程躾けようと動物の域からは出ぬ。対するそちらは宇宙を支配する為に生まれてきた一族ではないのか。王族の躾けも庶子の躾けも同一線上にあるのか? あのテルロバールノル王家が』
テルロバールノル王家は、地球から連綿と続く唯一つの[王家]
銀河帝国の歴史よりも古い歴史を持つ[王家]ってのがテルロバールノルの誇りだ。
その後、周囲で聞いてる奴等の鼓膜破る勢いで怒鳴りあって……何時もの事だが。
「食わせりゃいいのか?」
「うるせえ」
俺は、兄貴には謝りに行ったが、そんな事は聞きもせずに……嫌そうな顔して、溜息一つ付いた後、
『ライハ公爵と関係があるのは本当なのだな』
『あ……ああ。べ、別に好きとかじゃなくて!』
『そんな事はどうでも良い。関係があるのだな?』
『ああ……』
『それは男としてか? それとも女としてか?』
言われた時、一瞬何の事か解らなかった。
当時俺は十七。見た目は大人びて、そりゃ遊んでるように見られてたが、カルニスが初めてだった。抱いたカルニス当人も驚いたからな。
それで、兄貴の言葉の意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。
『あ……俺が……だ、抱かれる……方。ど、どうみたって、ライハ公爵の……方が、なあ』
『解った、下がれ』
「遠慮するな、儂が食わせてやるぞ」
年下のくせして、むかつく。
初めて会った時からそうだった。カルニス自身は幼少期から、それこそ二、三歳の頃から宮殿に訪れていた。俺なんかよりも、ずっと宮殿の表舞台に近い場所に出入りしていた。
でなきゃ、皇帝の[我が永遠の友]にはなれねえからな。
……こんな俺が皇帝に言える唯一の事。それは、カルニスが[我が永遠の友]で良かったなって事。他の候補がビーレウストとエーダリロクだったんだから……カルニスになるのは当然だったのかも知れねえ。
そのカルニスと俺が直接会ったのは、俺が十五、カルニスは十三。
カルニスが帝国騎士に任命されて、全員で出迎えた時。その時に初めて直接会った。名前は聞いてたけどな、上流階級じゃあ最も有名な王子だからよ。
二歳年下のカルニスは、王子様してた。
だから俺は近寄らなかった。それが逆に気になったらしい。詳しく聞いた事はねえけど。
十五のカルニスに手引かれ、抱きすくめられて乗っかった。そこから始まったんだが……多分俺がコイツを切らなけりゃならないんだと、それは解ってる。
あの時、俺はカルニスに対してじゃなく兄貴に対しての感情で抱かれた。
この関係に誠実も不誠実もねえが、少なくともあの時「俺の身体に対して興味がある王子」を俺は拒否するべきだった。
俺だって馬鹿じゃねえよ、カルニスが俺に興味を持ったんじゃない事くらいは解ってる。カルニスが興味を持ったのは、帝国で唯一人の[女王]の身体だってことくらい。
男なら興味持つだろう? [どんな性行為に対しても順応性を持ち、卓越した ”能力” を発揮する玩具]
「要らねえって」
カルニスの手を払いのけながら、給仕が持ってきたギムレットに手を伸ばす。
「眠ぃ……」
「今日は真面目に仕事をしなきゃならねえから、終ったら飲むか?」
酒を口に運ぶと、カルニス好みの味。
「ああ……おい、もう少し甘くしろ!」
「はっ はい! 申し訳ございませんでした! 閣下!」
元々は朝から酒……って程でもないが、カクテルなんざ飲まなかったが、最近は叱られる為に飲んでる。
仕事前に酒飲んでりゃあ……ま、もう呆れられてるんで、このくらいじゃあどうって事もないんだが。
「儂には丁度いいのだがな」
カクテルを食前酒にして、ドライフルーツのパウンドケーキと野菜とカッテージチーズを一口サイズのシューに挟んだやつと、鮭のムニエルを食ってたら、
「通達です」
軍の伝令がトレイに命令書を乗せてきた。二枚同じのがある。紙に押されてる箔からいって帝国騎士団の命令書だ。
「下がれ」
カルニスは二枚とると、自分に出された命令書を眺めて、眉を顰める。
「どうしたんだよ」
「今日の会議は無しだとさ。……その代わり、儂は帝国宰相の所に行かなきゃならんようだ。お前はどうだ? ザウディンダル」
掴んでいたフォークを床に投げ捨てて、カルニスが差し出してる書類を奪い取った。
中に書かれてたのは……
「俺にはそんな命令ないな。ただ一日空いただけだ」
カルニスに渡された命令書には、確かに『早急に帝国宰相閣下の元へ』ってのが書かれた。
この字はキャッセル兄の字だ、俺には何も書かれちゃいないが。
「お可哀想な事で」
「てめえ……」
「いい子で待ってるんだな。お前の愛しいお兄様から、何か通達でもあるんだろう。お前は一人酒飲んで、荒れてるといい」
それだけ言うとカルニスはベッドから出て、兄貴の所に向かう準備を始めた。
「なあ……」
「いい子で待ってろ。儂がお前のお兄様から聞いた事は全部教えてやる。向こうもその為に儂を呼びつけたのだろうからな。……まだ許してもらえんのだな……っく……! はははは! 仕方ないがな! 薬と酒で死に掛かって挙句にシダ公妃に下の世話までしてもらったんだからなあ」
「だまれ! 誰のせいで死に掛けたと思ってんだよ! お前とキュラが! ……早く行けよ!」
「じゃあな」
カルニスが出て行った後、俺はもう二、三度抱かれれば良かったと後悔する。
身体の奥底で欲しているのは知ってるが、性交を嫌う素振りを見せる。無意味な事だと解っているが、俺は自分の母親のように、あの色情に狂った皇帝の子として見られたくはない。
「なんで……こんな所だけ……似るんだろうなあ」
元々性処理用玩具だった「作られた両性具有」は性欲が極端に強いのと、皆無に等しいのがある。それぞれの好み? ってヤツだ。
俺は大淫乱女皇帝の息子で……ああ、セックスは大好きだ。一日中、見境なく誰かに抱かれていれば、最高に幸せになれるだろうよ。
でも “俺” はそれが嫌いだ。身体自体は淫乱で延々と性交に浸って快楽を得られる身体だろうが、俺は嫌いだ。この身体自体はそうだろうが、この身体の持ち主である俺は……
「……」
兄貴が嫌う行為が誰よりも好きな弟……嫌だ嫌だと言いながら、誰にでも簡単に足を開いて腰を動かせる、この身体が大嫌いだ。
何より俺に夢を抱かせるこの身体が嫌いだ。
もしも男王型で生まれてきて、兄貴があの女に襲われていなければ、幸せになれたんじゃないかな……皇帝になる事のない兄貴だったら、片親も違うから……。
完全に男だったら、こんな希望は持たなかったんじゃないか? 完全な男でもこんな願いは持っただろうか?
「……馬鹿だな」
俺は完全な男でも、同じ事を言って同じ事をしてるだろう。
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