ALMOND GWALIOR −16
 ビーレウスト=ビレネストは、皇帝シュスタークの父親の一人・帝君アメ=アヒニアンの実弟にあたる。
 エヴェドリット王族にしては大人しかった帝君は、父でありエヴェドリット王であったガウダシアが戦死して直ぐに実弟を引き取り、後宮で育てた。
 自分とは正反対の、エヴェドリット王族の性質を兼ね備えた実弟を彼はとても可愛がり、気にかけた。
 皇帝との間に実子を儲ける事ができなかった彼は、既に母である王妃もない彼の成長を誰よりも案じ、そして皇帝の父の中では最も早くに死去する。
「お待ちしておりました、デファイノス伯爵」
「アルテイジア、こい」
 死ぬ前に、実弟の気質を理解していた帝君は皇帝シュスタークに願いごとをした。
『陛下がお后を迎えるまでは、この帝君宮にビーレウストを住めるようにして欲しい』との願いを。弟が甥と諍いを起こしてエヴェドリット全領域から追い出される事を懸念して。
 実弟と甥王の気質を理解していた帝君の想像通り、実弟は甥王との間に諍いを起こし、領地を追い出される。その後、諍いの理由となった親友のロヴィニア王子エーダリロクと共に、帝君が約束を取り付けていてくれた『帝君宮』に住むこととなる。
 だが彼等も、この帝君宮にそれ程長く住むつもりはなかった。彼等が遺言と皇帝の寛大な措置から帝君宮に住むようになったのは二十一歳、約三年前のこと。彼等の一つ年下になる皇帝が、四人の正妃を迎えるのは時間の問題で、その時が来るまでの一時的な避難場所のつもりだった。
 長く居座っても一年、それ以上長くなることはないだろうと考えていた彼等だが、その予想を覆し彼等の皇帝は二十三歳、もうじき二十四歳になるのに正妃の一人も持っていない。
 正妃どころか、妾妃や愛人すらいない。
 ≪推測される生来の気質≫と≪問題となる可能性のある性的嗜好≫を覆い隠す為に、腫れ物に触るように、できる限り大人しく育つように、穏やかさと大人しさに重点を置いて育てた結果、類稀な『ぼんやりとした皇帝』となった。彼の素体である帝王の【狂気】も、母親であった先代皇帝の【異常性欲】も何処にも見ることが出来ないほどに。

 政治に全く触れない、無害でぼんやりとした皇帝の “お陰” でビーレウストは今になっても帝君宮に住む事が出来ていた。

 『まさかこんなに長く此処に居座る事ができるたあな……』
 星系間を移動する任務も多いビーレウストは、長期間帝君宮を空けることがある。それの管理させるために、一人の女を置く。当然彼女は “女好き” で有名なビーレウストの愛人の一人。
 アルテイジアと言う名のその女は、妖艶と言う言葉が良く似合う女だ。
 最初は皇帝の寝室に近い場所に “家臣の情婦” を置くのにいい顔をしなかった帝国宰相だが、皇帝が許可したものを曲げるわけにもいかず、また皇帝が “家臣の情婦” に対し、全く何の興味を示さなかったのを見て、安堵しつつも『この方は正妃をこちら側で用意せねば、絶対に結婚できないだろう』その思いも深まった。
 皇帝には素通りされたが、帝国宰相が安堵と焦燥を覚えるほどの「情婦」
 それは当然のごとく美しかった。
 アルテイジアは帝君宮の仮主であるデファイノス伯爵を出迎え、そのまま手首を掴まれベッドに寝かされ、情婦としての仕事を終え気だるい身体を投げ出していると、その疲れを与えた相手は何時もと変わりなく上半身を起こし、ベッドの天板に背を預けた。
 『細身』と言われる事もあるビーレウストだが、よく比べられるカルニスタミアよりは『若干細め』なだけであって、服を脱いだ身体には世間一般でいう『細身』の雰囲気など何処にもない。
「陛下のお后はどうなりましたの?」
 ゆっくりと身体を起こし、アルテイジアは水の入ったコップを差し出す。
 それを受け取り飲み干して、ベッドの下に投げ捨てた。厚いカーペットの上に落ちた音と、無言で頭を下げそれを拾い部屋から出てゆく召使。
「お前も興味があるか? アルテイジア」
 自分の黒髪を美しいコーラルピンクの爪のついた指でもてあそぶ彼女に、ビーレウストは向き直る。
「それはありますとも。陛下がお后を迎えることが決まり次第、ここから出て行かなければなりませんからね。早く帝后を迎えて欲しいものですわ。王子から頂いた荘園、自分の好きなように手を入れ改築させているのに、陛下が帝后を迎えないとここから出られないから住めませんからね」
 皇帝の妃になるわけでも、なんでもない彼女にとって、此処での “仕事” が終われば、後は人生を自由気ままに生きる事ができる。
 よって彼女も帝国の臣民として、そして自分自身のためにも、皇帝には早く結婚して欲しいと願っていた。もっとも、王家やその周辺はそれどころではない、危機的状況なのだが基本的に政治の中枢に王子としての責任として、適当に関わる程度の “ビーレウストの情婦” には、それ以上のことを考える必要はない。
 ビーレウストが、さまざまな理由で長期間帝君宮を空けている時態々心配して訪れてくれる皇帝に、アルテイジアも悪い感情の一つもないが、それだけでしかない。圧倒的な[皇帝]の前に、ビーレウスト相手に軽口を叩ける彼女であっても畏怖を感じずにはいられないのだ。
 ビーレウストやエーダリロクは、王子としてはかなり型破りだが、自分の情婦に「皇帝は天然ボケが得意技」などとは言わない。
 それを告げたところで、完璧な皇帝の容姿を兼ね備えた穏やかな皇帝を前にしてしまえば、普通の人はビーレウストが語る[皇帝]を信じない事くらい理解しているので、結果的にそして身分的にも滅多に皇帝のことは話題にならなかった。
「それな。……昨晩も駄目だったらしいぜ。ま、だがさすがに今回集めてきた平民で決まるだろ」
 “貴族の娘にしよう” “やはり現王の娘にしよう” “この際、老王女でも” 等々、皇帝の正妃に関しては案が二転三転し、皇帝の独身期間と『皇族は皇帝一人』の期間が延びに延びて、此処まできてしまい、さすがに四王家も焦りを感じたのか平民で手を打つ事が本決定した。
「誰がどの地位を取るかは解らないが……此処に来るのは、血筋と権力からいって」
 皇后の地位は二代続けて皇帝の外戚となっているロヴィニアの平民が選ばれるのはほぼ確実。そして次の地位にあたる帝后、要するにこの帝君宮の次の主は、
「ケシュマリスタの平民でしょう」
 暫定皇太子・ヤシャル公爵を持つケシュマリスタというのが専らの噂であった。
「だろな。まあいい、そろそろ荷物まとめてても一向に構わん。楽しい余生を過ごせばいい、俺には関係のないことだからな」
「相変わらず冷たい御方ですこと」
 笑みを浮かべるアルテイジアの肩を抱き寄せて、胸のふくらみに手を伸ばした時、
「……」
「どうかなさいました?」
 ビーレウストは二つのことを思い出した。
 一つは此処でもう一戦している暇はないこと。そしてもう一つは、
「キュラに “このごろ無意識に避けているタイプの女がいる” って言われたんだが、お前もそう思うか?」
 先ほどのガルディゼロ侯爵にかけられた言葉。
 美しい、体つきのそそる女ならば年齢不問、時には人妻だろうが手を出す自分が “避けている相手”
「ええ、避けているタイプはおりますわ。年齢ではなく、ある外見の方を」
「それほどか」
「さあ。元々避けていらしたわけではないのでしたら、かなり奇異に映るでしょうね。私が王子の情婦になった頃には既にそのタイプは避けていらっしゃったし、その理由は……あら、これは内緒でしたわね」
 わざとらしく視線をそらす。
 女がこういった表情を浮かべたら最後、どうやっても話さないことをビーレウストは知っている。
「食えない女だ」
 抱いて語らせるのも一興だが、ビーレウストにはそこまでして聞くつもりはなかった。暇なら試したかも知れないが彼には所用があった。
 ベッドから降り、側に投げ捨てていた服を着始める。
「そうですか? 散々食い散らかされていると思うのですけれども」
 アルテイジアはそれを手伝うでもなく、ベッドの上から話しかける。
 彼女は情婦であって召使ではない。そしてビーレウストという男が着替えに手を貸される事を嫌うことも、彼女は重々承知していた。
「まあいい。何があっても、近いうちに陛下の正妃四名が決定するだろう。そろそろ出る用意でもしておけ」
「ご心配なく。いつでも出て行ける準備は整っておりますので」
「そうかよ。じゃあな、アルテイジア」
 赤と黒と白、そして青と緑。この五色だけで彩られた[軍人]は、軍人である以上に、
「楽しそうですけれども、何処の誰を殺しにいかれるのですか?」
 人を殺すのが好きだった。
 突如彼女の前に現れ “恋人” の頭をぶち抜いた男、それがビーレウスト。
「遠距離砲の試射に行くんだよ」
 艦隊を指揮するのよりも、人を殺すのが好きな血に酔いやすい男は、銃を好む。
「王子のお好きな火薬の専用武器ですか?」
 直接殺すと血の臭いに酔ってしまい大量に殺害できない為、遠距離から「壊れる」さまを見て楽しむ方法に変えていた。
「違う。俺のじゃない、軍の標準装備用に開発しているやつだ。またエネルギー調整が不安定だから、俺に試射がまわってきた」
「精々、武器の暴発で怪我をしないように。とは言っても、王子に試射を頼むとなればセゼナード公爵殿下が自ら作られているものでしょうから……暴発なさるかもね」
「まあな、あいつは “とりあえず最大” で作るからな」
 技術屋の親友は[安全性]と[威力]を秤にかけると、どうも[威力]に傾く癖がある。
 勿論最終的には、標準装備用に安全性を重視した兵器になるのだが、その過程上どうしても安全性を度外視した方も試したくなるらしく、その都度無類の「銃器好き」のビーレウストに、試射をさせていた。
「それが楽しみで試射に参加なさるくせに」
 引き受ける方も、そのスリルが楽しくて「危険な武器の開発」を止めることなく、それどころか背を押してやるのだから良い関係なのだろう。
「じゃあな、アルテイジア」
 振り返る事なく寝室から出て行った男に、彼女は頭を下げるでもなく黙って見送った。


− ケシュマリスタ系容姿男性に傾いているようですよ。貴方の大親友であるエーダリロク王子がそう言ってらっしゃいましたわ……それにしても[これ]は本当に[性能]がよろしいことで。


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