ALMOND GWALIOR −15
 素敵な笑顔だね、それが僕に向けられているものではないことを知っているが。
 ザウディンダルは寝ていた。寝てること自体はどうでもいい、その寝顔を見ているカルニスタミアの表情が嫌だ。優しく髪に触れながら寝顔を満ち足りたような表情で眺めている。
「まだ寝てたんだ」
 小さく声をかけると、カルニスタミアは笑顔を変えて頷いた。
 苦笑いっぽいのに変えた。あの表情は、無意識のうちにザウディンダルに向けられるものであって、他の人には向けられないもの。
「僕は待つの嫌いだから、違う所に行くよ。じゃあね」
 自分でも変わっていることに気付いていないんだろう。
 こういう時、違いをまざまざと見せ付けられる。
「ああ」
 愛しい人に無意識のうちに向ける笑顔と、それ以外の知り合いに無意識に向ける表情。違って当然だ。
 カルニスタミアに抱かれることもあるし、カルニスタミアと一緒にザウディンダルを抱くこともある。でも、彼にとって僕と「女王」は全く違うもの。
 どれ程体を重ねようが、彼にとって僕との関係は遊びとも違う、スポーツの延長のようなものであり、技巧を試すものであり、契約のようなもの。僕は彼と取引をした。
 彼の婚約者がねえ……ザウディンダルを庶子だっていって馬鹿にしたんだ、庶子で両性具有なんて生まれてくるのもおこがましいってさあ。両性具有を批難しただけなら僕には何も言う権利はないけれど、庶子という事を否定されたから僕もその女を否定してみたくなった。
 だから僕、婚約者を自分の意思で強姦してみた。世界に存在することを否定する勢いで、死なないギリギリまで犯してみた。
 それだけじゃないだろうね、カルニスタミアが妃を迎えるなんて我慢できないし、妃になった後に手出したら問題になるし。何より、こんな女がカルニスタミアの妃になるなんて……僕は自分が大好きだけれども、他人を全く認められないわけでもない。
 カルニスタミアの妃が本当に綺麗だったら、立派な人だったら、殺したかもしれないけれど強姦はしなかったと思うよ。あくまでも結果論だけどさ。
 そしてラティランに報告してみた。ラティランは指示出す前にやったのかと、それだけだったよ。カルニスタミアが妃を迎えてテルロバールノル領で落ち着いたりしたら、ラティランとしても困るんだろう。
 カレティアとカルニスタミアの仲が修復して、両者でテルロバールノルを統治してゆく姿勢になると厄介らしい。
 それに何より、両性具有の資質もあるし。両性具有は近親者に惹かれる傾向がある。ケシュマリスタ系男と黒髪軍人男が惹かれ合うのと同じくらい、いやそれ以上に両性具有は近親者に惹かれる。
 ザウディンダルが長兄デウデシオンについて回ってるのと同じくらいに、カレティアはカルニスタミアに惹かれている。疑う余地もないくらいにね。
 カレティアがザウディンダルを嫌う表向きの理由は『王弟にして実弟が女王に入れあげている』だろうけれども本当は、彼の中に隠れている彼女がカルニスタミアを欲している、それなのに弟は別の女王と関係をもっているから……要するに嫉妬だね。
 カレティアとカルニスタミアの仲が修復されてしまえば、間違いが起こる可能性もある。両性具有は近親者との接触で精神が安定するらしい、元が同じということもあるけれど、向かい側にいる自分に容姿ではなく “血” が似た相手に、自分の性別の一つを預けてしまえるのが良いようだ。
 目の前にいるのは、自分の持つ性別の一つだと思い込み、自分は単一の性に戻れる気がする……らしい。この考え方自体が変な気がするんだけど、実際ザウディンダルは帝国宰相の前じゃあ「妹」っぽくなる。
 自分の中にある繁殖能力のある性別とはとは逆の性別を自らと思い、自分と同じ繁殖能力を持つ近親者に強く惹かれ肉体交渉をも望む。そういう性質が両性具有の中には潜んでいるのだそうだ。
 深い部分まではさすがにラティランは教えてくれなかったけれども、エターナとロターヌが元々近親相姦だったからソレが関係してるのかもね。
 そこに黒髪の軍人シュスター・ベルレーが混ざって、おかしいことになったけれども……そうは言ってもあの二人はシュスター・ベルレーとも近親相姦であるのは確かだから。どうやっても両性具有は近親相姦から離れられないんだろうね。
 ラティランとしては秘密を握っていることが重要だから、カレティアが勝手にカルニスタミアに自分の体のことを告げたりしたら困る……いや、自分の意思に沿わない行動をとることを許すことは出来ないらしい。


 ラティランは計算尽くめでテルロバールノル王と王弟を仲違いさせ続けている。そしてこの先も仲違いさせ続けるつもりらしい。


 僕としても仲良くなってもらっても困るから、それには口を挟まないし、元々はさめはしない。
 それにしてもカルニスタミアは両性具有に縁のある男だ。ライバルとしては最強だけどね、体の具合の良さは……ザウディンダルを抱いてみたけど、間違いなく適わない。それだけの為に特化した器官は恐ろしいまでに快感をもたらす。
 これが最も具合がいいと言われている近親者、それも両親が同じ両性具有と関係を持ったりしたら、カルニスタミアは虜になるだろう。

 カレティアは本当にエターナに似ているし。カルニスタミアは根が軍人だし……

 何もする気にならなくて、そんな事を考えながら一人で喫茶室に居たら呼び出しが来た。
「ガルディゼロ侯爵。王が御呼びだ」
「そう」
 側近のブラベリシスが態々呼びに来たってことはロクなことじゃないだろうな。
 ラティランの側近のブラベリシスは『ラティランの本性』を知っている数少ない男だ。本人もご他聞に漏れず性格の悪い男だけどね。
 本性は知っているが、腹心じゃあない。ラティランに腹心は全く信頼されていない僕さ。
 表面上は無害だし、民衆を思いやるいい王様を演じてるけれども、『懐が深い』の真逆に位置するのがラティランだからね。
「何処に行けばいいのかな?」
「王の下に連れて行く」
「伝言のお仕事ご苦労様」
 黙ってブラベリシスの後をついて歩く。ブラベリシスは「側近」で僕は「腹心」
 ラティラン以外の人がラティランの部下を評価する場合は、品行方正のブラベリシスの方が当然評価は高い。僕としてはラティランの部下としての評価が高くてもどうしようもないし、ましてやそれを評価しているのが他人な辺りどうでも良いんだけど、ブラベリシスの方は気にしているらしいね。
 他人の評価は高いが、ラティランに重用されているのは僕ってのが気に食わないらしい。
 重用ってのは世間一般で言う『汚れた仕事』ってのを受け持つこと。例えばカレティアを暴行することとか。本人には教えてやる気はないけれど、ブラベリシスみたいに『自分が汚れた仕事をすることを嫌う』人にはラティランは回さない。
 秘密は知っているものが少ない方が漏洩の可能性が低い。僕は命令を下されれば、僕自身が全て行う。強姦だろうが虐殺だろうが僕が僕の責任で行うから、真に命令を下しているラティランは決して汚れない、そして情報の統制もしやすい。それが重宝で僕は腹心なのさ。
 教えてやらないが、教えてやっても虚栄心の塊のブラベリシスに出来るかどうか。
「気に食わん。重要な仕事は全て貴様に流れる」
「君如きに気に入られたら、僕もおしまいだよ。屑なんだからさ君は」
「貴様。いい気になるなよ」
「君もね、ブラベリシス」
 重要な仕事ねえ……もしかしたら、今回の呼び出しはカレティアでの実験の後始末かなあ。
 もうカレティアを犯す必要もないし、そろそろ完成するって言ってたから……。完成させたら口封じの為に薬を作ってきた奴等も処分するって言ってたしなあ。
 カレティアを僕に強姦させた後、ラティランは取引をしてカレティアの体を自由に使い人体実験を繰り返してきた。実験はザウディンダルが妊娠できるようになるための薬の分量や成分の調整。
 繁殖機能を逆転させるには、色々な薬を投与しなけりゃならないし、投与する量や成分も体の大きさや体質によって違うから、他人で試しても中々完成しない。
 最初はザウディンダルのデータを直接取ろうとしたんだけど、それは出来ないで終わったからさ。
 帝国騎士団本部で蘇生器用の基本データを取る際に、ラティランはザウディンダルのデータを取れとキャッセル様に言い寄ったらしいんだが、あの人はラティランのこと嫌ってるし異父弟を大事にしてるから、首を縦に振らなかった。
 王相手に[一切聞き入れない]態度を崩さなかったキャッセル様に、批難もあったけど『帝国騎士は皇帝陛下直属の家臣。それの統括には王も口を挟めないといういい前例が出来た。ケシュマリスタ王ほどになれば引き際も弁えているだろう』と宰相が言い返してきて、ラティランも引き下がるしかなかったね。
 それでカレティアを使うことにしたらしい……それだけじゃないだろうけどね、根が聖人君主じゃないラティランだ。良い人を演じていると疲れてきて、憂さ晴らしもしたくなるらしい。その憂さ晴らしが、どう好意的に観ても拷問っぽいのが何とも。
 思えば先代テルロバールノル王は賢かったな。技術者としても賢かったが、ラティランの本質を見抜いた能力が。見抜くといっても皇帝の座を狙っているなどというのではなく、ラティランの本質ってヤツ。
 僕やラティランの親であるケシュマリスタ王は見抜けなかったけれどね。


 この実験が終わってカレティアに数々の暴虐を加える「理由」がなくなったら、ラティランはもう触らないのかなあ? それともまた、色々な理由をつけて何かするのかな? ……どっちでも良いけど。僕如きが何かしてやることも出来ないし、両性具有で王座に就いてるのだからその程度のことは我慢すればいい。嫌ならカルニスタミアに位を譲れば……譲られれば困るかなあ。王に就いたらカルニスタミアは王妃を迎えなければならないから、僕が入り込む隙がなくなる。
 頑張って、ラティランに甚振られてねカレティア。僕の為にも。


 閉じ込められて薬を作っている奴等は、完成したら自分達が薄々処分されることには気付いているようだけど、所定日までに結果を出せないとどっちにしても殺される訳だから……まあ、悪いことした自分の過去を恨むと良いよ。
 悪いことした医者と科学者とか、刑務所経由でラティランが抱えたから、誰も疑わないんだよねえ。君達がいなければ、皇帝陛下は退位の危険に晒されずに済むわけだから……ラティランが失敗して下手に罪を暴かれれば、奴等の縁戚まで累が及ぶだろうね。
 戻る所もないし、戻ることもできない。戻ってきて欲しくもないだろうさ。
「王がお待ちだ」
「お使いご苦労様、ブラベリシス」
「何時までも大口叩けると思うなよ」
「全ての君の言葉を全て君に返してあげるよ、ブラベリシス」

 カレティアはついに『初潮』を迎えちゃったのかねえ?

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