ALMOND GWALIOR −13
 僕がカレンティンシス王が両性具有だと知ったのは、当たり前ながらラティランから聞かされた。
 最初は何の冗談かと思ったが、
「信じてはいないようだな、ガルディゼロ」
「どうやって信じろって言うのかな? 彼は妃もいれば嫡男もあれば、何よりも王の座についている。これらから男性であるという証明がなされている以上、女性をも持ち合わせる両性具有だということを信じろというのは無理だよ。君の言葉だけで信じられるものではないし」
 目の前にいる性格の悪すぎる王様がこんな下らなくもない、口にするのも憚られる冗談など言うはずもないのは解る。
 だが、こんなことを聞いただけで信じてしまうようじゃあ良い様に使われるだけだ。
「お前はそう言うだろうとは思っていた。そこに隠れていろ」
 ラティランはクローゼットを指差した。
「これから我が永遠の友、カレンティンシスがここに来る。お前は息を殺してみているがいい」
 僕は言われた通り、クローゼットにのぞき穴を開けて中に入った。

 この時僕は二十歳。

 帝国の法では両性具有は決して即位できないこと、正式な配偶者になることも出来ないことをはっきりと知っている。
 僕がクローゼットに隠れた部屋は小さな部屋、紫地に刺繍が施されたカーペット、そしてレースのカーテン。暗いところが嫌いなカレティアのためなのか、部屋は明るくてそしてラティランは笑っていた。
 自らの手で扉を開き入ってきたカレティアは、挨拶一つしないでラティランの頬を殴った。
「どういうつもりだ! 何故、カルニスタミアが両性具有に!」
 そうする為に、ラティランは彼に吹き込んで、そうなるように仕向けた。
 真面目な王子様は、陛下と両性具有ザウディンダルの為に……ね。
 頬を殴られても笑みを貼り付けているラティランに、尚もカレティアは問いただそうとしたが、襟首をつかまれ引き寄せられ、
「お前も両性具有だろう。カレンティシス・ディセルダヴィション・ファーオンだと? 嘘をつくなカレンティンシス・アグディスティス・エタナエルだろうが」
 カレティアの表情は凍りついた。
 この時まで、カレティアは気付かれていることを知らなかったんだろうね。
「いきなり何を言う!」
 カレティアはあまり強くない王だ。でもテルロバールノルじゃあ珍しくない。元々テルロバールノルは完全な『人間』が源流だから “人間っぽい” のが多い。弟のカルニスタミアが、テルロバールノルでは異端な部類に入る。
 カルニスタミアはテルロバールノルに他王家の血が根付き始めた象徴だと誰かが言っていたが、それは “兄” であるカレンティンシスにも言えたことだったらしい。弟は≪陽≫に、兄は≪陰≫に。
 まさかその弱さが『人間が源流』ではなく『性玩具が源流』だとは、そんなものが根付くとは。
 そしてラティランは強い。あの男、外見は完全なケシュマリスタだが、中身の半分以上は強靭なエヴェドリットだ。虐げられる為に脳にリミッターがついている両性具有が勝てる相手じゃない。何せエヴェドリットは戦闘用に脳のリミッターが解除されてるんだから。
 最大の力を引き出せるんだよね……勝てるわけ無い、あんな奴等に。カレティアは、簡単に床に叩きつけられて肺の辺りを叩かれ、呼吸が乱れた。乱れたというか、呼吸が出来ない状況になったらしく、口から涎をたらして喉のあたりを掻き毟ってる。
 もう、ラティランを押しのけるどころじゃないみたいだね、涙も噴出して汗も浮かんでるし。
 要するに抵抗らしい抵抗が出来ない状態で、ラティランはカレティアの服を引き裂いた。紙か何かのように引き裂かれた『正装』
 カレティアは最古の王家のプライドで、何処でも重たい身体の線が殆ど隠れてしまう『王の正装』をしているのだと言われていたが……それはプライドではなく、必要だったからか。
 男性器を掴み上げられたそこには、確かに女性器があった。真直ぐな線だけにしかみえない、ふくらみもなければ色素もない、実年齢とは不釣合いなそこは全く発達していないようだ。発達してるわけ無いんだけどね、元々女性じゃないんだから。
 ラティランはその線にしか見えない箇所に、手袋のまま指を二本入れた。バタバタと脚を暴れさせるカレティアを見ながら、僕はこれからラティランに『カレティアを犯せ』と命ぜられるのだろうことを理解した。
 ラティランは精神感応が開通しているせいで、カレティアを犯す事はできないからね……もし、そうでなかったとしてもラティランは触らなかっただろうね。
 ラティランにとって、祖先の『形状』は醜いものにしか見えないらしい。それはそれで良いけどさ。

「何だい? ラティラン」
「犯せ」
「何を」
「カレンティンシスの女の部分をだ」
「いいよ」

 そして僕はね、カレティアが憎たらしかった。
 目の前で気を失っている両性具有が王の座に就いているのか? 帝国では両性具有は王にも皇帝にも、王妃にも正妃にもなれない。結婚だって正式には出来ない『蔑まれるべき』存在じゃないか。
 それなのにこの男は、何故王の座に就いているんだ?
 両性具有や私生児は本当に蔑まれる、そして僕は蔑まれて育った。僕は庶子にだって自分の力でなったんだ、誰も守ってくれなかった。そう、誰もね。
 今僕に意識を失った身体を貫かれている[処女]は何の苦労もなく王太子になり、王となった。前の王が必死になって努力したって事だろうな……そして周囲には口の堅い召使がいて、献身的に仕えてるんだろうね……。
 王の子だから? 守ってくれる両親がいたから? 笑わせるな
 蔑まれる存在なら、僕と同じく蔑まされるべきだ。
 僕が打ち付けていると、その処女を破られた[男]は無意識で嬌声を漏らし始めた。意識のある時は決して聞けない、雄の下半身を誘う声。そして吸い付くような女。

貴方にも、これ程の女があれば男に捨てられなかったでしょうねえ……

 僕を産んだ女は、全てに絶望して王の愛人になった。愛人になれるくらいだから、美人ではあったんだけどさ。
 初恋の相手に酷い振られ方をして男性不信になったんだってさ。それを心配してくれていた、心優しい姉。そしてその姉に好意を寄せていた男。
 僕を産んだ女は、男性不審から立ち直った。要するに好きな男ができたのさ。それが姉に好意を寄せていた男。
 その頃には姉と男は関係もあったが『妹思いの心優しいお姉さま』は身を引いて、男と妹を結婚させようとした。『心優しいお姉さま』の努力によって二人は結婚式の準備まで出来たけど、そこで男は心優しいお姉さまが妹の為に身を引いたことを知り、そして自分の事をまだ愛していることをも知った。
 二人の愛は再燃し、僕を産んだ女は結婚式当日、心優しくて男を譲ってくれたけどやっぱり私も彼の事好きなの御免なさいと言った女と、君とは結婚できない彼女を愛しているんだと言い切った夫になるはずだった男を前に気を失った。
 貴族の結婚なんて、家同士の結婚。姉だろうが妹だろうが別にどうでもいいこと。
 僕を産んだ女が気を失っている間に、主役は入れ替わり男と姉が結婚式を挙げた。
 その時の惨めさが、僕を産んだ女を追い詰めた。式を終えて、幸せそうにベッドで腰を振って交尾してる二人のところに刃物持って押し入り、騒ぎになった。事情を知っている人も居たから、僕を産んだ女に同情する声もあった。
 その同情が王の愛人への道になった。
 前ケシュマリスタ王の愛人にならないかという誘いと、王の愛人になれれば子爵如き忘れられるだろうという事で。
 心優しいお姉さまと、夫になるはずだった男は『不幸になる』と止めようとしたらしいけど

誰だっけ? 最も不幸にしてくれたのは

 僕を産んだ女は僕を産んで、そして毎日毎日恨みを語ったさ。
 あれは僕に恨みを語るために僕を産んだに違いない。でもさ、僕は庶子……いや、私生児だった。
 こんな情けない馬鹿馬鹿しい出来事で生み出された私生児は、自分で努力しなけりゃ何一つ手に入らない。でもさ、生きているうちに私生児以外にも両性具有や無性など、自分ではどうする事もできない “生まれ” のせいで地位を認められない存在が居る事を知って、僕はそれらに勝手に近しさを感じていた。
 カレンティンシス王を見るまでは
 本当に勝手に感じていただけで、実際は普通の地位を苦もなく得ていたわけだ。
 気が狂った女と王の間に生まれた庶子が一人で苦労して『人並みの地位』を手に入れたというのに。帝国最古、地球時代まで遡れる由緒正しい王家の長子。皇帝眼をも備えた王子は、両性具有なのに王になった。
 これでカレンティンシスが[処女]でなかったら、まあ少しは許せたかもね。先代王はカレンティンシスが両性具有なのは知ってるだろうから、手出してても不思議じゃないのに。
 これ、皇帝に献上するのが勿体なくて自分のモノにしたくて置いておいたんじゃないんだ……
「ちっ! 処女はきついから嫌いなんだよね。特に両性具有は……」
 僕は君を犯したが、君は犯されたとは誰にも言えない。
 さあ、誰にも助けてもらえない場所に来れば良い。
 僕は放って体を離し、ラティランに終わったと告げる。そこにはモニターがあって、録画されていたらしい。悪趣味なじゃなくて、これでいう事をきかせるんだろうね。
「他言無用だ」
「解ってるさ」
 言えるわけないじゃないか。
 命じられて襲った、それが悪い事だってのは知ってるからね。……僕はどれほど努力したって足掻いたって、このケシュマリスタ王の支配下から逃れられない。
 殺せと命じられれば殺すし、犯せと命じられれば犯すよ。
 そうしなければ生きていられないからね。
 僕は、生き延びることが生きる目的なんだ。……多分、王子様には解らないだろうね。それが悪いことだって言う自覚はある。でも、それ以外の道はない。
 僕は自分が大好きさ。ああ、ナルシストだよ。だって自分事を一瞬でも嫌いになれば、僕は自殺するだろう。それ程悪い事をしてここまで来た。この王が絶対に支配する世界で生き延びる為には、従うしかないのさ。幼児を殺すことだって、他人と寝ることだって、犯すことだって僕はする。そうしなければ生きていられない。
 僕が生きていられる場所は小さい。
 立って息苦しく呼吸していられる程度の場所しかない。領地ではなく、居場所が。
「それじゃまた、犯す必要があったら言ってね。後ろだろうが前だろうが散々注ぎ込んでやるから」
「そうか、ならば次も任せよう」
 そして僕はそんな事に従順に、率先して従わなけりゃならない。
 使えるヤツでい続けなければならないのさ。ははは……ああ、自分が生き延びる為なら、幾らでもあの両性具有の王を犯してやるさ。
 何時かカルニスタミアにこの事が知られて、殺されたりしても後悔はしない。カレンティンシスを恨むだろうけれども。

「いいだろ、君は王様。僕は決して……」
 
 何になることも無いのだから。


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