ALMOND GWALIOR −12
 理由を聞いて僕はラティランの指示に従った……訳でもない。
 ラティランがカルニスタミアをケシュマリスタに迎え入れたのは、表面上は「カレンティンシスの治世を落ち着かせるのを助ける為」
 あんなラティランだけれども、普通の召使の前では「いい王様」を演じているからね。腹心の前では「野心家」だけれども、あれを見極めるのは大変だ。
 ラティランの策はスタンダードなものだった。
 兄王に疎まれている弟王子をケシュマリスタに迎え入れる。
 その王子は皇帝の「我が永遠の友」
 よって、育てようによっては皇帝を遠隔操作することが出来る。その育て方が[両性具有に興味を持たせる]って事だった。
 両性具有はその扱いがとっても面倒な “品物” だ。
 初代エターナが自分達を人と同じく扱うのを嫌いあくまでも “品物” として扱うようにと願って、それが今でも続いているんだけれど……エターナの言いたいことは解る。
 彼が望んだ事が何だったのか、よくわかるよ。君が人間から与えられる権利を嫌う気持ちは良くわかる……
 でもね、エターナ。
 君の子孫は君じゃないんだ。
 解るかな?
 君の子孫は君と同じ身体を持っていても、君のように “人間と同じ権利を拒否する” そうは思わない子もいるんだよ。
 死んじゃった君に言っても無意味だけれど、僕ははっきりと言えるよ。
 君が拒否した権利を欲する両性具有だっているんだよ。
 君は君の中では正しかった、それは否定しない。
 でも君は絶対じゃなかったよ、エターナ・ケシュマリスタ。
「ふ〜ん、どっち? アグディスティス・エタナエル? それともアグディスティス・ロタナエル? それとも両方いるのかい?」
 アグディスティス・エタナエルは<男性型両性具有> アグディスティス・ロタナエル<女性型両性具有>を差す名前。両性具有は第一名だけが “個別商品名” で、二と三は種類によってこれを付けられるのが決まりだ。
「アグディスティス・エタナエルがいる。名はザウディンダル」
 ザウディンダル自体は数名貴族にいるが、フルネームを僕が知らないとなると……それは、正式な貴族でははない。
 いや……つい最近まで私生児だった集団の中に、ザウディンダルというのが居たな。
「ディブレシア帝の庶子?」
「その通りだ」
 なるほどね……ザウディンダル・アグティスティス・エタナエルをぶつけるのか。
「でも、向こうもそれなりに管理してるだろう? 会わせるのは大変じゃない? それにさあ、もう巴旦杏の塔が開かれてるんだから献上するのは本決まりなんじゃないの?」
 そこに帝国宰相がどう絡むのかはしらないけどさ、表面的な事柄だけ見れば陛下に贈られるのは間違いないんじゃない?
 何よりさ、それが[女王]ならこの帝国の現状からして、間違いなく陛下のお初の相手候補のトップだ。
「それはどうにでもなる。だから、お前は手は出すな、キュラ」
「両性具有相手じゃあねえ。向こうは生まれつき最高の穴を二つも持ってる品物だ、身体で競って勝てる相手じゃないし……ま、事と次第によってはどうなるか解らないけれど」


 僕はね一目で恋に落ちたんだ、カルニスタミアに。十三歳の時、八歳の王子様を見て絶対に手に入れようと決めたんだ。何年かかったって諦めない、僕は君が好きなんだ。


「それにしてもテルロバールノル新王、随分と簡単に弟王子を手放したね。もしかして、殺してやるとか言って連れてきたの?」
 僕とラティランに良く似た、ケシュマリスタ容貌のテルロバールノル王。
 かわいそうにラティランと精神感応が開通しているあの王様……どうも、ラティランに騙されているような気がするんだよね。
「まさか。カレティアは弟を嫌っているが、我が永遠の友である以上殺すことも出来ぬからな。あの男はそうでなくとも弟王子カルニスタミアは殺せんだろう。あいつは近親者を殺せぬ軟弱者よ。カルニスタミアを王に推す母妃すら殺すことも出来ないでいる。精々殺せて叔父くらいだろうな。それも叔父の一族全て殺せはしまい。生温い男だ」
 彼、ラティランの事を疑ってないらしい。
 そうそう、精神を行き来させていないからかもしれないけれど……気付かないのかなあ。
 実際今も、ラティランの表面上の好意を信用して弟王子を危険な場所に送り込んでさぁ。普通なら、後宮にいる叔父の皇婿セボリーロストあたりに預けるべきじゃない?
 あそこにはロヴィニアの第三子エーダリロク王子やエヴェドリットの第五子ビーレウスト=ビレネストが居るんだよ。こんな隔離された場所に預けるより、天才と名高いロヴィニア王子や、軍人として競うだろうと噂されているエヴェドリット王子と一緒にしておいた方がいいに決まってるじゃないか。
 学校などには通わない王子は、宮殿でどれほどの関係を築けるかが出世に大きく影響して来るんだから。何より、陛下のお傍に置こうと……思わないのか?
「君みたいにさっくり殺しちゃえば楽なのにね」
 まあ、良いけどね。
 他所の王家がどうなろうと、僕の知った事じゃない。僕の大事はシュスター。ケシュマリスタだって、後ろ盾として必要だから従っているだけであって大切だとは思わない。
「その通りだ、キュラ。本当に、あの男の甘さには反吐が出る」
「あらあら、反吐が出るんだなんて王様らしくないよラティラン」

 “この” ラティランの息子がカレンティンシスよりも生温い軟弱者に育つなんて、僕すら思わなかったね。
 そしてラティランが “甘い” と言った男は、僕が思っていた以上に男らしかった


「ほんと、君は火薬を使う銃も上手く操れるね」
「まあ、ビーレウストと競っているうちに上手く操れるようになった」
 僕は君に嘘をついたまま、この関係になった。
 君にとっては、良いお友達だろうよ。ちょっとばかり肉体関係のある。もっとも、肉体関係と言ったって、感情があるものではなくスポーツ程度の気持ちらしい。
 それで一向に構わない。……今はね。
「早いけど昼食にしようよ」
「構わねえが。何が食いたい?」

 僕とカルニスタミアは銃を放り投げて『王子様の大好きな両性具有』ザウディンダルの所へと向かった。

************

 僕は無言で肩並べて歩くのが好きなわけじゃないから、話しかける。僕はカルニスタミアのあらゆることを知りたい。
 無言で歩いているだけで、相手の全てを知ったような気になれるほど僕はおめでたくもない。話さなければ解らないこと、言わなければ通じない。それは当然のことじゃないか。

 僕は無言の意思疎通なんて、絶対に信じない。

「へえ。で、結局そうなったのか……残念だったねえ。この僕ですら心から残念だったって言葉が出てくるよ」
 カルニスタミアはどちらかと言えば無口な方だけど、今日は饒舌だった。何せ陛下……陛下前に女と寝たのって三ヶ月くらい前だったはずなのに。
 僕がその時警備担当だったから見てたけど、淡白だったねえ。若い皇帝陛下が一ヶ月ぶりに女性を抱く時にアレでいいものなのか? 女が好きじゃない僕だけど、陛下のあれは何ともいえない気分になった。
「元々、何に対しても欲求が希薄な方でいらっしゃるからな」
「それでも、好きでもない他人が勝手に選び、あてがわれた娘を伴って、それを妃にするべく抱こうとした努力はお見事だけどね。それが皇帝としての仕事だっていうのは解るけど」
 陛下良い人なんだけどね、晩生って言うか “とろい” と言うか、恐ろしく鈍いって言うのか。僕は皇位を狙っているラティランと居る時間が長いから、皇位簒奪について云々聞かされるけれど、ラティランも陛下自体は嫌ってないんだよね。
 ナイトオリバルドという皇族は別に嫌いじゃないらしいが、シュスタークという皇帝は邪魔だという事だ。
 シュスタークを退けるには、殺すか廃位しかない。殺すのは難しい、陛下の身体能力や周辺を固めている庶子達の結束、何より人民からの評判の良さ。陛下自体は何もなされないから、悪い事一つもないのね。
 帝国宰相は統治能力的に何の問題もない。
 過去にその有能さから別の皇王族が陛下に『帝国宰相デウデシオンは皇帝の座を狙っている』と誹謗中傷したことはあった。それで陛下から帝国宰相を遠ざけて、あわよくば自分が……っていう目論見があったらしいけど、その言葉が嘘にならないくらいに帝国宰相には権限があり勢力がある。
 ま、陛下はあの通りなので『ならば余は大皇となるのか』と素で返され退位させられるものだと本当に思っていたらしいけど……陛下らしい。その一連の行動に嫌味がないんだよなあ、この僻みや嫉妬心で出来ている僕ですら陛下には……これが生まれと育ちの違いなだろうなあ。勿論、性能の差でもあるんだろうけれど。
 ラティランはケシュマリスタ王になってしまったから既に皇位継承権はない、だから狙うとすれば……でも、殺すのは得策じゃないんだよね。
 暗黒時代[前]ならば、非難はされても即位できただろうが、皇帝殺害の “乱発” が混乱を招き、人類滅亡の危機まで陥れた暗黒時代[後]の現在、評判のいい皇帝を殺して即位は誰もついてこない。
「それで陛下を見捨てて逃げた娘が、我が家で選んだ平民だった為にアルカルターヴァ公爵が帝国宰相に罰せられたというわけだ」
「そうかい。それにしても、君の “お兄様” は本当に暗いところが苦手だね」
「差別するわけではないが、女子どもでもあるまいし。見えぬからといって、そこまで恐怖する事もあるまい」
「そうだねえ、三児の父親なんだからねえ」

 カルニスタミア、君は知らないだろうが君の兄カレンティンシスは『両性具有』なんだよ。それも君が大好きなザウディンダルと同じ「女王」


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