ALMOND GWALIOR −179
 皇君は大宮殿の至る所で起こった爆発の音を聞いて、
「どれどれ、行くとするか」
 皇君宮を抜けて一路《神殿》へと……向かう”予定”だったのだが、
「ティアランゼさまのご命令で、近づけないのだよ」
 帝君の霊廟入り口で腕を組み、虚空に話しかけた。
「これほどの爆破を起こしても、空は青く美しい。雨音を、水音をそれ程嫌うのかね……君は」
 体の内側にいる《しもべ》に声を掛け、背中から白骨の騎士を生やし、
「どれどれ」
 背骨から核を抜き出し、白骨の騎士たちの中心に”置く”
 普通の血管とは違う、発光した管で背骨とつながっている核。
「ふーむ、これで殺せるものであろうか」
 その核を浮かせているのは皇君の持っている超能力。白骨の騎士の力を持つものは、ある程度の念動力を持つ。それがなければ、白骨のみで構成されている騎士が《人型》を保つことができない。念動力は筋となり筋肉となり、白骨の騎士の体を支える。
 異形なので意志や思考はあるが、白骨の騎士には体を支える術がない。体を支えられ、自分の意志を伝えてその通りに動かしてくれる本体が必要不可欠。
 なので他の異形とは違い、彼らは本体を乗っ取ろうとはしない。

「そうだよ。我輩の核を守ってくれ……っと……」

 力を入れて浮かせていた筈の核が”ごろり”と落ちた。膜で覆われているので、地表に触れても暴発するようなことはないが、漏れる力の強さに草が見る間に枯れてゆく。
「ん? おや?」
 核が落ちると同時に白骨の騎士たちも力を失い、皇君の体の回りに骨を散らす。
「おやおや」
 白骨の騎士も核も体にしまい込むのは「念動力」を用いているので、
「このままではどうにもならないね」
 背骨を変形させ「尾」にして周囲の気配を疑う。
「ん……おや、まさか帝君の霊廟に?」
 死者を悼むという感性のないリスカートーフォンの霊廟の中に、誰かがいた。
「リスカートーフォン皇王族の霊廟に無断で立ち入ったのは誰かね? 僭主かね?」
 ”白骨の尾”を丸めて核を乗せる台座を作り、
「あまり直接触りたくないのだがね」
 台に核を乗せて、背中の皮と筋肉につながっている白骨を引き摺りながら、霊廟へと入った。
「どこに隠れているのだね?」
 壊れた玩具が歩く音 ―― 誰もがそのくらいしか表現が思いつかない滑稽でグロテスクな音を立てながら皇君は歩き、直ぐ近くの部屋に”いた”人物を発見した。
「おや……これは。済まないねえ、隠れているものだとばかり。監禁されているとは」
 ザロナティオンに食べられて空になってしまった棺。なにもない部屋に、腕と足を丁寧に折られたあとに拘束され、猿ぐつわを噛まされ目を潰された末端の皇王族がいた。
「ん−! んー!」
 耳は聞こえ、猿ぐつわを噛まされているのだから当然喉は潰れてはいない。
「理由は解らないけれども、君を監禁したひとが誰か解らないから我輩はゆくよ」
 皇王族は皇君だと解り、必死に助けを求めている。目が見えないのが幸いなのか災いなのか、皇君の表情には助けようという気持ちは微塵も無かった。
「うあーうあー」
「ふむ……」
 皇君は近付き猿ぐつわを外してやる。
「エダ公爵に! エダ公爵が!」
「エダかね。ふむ、もしかして君以外にも掴まったのかな?」
 超能力は血に乗る。となれば、ここで監禁されている者の近親者も掴まっている可能性がある。
「ああ、つ、かまった」
「そうかね。ところで、君は自分が超能力者であることを知っているかな?」
「あ? ……」
「知らないのか。そうか、ではね」
 驚きで呆けた口に猿ぐつわを押し込んで、皇君は霊廟を後にした。
「11メートルといったところか。だが隙間無く配置されているわけでもないようだね。これは厄介だ」
 皇君は核と騎士を三体、体に収納して歩きだした。
 一体だけ残して置いた白骨の騎士は、随所で体を床に散らす。
「規則性でもあるのだろうか? エダに聞いたほうがはやいだろう……だがエダがなんのために”超能力無効者”を配置するのだ? 我輩を警戒するとも思えんし、他に超能力者と言えば……」

 エダ公爵・助けてと言った皇王族・エーダリロク・帝君の霊廟・メーバリベユ侯爵

「もしかして」
 皇君は一体の騎士も体に押し込め、尾を出してディブレシアの命令で近寄ってはいけないと言われた《神殿》へと向かった。
 もちろん皇君には確信はない。まだディブレシアに対する恐怖も、彼女に縋ってしまう弱さもある。だがそれを麻痺させる考えが降りてきたのだ。
「なにをしている、ザンダマイアス」
「ティアランゼさま……なぜ此処に」
 神殿に向かう一本道。神殿に向かっている皇君の向かい側からディブレシアは歩いてきた。
「何用だ」
「……予期せぬ仕掛けを発見したので、お知らせしようと思いまして」
 ディブレシアが神殿から出てこちらへと向かってくるなど、皇君は思ってもいなかった。
「そうか。余は行く、あとは自由にするがいい、ザンダマイアス。ジルオーヌ作戦通りに動くもよし、簒奪するもよし。ではな」
 近付いてきたディブレシアに、皇君は急いで頭を下げる。隣を通り過ぎたディブレシア、その横顔を窺うどころか、足首を見ることすら皇君にはできなかった。
 足音が遠ざかり皇君は立ち上がり、白骨の騎士たちを呼び出し核を露わにして神殿前まで走った。
 緊張にさいなまれながら走り息が上がる。長い金髪をかき上げながら、皇君は走った。
「あ……」

 皇君が辿り着いた神殿前には《誰もいなかった》
 僅かに残る血痕と、内側から開いた形になっている神殿へと続く扉。
「は……ははは……ははははは!」
 なぜ自分が笑いだしたのか? 笑っている皇君も解らない。だが腹から笑いがこみ上げてきて、その笑いは白骨の騎士たちにも伝播し「歯」を打ち鳴らす。
 笑っているのだが、その音は恐怖に震える歯の根がかみ合わぬ憐れな存在の誇示のように聞こえた。
 しばしの笑い、脱力に襲われ、何も考えられぬまま開いている神殿の扉を眺めていた。

―― 皇君殿下、そちらへ向かいます ――

 デ=ディキウレからの一方通行の連絡を受け、
「ああ。もうそんな時間だったかね……」
 懐中時計を取り出し時間を確認した。
「作戦通りだね。作戦通りではないのは……我輩か。手が震えているとは」
 秒針のように小刻みに震える手を見ながら、深呼吸を行い”床”が開くのを待った。
「この作戦は何処へと行くのだろう。君は見守っているのかねクレメッシェルファイラ」

 皇君は彼女であり彼の藍色の瞳を思い出し ―― 先程の皇王族、喉が潰れていたら……助けただろうねえ ―― そんなことを思った自分に、
「なんだろうね。この抜け落ちて行くような感触。いや満たされているのかな? 解らないねえ」
 所在ない自分の行く末を思い、核に力を込め、
「藍凪の少女を手にいれてたのだ……そうだね、そうだ。もう良いじゃないか」
「貴様か……!」
「ビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主かね? 待ちかねていたよ」

 白骨の騎士四体と”青き地球”の如き核を持って出迎えた。

「待っていたよ、僭主諸君。我輩は神殿警備担当の皇君オリヴィアストルだ」
 皇君はケベトネイアとエンデゲルシェントを前にして ―― 核を暴走させるだけの時間を稼げるか……無理だろうねえ。この二人 ―― もしもこちらの提案を断った場合、巻き添えで数を減らすという作戦が不発に終わるだろう事を感じたが、
「異形と化け物は違うが、お前は異形でも化け物だな。白骨の騎士団よ」
 何事もないかのように話続ける。
「君たち全員を吹き飛ばせるかどうか自信がないな。君たち、強そうだからね」
 百人弱のリスカートーフォンから向けられる《殺意》
―― こんなものが最高の美味とは、リスカートーフォンとは本当に悪食だ
 白骨の尾で顎髭を撫でて尋ねる。

「それで君たち、どうするのかね?」
「ジルオーヌ作戦、開始せよ」

 ケベトネイアの決断の早さ、そして襲撃部隊の動きの迅速さ。ケベトネイアとエンデゲルシェント以外は一斉に膝をつき頭を下げる。
「解った。では作戦を歩きながら説明しよう。こちらに来たまえ」
 襲撃部隊の隙間を縫い神殿から離れる皇君。扉が開きかけているのに襲撃部隊は気付いたが、ケベトネイアは神殿の奥に《罠》があることを感じ取り頭を振った。
「それで?」
「君たちが入れ替わる相手、リスカートーフォン系皇王族の一派で……さすがだね、メーバリベユ」
 神殿を出て直ぐのところに、この襲撃が始まってから設置されることになっていた端末が、作戦通りの場所に置かれていた。
「さてこれがターレセロハイの一族だ。総勢六十三名。君たちのほうが数が多いから、ターレセロハイ一族と入れ替われなかった者は、適当なリスカートーフォン系皇王族と入れ替わってもらおう。誰が誰になりかわるか? それは実力行使だ。捕らえてここに連れてきてくれ、ターレセロハイ以外ならば生死は問わない。判別が付かない程に壊してもいいが、指一本などになると死亡判定が難しいからね。それで、ターレセロハイだけは生かして連れて帰ってきてくれたまえ。彼は殺してはいけないよ。彼を殺すのは苦しめていいのは……」

 私は冥界である
 この冥き宇宙でお前を生かすことができる存在である
 この身の内は番犬を飼う。番犬をつなぎ止めるのは、いと細き金糸なり
 私はいつかこの冥がりに飲み込まれるであろう
 いと細き金糸は千切れ私は冥き、冥き……

「苦しめていいのは……君たちではない。そしてターレセロハイを殺害したら、君たちは殺される。作戦は失敗だ。冥府の王はこの時を待っていたのだよ。昏い昏い闇の中」
 皇君は異形でありディブレシアの下僕だが軍人ではない。
「作戦ならば遵守するゆえ、安心せよ。皆の者、まずはターレセロハイを捕らえるぞ。この男性犯罪者の卑怯者。その汚名と共に我が生きる。さあ行くぞ」
 ケベトネイアは異形ではなく《いまは》シュスタークの家臣はないが軍人だ。

 夕顔の蔓を切り裂く幅の広い剣の紋章を背負っていた彼らは躊躇うことなく、皇君を残して歩き出した。

「この先がどうなるのか。私には解る筈もない、か」
 開いた端末に映し出されるロヴィニア王と僭主の艦隊戦を見つめながら、
「教えたのだね”ゼフォン”」
 ”貴方の予想通りにはいきませんな。ティアランゼさま”
「…………」
 いままで自分自身、ディブレシアに対し、思ったこともない感情を持ったことに困惑していた。


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