ALMOND GWALIOR −111
 サーパーラントがなぜビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主に従っているのか?
 彼自身は深い理由は知らない。両親に尋ねたこともない。
 幼いある日、従っているのか従わされているのか解らないが、とにかくビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主に従っている下級貴族が集められた。
 珍しくもない下級貴族の会合。そこに[インヴァニエンス=イヴァニエルド]なる人物がいた。当時七歳だったサーパーラントは綺麗な子供[インヴァニエンス=イヴァニエルド]と遊んでいるつもりだった。[インヴァニエンス=イヴァニエルド]がキャッセルの稚児に相応しいと判断して、サーパーラントと両親以外を突如殺害したのを目の当たりにして、抵抗する気力など起きなかった。
 父親はサーパーラントに ”殺されずに済んだ” と感謝したが、母親は眼前で繰り広げられた、血肉が飛び散る現場、そして嘔吐しながら崩れ落ちていた彼女をみて、引き摺り捌いたばかりの内臓に頭を突っ込ませ、呼吸をするために上げてを何度か繰り返した[インヴァニエンス=イヴァニエルド]
 母親は精神を病んだが、病院に通うことはなかった。
 病院で精神の汚染を調べると、何が起こったのか解ってしまうからだ。だが原因が解らなければ、直すことはできない。
 一つだけ言えることはサーパーラントはあの日、圧倒的な力で次々と自分達を破壊してゆく[インヴァニエンス=イヴァニエルド]を前に、全ての抵抗が無意味と知る。
 その後サーパーラントは情報を送るのに必要な技術を学ぶために、これもビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主の配下にある家名を持たない爵位貴族の家へと向かい、仕える形で[ディストヴィエルド=ヴィエティルダ]に教えられた。
 冷酷そうな顔立ちと、冷酷な性格。そして主に対する不満。
 [ディストヴィエルド=ヴィエティルダ]は彼等僭主の頂点に座す[ザベゲルン=サベローデン]とは従兄弟関係にあり、自らが頂点に立ちたいと切望していた。
 もちろん、サーパーラントが[ディストヴィエルド=ヴィエティルダ]に接して感じたことであり、誰にも語った事はないが、事あるごとに主を貶めて自分を持ち上げる、そんな人物だった。
 [インヴァニエンス=イヴァニエルド]に見せつけられた恐怖と力。
 サーパーラントに抵抗する気はないし、誰かに協力する気もない。自分は何も考えず、与えられた使命を果たして殺されるのだと、覚悟とは違う諦めに近い感情をいだいていた。

**********

「ちっ! 映像は取れなかったが、この声俺に似てるな」
 完全回復していないシステムに外部から、相手に気付かれないように情報に聞き耳をたてていたので、映像は手に入らなかった。
 もっとも映像を重要視していない。自分達の 《容姿》 はかなり手が加えられており、規定以外の顔が現れることのほうが稀。完全に同じ容姿であることも珍しくはないので、決め手にならないどころか、混乱を招く恐れもある。
《確かに似ているな。背格好がお前と同じなのだろうエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
 容姿はともかく、エーダリロクは盗聴に気付いた[ディストヴィエルド]に警戒心を持ったが、彼がどんな人物なのかは全く解らない。
 兄王からも、僭主を狩る立場にあるエヴェドリット王からも、背後で画策している帝国宰相からも、その名前は出た事がない。
「何者かは解らないが、血統的にも優れて、才能があるってところだろうが、この稚児と何処で接触してるんだ? 少し調べてみるか」
 兄王の元にあるサーパーラントに関する情報に目を通しながら、エーダリロクはなにか釈然としないものを感じていた
 その釈然としないものを見つけ出せない自分の能力に苛立ちをも感じながら。
《落ちつけ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。お前は賢い》
「いや、あんたねえ。別に褒めてくれなくても」
《釈然としないのは、ディストヴィエルドが情報をどこで受け取っているか? それがどこなのか見当がついてしまっているから、釈然としないのだ》
「……」
《帝国騎士本部の情報が帝星から出ることはない。出ているとしたら、システムの重大な問題だ。出ていないのだとしたら、誰かが持ち出すしかない。持ち出すためには敵が帝星の何処かに潜んで一度受け取ってから。違うか》
 ザロナティオンの言葉を聞いて無言で頷き、エーダリロクはサーパーラントの情報に当たることにした。彼の情報自体は僭主と繋がっているが泳がせておくと言われた時に一度目を通していたが、詳しく検証したことはなかった。

**********

 サーパーラントは翌朝、キャッセルとザウディンダルがいる部屋へと食事を運んだ。
 見た目は昨晩と同じく、食費を切り詰めている平民のようなカプセルと水。だが違うのは、その脇に添えられた一房の葡萄。
 どこから届けられたのかは解らないが、帝国宰相の支配下にある葡萄園から運ばれたそれは、強い香りを放っていた。
 まとわりつくような甘い香りの葡萄を載せた皿をトレイに移し、サーパーラントは兵士五名と共に部屋の前まで行き、彼一人だけが足を踏み入れた。

− 泡となって消えてゆくかのような、男なのか女なのか解らない −

 サーパーラントはトレイを持ったまま、立ち尽くす。
 海に沈む廃墟から、それを望む濡れた髪のザウディンダルに、言い表せない何かを感じた。トレイを持つ手は震え、だが視線を逸らすことができない。
 海面から届く、揺れる光。その波打つ光を映す白い肌と、物憂げな眼差しは、キャッセルと同じく 《皇帝》 の血を引く、下級貴族とは比べる事も出来ない美しさ。
 サーパーラントに気付いたザウディンダルは腰をあげて、トレイを受け取りきた。
「ありがとよ」
「い、いいえ……失礼します」
 怯えられて立ち去られた事に少々疑問を持ったザウディンダルだが、全く思い当たる節がないので、テーブルにトレイを置きキャッセルが身支度を終えるのを待っていた。
「キャッセル兄! 早く用意して飯食おうよ! そして俺の髪はやく乾かしてくれよ!」
 ザウディンダルが濡れた髪を放置して、景色を眺めていたのは、キャッセルが ”ザウディンダルの髪を乾かしたい” と言ったので放置していただけである。

− 俺、甘く観てた
《そのようだな、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》

 エーダリロクに苦笑いをさせ、銀狂ザロナティオンにも苦笑いをさせたのはザウディンダルが、想像以上に作業が早かった事にある。
 三日はかかると思われていた作業を、一日で終えてしまったのだ。
 まさか作業をゆっくりとやれと連絡を入れるわけにいかないエーダリロクは、作業の早さに舌打ちしつつも 《これなら、やっていけるな》 と思いながら、必要な情報を必死に拾い集める。
− それにしても、早いなあ
 両手に嵌めている工具付きの手袋を自在に操り、スキャン用のゴーグルで透かしながら次々とシステムを繋ぎ、検査用のプログラムを流して次に進む。
 初めてにしては手際よく、
「よぉし、この小さい四角い黒いボックスを取り外して、パネルを張って終わりだ!」
 エーダリロクが情報を抜くために設置した機器を取り外して、パネルを嵌めて、取り替えた部品の全てを種別に分けてまとめて、情報中枢管理室をあとにした。
「終わったぞ、キャッセル兄」
「残念だなあ。もっとかかるって聞いてたのに」
「意外と簡単だったんだよ。多分エーダリロクのヤツ、俺が初めてだから余裕を持たせてくれたんだと思う」
 名残惜しがるキャッセルが、なかなか離してくれないので、本当は一人で帰るつもりだったが、
「アウロハニア兄に連絡してくれるかなあ。帰る時に連絡入れるように言われたから」
 兄に助けを求めることにした。
 キャッセルと一緒に居るのは嫌ではないし、用意してくれた室内をもっと観ていたいとも思うが、それは報告を終えてからのこと。
 それらを話して聞かせていると 《迎え》 がやってきた。
「よお、ザウディス」
 黒髪に赤い軍服の、この前エーダリロクを救出する際に本部を破壊していった一人が、
「ビーレウスト?」
 全く悪びれずに訪れた。
 破壊行為をして悪びれるリスカートーフォンなどリスカートーフォンではないから良いのだろうが。
「帰るぞ」
「何で? お前、本部に用事があるんじゃないのか?」
「俺が迎えだ。バイスレムハイブ副団長閣下の代理」
「?」
 不思議そうに首を傾げるザウディンダルを立ち上がらせ、機材を撤収しながら ”あの後のアウロハニア” を教えた。
 アウロハニアはあの後、内臓がみっちりの水槽を早く移動させようと、その素晴らしい身体能力で激突して、水槽をぶち破りそれをぶちまけた上に、浴びた。
「近衛だから、感染症なんかは問題ねえんだけどよ、往来でぶちまけて衛生局に叱られて、只今謹慎中」
 衛生局のトップは、
「兄貴に叱られたのか……」
 帝国宰相である。
 焦った弟が、別の弟が内臓を詰めた水槽を、施設内とはいえ、職員の居住スペースもある敷地でぶちまけて、パニックに陥り内臓の海を踊って歩いていた等報告されたら、怒鳴りたくなるだろう。
 帝国宰相と共に報告を聞いていた直属の上司であり、胃酸の猛攻で撤退したタバイは、もちろん兄である帝国宰相に頭を下げたのは言うまでもない。
「って訳で、俺」
「そうか、ありがとうな。じゃあエーダリロクへの報告もつきあってくれるか?」
「もちろん」
 そんな話をしながら、全ての荷物を積み込み、キャッセルに挨拶をしようとした時に、
「何してるんだ? ビーレウスト」
「仕事だよ、シベルハム」
 今度はビーレウストの実兄シベルハムが現れた。
 幼い頃から、兄弟として育ったことのない二人は 《同族意識》 はあっても 《兄弟意識》 は殆ど無い。
「お前が仕事するなんて、珍しいなビーレウスト」
「うるせえなあ。お前だって似たようなもんだろう、シベルハム」
「否定はしないな」
 そんな話をしていると、キャッセルがにこやかに現れた。
「ビーレウスト。聞きたいことがあるんだが、エンベンディレング館殺人事件の犯人って誰なんだい?」
 手に 《著者アマデウス》 と書かれた本を持って。
 周囲にいた者達は、ビーレウストの表情の変化をみて部屋から我先にと逃げ出した。エヴェドリットは感情が昂ぶると、目を見開き瞳孔が異常に開く特徴がある。
 傍でみていなければ解らないものだが、その時の気配の異常さは 《生物》 であれば、誰でも感じ取ることができ、そして逃げることを本能が勧める。
「ビー、ビーレウスト……」
 ザウディンダルは踏みとどまったが、出来れば逃げたかった。
「ガーベオルロド、それを何処で出に入れた?」
「オリヴィアストル様からいただいたよ」
 その名前を聞いた直後、ビーレウストは咆吼をあげ、部屋から飛び出そうとしたのだが何故かキャッセルが羽交い締めにして、
「犯人教えてからにしてくれないか?」
 耳元で囁く。
 こんな時に耳元で囁いている場合ではないのでは? そう思い、キャッセルに手を離してくれと言おうとしたザウディンダルだったが、
「よーし、キャッセルそのままだ! 行くぞ! ビーレウスト」
 羽交い締めにされているビーレウストに、シベルハムが蹴りかかる。
「うぉらぁ! うぉああ! 死ねぇ!」
 ビーレウストもそれに応戦開始。
「しねえ! おうわぁあ! うらああ! てめぇが死ね!」
 エヴェドリットの王族ご兄弟は ”やめろ” や ”なぜ?” という単語を一つも発することなく蹴り合い続けた。

 本能なんだよ(シベルハム=エルハム談)

 蹴り合い、互いに内臓破裂後(キャッセルは胸骨骨折)治療器に入り、
「本を返していただこうか? 帝国最強騎士閣下」
 本を返せとビーレウストが詰め寄るも、
「駄目だよ。これはオリヴィアストル様が ”形見分け” にと下さった、大事なものだ」
 拒否される。
「それ書いたの俺だから、皇君の形見になんねーし!」
 脇で 《著者アマデウス》 の本をパラパラ眺めながら、実兄も尋ねてきた。
「で、犯人は誰なんだ?」
「犯人? 犯人は……あれ……」
 適当に書いていたビーレウストは、誰なのか全く思い出せない。
 そうしていると、キャッセルがにこやかに続ける。
「シベルハム。オリヴィアストル様はお前にも形見分けしてくださるそうだよ」
「ビーレウストの本をか?」
「うん。皆に配ると言っていたな。ザウには譲れないらしいけど、私がみせてあげるから泣かないでね」
 キャッセルの笑顔に ”泣くのは俺じゃなくて、ビーレウストだよ” 思いながら、曖昧な表情で返した。
 キャッセルの両肩をがっしりと握ったビーレウストは、
「今の本当か?」
 顔を近づけて問いただすも、
「もちろんさ。オリヴィアストル様、陛下にも贈らせていただくって張り切って装丁してたよ」
 追い打ちを食らうばかり。
「陛下は止めてくれ! 陛下あぁぁぁ!」
 また狂いそうなくらいに叫びだしたビーレウスト。
 彼の脳裏には穏やかに微笑みながら、先頃正妃として迎えたロガに、朗々たる声で朗読する姿がはっきりと思い描けた。
 恐ろしいくらいに美形、無くてもやたらと余裕があるように見える、そして褒められている方が恥ずかしくなるくらいに褒める皇帝シュスターク。
 そして皇帝の口から自分の暗黒史が紡がれたら、皇帝を殺してしまいかねない自分の存在が確かに感じられた。そんな混乱の極みにあるビーレウストに、
「ビーレウスト、急いで大宮殿に戻って皇君殿下に直接言った方が早いと思うぞ。あと、誰に配ったのかも聞かないと」
 これはもう、偉い人に責任を取って貰うしかないとザウディンダルは声をかけた。
「そうだな、ザウディス。それじゃ、失礼!」

 一刻も早く戻りたいと考えてザウディンダルを抱えて走り出したビーレウストに ”犯人は?!” という声がかかったが、それは完全に無視されてしまった。

**********

 情報を引き抜き、機動装甲格納庫を後にしたエーダリロクは、邸へと戻り風呂で体を清めてから表情を引き締める。
《何処に行くのだ?》
− 決まってるだろ

「お待ち下さい、奥様 ”さま!” この不肖童貞爬虫類王子、本日のキスに向かいますので!」

 叫び硬い音をたてるマントをたなびかせながら、駆けだした。
 周囲で観ている者達は ”結婚した方が楽なような……” 思うが、相手は王子であり皇帝の従兄。そんなことを言うことは出来ない。
 もっとも言ったとしても無意味だろう。

《お前。何度も言うようだが、この状態ならば妃と肉体関係を持ったほうが楽だぞ。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
− ほっといてくれ!

 何時も言われているが、聞き入れないので。


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