ALMOND GWALIOR −110
 エーダリロクがこれほど手間暇をかけたのには、理由がある。
 情報を抜き出す際に、同時に証拠隠滅を図ること。それが重要だった。
 ザウディンダルはエーダリロクから渡された修理図面を見ながら、ケーブルを繋ぎ、情報伝達システムのプラグラムを検査する。
 そこに設置されている、情報を抜き出す為の機械は、
「これは最後に外すんだな」
 修理完了後に外し、エーダリロクに届けるように書かれていた。ザウディンダルが正式採用されていては、この手法は使えない。
 帝国騎士本部の修理になると、直接長官に報告書を届け、取り替えた部品の全てを提出するのが普通だ。
 だがザウディンダルは、エーダリロクの部下でまだ研修中の身で、実際の報告はエーダリロクに対して行い、その後二人で完了報告を持って上がる。
 もちろん、特殊機器に精通しているザウディンダルを誤魔化すとなると、相当の手間がかかるが、それでも証拠隠滅を確実に素早くおこなう方をエーダリロクは選んだ。

− 一番手間かかったのが、ザウディンダルに渡した修理用図面。基本システムから、なにから何まで、後でザウディンダルが帝国騎士本部の情報中枢のメンテナンスに携わっても、今回の修理に疑問を持たないようにするために。そして持たないまま、情報収集機を取り外してくれるようにするよう、細心の注意を払った
《手間だな。だが、それだけの価値はあるだろう》

 天才的詐欺師が多く生まれ、歴史の改竄者の一員でもあるロヴィニアの王子は、ザウディンダルの 《修理》 が進むのをゆっくりと待つ。

「あんまり、壊すなよ。キャッセル兄」
「うーん御免ね」
 (俺でも解るくらい、感情こもってねえけど……御免って言ってくれるだけでもありがたいな)
 機材を運ぶのを手伝ってくれる、キャッセルと修理を続けるザウディンダル。
「次はあの部分か」
 自分の身長では手が届かない箇所にある ”穴” を見上げて、溜息をついた。
「反重力ソーサーは使えないんだよな」
「システムに誤作動が起きる可能性があるからね」
 解ってはいるが、面倒だなと思い、部屋の外に用意しておいた 《脚立》 を取りに向かおうとしたザウディンダルは、いつの間にか自分の背が高くなっていることに驚いた。
「えっ? あ!」
「どう? ザウディンダル」
 自分を遙かに上回る身体能力を誇るキャッセルが、ザウディンダルの両足の間に頭を突っ込み、肩の部分に足を乗せてそのまま立ち上がっていた。
「だから! 脚立! いやっ! だから!」
 一連の動きはザウディンダルに全く見えなかった。
 ”近衛の体の動きって、信じられねえ”
 視界に入っているならば、帝国騎士の反射能力を持つザウディンダルは捕らえることはできるが、想像もしていない動きで視界から外れられてしまうと、全く追うことはできない。
「いいじゃないか。小さいころ肩車したらあんなに喜んでくれたじゃないか!」
 工具が内蔵されている手袋を嵌めた手をキャッセルの頭の上に置く。
「あ、うあ……キャッセル兄、当時と違って髪結ってるから腿とか腹とかにピンとか飾りが刺さって痛いんだよ」
 独身主義を表明しているキャッセルの頭は、かなり色々な物で結われ飾られしていて、結構触ると痛く、肩車されると顎の辺りに恐怖を感じるものがある。
 別に顎の下に届くほど尖ったものがあるわけではないのだが、視界の片隅にダイアモンドで飾られたピンが何故か上向きだったりすると(通常の飾り部分が、別の飾りに嵌められていて、ピンが上を向いている)何とも言えない気持ちになるのだ。
「じゃあ、ザウ、外しなさい」
 (そういう問題じゃねえけど……キャッセル兄だしな)
 思いながら、久しぶりの兄の肩車に、
「キャッセル兄、あのケースに予備の袋があるから。それに入れるから取って」
「はいはい」
 ザウディンダルを肩車したまま、袋を取りザウディンダルに手渡して髪の毛を解かれるのをのんびりと待っていた。
 大きく留めている部分を解くと、柔らかく光り輝くような金髪がザウディンダルの太股の辺りに広がる。子供の頃、憧れて大好きで、そして羨ましくて仕方なかった、黄金の髪の房を手袋を外して掴み、
「相変わらず触り心地いいなあ」
 頬ずりした。
「三日くらい泊まることになるんだから、終わったらゆっくりと、そしてずっと触ってて良いよ」
 笑顔でザウディンダルを見上げてくるキャッセルに、
「うん! ……でもさ、あの部屋にベッドとかなかったけど」
「ハンモック。二人で一緒に寝ようね」
 確かに部屋にハンモックは吊されていたことに気付いたザウディンダルは、
「……うん! そうだな、うん!」
 それはそれで良いか! と見上げてきたキャッセルに笑顔で答えた。
「おう! じゃあ、修理再開! もう少し右に寄って」
「いいよ」

**********

「へえ……」
 ザウディンダルは部屋で給仕をする、サーパーラントを見送った後、誰なのかとキャッセルに尋ねた。
 キャッセルの答えは「下級貴族だよ」だけ。
「ザウがそんなこと聞くの珍しいね」
 ザウディンダルには、僭主について教えない事が決まっていた。
「いや、あの……なんかアイツ俺のこと観てたから……へ、変な目つきだったから、その……」
「ああ、そういう事か」
 ザウディンダルは蔑まれるのと同じくらい、探られるような目つきで観られることが多いので、特殊な視線に過敏なところがある。
「うん……なんか、俺の事探ってるみたいだったけど、下級貴族だったら知らないよな」
 だがナルシストな部分が無い。
 美しく劣情を誘う雰囲気を持っているのだが、それらに関しては全く無頓着だった。
 むしろ容姿にはコンプレックスがあるほど。そのコンプレックスは、瞳の色が《平民色》であること。
 血の濃度が濃く、皇帝眼を持つ者が非常に多い現在、平民色の瞳は目立つ。
 《軍妃の紫》 と言われる平民色を持つ弟のセルトニアード共々、瞳の色に劣等感を持っている。
「絶対に知らないね」
 あんな僭主に従っている相手に大事な弟の真実を知らせるわけはないと、言い切るキャッセルを前に視線を落としたザウディンダルは、
「あっ!」
 叫び声を上げた。
「どうしたの? ザウ?」
「どうしたも……下級貴族に給仕させたら、びっくりするに決まってるじゃねえか!」
 テーブルには小粒のサプリメントが三粒にグラスに入った水、そしてフルーツトマトが二つ、だけ。
 キャッセルの食事も同じ物である。
 これを恭しく運ばせられたら、下級貴族は不審がるに決まっていると。
「キャッセル兄、いつも大量に食ってるんだろ」
 腕を組んで目を閉じて少し考えてから、
「……いや、そんな事ないよ」
 腕を開きながらキャッセルは 《会話をあわせてみた》
「キャッセル兄! ここは別に会話あわせなくて良いんだって!」
「そう?」
 兄弟仲良く栄養補給用のサプリメントを飲んで、フォークとナイフを上手に使い、極上のフルーツトマトを食べて、水槽を眺めてハンモックに揺られた。
「キャッセル兄、重くない?」
「平気だよ。幼児のころと全く変わらない」
「……」
 ありがたい言葉なのだが、幼児のころのザウディンダルは平均以下の幼児体重で、今はこれでも90s近い。
 身長は2mを超えているのだから、90s近くてもかなり軽い部類に入るのだが、幼児の頃と全く解らないという言葉に簡単には頷けなかった。
「兄さんが乗ると大変だけどね。一回乗られた時は、息が止まるかと思った」
「普通の人だったら死ぬから」
 そんな話をしながら、何時しかどちらともなく眠りに落ちた。

**********

 エーダリロクはザウディンダルが修復中の情報中枢システムから 《混じり合っている》 情報を引き出して、精製していた。
《なるほどな。完全復元される前に》
− 当たり前だろうが! 完全復元したらすぐに取り外されるんだからよ!
 正しい情報を引き出すためには、完全回復した中枢システムにアタックするべきだが、それでは遅い。 ”ある程度” 復元されたところで欲しい情報に 《目星》 をつけて、アタックをかける。
《どうだ?》
− とにかく取り出す。後で精製して足りないよりか、欲張って苦労するほうが良い
 シュスタークの機動装甲という隠れ蓑で、エーダリロクは次々と帝国騎士の情報を引き出す。
 所々 ”穴” の空いた、虫喰いのような画面。数字の羅列が縦に流れる。上に流れる数字もあれば、下に流れる数字もある。
《それは同意する》
 画像も次々と引き出されるが、荒くモザイクのかかったような箇所もある。
− 画像に重要なものがあるか……どうだ?
《それにしても、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ。これほど手間のかかることをせずとも、ザウディンダル・アグディスティス・エタナエルに協力を求めれば良かったのではないか?》
− 万が一、このことが知れたらザウの立場がなくなる。俺は良い、俺は。なにせ俺は王子で陛下の従兄で銀狂だ。だけど、ザウは両性具有だ。危ない橋を渡らせるわけにはいかない。それに……ザウは隠し事が苦手だ。守秘義務とかそういうのを理解しているが、精神的になかなか遂行できないんだよ。あんたのお気に入りだったラバティアーニとは違う
《そうだな。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル! この外部コードを拾え!》
 重要部分を引き抜いているエーダリロクに、周囲の情報を見つめていたザロナティオンが声をかける。
 プログラムを修正しながら情報を抜き出していたエーダリロクは、思わず顔をしかめて答えるが、
− な、なんだ……おっ! こいつは、思わぬ収穫だ。あの下級貴族、誰と連絡を取り合ってやがるんだ?
 すぐに笑顔に変わり、一時的にプログラムを修正しながら情報を抜き出すのを中止して、銀狂がみつけた情報の捜索に全注意を向ける。
「僭主にどこまで伝えるんだ? サーパーラント帝国軍少尉」

**********

 キャッセルの目を最も警戒しながら、サーパーラントは僭主の元へと情報を流していた。
『はい、ある程度は回復していますが、まだ』
 帝国騎士本部内で外部と連絡を取るためには、中枢システムを通さなくてはならない。一時、不通になっていた理由をサーパーラントは正直に告げた。
 信用されないのではないかと不安に思ったのだが、
『一人はアジェ伯爵シベルハム=エルハム殿下です』
 不可解な情報の途絶が 《同族》 の奇行と知り、彼等はそれ以上のことを尋ねはしなかった。
『情報中枢システムの破損により、修復作業が優先されているので、報告できるような情報はありません、ディストヴィエルド……はい? いいえ、解りましたすぐに通信を切ります』
 サーパーラントは向こう側にいる人物に 『盗聴されている気配がある』 と告げられ、驚き指示に従った。
 一人静かな部屋で溜息をついてから、黙っているわけにはいかないと、自分の使っている通信機器に細工がされていないかを探ったが、何もみつけることはできなかった。
「なにも無かったけれど……」
 これで情報が奪われているのだとしたら、メイン中枢から抜き出されている事になる。
「まさか、そんな事は」
 帝国騎士本部は、その独立性と機密保持の重要性から外部と情報を取り合う際には、必ずメインシステムを通る仕組みになっている。
 そしてこの情報を閲覧できるのは、段階に分けられており、全ての情報に目を通すことが出来る人物はキャッセルしかいない。
 サーパーラントはキャッセルに情報を見られる事を意識して、僭主達と連絡を取り合っていた。僭主側も、ある程度の情報が帝国側に伝わっていることを考えて行動を取っている。
 だがキャッセルは全ての情報を見ない。
 その ”見ない情報” に紛れ込ませるのが本当の情報であり、見極めるのが重要だった。
 サーパーラントは着替えてベッドに潜り込み目を閉じるも[ディストヴィエルド=ヴィエティルダ]の顔がちらつき、なかなか眠ることができなかった。


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