虹彩のない瞳と、紫色の唇と
全く生気を感じさせないその表情が、唯一魅せたその声が自分の名前だった事を
誇りに思えばいいのか
愚かだったと悔いればいいのか
最終話
卒業式が永遠に終わらなければいいな、そんな下らない事を考えながら椅子に座っていた。
思っていても終わるものは終わる。式は滞りなく進み、代表者が卒業証書を受け取り、式終了後に学者の証明である金のブローチが各々手渡される。
純金台にオニキスが学者を現す模様をかたどっている。かたどられているのは、グレンガリア王国の版図、そして王家の紋章。今はなくなった、愚かな王国は此処にこうして戒めとして残されていた。裏側には自分の名前と、何期であるかが記されている。
それを空に高く放り投げ、掴む。こんなバチ当たりな事をしたのは俺だけだが。自分を学者だと証明するソレを握って、王宮の隣にあるオーヴァートの城へと戻った。
此処から出て行く
卒業式後の、打ち上げを断った。断っても詮索はされない、勝手な思い違いのせいで。何で俺がオーヴァートの妻になるんだよ……。
部屋に戻り、着替えて卒業式に使った洋服をゴミ箱に捨てた。寄越された数々の、それこそあまる程の宝飾品も全ておいてゆく。ただ、手甲だけは持った。ポケットの中に学者の証明を入れて、階段を登る。先にオーヴァートが帰宅していた。
入り口の扉を開けると、其処は空。
「造りなおしたのか」
あの人が埋め込まれた壁はなくなって、周囲と天井全てが硝子張りになっている。オーヴァートはその窓の前で、外を眺めていた。
「壮観だろう」
歩く床は真白で、継ぎ目一つない。その真白な床と、黒い俺の手甲が共鳴しだす。その音と光の中、ポケットに両手を入れたままオーヴァートの隣に立った。
「青空色がとても良く映える、白に……行くのか」
「じゃあな」
自分自身、本当に愚かだったと。
背を向けて歩き出した瞬間、俺は再びオーヴァートの隣に立っていた。
「逃がさない、と言ったらどうする?」
「逃げられねえだろうな……お前に殺されるのも、悪くはねえが」
俺を殺したままにしたいなら、すればいい。殺したままに出来るのなら、殺せばいい
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俺を造ったリシアスは、この地上に理解できぬ事が存在するのを許せないタイプだった。
正確に言えば、全てを理解しているはずのその身を知る事ができない、己の性能の低さが許せずそれを誤魔化すためにも、研究に没頭するタイプであった。
自らの祖先が作った人間がうつつを抜かす、恋愛を『研究』の対象としていた。その一貫が室内図書館に収拾された本だ。結局の所、リシアスはそれを理解できぬまま、撤去される刻限を迎え俺が処分したのだが。
「四年前ならば黙って行かせただろう。二年前ならば殺せただろう……だが、最早お前は俺の手には負えない」
持っているのは美しさだけ。
人が書く、綺麗で優しい心の持ち主の基準など満たしていない。表面だけ見れば、残酷で自分本位な女。
「俺は猛獣かなにかか?」
「卒業論文、よく出来ていたとは言わないが……お前らしかったよ、ドロテア。お前以外には書けなかったに違いない」
一人卒論に滅亡した部族と宗教の関連性を書いていた。
「ふん。どうせ書類の一つとして埋もれていくだけだ……そして、どうするんだ? 俺を行かせるのか? 行かせないのか?」
「こういうのを、何と表現する」
「あんたの母親が大好きだった、恋愛小説的に言い表してみれば」
「ボタンのかけ違え」
「掛け違えな。その程度なら引き千切って服脱ぐぜ」
「そうだ……な」
掛け違えを嘆いて泣き崩れてくれる程度の女なら、俺は時間を最初に戻してやり直せるだろう。
「そもそも掛け違えなんざしてねえよ。最初から、最後まで。俺は此処に来て、裸でお前に抱かれた時から“別れ”を纏った。今、その服のボタンが綺麗にはまったから出て行くだけだ。掛け違っていたら無様で出て行けないが、綺麗に着れたんだ」
今となっては別れると、自分の手元から居なくなる事を知っていながら、手元に置き続けようとした自分の考えがわからない。
膝を付き、腕を伸ばす。抱きかかえようと腕を伸ばす。
その腕を掴み、ドロテアは言った。はっきりと
「さようなら。だから卑怯者になって行く、愛してい……“た”……オーヴァート。誰よりも、自分自身よりも」
「ドロテア」
落ちてきた涙が、私の目じりに触れる。伝っていたそれは
「おまえ、涙似合わないな」
そして俺の頭をかき抱き、右の耳元で囁いた。
「さよなら、オーヴァート」
それで俺は腕を離した。少しだけ目を閉じたドロテアは、僅かに笑って部屋をあとにする。俺は自らの眦を伝った涙の痕を指でなぞり、初めて貴方を抱いた日の事を思いだす。
『貴方を抱いた日・完』
貴方を抱いた日
「塔の中 或は 眠る魚」に続く
少女は泣き止やんでくれないので、酷く俺は困ってしまう
そして気づいた、どうやったら泣き止ませる事ができるのか
俺は知らない
それを知った少女は自分泣き止んで、俺の傍を去っていった
女となり、歩いて俺の傍を去っていった