ビルトニアの女
邂逅【1】
「余の代で終わらせるものか……」
 エルセン王国・マクリミリアン四世。
 『勇者』を世に送り出す事を考案したジョルジ四世の、直系の孫に当たる。
 三十六年前ジョルジ四世は五十歳に差し掛かった頃で、王太子であったルートヴィヒはこのとき二十五歳。ルートヴィヒは勇者の血筋を持つものとして申し分のない王子であった。
 武芸に長け、学識者で、慈愛に満ち、魔法も使えて真君エドへの祈りも欠かさないという、およそ人々が思い描く勇者そのもの。彼は間違いなく人々の希望であった。その後彼は美しい妃を娶り、子をもうけた。
 その彼はマクリミリアン四世が二歳の時に他界し、マクシリミアン四世以外の子はいない。
 跡取りを失ったジョルジ四世の嘆きは深かったが、悲嘆にくれ体調を崩す事はなかった。彼は死ぬことを恐れ、魔王が倒されるまでは決して死なせてくれるなと祈った。当然そんな祈りは届かず十一年前に死に、ジョルジ四世の孫であるマクシミリアン四世が即位した、十三歳の少年王。

 マクシミリアン四世は即位するまで、人々の前に現れた事がなかった。ただ、口の軽い城仕えの者が噂していた為、市民にも多数噂は流れていた、人々は驚かなかったが失望はした。
「あの時の失望に満ちた溜め息は今でも覚えている」
 マクシミリアン四世はただ、玉座に座りただ前を見ながら誰に言うでもなくそう呟く。

 少年王と呼ばれた彼も二十四歳の、年齢的には申し分ない王となっていた。

 エルセン王国それは東側がエド法国に接し、北側はホレイル王国に接し、西側は嘗てのトルトリア王国に接し、西南部はマシューナル王国に接し、南側は大海に開けている王国である。前にも語った通り、大陸において最も格の高い国、それがエルセン王国である。その王都の港に降り立った四人は、陸路でマシューナル王国まで戻る予定つもりだ。
 マシューナルは海に接した国土ではないので、ハイロニアから戻るとしたら船便で別の国に入り陸路で戻るしか方法がない。さっさと港から出て急いで帰路の着こうとしていたドロテア達。
 エルセン王国を見ようともしないで、とっとと通り過ぎようとしているのに、それは向こう側からやってきた。港から町に出た時に突如背後から声を掛けられたのだ。高い “ような” 声に四人が振り向くとそこには、髪を短く切り日に焼けた肌に、男物の鎧を身にまとい剣を抜いていた人物が大声で叫んでくる。
「ボクと勝負だ! そしてボクの勇者証を返せ!」
「あぁ?」
 ドロテアですら忘れかけているような出来事。
 エルストは勇者証を借金のかたに取り上げたことがある。勇者認定はエルセン王国で行われているのだから、勇者がエルセン王国に一番多いのは当たり前。
 ただ、勇者になってからもエルセン王国にいたのでは肝心の魔王討伐などできないように思われるのだが、その矛盾は目を瞑っておこう。とにかく『勇者』と『勇者見習い』が多数存在するのがエルセン首都である。
 ドロテアに向って怒鳴ってきた相手はショートソードを両手で握り、腰を落し膝を緩め目線は外さず四人、特にエルストに向けている。くすんだ落ち葉色の髪を短く刈り込み、そばかすが鼻と頬の辺りに散らばっているその勇者に、ドロテアは財布から勇者証を取り出しヒラヒラとさせると
「……勇者証ってコレかよ。それにしてもテメエ、女じゃねえかよ」
 先ず持って疑問を口にした。
「あら? 女の勇者っていないんじゃなかったの?」
 初の女勇者が誕生したのならばドロテアも知っているはずだが、知らなかった。だが目の前にいるのは確かに女であった、それも少女ではなく大人の女。
「本当にヤツから勇者証を取ったのか? エルスト」
 男装はしているようだが、どこを取っても女性。
「ああ。女なのは見るからにだったけど、当人男装してるつもりらしいから、可哀想だと思って男って事にしておいた」
 この似合わない男装が可哀想なのか、それともほかに何か可哀想だと思ったのか? 
「ふ〜ん」
 随分と特例だな、おい……とドロテアは相手の顔を穴が開くように見つめる。
 “男”と名乗るような “特例” が許されているという事は、この女勇者は明らかに貴族の血に連なることが解る。そして、女一人を訓練所に入れ寮生活させるなど到底思えない。そしてその女の為に訓練のメニューや寮を作るとは考えられない、余程の見返りがない限り。
 ドロテアは目の前で剣を構える女性を見るが、その体つきや剣の構えに特に才能があるようにも見えず、目に見えない力である “魔力” も殆ど感じられなかった。
 ただ貴族というだけで、わざわざこんな茶番をするようなマクシミリアン王だったか? ドロテアは小首を傾げる。
「ボクは女を捨てた!」
 剣を構えたまま四人に叫ぶ女勇者の斜め後ろに、壮年の騎士らしき男が控えていた。
 『構えは間違いなく騎士か』
 女勇者自体は素人が少し剣を覚えた程度だが、その騎士は中々の実力者である雰囲気だ。額から左目を切り裂かれた傷と、白皙の肌を持つ男。持っている剣は先が湾曲しているタイプ。そして大して大柄ではないその騎士は、一目でトルトリア人だとわかる特徴を兼ね備えていた。
 そして、背後で剣を構えた所から女勇者の部下と思われる。その行動からみて、あまりトルトリア人の特徴を兼ね備えていない女勇者もトルトリア人である筈、ドロテアはそう考えた。
「一々言う必要はねえ。返して欲しいなら金返せよ……テメエ、トルトリア人だな。もしかして……ああ、成る程ね、なら話は解る」
 ドロテアは自身で “トルトリア人” という言葉を口にしたと同時に、ある事に思い当たった。
 一人だけ生き延びたトルトリア王国の王女がエルセン王国に保護されている事を。母親がエルセン王国の公女で、父親がトルトリア王族であった少女。彼女だけが母方の祖父の見舞いにエルセンに出かけており無事だった事を。勿論見舞いが目的なのではなく、見合いかなにかが目的だったのだろうが、とにかく彼女はそれによって難を逃れた。
「何々? 姉さん?」
「ほらよ。勝手にマクシミリアンの力でも借りて、王家再興でも目指しな。ゲルトルート姫よ」
 勇者証を投げつけると、ドロテアは踵を返した。
「姫様なの? この人」
 港で片方が剣を抜き大立ち回り寸前の事をしていれば、警備隊が集まってくるのは当然、それ以上に野次馬も集まる。
ドロテアの後姿と真正面から対峙している姫は、叫んだ
「ホフレだ!」
「テメエの名前なんぞどうでもいい。じゃあな」
 振り返りもせずにドロテアは歩き出そうとした時、背後に控えていた騎士が始めて口を開く。
「貴様等タダで済むと思っているのか」
「お姫様の騎士か? 故国も国民も守れんで他国で姫を守るだけの騎士なんざあ、大したもんだな。未練がましくトルトリア騎士の証なんぞを腰にさしてよお」
 黙ってドロテアを見送っておけば良かったものを、口を開いたせいで騎士は自分の古傷を抉られた。
「貴様!」
 図星、とまでは行かなくとも、言われれば腹が立つ言葉の羅列。
 もちろんドロテアはそれを見越して口にした。
「殺されたくなかったら道を空けやがれ」
「凄い多数の兵士に囲まれてるんだけど。これ全部殺していくの?」
「ふんっ! マクシミリアンに伝えろよ、ドロテアがエルセンに来ているとな!」
「マクシミリアンってこの国の王様ですか?」
「ああ。人が折角騒ぎを起こさないで、静かに去ってやろうとしたのに、こいつらが台無しにしやがった! ああ、もう止めだ! 最後の最後まで大騒ぎして帰ってやる! 国ごと混乱の渦に巻き込んでやるからな!」
 珍しく大人しかった恐怖の大寵妃を、不必要に怒らせてしまったトルトリア騎士は、
「貴様……ドロテア=ランシェ」
 目の前の女が誰なのか、やっと気付いた。
 それが、脅威的な女である事も。
「この顔を見て、そこにたどり着けなかったお前の視力と思考能力には、疑問があるぜ。おい、兵士共、テメエ等が殺せる相手かな、吸血鬼のように殺されるか? それとも古代虫のように殺されるか?」

 高く掲げられた左手が静かな爆音を立てて赤い炎を灯し、辺りに熱風を撒き散らす。まさに魔王が襲来したかの如き。

「口は災いの元……って良く言ったものね、ヒルダ」
「そうですねマリアさん。黙って通り過ぎさせてくれれば良かったんですが。姉さんに喧嘩売るなんて、命ごと持っていってくださいって言ってるようなものですよね。可哀想に、お祈りお祈り」
「もう死者への祈りなの」
「ええ、面倒なので。慈悲や回復の祈りは無駄でしょう、どうせ助かりませんから」
 あの姉にして、この妹あり

**********

 少女が十歳にもなろうかという頃、遠い国で縁談が持ち上がった。王族としては珍しくもない事だ、異国に嫁ぐのであれば異国の習慣に馴染ませるためにも、幼い頃に嫁ぐ国へと送り出されるのが常である。
 まずは顔見せと、少女の母方の祖父の元へと見舞いという名目で旅立った。少女は名代として故国を後にした、その地を二度と踏む事がかなわなくなるとは思いもしなかったに違いない。
 もしも、その時婚姻が成立していれば、彼女は故国の地を二度と踏む事は無かったかも知れないが、想う事は出来たであろう。だが、想うことすら出来なくなった。彼女がその国に到着して間もなく、故国は壊滅する。魔物の手によって、あまりにも呆気なく。
 それにより、彼女の人生は大きく変わってしまった。
 少女の名をゲルトルートという。
 トルトリア王族の端に名を連ねていた少女の『価値』は大きく跳ね上がった。取り立てて可愛らしい顔ではないが、それでも幼い少女が老齢のエルセン国王ジョルジ四世に故国の再興を願う一幕など、涙を誘うものだ。
 それが腹黒い者達の利己的な笑いから落ちる涙であったとしても。
 彼女のみが血統的にトルトリア王国を継げた、他にも王家の血を引くものは多数生き残ったが、公認されている子はゲルトルートのみ。
 その彼女に、利権を貪るものが群がらない訳がない。少女は意味も解からないまま、トルトリア再興の旗印にされる。多くの人が彼女を次のトルトリア女王として扱い、多くの人が彼女の側に擦り寄ってきた。
 ゲルトルートは格段賢いわけではないが、愚かだったわけでもない。ただ、十歳になろうかという年頃の少女がどのようにしてそれらの裏を見破ればよいのか? 無理であった。彼女の唯一の肉親である祖父は、当然ながら自国の王に孫を差し出そうとした。人身御供ではない、それが最善だとその国で長年生きてきた祖父は考えたのだ。まだ、幼すぎるマクシミリアンが確かにそこにはいた。
 ただ、マクシミリアンにゲルトルートを嫁がせるのを国王は躊躇った。それは、ゲルトルートが問題だったのではない、むしろゲルトルートを妻に迎えられるのはエルセン王国としては願ってもない事。問題があったのは、彼の孫・マクシミリアン。

**********

 『マクシミリアンに伝えやがれ!』
 普通は国王には届かない怒声だが、ドロテアの怒声はすぐさま王宮に届いた。そうでなくとも、不必要に魔力を開放しているのだから直に気付かれる。騒ぎに巻き込まれまいと人々は非難し、港にいる者達は接岸しようとしている船に『戻って来るな! 死ぬぞ!』と旗を振り、銅鑼を鳴らして必死に警告している。
 その音に馬車の蹄と車輪の音が混ざったのは、直のことであった。
「持ち運びが楽だから、来るのは早えな」
 ドロテアは煙草をふかしながら、目の前の『騒ぎを大きくした男装の勇者』の向こう側を見据えている。
 到着した馬車は扉を開ける前に、背後に付けている “もの” を降ろした。彼はその上に置かれ、彼を呼び出した相手に現れた。
「本物のドロテア……のようだな」
 “彼” マクシミリアン四世は髪が長い。白い髪はその身を覆い隠すほどである、そしてドロテアならば言うだろう『その身体なら簡単に隠れるだろう』とも。マクシミリアンは移動の際には “輿” で担がれる。法王を真似ているのではない、彼は歩く術を持たないのだ。
 白い長い髪、そして黒い瞳を持ち王冠をいだいた青年は、とても小柄であった。着衣で隠す事ができない程に。
「相変わらずのお姿だこって! これが剣聖とよばれたハルベルト=エルセンの正統な子孫だとは。剣も握れないとは血も濁るもんだな」
 剣聖と謳われたハルベルト=エルセンの興した国の末裔、その青年は剣を持つ術がない。彼は両手両足が存在しないのだ。
「不敬罪で捕らえるぞ」
 むろん、それを真向からマクシミリアンに向かっていう者はいない。ドロテアもマクシミリアン以外の相手であれば口にしないであろう、言う必要もないからだろうが。
「元々捕らえる気なんだろう? もったいぶるなよ、とっとと捕まえて牢にでも繋げばいいだろうが!」
 挑発的な態度だが、彼の側にいる兵士達は動こうとはしない。マクシミリアンは彼が凡そ顔に浮かべられる怒気を全て露わにしていたが、一言も発しなかった。その表情を見ながら、とかく挑発的にドロテアは笑う。
「相手は国王らしいけれど、物凄く仲悪いみたいよね」
「そ〜ですね。何時もといえば何時もですけれどね〜」
 一触即発を肌でヒシヒシと感じつつヒルダは、マクシミリアンの姿を上から下まで丹念に見た。彼は四頭身あるかないかなのだから、小柄で仕方ないにしても、
『座っていられないのですね。椅子というよりは籠みたい』
 輿ではあるが、アレクスが座っているような輿ではない。胴体しかないマクシミリアンが落下しないようその身体をすっぽりと筒状のものに嵌めている。それを着衣と髪の毛で隠している、まともに自分の体のみで座れもしない人は国王には向かないだろう、国王というのは玉座に座るものなのだから。
 それを最もよく感じているのは、籠をしつらえられた輿で移動するマクシミリアンであろう。
 彼だってこの姿を人前には晒したくはない。ハルベルト=エルセンの子孫として気位も誰よりも高いのだが、それでも姿を晒さなくてはならない時がある。
 今のような時だ。
 二人が暫くにらみ合っていると、突然声が上がった。
「マクシミリアン陛下!」
「ホフレか、どうしたのだ」
「この者達が、ワタクシの勇者証を取り上げた者です」
 一言で言えば『空気が読めない』としか言い様のない申し出をしたのがゲルトルート。この場は穏便にやり過ごしたかっただろうに、マクシミリアンの護衛兵達が顔を僅かに歪めたのをマリアはみていた。
『勝ち目ないものね……可哀想に』
 来たくはなかったであろう兵士達の気持ちなど、彼女には関係ない。そして、
「言葉がおかしいぞ、ゲルトルート。この者達が取り上げた者ってどういう事だ? テメエの勇者証を取り上げたのはエルストだ、それに借金のカタに差し出したんだろう、テメエが。自分の後始末もできねえのか、これだからお姫様はよ」
 相手が誰であれ、変わることがないのがドロテアだ。だが、それをゲルトルートを見ながらいうならば解かるが、ドロテアはマクシミリアンを見上げたまま言い放つ。
「とにかく、捕らえる。いいな」
「お前が俺を捕らえるのか、マクシミリアン。剣も握れん、歩けもしねえ女も抱けねえテメエが!」
 他の国で他の国の国王の前で、此処まで言えれば色々な意味で大したものである。良い子は真似してはいけない事だ。
「……」
 そこまで言われてもマクシミリアンは口を開かなかった。むしろ口を開く事を必死で止めているようであった。怒鳴りたいだろう気持ちを圧し止める必要が何処にあるのか?
「物凄い仲悪いみたいね」
 これは、ゲルトルートの勇者証云々ではなく、もっと昔に何か因縁があったとしか言いようが無い状態。そして、
「そうですね……なんで言い返さないんでしょうね? 一言くらい言い返してもいいんじゃ……それとも叱られた事でもあるんでしょうか?」
 国王が、自国民の前でここまで言われて言い返さない現状。
 恐らく、深い深い経緯があるんだろう……とは思ったが、それを聞いている暇はなかった。
「まあいいや。いこうよドロテア」
 本日の騒ぎの発端を作った男は、船酔いの影響で牢屋だろうが墓場だろうが、まずは人気のない座れる所に行きたかった。
 それを受けてドロテアは “おいおい” といった表情をつくり、ヒルダとマリアに付いて来いと指先で促して、
「まさか俺を縛るとは言わないよな。さあ、前に立って案内しろよ! マクシミリアン」
 見上げて吼える。そんな威嚇をしなくとも、ドロテアを捕縛できる程勇気のある兵士はいなかっただろうが。

 十一年前、ドロテアがオーヴァートの愛人となる理由を作ったのがこのマクシミリアン。この王の『せい』で、ドロテアは実に五十六回も死ぬ事になったのだ

 捕らえられた罪状は盗難とあいなった。身に覚えがあるようでないようなこの罪状に。マクシミリアンが最初に言った不敬罪が適用されてもおかしくないのだが、それを適応しなかったのはマクシミリアン自身が己をそう思っているからに他ならない。
 マクシミリアンの側に仕えている者は決してそのことを口にはしない。それが益々マクシミリアンを苛立たせているのだが、それ以上どうする事もできないのが現実だ。
「借金のカタにソレを差し出したのは向こう側なんだがな。王族ってのは全く、おめでたい頭してやがる」
 だがマクシミリアンはドロテア達を牢には繋がずに、王宮の一室に軟禁した。ドロテアもドロテアなのだが、ヒルダもマリアも実は厄介なのだ。
 二人は盗難を知っていたが通報しなかった罪で捕らえたのだが、この二人は正式な身分は聖職者。エド正教の聖職者を勝手に裁こうものならば、 “あの” セツと事を構える事となる。
 大陸最強の隣国との友好関係にヒビ、それは国力が傾き始めたエルセンにとっては避けたいことであった。
「ところであの下手な男装している人は誰なの?」
 話が全く見えないマリアが、まずは最初に文句を言ってきた男装の人について聞いてきた。
 男装の麗人ではないのだ、彼女は。
「トルトリア王家最後の王族、ゲルトルート姫に間違いないだろうな。確かエルセンに居るはずだからな。まさか一人称がボクになっているとは思わなかったなあ、三十も過ぎてるのによ」
 自分が死ぬ遠因となった国王に、これでもか! という程に文句を言ったドロテアは、椅子に座ってマリアの疑問に答える。
 脇でエルストが、
「いろんな意味で痛々しいだろ。だからツイツイ」
 カジノで会った、世間知らずな勇者。それも何故か下手な男装をしている女性から……金銭を巻き上げたわけだ。そこに至るまでの経緯は、必要ないだろう。
 エルストだから。
 まだ船酔いが残っているエルストは、豪華なカーペットが敷かれた床に横たわって、隣にいるヒルダが懐に持っていた薬草をちぎり、与えられた水に入れて飲ませていた。
「確かに痛々しいな、アレは。俺もアイツの顔は見たことがなかったからピンとこなかったんだが、まあ……あれなあ。悪いのは周囲だろうな、尤も知ったことじゃねえが」
 ゲルトルート姫こと勇者・ホフレ。

**********

 ジョルジ四世、彼の孫マクシミリアンはとある事情により、両手足を付け根から失っていた。
 その孫が王位を継げるかどうかは、国王でもわからなかったのだ。孫以外の『自国にいる』王族の血を引く少年とゲルトルートを結婚させて、トルトリア領を合併させるか、それとも独立させたまま両国の王冠を戴かせか……そんな絵空事を国王は考えた。
 魔王を打つ為に『勇者』を育成し、認定すると法制定までした国王が考えそうなことだ。
 ぽっかりと空白になった版図。版となる戸籍を持つ生き延びた者は国外に出たが、図の方はそこに主なきまま存在している。
 誰も彼もが、その国を手に入れようとその長くもない手を伸ばした。
 まず最初に権利を主張したのは当然エルセン王国。ゲルトルートの身柄を図らずも手に入れていた国は、自分達が最も正統であると主張した。
 次はパーパピルス、そしてマシューナル。隣接国が次々と名乗りを上げ、救助の手を差し伸べなかったエルセン国王、ジョルジ四世のやり方を批難した。誰一人助けに向かわなかった勇者達の存在にも言及してきた。
 三分割してはどうだ? という案を提出したのはパーパピルス王国。この時点ではまだエルセンとパーパピルス王国は不仲ではなかった、何せ当時のパーパピルス国王はエルセン王女を妻にしたのだから。
 マシューナルは港を持たない国であった為、トルトリアの海に面している部分を欲しがった。だが、分割して王国の版図が大きくなるのを好しとしない者も居る、トルトリアに隣接していない国家だ。
 時、折しもアレクサンドロス四世が登極、それと同時にあのセツが腹心として側に置かれた。隣国の権力、版図が巨大化することを嫌ったセツは三国の分割に異を唱え、内部を切り崩しにかかる。セツの初めての対国家政策は、セツの名前を高めた。
 自国の利益優先で行われていた三分割はすぐさま瓦解。
 そしてセツはゲルトルート姫がエド正教徒である事を盾に取り、エド法国の後ろ盾でトルトリアを取り戻してやろうと高圧的に言いながら近寄ってきた。
 ついに話し合いでは決定しないと誰もが理解して、武力を手に取った。恐らく戦争になれば、トルトリア領はエド法国の支配する領域となっていただろう。セツの高圧的な物言いはこの戦争を引き起こす為の布石。だが布石は布石とならなかった、オーヴァートの登場によって。
 善意など持ち合わせていないであろう男は “国家間の不仲が頂点に達した時” トルトリア領土をどの国にも与えないと明言した。

 オーヴァートという男の財源の一つに、王国から納められる税金がある。
この大陸は全てオーヴァートの持ち物であり、王国はその土地を借りて国を運営しているという形式になっているのだ、国はその収益の四割をオーヴァートに毎年収めている、その金額はその年によって毎年変動する。それを収めている額が最も高い国こそ、国力が高い国とされる。
 その土地の持ち主が、例え戦争で勝ったとしても土地は与えないと言い出した。そして細かな取り決めが発表された、それに異を唱えるものは誰一人としておらず……

 トルトリア王国再建の旗印であったゲルトルート姫の価値が、人々の中で無きに等しくなった瞬間。

**********

「それに……悪いかもしれないけれど、私吃驚したわ。噂には聞いてたけど本当に手足が無いのね、ここの国王って」
 噂としては有名だが、実際目の当たりにすると驚きを隠すのは難しい。マクシリミアンの両手足がない事は、国外でも有名。世情に疎いマリアでも人伝に聞いたことはあった。
 即位後に負傷で体が欠損した王はいても、即位前からそうである者は珍しい。
「幼少期に毒盛られたせいだ。両手足を切って何とか生き延びた、毒の種類は “フェル” 正体不明の猛毒だ」
 理由は色々あるが、美しく表面を飾った理由としては『健康でなければ、国王の激務は務まらない』
 本音で言えば『見た目が良い方が、何となくいい』
 自分の国の国王が、容姿が良いことや賢いことは、それだけで自慢になる。
「何で毒盛られたんですか? 継承争いって言っても、他に兄弟はいないんでしょう?」
 エルストに水を飲ませて、クッションを頭に敷いたりなどをしたヒルダが、ソファーに座りドロテアに尋ねる。普通に考えれば、国王の毒殺は誰かが “得られる利益” を求めて行う事が多い。
 別の継承者が自分が王になるために邪魔な相手を排除するのが、一般的だ。だが、マクシミリアンには弟はいない。
「エルセンは男しか継承権がないのは知ってるか?」
「聞いた事ありますよ」
「マクシミリアンには伯母がいやがった、父親の姉、ヘレネーって言いやがる。そのヘレネーは当然継承権を持たないから嫁に出され、嫁いだ先で息子産んだ。マクシミリアンの父親ルートヴィヒはマクシミリアンが二歳の時に死んで、後は王家の血を引く公認された血統の男児は “国内に” マクシミリアンと自分の息子オットーしかいないとくりゃあ、殺したくもなるってもんだ」
 各国の王位継承には色々な種類がある。
 第一子優先であったのが、トルトリア王国。
 これはシュスラ=トルトリアが、二人の子のうち最初に生まれた長女を後継者として定め、争いが起きるのを良しとせず、退位して次に生まれた弟王子を連れて旅に出た事が由来だ。このため、トルトリア王国は退位する事も出来る国であった。
 それとは逆であったのがエルセン王国。ハルベルト=エルセンは死ぬまで国王の座におり、こちらも第一子は長女で第二子が長男であったが、第二子の弟の方に王位を継がせ、第一子の長女は家を出た。この為、エルセン王国は男子優先の継承となり、退位という形式はない。
 ホレイル王国は頑ななまでの女王国家である。特に珍しいのは、王宮で生まれた王女以外は王位継承権がないという明文がある事だろう。
 男児のみの王位を継承させる国家はハイロニアのみ。ハイロニアは国王の姉や妹の子であっても、継承権はない。
 他の王国は、男児優先でその後を追うように女児にも継承権が与えられるような制度となっている。女児の継承権は、女児が単体で継承する場合もあれば、女児に王家に縁のある男児を女婿として迎えてなどが存在する。
「姉さんが『国内』って言うことは、国外にはいるんだ、エルセン王国の継承者」
 家が潰れようが何があろうが大した事はない庶民にとって、正しくどうでも良い事である。
「いるが、この話しとしちゃあ国外は除外してもいい。後になると問題になったが……それで毒刃で切られて死に掛けやがり、その際の治療が両手足を切り落とす事。その荒療法の結果、マクシミリアンは何とか命を取り留めた。伯母の方は言い逃れて、どうにかその時は生き延びたが、誰の目にもヘレネーが人を雇ったのは明らかだった。ジョルジは親として子を殺せないとか何とか言いやがって、結局追求しなかったんだが。バカじゃねえかとしか言いようがねえ」
 王国には珍しくもない骨肉の争いである。実際、マクシミリアンは生き延びる為に、骨も肉も切り落とされたのだが。
「オットーは殺されたんですか?」
「オットーは生きている、生かされていると言った方が正確だろうな。生き延びたマクシミリアンだが成人近くなって、男性機能に問題がある事が判明した。マクシミリアン、椅子に座ってられないだろ? あれは毒が背骨の成長やら形成にも影響した結果で、それが男性機能の発達をも阻害した。その後継者を得られないという事実が決定的となり、伯母はそれを知って息子を即位させようと大胆に人目を憚らない行為にでた。それが引き金で殺されやがった」
「うわ……嫌な話」
 此処まで欲にかられなければ、相手から位を奪うのは無理なのだろう。
「まあな、ヘレネーはマクシミリアンが手負いの獅子だとは理解できていなかった。マクシミリアンはかつて自分に毒を盛ったのはヘレネーの手のものだとして、討ち取った。討ち取ったってもマクシミリアンが直接殺したわけじゃないが。その際に、マクシミリアンはヘレネーの夫、ギース公に取引を持ちかけた『ヘレネーとの婚姻をなかった事にしてやろうか?』と。当時十五歳、中々の手段だ、そしてギース公はその取引に乗った」
「どういう事?」
「王位継承権ってのは正式な婚姻の間に生まれた子以外は認められない。だからギース公は元々ヘレネーと結婚していなかったとなれば、二人の間に生まれた息子・オットーはヘレネーの庶子となり王位継承権する権利をなくする。この条件を飲まなけりゃ、ギース公は息子のオットーと一緒に妻の後を追うハメになる。ギース公がこの件に関して全く関係してなかったとは誰も思っちゃあいないが、ギース公は極限で自分の命の方が惜しくなった。だから処刑される妻を見捨てて、跡取りであった息子を貶めて自分だけは変わらずギース公として生きる道を選んだ。今じゃあ、立派なマクシミリアンの幇間だ」
 話を聞いて、ヒルダは小首を傾げながら、
「何で、オットーって人を生かしておいてるんですか? 跡取りが出来る出来ない以前に、その人継承権ないんですよね? もう二度と継承権は手に入らないのに、どうしてそんな人を生かしておいてるんですか?」
「どういう事? ヒルダ」
 マリアに問われたヒルダは、こういう事ですと説明を始めた。
 それはエド法国が強大である理由とも重なる。
 婚姻はその国の国王が支配しているのではない、それを支配しているのは宗教、エルセンで言えばエド正教。
 オットーは最初『正式に結婚した男女の子』であった。それを認めたのもエド正教。
「婚姻を認めたのはエド正教の大僧正でしょうね、二十年くらい前ですからバーナムゼ大僧正あたりではないかと」
 それから時を経て、オットーは『ヘレネーの庶子』と変えられた。それに関係する書類は唯一つ、ヘレネーとギース公の婚姻の破棄。これを行うのもエド正教であり、エド法国。
「そう、結婚は全てエド法国が法的に管理している。ヘレネーとギース公の結婚も、そしてその破棄も。一度婚姻の破棄をエド法国に申し立てて受理されてるから、それを再び復縁させるとなるとエド法国の決定が軽いものとなる。オットーはヘレネーの庶子認定もされているから、それまで取り消して……なんてのはほぼ無理だろう」
 宗教は『相続に関する婚姻』に対し拘束力を持つ法律を持っている、特に信者が多いエド法国は相続に関して絶大な影響力を持つ。その影響力を保つためには、自分達が下した決定を覆すのは一度きりとしている。それが効力に重みを増すからだ。
「エド正教徒の強さはこれなんですよ、マリアさん。素朴な信仰心の上にあるのは、こういった権力。親は子に財産を与えたいと大体は思いますから。親子関係が冷え切ってくれてやりたくないとか言う人も稀に居まして、そういう人達は生前教会に申し出て死後全寄付などをします。それを不服として財産を持って逃げようものならば、恐ろしい目にあいます。裏社会の借金の取立てなんて比じゃありませんよ、教会の喜捨回収係は。でも我が家の取立てよりはマシですけどね」
 ドロテアの実家に金を借りた人は、この世で見てはならない物を見ることになるのだろう。
「ふ〜ん。それにしても、ヒルダが言った通りならオットーって人を生かしておく必要はないんじゃないの? 殺す必要もなさそうだけど」
「ええ、そこが不思議なんです。オットーなる人がヘレネーの庶子であることが覆ることはありません。そして王位相続に庶子は絡みませんから、彼が正式に結婚し儲けた子であっても、それは覆らないのでは?」
「そうでもない、手段はある。オットーをしかるべき貴族の養子にする、この場合オットーの実の親であるギース公でもいい。そして王女を妻にもらう」
「あー、お姫様」
「ところが困った事に現在地上には王女がいない。この前立ち寄ったハイロニアはドロテカル王太子のみ、ベルンチィア公国はあの通り、大臣がヘタ打って王妃から生まれた姫は王族の権利を永久剥奪されてエド法国に送られた。パーパピルスは独身王で女王族は居ない、準王族の女はいるがこれは自国の国王の妃候補の一番だ。そしてマシューナルにもホレイルいるのは王子ばかり。ネーセルト・バンダ王国は少々どころではなく年を取った現王の妹、独身っても夫と死に別れてだがよ。……そういえば一人居たな、独身王女」
 ドロテアは流れるように語り続けて、最後に一人すっかりと忘れていた人物が居ることを思い出した。
「誰?」
「クナ。アイツは現在唯一の独身王女……ゲルトルートも一応独身王女だが、王女には数えられねえからな。ゲルトルートと結婚すると、制限が多くなるから。無制限ならクナだな。ちょっと歳取ってるが、この際なあ……っても、アイツ聖職者辞めそうにねえし、事実上居ないって事だろうよ。ヘレネーの努力は、自分の息子を国王にするんじゃなくて、結果的にエルセン王国を滅ぼしそうだってことだ」
「それと、あの姫様なんでこんな所で男装しているの? 趣味なのかしら?」
 マリアの疑問に、ドロテアは手をふりながら苦笑いを浮かべる。
「それはちょっと違う……と思う。言い切れはしねえが……記憶じゃあゲルトルートのヤツは俺より三つは年上だった筈だ。三十歳は超えてるが独身だ。もちろん、王族の婚姻には大した障害じゃあねんだが、その結婚ってかよ、持参金になりそうな “物” が問題なんだよ」
 ゲルトルートと話をしたわけではないので、ドロテアとしても正確なことは言えないが、彼女が何故『勇者』の真似事をしているのか? それには大体想像が付いていた。
「“トルトリア領支配権についての議定書”なるものが存在するせいで、あんな下手な男装してやがるんだと思うぜ」
「何それ?」
「ヒルダは知ってるな?」
 突然話を振られたヒルダは、
「……えっと、宗教部分だけですが“トルトリア領内においての布教活動は、三宗教とも建国が許された国が建つまで禁止とする”そして“トルトリア領内に新国家を樹立する場合は、猊下、若しくは、閣下に聖典、若しくは経典を返却する事”が二大原則だったはずです」
 試験前を思い出しますね、と笑いながら答えた。
「そうだ」
 そのヒルダに、その通りだとドロテアはかえす。
「何それ?」
 ぱっと聞いても理解し辛いそれをマリアは聞き返した。
「簡単に言うと、トルトリア王国は滅亡した。が、領土は残った訳だ、その領土権を巡って色々と駆け引きがあって、戦争寸前になったが何とか調停で今に至っている。誰のものでもない領土として。今統治管理しているのはオーヴァートだ、遺跡の管理も兼てな。元々オーヴァートの持ち物だから『トルトリア一族に貸してたんだ、お前らに貸す気はないから返せ』と言われれば二の句は繋げねえ」
「へえ、そんな事あったの」
 年代的にマリアが幼い頃の話であり、一般人にはどうでもいい事でもある。大陸の支配など毎日の生活にはあまり関係のない事だ。知っていた所で、何か良い事があるわけでもない。
「ああ、トルトリア領は北側にホレイル王国とカルキマード海を持ち、東西にエルセンとパーパピルス、南にはマシューナルと隣接して街道が整備されているし、領土がそのまま復活したなら、エド法国以上の領土を誇る大陸最大の国家復活となる。隣国と併合してなどしたら尚の事だ」
「はあ、成る程」
「だが議定書には事細かな規定があるんだ。ホフレ以外にも王族の血が混じっているヤツラも何人かはいる、当然全員庶子だ。愛人達が生んだ子は王族としての権利はなく、貴族としての地位も剥奪されている……恐らくホフレの下にはその手のヤツラも集まっているだろうな」
「何故ですか? 姉さん」
「ホフレが復権してしまえば議定書は無効だ。ヤツラはホフレを祭り上げて豪奢な生活をしたいだろうよ」
 首都にはまだ、多数の財宝が眠っていると思われている。まさか、宝物庫から宝石を纏った骸骨がウィンドドラゴンを繋ぐ鎖としていいた事や、それをドロテアがぶち壊し、財宝も消し飛ばされたとは思ってもいないだろう。
 その『残っている筈の財宝』を分け前として手に入れ、貴族として、あわよくば王族として生活したいと夢見て、ホフレを担いでいるのだ。自力で何かをしようという気概はないらしい、そいつらは。何せ二十年以上もそれで過ごしているのだから、もっと別の道もあるだろうに。
「……何て言うのかなあ。他力本願というんですかねえ」
 それ以外表現のしようがない。ドロテアは顎の下に指を置き、虚空を侮蔑の眼差しで睨みながら記憶の底にある『生まれ故郷のその後』を思い出しながら語る。
「トルトリア世襲貴族は廃止され、世襲貴族は身分を剥奪された。コイツラも間違い無くホフレの下に居る筈だ。そして多分この二者がジョルジ四世、マクシミリアンの祖父で先代国王、そいつに持ちかけたんだろう。ジョルジは正統性に弱い国王だから……正当性に弱いというほかにもう一つ理由はあるんだが……それはおいておくにしても祖先の盟友、それも世界を救った仲間の子孫の故国再興なんて、選民意識の強いエルセン国王の好きそうな話だ。そしてそう言った細かい規約が書かれている中に “ゲルトルート姫は王族・世襲貴族と婚姻を結んだ場合、トルトリア領の継承権を与えない” とある」
 婚姻により簡単に支配権を持たせない為の規定。支配者がゲルトルート妻に添え、トルトリア領の支配に乗り出さないようにする為の策。
「平民なら大丈夫なの?」
「ああ。確か “いかなる国の王族でも世襲貴族でもなく、宗教者でもない者がトルトリア領に新国家を興しゲルトルート姫を妻とするはこれを許可する” だ。俺も関係ねえから、それ程詳しく覚えてるわけじゃねえけどよ」
 ドロテアの想い出の中の故郷トルトリアは決して綺麗ではない。弟達が死に、知っていた者達も死んだどちらかと言えば、血に塗れた大地だ。過去を清算しても、そこから影が消えることはない。
 ただ、トルトリアはトルトリアである事ができたはずだった、例え人々が死んでも生き延びた者達は戻り国を再建する事ができたのだ。だがその領土を狙う他国によって、その戦争回避的措置によって、トルトリアは滅んだ。魔物は国を滅ぼしたのではない、人々を殺害しただけ。真に国を滅ぼしたのは同じ人間。
「じゃあ、何処かの国の貴族が国を起こしてゲルトルート姫を妻にするのは?」
「問題になる。ただ世襲でなければ、俺みたいな一代貴族なら大丈夫だ。この他にも細かい規約が山ほどあってな、ゲルトルートが勇者を名乗っているのは、それらの絡みからだと推測する。要は自らの手で王国を再興したら全て丸く収まるんだからな。確か “ゲルトルート姫が国家を再興するのは許可する。ただし、その資金提供者は王族・世襲貴族・聖職者の位を持っている事は許されない” 金も王国では出せないのさ、勿論国王の私財でもダメ。商人に資金援助を頼むも、魔物が跋扈している首都、安全性が確立しなけりゃ投資損だ、だからあまり投資したがらない。まあ結局の所、ゲルトルートは王国を再興しようとしたら魔物を倒さなきゃならねえ訳だ」
 それでも生活を維持するのに国王や聖職者の寄付は禁止していない。
 もっともそこまで制限されれば、見返りが少ないのであまり生活を保護したがらないものだが、マクシミリアン四世は血縁という事もありゲルトルートとその配下の生活をそれなりに整えてやっている。その点を評価するべきか? それともそれがゲルトルートやその他の者が、普通の勤労して生きていく道を塞いでしまっていると見るかは、個人の自由であろう。
 王宮の一室で欲得と国の興し方についてドロテアが語っていると、ドアがノックされた。
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.