その場に居たのは、水のような物で満たされたガラスの筒に入った状態でも意識があり、ロインの姿を確認するとそのガラスを拳で叩いて、助けを求める人魚らしいもの。捜し求めていたリナードスだと直ぐに解った。
その前で、ドロテア達には聞き取れない言葉で何かを言い、目に痛い程全身が黄色い生き物がいた。全体的な姿は、かろうじて人間のようだ。目も鼻も口も耳も当然存在しないが。
尚且つ、このアンセフォは地属性の為、
「じゃあ何か! ずっとリナードスを閉じ込めておいて見てるだけで終わりか?」
「!!!!!!!!!!!!」
ドロテア以外の三人には、何を言っているのか聞き取る事ができない。
「甲斐性のない男のやりそうな事だな。振り向いてくれないから閉じ込めるって、人間ならまだしも神の名を持つもののする事か」
「!!!!!!!!!!!!!」
「だから相手にされないんだよ、屑神」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
なまじ人間の言葉がわかるせいで、悪口を言われている事がわかる為、反論をくり返しているらしい。
もしかしたら、ドロテアの心中を読んで、受け答えしているのかも知れないが、読む事ができたら、それはそれで困りそうである、ドロテアの心中など。
目に優しくない黄色い物体と、亜麻色の髪をした美女は、片方の言動から、罵声の飛ばしあいである事だけは理解できない三人にも解った。
多分、両方聞き取れなくても罵声の飛ばしあいだと直ぐに理解できただろうが。
「何言ってるか解らないんだけど、随分短気な神様みたね。さっきのリヴァスは穏やかだったけど」
聞き取れない言葉だが、雰囲気で相手の性格が余計解りやすくなる。他の神の妻に横恋慕して、巻き添えまで作って持ち逃げする神は、やはり短気なようだ。
「そうそう、リヴァスが怒ってたぞ。レサトロアを干からびさせてリナードスを誘拐していったんだからな、何時か見つかったら切り裂かれる事間違いなしだな」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「心配する必要はねえぞ。ここで俺と会った事を後悔させてやるからな。そう、自分が神として生まれた事すら呪う程に」
何する気ですか……とは思ったが、取り敢えず誰も何も触れなかった、それに関しては。
アンセフォとドロテアの口喧嘩が、第二回戦に突入しそうになった所で、ロインが、
「ドロテア! アンセフォなんてどうでもいいから、リナを出してくれ」
当初の目的を頼み込んできたが、ドロテアは
「さあな。出せるとは言い切れないぜ」
敗北宣言のような言葉を言いながら、その筒の前に立った。
『機械音』と言われる、低く一定の音が響く空間で、リナードスを見上げ、脇にある小さな突起を押す。
「無理だ。排出側に規制がかかってやがる……何だこりゃ? おい! 聞こえるか? リナードスとやら」
ドロテアが、最大の力を込めて左手でガラスにしか見えないソレを殴るが、壊れる気配はない。拳をたたきつけた場所から、青白い円が波状に拡がるのみ。
そしてドロテアの声も聞こえていないらしい。
「ドロテアの左側でも壊れないのか?!」
ロインには見えない『左腕』が何かをしたのは解ったらしいのだが、
「これは厄介だぜ。アンセフォ、てめえこのままで楽しむつもりだったのか。この状況じゃあ……何だ?」
リナードスが、自分の入っている筒の上側を必死に指差す。角度を変えながら上部を覗くと、そこには管らしいものが見えた。
「筒の上に登るから台になれ、ロイン」
ロインを台にしてドロテアは筒の上によじ登る。そこには筒があった。耳をつけて音を聞いてみると、何かが違う方向に流れているような音がする。一定方向に流れるのが、筒の中を満たしている“水のような物”もらしい。その“水のような物”が何なのかも正確にはわからないが、その水のような物が何処へ向っている。その先に何か問題があるようだ。
中にいるリナードスが、必死で知らせるからには何か理由があるのだろうと、
「出せるもんなら出してみやがれ、アンセフォ。行くぞ、ロイン。これは、間抜けな横恋慕神程度が、取り出せるようなモノじゃねえ。安心して付いて来い」
「!!!!」
「脅しじゃねえよ。バカが」
上位神に捨て台詞を吐いて、背を向け上部の管が向っている方向に歩き始めた。
その管が向っていた先の到着地点は、それほど遠くはなかった。
大きな、これもまた円形の形をした物に、リナードスが入っている筒から流れてきた液体が流し込まれ、白い円形となって出てくる。
「何ですか姉さん?」
「こいつは生成物の核を作る機械だ。此処にあったとは知らなかったぜ……」
「核ってなんですか?」
「あ〜なんていうかな。素って言うべきかな。前にイローヌにいった時、遺跡の中で生成物が襲ってきただろう? あれは機械がつくったものなんだが、機械に素を入れて作るんだ。この素が何処にあるかは誰も知らない、瞬間移動かなにかで届けられている気配があるとは聞いていたが、まさか此処にあったとは。リナードスが沈められているの、アレは水じゃなくて溶解液みたいなモンか。だが、だとしたら効率が悪いな……もしかして……核が何者かの力によって生成されるとして、完全な循環が作られていると考えれば……」
「どうしたの? ドロテア」
「いや、多分リナードスは死にはしないだろうな、と思ってな。一方的に搾取し作るだけじゃあ、直ぐに原料が枯渇する。それを防ぐためにも、違う場所から違う何か、人間の生活に置き換えてみれば食料のような物が与えられる筈だ。ただそれが、リナードスの害にならないとは言い切れない。神を捨てた一族が作った設備の中で、神が“神のまま”で生きられるとは考えにくい」
「姉さん、それって早く助けたほうがいいのでは?」
「そうも言う」
早く助けようよ……ドロテア……。一応、その為にここまで来たんだからさ……。隣でガックリと肩を落としているロインの背中を励ますように叩きながら、エルストは頷いていた。
「出せたら出してる。戻ってみようぜ、あのアンセフォの奴が、リナードスを連れて逃げているかどうか?」
ドロテア達が戻ってきた時、目に優しくない黄色い物体は、せわしなく動き回っていた。
「間違いなく、取り出せなくなってるわね」
「解りやすい神様ですね。単純っていうんでしょうか?」
「お前に言われたら終わりだな、ヒルダ。さてと、おい! どうしたんだよ、このボケが! 良いか、古代遺跡は専門の知識を持った者以外触るのは厳禁! それを破った者は、死刑に処されるのが人の法! テメエは神だから、俺が勝手に決める!」
最後の理論は何処から来ているのか?
「それにしても入れるのは簡単だけど、出すのは難しいんだ。姉さんの財布みたいですね」
「そーだな、ヒルダ」
その言葉を背に、ドロテアは試行錯誤した。
前にイローヌで使用した『無効化』なども試してみたが、この遺跡、
「信じられねえ、破壊施設じゃねえのかよ……」
攻撃や警戒を無効にしてみても、元々それらを兼ね備えていないようで、全く無反応。
「ドロテア、初代が作ったんだとしたら、誰にも破壊できないから攻撃はしなくていいんじゃないのか」
煙草を吸い不真面目ながらも、ドロテアの傍にいるのはエルストだけ。マリアとヒルダは早々に、難しい施設の使い方に関しては解らないと離脱。建物の中を見て回っている
ロインは必死に筒の中の妻に話しかけ、あと主犯であるアンセフォは、
「逃げられると思うなよ」
ドロテアが唯一動かせた『施設閉鎖』を受けて、逃亡不可能となり、脱出手段を必死に模索していた。
模索しても、持っている知識を使い切っても何の解決策をも見出せなければ、最終手段を採るしかない。
「まず最初はシャフィニイに頼んでみるか……」
それでも恐らく『無理だろう』とドロテアは思っている。
作ったのが初代皇帝であるのならば……ドロテアの予想では、初代皇帝はレシテイだ。
シャフィニイはレシテイに敵わないで、逃亡の末にこの世界に落ちていた。その事実から観て、どう考えてもシャフィニイに対処できるような場所ではないのだが、
『物は試しってか、シャフィニイで解決してくれた方がありがたい』
だが、まだ確定したわけではない。『レシテイ=初代皇帝』はあくまでも、ドロテアの想像の範疇内。
レシテイは全く別の場所から来た者であるかもしれないし、シャフィニイは初代皇帝よりも強いかもしれない。それらを確認する為にも、ドロテアは呼び出した。
水晶のようなシャフィニイは、呼び出された直後、
「ドロテア! 大丈夫だったかい?」
詰め寄ってきた。
「何がだ?」
「レシテイが……」
レシテイがドロテアの家に行った事らしい。多分、向った原因も気付いているのだろうが、恐くて来られなかったのだ。
「あ、平気平気」
ドロテアは迷惑こそ被ったが、恐いことなどドロテアにはない。
「そ、そうか。ならいいんだ。で、どうしたんだい? ドロテア」
「すまないな、料理も何も用意してなくて悪いんだが、ロインの頼みを聞いてやってくれないか」
「ロイン、どうした?」
「リナが閉じ込められて。閉じ込めたアンセフォのやつ、今度開けられないって騒ぎ出した。どうにかしてくれ!」
理由をロインから感じ取ったシャフィニイは、隠れていたアンセフォをも呼び出し、人間では解らない力で詳細を得て、
「理由は解ったけれど……これ、無理だと……」
「最高神でも無理なんですか?」
とても信仰の浅そうな聖職者ヒルダだが、さすがに驚いた。
ヒルダの教義では、精霊神は真君の下に位置するが、あの魔王をも簡単に焼き払った神が、この動く事のない物静かな物体に対して無力とは。
「これは何か全く違う。どうしていいのか解らないし、力では壊せない。破壊できるモノじゃないコレは…一体?」
ドロテアは腕を組み、暗い天井を仰ぎ見る。シャフィニイの言っている事は正しい。この物質を正しく言い表している、言い表している以上、
「シャフィニイ、頼みがある」
最後にドロテアは確認したくなった。
もしもレシテイが、自分の思っている通りなら、
「何、ドロテア」
「これを開けられそうなヤツが一人だけいる! ソイツを呼び出すが、逃げないでくれるか? 大丈夫だ、絶対変なマネはさせない」
“ここ”に対して確実な知識を持ち、対処できるはず。
その事を確認すれば、ドロテアでも意味は解らないが『予言』なるものを成就させる事ができる。『初代皇帝の名を三人の人間が知り、皇帝に告げれば皇統は終わる』という、その予言。
ただ名を告げただけで、成就するものなのかは別としても、
「もしかして……えっと契約を結んだの?」
それを確認する事が出来るのならば、ドロテアはどうしても確認したかった。
「そんな所だ。まだ神として未熟だが、シャフィニイに嫌われない為にもと、必死に契約を結んでくれと売り込みにきやがった」
大嘘だが、この場合は必要不可欠だ。
「ほ、本気なのか? 彼」
「今呼び出せば、俺が召喚者だから変な事はさせない」
「わかった、ドロテアを信じる」
神の目を本当に真直ぐ見て(目自体はないが)嘘を付く人間。
『神様、その人は平気で嘘つきます。あなたを生贄にして、平気で逃げますよ。その人は』
そんな全員の心中の呟きをシャフィニイは読むことなく、そしてその表情のない姿は、ドロテアの事を信頼しているようにしか見えなかった。
**********
「呼び出すにしても呪文とかは? 呼べば出てきそうだけど」
元々存在を知られていない神……というか、それらしい物体。
当然、召喚方法が記載されている書物などない。エルストの言う通り、呼べば出てくる事は間違いない。何せここには『餌(シャフィニイ)』もある。
「適当にな……ばら色の咎を持ちし皇代の始祖、世の理の全てを覆せしもの此処に姿を現せ。こい! レシテイ!」
「!!!!???!!」
ドロテアがどのような理論構成でレシテイを呼び出したのかは定かではない。
後にヒルダは語った。『適当に名前呼んだだけにしか見えませんでしたよ』と。多分それが正解に違いない。
後に永遠の謎とされる「ドロテアの召喚神」
多くの魔術師が挑み研究を重ねても、その片鱗すら掴めなかったそれは、こうやって「神」として始めて登場した。
シャフィニイに会いたくて仕方なかった“それ”は呼ばれると同時に、いやドロテアが言い終わらないうちに“それ”は出てきた。人間に近いような、それでいて色合いが全く違うソイツ。
「シャフィニイ! ……」
素直に嬉しそうにシャフィニイの元へ突進して行こうとした所を、
「愚か者め。召喚者の下へと来い」
レシテイをドロテアは殴った。
「ド、ドロテア……」
「!!!!!」
レシテイの力の強大さを知っている神二体、妻を奪われたヤツと奪ったヤツは、呆然としその行動を見守る。
「久しぶりのシャフィニイなんだから」
殴られた事など一切気にせず、それでもドロテアの言う通り傍に来て『シャフィニイ! シャフィニイ!』と騒いでいる“それ”に、
「ちょい耳かせ、レシテイ」
人差し指を動かし、顔を貸せと合図を送る。
周囲は神様ばかりなので、耳に小声で呟いた所で隠せないと思われるのだが、それでも秘密裏に話す。
「いいかレシテイ。此処で神になる為に頑張ってやがるお前の姿をシャフィニイに見せれば、シャフィニイも少しはお前を見直すだろう。そして召喚された時の心得を聞きたいとか後で言えば、話に乗ってくれるかもしれん」
隠れて言うにふさわしい内容だ。言われた方は、
「そ、そうかな? そういうものなのかなぁ?」
小声でもなければ、ドロテアの耳元に向ってささやくわけでもない。
ただ、体を屈めてドロテアの口元に耳を近寄らせて、黙って聞いている。
「此処での神らしくしようとしている振る舞いが必要だ、解るか? そのためには先ず俺に従え」
「解った! 平伏して従うよ」
「いや、普通でいい」
とりあえずレシテイはドロテアに平伏した。この瞬間、ドロテアは全ての神の頂点に立ったと言えよう。
「レシテイ、先ずは……そのアンセフォの言葉が人間にも普通に聞こえるようにしろ」
「りょーかーい! しっましーた!」
本当に前途多難な神だが、それに構ってもいられない。
「人間、テメエ! レシテイは詐欺じゃねえかコンチキショー!」
突如普通の人間の言葉に変換されたアンセフォの言葉は、やたらと人間味に溢れていた、神なのに。そんなアンセフォの言葉など無視して、
「逃げないように締めろ。後で、重々仕置きをしなきゃならんからな」
背後に回ったレシテイがアンセフォをギュウギュウと締め上げる。『締める=捕縛しておく』の意味を取り違えたようだが、誰もそれを口にせずやりたいようにやらせておいた。
神に骨があるかどうかは知らないが、あったとしたら間違いなく骨折しているだろうレシテイの絞めっぷり。
当初は『ごあっ!』とか『もがっ!』とかそれは不思議な声が暫く上がっていたが、それも尽きた。神なので口から泡を吹いたり、白目を剥いたりはしないが、多分アンセフォは意識という物を喪失したらしい。
「アンセフォは何をしたんだい? ドロテア」
理由も聞かずアンセフォを締め上げ続けているレシテイは、やっと理由を聞いてきた。
「他人の妻を誘拐。誘拐する際に妻の姉か妹かはしらないが、ソイツを干からびさせた上に陸に置き去り。お陰でソイツは人に拾われて、危うく食われかけた」
「それは酷いなあ」
お前が言うか?! とも思ったが誰もそれは言わなかった。その突っ込みを入れていいのはシャフィニイだけだ。
「レシテイ、此処までは準備体操、次からが本番だ。リナードスを此処から無傷で出してくれ“お前なら出来るハズだ”……どうだ?」
準備体操に使われた横恋慕神は、パサリと床に崩れ落ちた後も痙攣している。『神様も痙攣するんだ……筋肉痙攣なのかな? 神経痙攣なのかな?』そんな的外れな感想をヒルダが抱いただけで、他の人は全くアンセフォを無視したまま、話を進めてゆく。
「ああ、簡単だよ。待ってな!」
そう言いながら、あたりのボタンを次々と押してゆく。いくつかのボタンを押した後、手をかざすと筒の中の液体が音もなく抜けてゆき、リナードスだけが其処に残された。その透明なガラスのような物体にレシテイは手を入れると、リナードスを掴み引きずり出す。
レシテイにつかまれたリナードスが怯えているようにも見えたが、そこら辺は無視しておこう。
とにかく驚いているリナードスだが、ロインと眼が合うと駆け出し抱き合った。
「良かったわね」
「そうだな……下半身人魚に見えるが超能力で動くから、それほど面白い歩き方はしないな」
リナードス、下半身は魚に見えるがピョンピョン飛んだりはしない。
「観てたの其処ですか、姉さん」
ただ、スーと移動するだけで、特に面白いものではなかった。奇怪といえば奇怪だが。
「それ以外、何処を見ろと?」
「例えばまだ痙攣しているアンセフォ神とか」
「まだ痙攣してたのかよ。さて、戻るぞ。此処はお前たちの躯に悪そうだからな」
目的を達したので、早々に戻る! と叫んだドロテアに縋ってきたのは、
(待ってください! お願いがあるのです!)
ロインの妻、リナードス。
「夫婦揃って人間にナニを願う気だよ? 俺は神の問題を解決するのを仕事にしてる訳じゃねえ」
普通の人は、神様が出来ない事を持ち込まれたりはしない。
神様に厄介事を持ち込まれる人間は、ついに最大級の厄介事を持ち込まれた。
(ドルタを! ドルタを開放してください!)
足に縋ってきた川神人魚の口から出た言葉は、世界最大級どころでは済まない厄介事。“それ”に慣れているドロテアですら、顔が引きつった。
「どう言う事だ? リナードス」
(この先にいるんです、間違いなく聖水神・ドルタが!)
リナードスは水属性で、尚且つレシテイは言われないでも音声を変換するような気の回る神ではないので、三人はいまひとつ会話に入れてはいない。
神々の驚き方からして、尋常ではない事だけは解るのだが、
「今、何て言ったのかしら?」
マリアが尋ねて返ってきた答えは、
「聖水神ドルタが……何かって言ってた気がします。水菓子争奪戦?」
限りなく正答から遠かった。
**********
リナードスが説明するには、自分の下に「ドルタ」の力が送り込まれていた。それは、
「あの液体自体にドルタを強く感じたのです」
レシテイではなく、シャフィニイのお蔭でリナードスの言葉は三人にも理解できる言葉になった。
「シャフィニイ……ドルタって溶けたりするモンなのか」
「溶けないよ……多分」
何となく『混入してしまっている神様』を確かめるべく、液体が送り込まれていた管に手を触れ、ドロテアが施設魔法を唱える。手甲と連動し、その管だけが金色に輝きだした。
「これを伝っていけば、恐らくその “ドルタらしいモン” に会える筈だ。おい、レシテイ。何かの為にアンセフォを起こせ! いざとなったら、ソイツを犠牲にして進むぞ!」
管自体はそれ程太くはなく、それを目印に見上げるようにして歩いていると、
「合流してるな。大本はあの太い管かな」
「そうだろうな。捜索をそっちに切り替える。それにしても、何の為にドルタの力を送り込んでやがるんだ? 何か感じなかったか、リナードス」
金色の管を追いながら、床から少しだけ浮き上がり移動するリナードスに、それまでの経緯を尋ねる。
ピョンピョンと飛び跳ねて歩くのではない神は『自分から奪われる以上の力を与えられていた。ドルタの力で苦しくなるほど。もう少し遅ければ、自分はドルタの力によって居なくなっていたかもしれない』そのように告げてきた。
「核となるのは程苦痛じゃないのか?」
てっきり力を奪われる事が苦痛になっているのだとばかり思われていたのだが、実際は、
「自分本来の力が奪われ、ドルタに侵食されていくような恐ろしさを感じていました」
ドルタの力の侵略におびえていたのだ。ドロテアは額に手をあてながら、
「何のためにそんな事……」
それ以降は無言のまま、人間四人だけの足音が響く、視界を奪わないがどこか暗い建物の中を突き進む。
途中何度も金色の管は合流し、遡れば遡るほどに太くなってゆく。そしてやっと到着した場所は、
「デケエ水槽だな、おい。鯨の群れでも飼育しようってのかよ」
つい先程まで、リナードスが閉じ込められていた物よりもはるかに大きいガラスのそれが置かれている場所だった。
『水槽』とドロテアが言ったのは、あの“水のような物”でそれも満たされている為だ。上部の端が見えない程の大きさのソレを前にして、何度も下から覗き込むがドロテアの目には何も映らなかった。大き過ぎて視界に入らないのか? それとも、
「もしかして入ってるのか?」
人間には見えない“物か?”と尋ねるが、シャフィニイは、
「違う。ここには居ないけれど、近い」
この大きな水槽には居ない。
「目視で辿れるのはここまでか。力が転移して、この液体に溶かされてる……って事なんだろう。そうだとしたら、この溶かしている物体は何だ?」
拳をあててみるものの、やはり先ほどと同じで壊れる事はない。
後はドロテアが手甲を用いて使える施設魔法ではどうにもならなかったのだが、名乗りを上げた者がいた。シャフィニイだ。
「ここからなら、解るかもしれない。付いてきてくれるかい?」
シャフィニイの言葉に従って、歩き出す。しばらく歩いた後、その水槽を振り返ったエルストは、どこかでそれに似た何かを見た気がしたのだが……。
『何時もの事だけど、思い出せないな。似たような何か……大きさか? これに似たもの、何処かで……これと同じ場面どこかに無かったか? 確か……センド・バシリアに行った時と、状況が似ている気が。だからって言っても、それだけなんだよな……』
相変わらずの勘の良さと、何時も通りの適当な記憶力で、自分自身を混乱させていた。そんなエルストの混乱など、全く誰も気にせずに全員は歩き続け、しばらくして目の前が開けた。全員が顔を見合わせ、駆け出した先にあったのは、
「あれ……なの……」
到着した場所は、四方の空間に初代皇帝の文様が浮き出ていた。その文様の中心にリナードスが閉じ込められていた物よりさらに小さい筒が、宙に浮いている。
「そう、みたいです、ね。マリアさん」
場所は無音だった。
話をしていなければ、狂気が襲ってきそうなほどの無音。
「それ以上近付くなよ」
ドロテアが文様に左手をかけると、それがグルグルと回りだす。手を離せばその回転は収まったが、
「鍵が掛かってるぜ、コレはよ。アンセフォでも放り込んでみるか。間違いなく死ぬと思うけどよ」
「放り込んでどうにかなるの?」
「ならねえよ、マリア。でも、下手に強いから苦しみそうだな、おい」
笑顔で振り返ったドロテアに、アンセフォは死んだフリをした、無意味ながら意識が無いフリをした彼は、
「このまま突っ込んじゃいましょうか? 意識がないなら、痛みも感じないでしょう。神様が痛みを感じるとは思いませんが」
にこにこ笑ったヒルダに、
「止めやがれ! この人間!」
直ぐに死んだフリをやめて突っ掛かるも、
「私の神様はアレクサンドロス=エドだけですから、他の神様が死んでも平気です」
都合の良い時だけ神様一本に絞るのね、ヒルダ……。マリアの静かな呟きと、ヒルダの発言に被って叫んだアンセフォ。
「うるせえな、黙ってろアンセフォ。でもよ、マリア。コレなら外せるぜ。フェールセン城の門と同じだ。ちょっと手間がかかるな」
騒がせたのは、ドロテアの言動なのだが、そんな事は今更誰も何も言わない。
「この鍵は、四枚が重なれば解れるんだ」
「ああ、立体魔法!」
ヒルダが動き出した文様に声を上げる。ドロテアは頷きながら、
「それに近い。立体魔方陣の原型……いや最終形態って言うべきだろうな。コイツが最高峰で、俺達が使ってるのは簡素化されたモンだ」
左手を掲げ、自分の頭上でその大きな文様を回す。
「わーい、ピザの土台回してるみたいですよ、姉さん。五千人前くらいになりそうですが」
「こんな地の底でピザの台作ってどうすんだよ!」
でも言われてみれば確かに似ているのだ、その動き。
別に回して大きくしているのではなく、回して必要な箇所に触れ、それを一時的に書き換えているのだが、
「確かに似てるわ。……言われなければ思い付きもしないけれど。さすがヒルダ」
真面目で難しい行為も、途端に空腹を促す行動にしかならなくなった。
「ピザの台作るのも難しいけどね」
何時でもエルストのフォローは……やはりフォローにならない。
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