ビルトニアの女
地の果てを望むのは私ではない【8】

何を秘密にするかは、人によりけり
隠す事にかなり力がいる

 爆破した老人養護施設を後にした四人は、連れ去られた宿に戻り馬車及び所持品の無事を確認した。
 所持品はドロテアが結界を張っていた為に、持ち出す事は敵わなかったようだ。さすがは商人の娘、施錠の呪文においては他者の追随を許さないで有名だ。夫も金を持ち出す癖がありそうなので、より一層施錠の呪文に磨きが掛かったというのは、秘密にしておいてやろう。

「特に後はする事もないから、観光でもするか?」
 ドロテアの意見に三人は同意して、結局観光とあいなった。街中は、施設が爆破した噂で持ちきりだったが、結局誰もドロテア達に到達する事はできなかった。
 ドロテアは、そんな失敗はしない。用意周到な女だ。
「当然だな」
 一人酒の入ったコップに語りかけるドロテア。

**********

「うわあ! すごい! はじめて見た!」
「うわあああ!」
 マリアとヒルダが嬉しそうに"地の果て"を見ている。地の果てとは、言いあてたもので魔法が一切効かない、切り立った底の見えない場所である。何処からかくる"土"が"底"に流れ落ちてゆく。
 風に飛ばされる事もなく、ただひたすらに底に落ちてゆく、何処から来るのか解らないその土。魔力を全て無効にする、その凄まじい場所、そして音。
「凄いよなあ、俺も初めて見た時は何かと思った」
 エルストも相槌を打つ。
「そう言えば二人は、新婚旅行で此処に来たのよね?」
 マリアが思い出したように二人の顔を見比べ、尋ねる。
「新婚旅行だなんて、偉い人みたいな事したんだもん、思い出深いでしょう?」
 ヒルダが楽しそうに地の底を見ながら、大きな声で話し掛ける。
 ヒルダの言うとおり、結婚して旅行するというのは、かなり金持ちの特権だ。ステータスで結婚後旅行に出るのだが、それはかなり金のかかることで、普通に仕事を持っている平民はまずしない。
 最も調査が仕事のドロテアと、無職兼ドロテアの秘書のようなエルストならば何処にでも行けるだろうが。あの時は、
「ありゃ、オーヴァートが気を回して"調査隊"を勝手に組んだだけなんだがな」
 オーヴァートというのは、ドロテアの兄弟子というか師というか……とにかく変わった男だが、その才は大陸一とされている。
 その中身は確かに素晴らしい頭脳、そして整った容姿なのだが、天才にありがちな生活破綻者でもあった、色々と。
「所で何調査しに来たの?」
 帰って来た時のお土産は、たしかここのお酒だったわとマリアは思い出しながら、尋ねた。
「……この、地の果ての長さ測量……二人で三週間かけて」
「それって、アナタの仕事じゃないわよね」
 それは下っ端調査員の仕事であって、決してドロテアの仕事ではない。それだけするなら三日もあれば終わってしまうだろう、よって、
「やっぱりプレゼントしてもらったんだ、イイ人なんだオーヴァート卿」
 一人、オーヴァートがどう言う男か詳しく知らないヒルダは、そう言ったが、
「それを差し引いても、おつりが来るほど凄まじくダメだ……」
ドロテアは頭を抱えて、この先危険の立て札に掴まっていた。
「そんなに凄いの、オーヴァート卿は?」
 ヒルダの知っているオーヴァートと言う人物は、極々一般的な事と、少しだけ姉の結婚式で会った事がある程度。そんなヒルダに、
「そりゃ、ドロテアの昔の男だし」
 貴方がそれを言ったらダメだろう、エルスト。全てに置いて。
 因みにエルストは「ドロテアの昔の男だから、凄く頭がいい」と言いたかったのか、「ドロテアの昔の男だから、物凄く変だ」と言いたかったのか、それは謎である。ただ、普通はそう言った事は亭主の口から出てこないと、物語で知識を得ていたヒルダは、
「???へっ???」
 三人の顔を交互にみて、素っ頓狂な声を上げるしかなかった。エルストがオーヴァート卿と知り合いであるのも、ドロテアの過去の男であるのも知っている事は理解できるが、笑顔で言うような事柄でもないと、普通はおもう。
「そのうち教えてあげるわ、ヒルダ。それにしてもオーヴァートのゼルセッドだって気付かなかったあの人たちも可哀想ね」
 マリアが笑いながらヒルダの肩を叩く。『オーヴァート』というのがドロテアを有名にしてる一つの単語であり名詞であった。
 だが繰り返すようだが、姉の過去話、それも男絡みの問題を笑顔で実妹に語るのも、色々な意味で珍しい。
「知りたきゃ、エルストの女性関係も教えてやるぞ、ヒルダ」
ドロテアも笑いながら、ヒルダの頭をポンポン叩く。
「俺のは必要ないだろう、ドロテア」
 肩を竦めて笑うエルスト。
「ええ? ……え!」
 ヒルダは三人を見比べて、地の果てに吸い込まれないほどの大声を上げていた。

「さてと行くか。準備はいいか?」
「準備はいいけど、何それ?」
 ドロテアが手に持っている、分厚い細々とした文字の書かれた冊子をマリアは尋ねた。
「これか?これは "隔月・追放者及び処刑者名簿―全大陸編―" だが」
 エルストが驚いていない所をみると、これは定期的に購入しているようだ。付き合いは長いが、その手の事に殆ど興味のないマリアは初めて見た。

 断っておくがドロテアが口にしたのは正式名称ではない

「……ふ〜ん。そんなのあったんだ」
 マリアは頷いて、覗き見た。素晴らしくビッチリと書き込まれたそれは、とても読みたいとは思える代物ではない。
 エルストが馬車の手綱を握り、マリアが隣で地図を開く。
 そして揺れる馬車で一人"処刑者一覧"を読んでいるドロテアに、ヒルダは言った。
「何か、大人の世界を垣間見た気がするなあ」
「そうか? まあ、あんなもんだろう、世の中」
 ドロテアは返したが、ヒルダが言ったのは国家警察に捕らえられた事ではなく、
 ”姉さんと義理兄さんの付き合いがね”
 世の中には過去の事など、どうでもいい人たちがいる事を知った、ヒルデガルド。
 大人に少し近づいた気分だった。
「所で何処に行こうかね、マリア嬢」
「適当に走ってみましょう」

 そしてなんだかよく解らない、思い出の地を後にした。


第一章【地の果てを望むのは私ではない】完

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