それは”魔の舌”と言うそうだ
特に黒幕もなしか”
記憶を引き出すのは簡単だが、それを整理するのは
かなりの熟練を要する
結局は他者の記憶だから
侵入してくるアンデットに奇声を発しながら切りかかる男達、力尽きて噛み付かれ死を迎えそして起き上がる。
その姿は地獄絵さながらだった。
一応ガードされているヘレンは、ふと横を見ると、最初の人質の"つもり"だったエルストとヒルダが、優々と結界の中に入ってアンデットを防いでいる。
死者の侵入を防ぎ、尚且つ生者の侵入をも防ぐ高等な結界。
それは、紡ぎ出すのにかなりの時間を要するはずなのだが。
「な……いつの間にキサマ等!」
ヘレンが握りこぶしで見えない魔力の壁を叩く、入れろと催促しているのはわかるが、エルストはヒルダの前に立ちはだかり、平然と答える。
「アンタ達がドロテアに無謀な取引を仕掛けていた時に」
時間の掛かる魔法、尚且つ高等魔法なので二人で分散して行ったのだ。
言い忘れたがエルストは一応、神学校の基礎教育程度は終わっている。 普通、神学校の基礎教育程度を終えているとそれなりの仕事につけるのだが、何故か盗賊というか小賢しい盗人をしている、風変わりな男だ。そんな二人の周りに、最早力尽き助けを求める人が集まってくる。
「た! 助けてくれ! 頼むからあ!」
魔法の壁を叩いても、どうにもならず涙や鼻水、そして血を垂らしながら必死に懇願する。可哀想だとはおもうが、残念ながら二人とも"最初に張った結界を消さずに、種類を変える"という高等の中でも最上級に属する魔法は使えない。使えるのは、高みからアンデットを操っているドロテアだけである。
エルストはそんな訳で、ドロテアを指差し、
「……この場合、どっからどう考えてもドロテアが権限を握っているのはわかるだろう?」
泣きながら悲痛な叫びを上げる男達に言う、そしてヒルダも続ける、
「だから姉さんが来る前に武器を返してくれていたなら」
ヒルダは呟いた。最もエルストもヒルダも"まあ、それでも皆殺しだろうけどね"と思いもしたが。
「ぶ! 武器はあの扉の中だ! そして鍵は此処にあるからタスケ……」
とにかく助かりたい男の一人がある扉を指差し叫ぶ、その叫びは上からきた声にかき消される。
「鍵なんていらねえよ! エルスト開けろ!」
結界越しにエルストの額に特殊文字が書かれる。そして指で行け! と指示を出す。額に書かれた特殊文字は、先程マリアに書いた特殊文字と同じモノで、エルストには馴染み深いというか……よくアンデットの中を歩かされるらしい。
「人使いの荒い妻だよ……」
溜息を付きながら阿鼻叫喚の地獄の中に足を踏み出す、外からは入れないが中からは簡単に出ることが可能らしい。
エルストの大きな呟き(要するに聞こえるように言ったらしい)は、既にアンデット九割の室内において、簡単にドロテアの耳に届いた。そして一言、
「稼いでから言えよ、んな事」
エルストはこめかみに指をあてながら、取り上げられなかった細い鉄棒を用いて鍵を探った。
「それちょっと酷いんじゃ? あの人稼ぎ悪いの知ってて結婚したんじゃなかった?」
そんな二人の、何時ものやり取りを聞きながらマリアはドロテアに向き直る。大体、ドロテアは女性としては異様に稼ぎがいい。恐らく貴族を除けば首都において最も稼いでいる女だったと言っても過言ではない。そんな女と比べられては、小銭盗人・エルストに勝ち目などない。
「まあな」
元々この男の稼ぎなどは、あてにしていないドロテアである。四人とヘレン以外は全て"生きてはいない"。一人残されたヘレンは動きを止めたアンデットから剣を取り、ドロテアに切りかかってきた。最もアンデットをかわしながら、剣も習った事が無いであろう事は明白なその動き。
「おのれ!」
最後の叫びは、かくも普通なものであった。
その剣はドロテアに遠く及ばず、殺そうとした相手が薄ら笑いを浮かべ手首を捻った瞬間に終わりを告げた、彼女の命が。
「死ねよ、インパルス!」
ヘレンの頭に炸裂した衝撃波が、彼女の脳を四散させた。四散する瞬間に脳から膨大な情報を引き出して。
”捨てておいても大丈夫だな”
飛び散る脳漿、その様は、慣れるものではない。ただ、頭が残っていると後々色々と面倒なのでドロテアは壊した、記憶を探られると少し厄介だと言うのが第一の理由らしい。そして……
「げっ!」
鍵を開けていたエルストの元に、茶色い目玉がポトリと落ちてなんとも言い難い叫び声を上げている、その後姿に哀愁を覚えながらヒルダは姉に尋ねる。
「もう少し優しく殺せないんですかね?」
「優しく殺すってのは、聖典に記載されてるか?」
「それは載ってないけど……。」
姉と議論するのは、得策では無いと言うか勝ち目なしということで諦め、動きを止めたアンデット達に一応祈りを捧げる事にした。このままでは、永遠にこの場に残る事になる訳だ。正しい死体還しを唱える横で、マリアも知っている聖書の一節を唱えていた。
「早く開けろ!」
そんな事は構わないドロテアと、目玉を蹴って必死に扉を開くエルスト。
エルストが蹴った目玉をふとドロテアは追った、その転がった先にはセイローンの頭が転がっている、恨みがましいその顔に冷笑を浴びせて、脳に触手を伸ばし、探った。
”特に黒幕もなしか”
「そんな目で見られても困るな。裏切ったのはテメエだ。……そうそう、ロイン。もう帰ってもいいぞ!」
ふと思い出したように、嫌な仕事をさせたロインに帰還命令を出す。
一応ロインは四人の前に姿をあらわした、ペコリとお辞儀をするロインに、
「お疲れさま〜」
と、ヒルダ。
「気を付けて帰ってね〜」
と、マリア。
「まあ、またな。」
ピンッ! と鍵を開いて振り返ったエルスト。
「皆さん。お元気で」
そして空間に溶け込もうとしているロインに、
「今度呼んだ時もすぐ出て来いよ」
召還者の厳しい一言が最後に飛んだ。
記憶を引き出すのは簡単だが、それを整理するのは
かなりの熟練を要する
結局は他者の記憶だから
取り上げられた武器を取り返すことに成功した、ヒルダの聖典やマリアの折りたたみ型聖槍、そしてエルストのレイピアとドロテアの手甲と刀。
ただ、ドロテアの、
「チッ! 鎖が見当たらんな。」
鎖だけが見つからなかった。取り立てて変わった鎖ではないのだが、
「その長い剣だもんね、背負ってないと歩けないもんね。」
ドロテアの身長より長い刀は、持って歩くには不自由だ。試行錯誤を繰り返している姉を、ヒルダは不思議そうな顔をして見つめている。
「どうした、ヒルダ?」
ヒルダの視線に気付いたドロテアが尋ねる。心底不思議そうな顔をして、
「何で、義理兄さんが"風属性"のレイピアで、姉さんが"火属性"の剣背負ってるの?」
属している種類のモノを使うのが普通なのだが、ドロテアは背負えず手に握っている細身の片刃のそれを抜き、
「ヒルダ。コイツは剣じゃねえ、刀と言うヤツで"切る"為の武器だ。」
と鞘から引き抜き刃をみせた。
通常、使うのはドロテアなので鞘ごと用いられる。何せ切るのではなく魔力を増大させる為に使用しているのだから。その特殊な形の刃物は刀と呼ばれ、大陸では見かける事の殆ど無い過去の遺産の一つである。
「レイピアと違うの?」
極一般的な武器の名をあげる。
「レイピアは突きだ。大体の武器は突きや薙ぎ払いで相手を殺傷する。だがこの刀というのだけは、切るんだ」
「変わった戦い方しないと駄目なんだよな、確か」
エルストが刃の方を指でなぞる。恐ろしい程の美しさを誇る濡れたように光る刃はどこかドロテアのようでもある。
「レイピアはその属性上、持っていると逃げ足が速くなる特典つきだ。この火の刀は此処に付いている石が魔力を高める作用があるんでな」
「ほ〜。色々と理由があったんだ」
ヒルダは、純粋に感心していた。エルストはそれを知ってドロテアから貰ったのだが。武器の配分もドロテアの采配らしい……
「それにしても、逃げ足が速くなるってのはどうかしらねえ……」
唯でさえ逃げ足速いのに……、マリアはそう思ったが口をつぐんだ。
別に今に始ったことではないし、と。
「とにかく、ここ出ようぜ」
四人は死体で溢れ返っている施設を後にした。正門から出るその時、門柱に書かれた文字を見て誰もが皮肉な笑みを浮かべたのは仕方ない事だろう。
"老人養護施設"
「ステキな施設な事ですな」
ドロテアは手に持っていた剣の魔力と共に、施設を焼き払った。
魔の舌を用いても、何も解らない程に全てを焼き尽くして。
「さすが火術魔法のスペシャリスト」
「俺は元は風術魔法得意だったんだけどな」