2.第十王女の事情
「無理だろ」
「普通に考えれば無理です」
 北の第十王女は男だった。
 彼が生まれつき女装好きだったとか、母親が女の子が欲しかったので女装させて姫として育てたわけではない。
 北の国には正室が産んだ王子と、寵愛の深い妃の生んだ王子がいる。
 同い年でどちらも甲乙付けがたい、大国を継ぐに相応しい王子。そして王子の母たちは仲が悪い。
 王の寵愛だけが頼りの妃。だが王の寵愛は正室からみれば強敵。正室は実家の力だけでは頼りないと、占い師を雇い自分の産んだ子が王になるために必要なこと、そして寵妃の子を追い落とす、出来れば殺す為に必要なことを占わせた。
 占い師が本物かどうかはわからないが、正室は占い師を信じ、その結果を遂行させるだけの力を持っていた。
 側室の一人が彼を身篭った時、占い師は迷惑極まりない≪結果≫を出す。それはこの年に生まれた王族の男児が、正室の子の即位を阻むと。
 その頃、寵妃も占いに凝っていた。寵妃の場合は、正室が息子に何かを仕掛けてくるのを前もって解ればいいという事で、正室とは別の占い師を雇っていた。
 寵妃付の占い師が同じ時期に占った結果、この年に生まれた王族の男児が北の国を継ぐ。
 結果はどちらも同じであり、両者共狂いそうになった。
 互いの占いの結果は知らないが、とにかく二人は王の側室でその年に生まれる子の性別に目を光らせる。
 当時身篭っていた側室達は三名、その中の一人が第十王女の母だった。
 第八王女が誕生した時、正室も寵妃も胸を撫で下ろし≪男児であれば殺すところであった≫そのように口にし、それは後宮に瞬く間に広まった。
 恐怖に慄いたのは第九王女の生母と第十王女の生母。
 共に庶民出身で国王の気まぐれで伽の相手をさせられ似た時期に身篭った二人は、互いに励ましあい生きていた。
 二人は生まれてきた子が殺されるのを恐れ、互いに子を取り上げあおうと誓い合い、そのお陰で第十王女は無事に誕生することができた。
 その後も生母が細心の注意を払い、秘密が漏れないようにしてくれたお陰で成長することが出来た。だが生母はその心労がたたり、第十王女が十二歳の時にこの世を去る。
 一人きりになった第十王女は、真実を知っている姉である第九王女とその生母の助けを借り、宮殿での生活を送っていた。

 その恩のある姉の第九王女、少々どころではなく活発で、武術に興味を持ちそれを磨くべく隊の公開練習に参加するようになる。身分を隠してだがその香りたつほどの女性らしさは隠せない。
 美しい顔立ちといっても誰も異義を唱えない彼女に、兵がよからぬことを考えるのではないかと生母は心配する。
 活発な第九王女はそんな心配など全く意に介さず、暇を見つけては隊の練習に顔を出す。第九王女の生母の心配に心を痛めた第十王女は、その時だけ本来の姿に戻り姉の従者として隊に顔を出すようになった。
 第九王女の槍の相手をしていた第十王女は、その恵まれた体躯もあり公開練習を見学にきていた将に正規兵にならないかと声をかけられた。
 むろん第十王女は断ったが、将はあきらめ切れないと説得を開始した。
 従者の主である第九王女を必死で口説く将。最初はけんもほろろに断っていた第九王女だが、将と話を続けるうちに将に恋心を抱くようになる。
 将も同じく第九王女に異性に対する感情を抱き、そこで第九王女は初めて自分の身分を明かし、そして二人は幸せのうちに結ばれた。
 結婚前に従者である第十王女のことを夫となる将に第九王女は打ち明けた。
 最初は驚いていたが、将の実家は占いや迷信をあまり好まぬ性質であったこともあり、第十王女に同情して将の部下として迎えた。
 いずれ第十王女は死亡したことにして、第十王女に新しい人生を歩ませようと第九王女と将は色々と策を練っていたのだが、北の王が突如第十王女の婚約を決めた。
 北の王は病に床につくことが多くなった。
 枕元には正室と寵妃が交互に訪れては、見舞いといいつつ息子を次の後継者に定めてくれとしつこい。
 跡取りは決めねばなるまいと、すべての子ども達の年齢や嫁ぎ先を書いた書物に目を通した時、末の第十王女が独身で、王族として婚期を逃がしてしまっていたことに気付く。
 病を得て気が弱くなっていた北の王は、今まで忘れていたことを詫びてやろうと、病床に見舞いに来るようにと命じた。
 この時第十王女は十八歳、もともと大柄だったことと隊で体を動かしたことで育ちに育っていた彼は、女物の服を着て北の王の前に≪王女≫として出るのは不可能。
 そこで召使を一人代役に立てて上手く乗り切った。
 召使一人ではおぼつかないので、将の妻となった第九王女も見舞いたいと願っていたので二人一緒でもいいかと願い出て許されたので上手く乗り切ることが出来たのだが。
 乗り切ったと安心していた第九王女と第十王女だが、北の王は第十王女の嫁ぎ先を決めた。
 父として最後のことだと一人悦にはいっている北の王と、進退窮まった第十王女。
 男と名乗るわけにもいかず、王の命令に逆らうわけにもいかず、十九歳となった第十王女は五歳年下の王子の下へと嫁ぐ。
 第九王女と将はぎりぎりまで策を練ったが、決定的なものは見つけられず、終いには第九王女が代わりに嫁ぐと言い出す始末。
 それは無謀だと、しっかり断り向かう途中にどうにかすると言い第十王女は僅かな供を連れて旅立った。


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