君が消えた六月三十一日

[28]水没都市【6】

 サバチーが語った蒼い水が干上がった理由「@@@@@」は【あふゅわ あたら わたひふら めどいどるう せこて】にはなかった。
 干上がった理由なんて書いて送ってくる必要もないからね。

 水没都市に行ってきたら? と言われそうだが、ほら、私、自宅警備員として自宅を護ってないといけないから。
 それに私には何ら関係のないことかも知れないし。
 サバチーに連れていってもらうとして、またほっけの蒸し物作るの面倒で(これが最大の理由)
 水没都市話を書くのに、随分と付き合ってもらったからなあ……
 気が向いたらなんかしておく(絶対放置するタイプ)

 さて、水没都市編に戻ります ――

**********

「サバチー! 私を潜らせて!」
 溺れる者は藁をもつかむ、溺れたい者はサバチーをつかむ!
 というわけで、サバチーに頼んだ。するとサバチーは何処かへと行き、そして幾つかの名状しがたきフィギュアを持ってきた。その一体を水中に放り投げる。すると……なんとうことでしょう! フィギュアが筏サイズに!
 息を吹き返した? フィギュアだが、私に襲いかかってくるような素振りはなく、むしろ蒼い水の中に逃げようとする。私ではなく、サバチーが怖いようである。
 そんな愚鈍で不浄、筏フィギュア(段々原型なくなってる)も恐怖する、白っぽい鯖缶好きなサバチーは、筏フィギュアの体を壁を通り抜けた時と同じように通り抜けた。
 すると筏フィギュアは崩れ落ちた。
 信じなくてもいいのだが……サバチーが通り抜けた瞬間、筏フィギュアの魂らしきものが乖離し、絶叫しながら砕け散っていった ―― ように見えただけかもしれないが。
 賢明でちょっとSAN値が危険領域スレスレな皆さんならご存じだろうが<旧支配者>に傾倒したものは、不死を求めてある手法を取る。それは「入れ替え」
 自らの古くなった肉体を捨てて、若い肉体を乗っ取る。乗っ取られた側は古い肉体に閉じ込められ ―― というものだ。
 これを執り行うのには、膨大な知識とかなりの時間、そして強い精神力(奪われる側は脆弱でOK)が必要だが、サバチーは一瞬でやってのけた。老エフレイムもびっくりだろう。
 ただこれは入れ替えであり、相手の魂を粉々に砕くのは聞いたことがない。
 サバチーは空っぽにした体に魂を入れて目的地に行って「ぼるしちのれしぴをききにいく」と……うん、確かに一緒に食べていたとき「本場の人が作るのは違うね。今度レシピ聞いてみよう」とは言っていたよ。覚えていてくれてありがとう! というべきか、なんなのか。
「入れ替わるってどうやって? ……サバチーが入れ替えてくれる? だからどうやって。ぶつかる? サバチーがぶつかるだけで、私はあの名状しがたいのに入れるの?」
 ”まかせろ”と、積み上げられた鯖缶の上にいる時と同じ、ドヤ顔で答えるサバチー。
 色々と葛藤……している暇もないので、重要部分だけ確認した。
「私の体に誰も入ることはない? 入らないんだね。OK。入れ替わった後、私の体は空っぽになるわけだが、立った状態で入れ替わると倒れない? 倒れるんだ。それはちょっと危険だ。頭の打ち所が悪いと死ぬから。寝た状態で入れ替われる? できるんだ。じゃあ、そっちでお願い。私の体は護ってよ」
 前のめりに崩れ落ちて鼻の骨を折る危険は回避できた。
 私は床に横になる。それまで気づいていなかったのだが、天井の角度が非常に歪で、あのギザイア・メイスンが住んでいた家を思わせた。
 そう言えばギザイア・メイスンはニャラルトホテプと……
「えええ!」
 私は床に寝た状態で、サバチーが激突してくると思っていたのだが、なぜか持ち上がった。手品で美女が空中浮遊するような状態。全然美女じゃない私を持ち上げても!
 まさにタネも仕掛けもない状態で空中で仰向け。床から大分離れているし、名状しがたき筏フィギュア(魂砕けた)が下に。そしていつの間にか私よりも上空にいるサバチー。頭? いつもすりこぎを乗せている部分を下にして、急降下!
 サッカーボール2.5個分程度のサバチーが巨大に見える! 魂入れ替わる前に内臓破裂する!
 などと思いましたが、肉体的なダメージは一切なく、魂のみが移動しました。
 気づくと自分の背中を見上げている状態。
 起き上がり蒼い水に姿を映して、本当に入れ替わったことを確認。
 おぞましき姿ですが、空中で静止している自分の顔も、恐怖と驚きに満ちて似たようなもの。このまま死んでこの体が残ったら、ご迷惑極まりない不細工さ加減。
「ーーーーーーーーーーーーー」
 ”残念な東洋人の名は伊達じゃない”言おうとしたのだが、奇怪に唸り越えしか聞こえなかった。
 喉を触り喋ってみるが、震動らしきもを指先が感じることはなかった。もっと色々なことを試してみるべきだったのだろうが、時間がないのでナターリアの元へと急ぐことに。
「ーーーーーーーー(サバチー行ってくる)」
「さばかん」
 普段は聞き取ることが困難なサバチーの発音。だがこの体に入っていると苦もなく聞き取れた。これはサバチーと名状しがたきF入りが同じ世界を生きる証拠……なのだろうが、そんなこと考えている場合ではない。

 私は「***の棒」を持ち、蒼い水に飛び込んだ。自分の体よりも動かしやすいわけではないが、どれほど潜っていても苦しくないので、試行錯誤を繰り返すことができ、ついにナターリアが”捕らえられている場所”に辿り着いた。

 もちろん最初は”捕らえられている”とは分からなかった。ナターリアを貫こうと***の棒を構えた時、黒い影がこちら目がけて幾筋も走り、目の前が”墨汁”で覆われた。
 なにが起こったのか分からない ―― 体が言うことを利かなくなった。息苦しく、腕も脚も動かず。そのまま浮上してゆき……気付くと空中で静止している自分の体に戻っていた。
 意味が分からなかったのだが、理由を説明してくれるようなサバチーではない。
 せっせと名状しがたき筏フィギュアを蒼い水につけて、元に戻して魂を砕き、私の下へと置く。
「サバチー、ちょっと待った! 私はどうしてここに?」
「しんだ」
 いや、確かにそうじゃないかな? とは思ったよ。でもさ!
「さばっ……うああああああ」
 いつの間にか上空から落下してくるサバチー。記号のような模様が描かれている、その白き頭部が近付いてくる。
「ーーーーーーー(サバチー! 事情を聞きたい)」
「じじょう?」
 救出するのには情報が必要だと、この時、身をもって知った。早く助けて! と無責任に喋ってはいけないことを。

 サバチーは聞いたこと以外は答えてくれない。情報の出し惜しみをしているのではなく、そういう精神構造なので……精神があるのかどうかは不明だが、他に表現のしようがないので、精神構造ってことで。
「(私を殺したのはなに?)」
「ふろろんふろえよろろん」←人間には理解できない固有名詞というものが存在することは、皆さんもご存じだろう。
「(どうして私を殺したの?)」
「きんぱつをとられたらうごけなくなるから」
「(ナターリアを捕らえていないと、攻撃できないってこと)」
「できない」

 ざっと説明を聞いたところ”ふろろんふろえよろろん”は外敵の一種。この外敵がどこから来たのか聞いたが理解不能。SAN値が破壊されている私の精神を持ってしても”ヤバイ”と感じなので詳細は不明ってことで。
 名状しがたき筏はこの滅亡都市の防衛機能の一つなので、当然”ふろろんふろえよろろん”を攻撃する。
 ”ふろろんふろえよろろん”……長いので以下”ロロン”しますが”ロロン”は人間に寄生しないと動けない。
 この滅亡都市は人間社会とは隔絶した場所にあり、人に知られることを拒んでいた。
 全てが相反する存在同士ということだ。
 ロロンはこの滅亡都市を完全に手中に収めるために、人間を必要としている。だが自らはここから動くことはできない。なので「人間が自らやってくるよう」仕向けることにした。
 その方法の一つがインターネット。
 手相プリントをパソコンに取り込んだら、正体不明なサーバーに接続され、私はナターリアを発見した ―― ロロンたちは<旧支配者>が支配するサーバー(正式には違うのだが、他に代用できる言葉が思い当たらないので)の片隅にトラップを設置したのだ。
 まずは手相プリントを通常のネット上にばらまく。
 これに反応して<旧支配者>が支配するサーバーにアクセスする者が現れたら、場所を教える代金として生贄を求める。
 気が狂っているとしか思えないサイトにアクセスするような人間たちだ。生贄くらい簡単に用意する。
 手相プリントを見つけたカールハインツがナターリアを生贄にして滅亡都市(水没都市)の場所が描かれた地図を手に入れた……単純にそう考えたのだが、事実は少しばかり違ったが。
 ネット上で手相プリントを手に入れたのは、准教授のクラリス。
 彼女は注意深く狡猾だったので、その手相プリントをさりげなくカールハインツたちに見られるようにした。プリントされている模様の奇怪さとおぞましさ、そして部分的に読める文字。カールハインツは頭がよかったので、手相プリントが<旧支配者>に繋がるものだとすぐに理解し ―― 私だったら気付かなかっただろう。事実、手相プリントに文字が書かれていることに気付かなかったくらいだ ―― 自分をふったナターリアを生贄にすることで、恨みを晴らすと同時に地図を手に入れる。

 ざまあねえなああ! カールハインツさんよ!

 そしてクラリスは素知らぬ顔でこの滅亡都市へとやってきた。
 もう危険なことはない ―― 等とは思っていなかっただろう。最初に手相プリントを手に入れた時と同じよう慎重に動く。だから最初の崩落からは逃れることができた。ただ”そこ”まで。
 最初に捕らえた生徒たちの記憶から、真実を教えられていないことを確認し、事情を知っているたった一人であるクラリスを引き込み口封じをする。
 同時にネット上から手相プリントと滅亡都市に関する情報を削除する。情報を掴んでいるのはクラリスとカールハインツだけ。後者はすでに別の生物の内臓を移植されて耐久戦とかしている状況。カールハインツたちを排除したかったクラリスは、情報をこまめに入手していたのでロロンにも伝わった。

 こうすることで、状況が飲み込めない私たちが応援を呼びに引き返し、新たに大量の人間を連れてやって来ると踏んだのだ。

 だがサーバー情報を消すためにクラリスの頭から情報を抜き出している間に、名状しがたき筏が現れる。
 名状しがたき筏は滅亡都市の防衛システムなので、そちらの理念に従う。その為、存在を知った私たちを抹殺しにきたのだ。
 ……で、瀕死の状態にまで追い込まれたわけだ。
 ロロンたちにとって予想外だったのは私の行動。突如手相プリントをパソコンに取り込み、意図せずにアクセスされてしまった。
 私達がこの滅亡都市に到着した時点で情報を消し去ればよかったような気もするのだが、それだとクラリスが怪しむと思いギリギリまで情報を残していたらしい。
 ロロンたちはアクセスに気付き、急いで消し去る。

 ロロンと名状しがたき筏は別物。そのなぜロロンが手相プリントを使用したのか? 

「ぺろふろろろぺろふろっろおおおおおろろちとととーさばかんたべたい」
 それについて、サバチーの説明は意味不明であった。
 最後は意味分かったが、分からないで通した。
 私もそれほど詳しく知りたいとは思わない……わけでもなかったが、名状しがたき筏の姿で名状しがたき<旧支配者>眷属と長時間話をしているわけにも行かないので、そこら辺は有耶無耶にした。
 ちなみに目の前に広がった墨汁のようなものは、予想はしていたが入れ替わった体の血液。この血液が溜まったのが、
「(あの粘着質な黒い液体て、こいつらの血液なの?)」
「そう。ちーかまたべたい」
 なのだそうだ。

 ロロンと名状しがたき筏の間に、長き戦いがあったのだろう。私にはまったく関係ないが。
 そして人間社会では敵の敵は味方という言葉もあるが、ここでは敵の敵はやはり敵でしかない。だから私たち人間は両方の敵に対して敵とならねばならない。

「(ちょっとまって。たしかポケットに……はい、キットカットミニ)」

 サバチーはそれに非ず。