君が消えた六月三十一日
[14]<F>私のはなし・名状しがたき 〜 這い寄ったそのあとで
突然話をぶったぎりますが、本当は大塚の若頭を登場させるつもりはありませんでした。だって暴力団関係者ってか、暴力団……。
ここら辺は軽くスルーする予定だったのですが、大塚の若頭がここを発見してメッセージを送ってきて……私に連絡するために小説家になろうさんに登録すんなと。
私は諸事情で一度過去を清算というか、携帯電話のキャリアを変更した際にベラスコ以外の人たちとは連絡がつかないようにしたんですよ。
カルテルとか暴力団とか連絡つかなくても良いからな。
ベラスコだけはホセの跡を継ぐ形になったので、不測の事態が起こったら駆けつけるとホセと約束ってか、まあそういう流れなので、連絡はとれるようにしている。
大塚の若頭は私と連絡が取れなくなってから”なぜか”私の行方を探り続け ―― いつのまにかマッドサイエンティスト二宮医師と仲良くなっていやがった。
大塚の若頭は完全に任侠というか見事なまでにやくざ。マウロとは違いガチのインテリヤクザだが、本質はまさに任侠。
習字とか上手で……習字じゃなくて、書道か! とにかく墨で字を書くことが得意。破門状とかも書けるわけよ。
対する二宮医師は戦前に大学を卒業していたような人だから、当然見事な字が書ける。文章も古くさいってか ―― あゑて希望などとは申しますまゐ ―― みたいな感じだから。以前偽物の可能性を疑ったほうがいいのでは? と指摘して下さった方、私がメッセージを読んで本物の二宮医師だと確証したのは、この特徴的な文章によるものです。
毛筆使いで達筆な二人は、知り合いになり、季節折々の手紙をやり取りし、贈り物などしあって、とっても仲良しになってやがった。
そんな経緯で私の存在を確認した二宮医師が、大塚の若頭に連絡の取り方を教えた。
大塚の若頭からメッセージを貰って……別に逃げているわけではないので普通に返信。
▼組関係は書かないから安心してくれ▲
暴力団ですからね、いくらぼかして書いても、心辺りある人いるだろうから、細心の注意を払うよりも書かないほうがいいだろうと、私の心遣い……だったのだが、
▼書いていいぞ。むしろ書け、あの謎めいた男のことも書け。この話が終わったらすぐに書け▲
人の善意を無にしやがって。
これだから暴力団はいやですよ。でもそこまで言うなら書いてやろうじゃないか! ミスカトニック大学を卒業後、公務員試験などを受けつつアルバイトをして過ごしていた私が、珍しく自ら飛び込んだ「輝かないトラペゾヘドロンの破片にまつわる事件」を。
タイトルを「貴之(たかゆき・仮)がひでぶとタイムスリップでサバチー」にしてやる!
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トニオの家についての話に戻ります。
マウロと瑞原がメキシコシティーで発見され……通帳で金をおろして一時間後には、ぼこぼこになったそうですが、知ったこっちゃねえしな。
その頃トニオからの連絡が届き、私は無事で儀式を執り行うために進んだ――通訳がいないと私が不便だろう。不便さのあまりにブチキレてしまうかもしれないと戦々恐々としたカルテルの皆さんは、業務提携の話合いに来ていた大塚の若頭の存在に気付くわけです。
大塚の若頭はガチで頭よくて、世界で事業を展開する人らしく、英語はもちろんフランス語、スペイン語に英語に台湾語が不自由なく話せるのだとか。
頭いいにも程があるわ、暴力団幹部。
そんな大塚の若頭もカルテルが何かをしていることは掴んでおり、渡りに船とばかりに通訳を引き受けた。
当初カルテルの方では警戒したが、結局押し切られる形で”おかしなことをしたら命はないぞ”と舎弟? でいいのかな? 暴力団の場合は。ともかく部下のような人たちを人質に取られ ―― 若頭・兄貴の為なら死ねます状態の人ばかりなので、人質になんてなりゃしねえ ―― 単身でトニオの家へとやってきたのだと知ったのは、ボスに報告を済ませてからのことだ。
「F<えふ>さん。トニオが見て欲しいところがあると言っている」
「わかりました」
トニオに案内されたのは、昨日這い寄る混沌が這い出てきた物置小屋。おっかなびっくりな見張りたちを尻目に、ベラスコが扉に手をかけてホセが銃を構える。
建て付けの悪い扉が、黒板を爪で引っ掻く音に近い不快な軋みを上げて開かれた。外から見た室内は”雨漏りすごいだろうな”と思わせるほど、天井から光が差し込んでいた。
天井のトタン屋根の隙間が凄い。ただ地面はなかった。
ベラスコが銃を構えて内側を確認してから、私たちは中へと入った。
「ここは人質を監禁する場所で、もともと地面は掘られている」
「よくある作りですね」
道具を使わなければ登ることができないような穴を小屋で覆う、わりとスタンダードな牢獄だ。
「穴を見て欲しいそうだ」
大塚の若頭に言われた通り、穴の側へと近寄り身を乗り出すと、天井から差し込む光が地面を照らすことができない状態。まさに暗闇。
座ってのぞき込む私のベルトをホセが握る。落ちそうに見えたらしい……ご心配をおかけして申し訳ありません!
「深いんですね」
「もともとはこんなに深くはなかったそうだ。精々三メートルくらい。小屋の表に立てかけられていた梯子で底に辿り着けた。こうやって上からのぞき込むと、人質の姿も見えた」
「人質?」
この地下穴牢に閉じ込められていた人質は、瑞原たちが捜していた人物。這い寄る混沌が現れる際に一撫でされて狂死し、死体はそのまま屍食鬼たちの世界へと転がり落ちた。
ざまあ。
死体はないから、死んでいないと信じて調べてもいいですけれど、瑞原あいさん。
(「瑞原あい」瑞原の同僚で、わざわざ私に瑞原の任務を教えにきた女。瑞原のこと愛してたんだってー。瑞原も愛してくれていたんだってー。だから瑞原に”あい”を付けで呼んでやる。もちろん仮名。ちなみに瑞原は別に奥さんいたよ)
「これをどうしたらいいか? って、トニオが聞いている」
「深さはどのくらいですかね?」
私は立ち上がり穴の縁から離れた。
「分からないそうだ」
「ロープを下ろして測ってみるとかできませんかね?」
「分かった。F<えふ>さんが”そうしろと言っている”と伝える」
末端の人たちがへっぴり腰でロープを繋ぎ落とす姿を眺めながら、これが這い寄る混沌が這い出てきた穴だとしたら、どうするべきか?
穴を埋めるのが最適だと思うのだが、底が知れない穴に土を放り込んで埋まるか? という問題がある……とか考えてたら、約五十メートル付近で底についた。
同時に地獄の底から聞こえているとしか思えない呻き声が沸き上がり、計測用のロープが強く引っぱられ、持っていた人物が穴に落ちそうになる。
脇で見ていたベラスコがその人を支えてロープを引き上げようととすると、なにかが登ってきている感覚が震動により伝わり”這うように登ってきている!”怒鳴った。
大塚の若頭は急いで私を呼び、トニオもその何者かが登ってくるロープを掴む。
登ってきたのはぶっちゃけると、ただのミイラなので ―― ミイラ登ってきただけでも怖ろしくない? 言われそうだが、昨晩宇宙の混沌の一部と遭遇し塩になりかけた私には、そんなのは些細なこと。
ベラスコはロープの余剰分を持ち走り、扉から飛び出して止めてある車のバンパーに手早く頑丈に結びつけると、運転席に入ってエンジンをかけ、負けないように走り出す。タイヤが空回りする音と、屍食鬼たちの呻き声が混ざり合う。
「一体だけ欲しい。あとはロープを切って」
その中で私は大塚の若頭に、かなり無茶な要望を出した。
あの時は焦っていたから気付かなかったが、今こうして振り返ってみると、名前も実力もしなない、もしかしたらカルテルの通訳をするために、見た目気合いを入れてきた”だけ”の人なのかも知れないのに。
「分かった」
大塚の若頭は通訳せず先頭を登ってきたミイラを一体掴みあげると、どこから出したのか知らないが結構大振りなナイフを閃かせ太いロープを一刀両断する。
引く力がなくなったことに気付いたベラスコは車を止めて、再びこの小屋へと引き返してくる。男四人がかりで暴れるミイラを捕まえロープで縛っている間、私は荷物からペンを持ち出して、
「なにを書くのか? と聞いていますよ」
ミイラの体にヒエログリフで「ここは出口には使えません」とケプレン宛てに書いて、穴に放り込むことにした。
「ヒエログリフで、このミイラたちを支配している人にメッセージを書くんです」
大塚の若頭はホセたちに通訳しながら―― こいつら頭大丈夫か? ―― 思う反面、目の前にいるミイラに”自分が間違っているのだろうか?”とも思ったのだという。
事情も知らないで通訳にきたら、そうもなるだろう。
「支配している人とは誰ですか?」
「ケプレンです。屍食鬼ニトクリス女王と結婚した王」
「……なるほど」
”屍食鬼”のあたりで、大塚の若頭、どうやって翻訳してホセたちに伝えていいのか分からなくなったそうです。”屍食鬼”とか普通の生活じゃあ使わない言葉だろうし、ビジネススペイン語講座を習ったとしても、教えてもらえないだろうよ。
私は携帯に有料DLしていたヒエログリフ辞書を開きながら、メッセージを書くのに必死で、大塚の若頭の微妙な表情になど気付くこともなかった。
「ホセ 足 おさえる ミイラ」
象形文字を書くには暴れ過ぎていたので、ホセにミイラの足を押さえて貰い、言わなくてもベラスコとトニオが頭や肩を押さえてくれた。
このときの大塚の若頭のSAN値は、まさに世に言う「ごりごりと削られている」状態だったようだ。
無事にメッセージを書き終えて、ミイラを穴から突き落として上から”ここは蕃神の領域だ。領域を侵すなケプレン”と、アラビア語で叫んでやった。
するとすぐに大地が戻り、ついでに人質の右腕も ―― それ以外は食べられてしまったようだ。
「もとに戻りましたよ」
四人の表情が恐怖に満ちていたことは言うまでもない。ベラスコは目出し帽が標準装備なのであまり良く解らないが、一応そういうことで。
私の下山はこの出来事により、当初の予定より三日ほど遅れた。
この穴を腕ごと埋めることになったのだが、埋め終わる前にまた何かが這いだしてきたら恐いので居てくれと……貴方たち銃持ってるから大丈夫じゃない? と思うのだが、怯えが半端ないので仕方なく付き合うことに。
リアルじゃあ貴方たちのほうが余程恐いのに、なにその凍えたハムスター以上の震えっぷりは。
「あーお寿司食べたい」
「カルテルのボスが用意してる。寿司職人連れてきたから期待しているといい」
「やったー。ところで通訳さんは何者なんですか?」
カルテル直属なら通訳(日本語・スペイン語)なんて幾らでもいるんじゃない? 実際通訳は簡単に用意できますが、通訳以外の部分も関係してくるので。
外部にこのことを漏らさない、そしていざと言うとき戦える ―― お嬢さん、通訳の仕事だー! って採用されて、重い荷物持ってメキシコ高地をカルテル幹部たちと歩きたいかい? 猛獣だけではなく、訳解らん神が登場したり、ミイラが迫ってきたり……。
普通じゃない精神力の持ち主であることが重要条件となり、それを満たす人はそうはいない。
「見ての通り、ヤクザだ」
バックが犯罪系組織のほうがはっきりとして良い……らしい。
瑞原はマウロが連れてきた通訳で、所属がはっきりとしていなかったから、余計にそう感じるのだろう。
「あー、はい、やくざさんですか。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
着衣から暴力団関係者だとは分かっていましたが、なにが悲しくてメキシコの反政府勢力拠点でヤクザの若頭と寿司を食いたいと話をしなければならないのか?
私は前世でよほど悪いことをしたのか? それとも現世詰んだのか? 来世に希望を持つなという警告か?
「大塚(おおつか)貴之(たかゆき)○○組だ」
大塚貴之は勿論仮名。
「はあ。そうですか。ご存じかもしれませんが、私はF<えふ>と言います」
部屋にはホセもいまして、ずっと見張ってました。主に大塚の若頭のほうを。一度通訳がやってくれたので、警戒を強めたらしい。
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這い寄る混沌ことナイアラルトホテップ以外の<旧支配者>に会ったことはある? と聞かれたのですが、ナイアラルトホテップの配下とは会うことになる。
そいつがサバチーだ。もちろん仮名……というか、本当の名前は発音が分からなかった。聞いたんだけど「ふにゃらほにゃらめりゃにゃ」としか聞こえず。本当にふにゃら..としか聞こえなかったんだよ!――仕方ないので特性からサバチーと名付けた。
有名な部下じゃないあたりが、私らしいとも言えるね。
ともかく穴を腕ごとコンクリートで埋め、私たちは帰途についた。行き先カルテルのボスの自宅って、地獄と差ないよな!
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