君が消えた六月三十一日

[06]<F>私のはなし・名状しがたき 〜 入学するまで

 不謹慎ながら「やっほう!」
 こんにちは、あなたの隣にいるFです。私が隣にいたところで、どうなるわけでもないが。
 なにが不謹慎? それがね、奥さん! まゆりの家族が行方不明になったんですって! 室内にいくつか不審な点があったそうですよ!
 直前までメールをやり取りしていたので警察から連絡がきました。私は陸の孤島みたいなところに住んでいるので、まったく疑われませんでしたが。

 行方不明になったまゆりの一家については、本人たちから連絡がない限り、私が知ることはないでしょう。

 熊谷さんが快復するまで、トークなんかして間をつなごうかなと。昔のサイト(ホームページって言ったけどな!)は自分語りが大半を占めていたよね!
 ごく有り触れた人生なので、熊谷さんから連絡くる前に語り終わりそうだけどさ!


 さて――


 「明日から本気出す」と言いながら気づいたら高校三年の五月、ゴールデンウィーク直前。学校から帰宅すると親が分厚い封筒を手渡してきたんですよ。

「外国の同人誌買ったの?」
「あああ?(スラッシュなんて買ったおぼえない)」

 書きそびれたというか、出だしで「二次サイト」書いているからお分かりでしょうが、当方腐女子です。かつてはそれなりに活動していました。当然同人誌も買ってた、親バレもしてました。本は隠してたけど……見つかっていないと思いたい。
 薄くてキラキラというよりは、肌色が多いひょう……いや、これ以上は語るまい。賢明なる諸君ならば言わずとも理解してくれるであろう。
 渡された封筒は……外国の同人誌と思われても仕方ないな。本当にアメリカから届いたものだしさ。
 まったく覚えはなかったのだが、日本のど田舎の高校生の所に、炭疽菌が誤って配送されるとも思えないので、封筒を振ってみてから開いた。
 中から出てきたのはミスカトニック大学の小冊子(英語)と願書(やっぱり英語)と手紙(もちろん英語)と返信用封筒。
 辞書を片手に手紙を読んでみたところ ―― あなたは当大学に入学する資格があります。入学希望でしたら願書を好きな言語で記入して、同封した返信用封筒で送り返してください ―― といった内容が書かれていた。
 ミスカトニック大学に入学する資格があるって、そりゃあ「きみはほんとうにきがくるってる」って言われたも同然って気はしたが、楽しそうだったので願書を提出することにした。

 両親にはアメリカの大学を受験したいと言ったところあっさりと許可されました。なにより授業料免除+寮費無料ってのがきいたね。入学資格のある生徒にはこんな制度があるよ。狙っている人はどうでしょう? ある程度狂ってないとだめなようですが。

 ちなみに私が入学資格を得た理由なんだが「ヨグ=ソトース×クトゥルー」という、明かに気が狂ってる本を作ったことだそうです。
 なんかねコミケ会場に関係者が来てたらしくて、彼らがそれを読んで「あ、こいつやっぱり狂人だ」と認めてくれたことにより、願書が送りつけられてきたのですよ。ちなみに上記のカップリング本のタイトルは「不倫の果て」
 落ちつけよ、当時の自分!(高校二年生)
 「不倫の果て」というタイトルについて分からない人に説明……する必要があるのかどうか分からないが、ヨグ=ソトースは既婚ってか別の神(?)との間に双子をもうけてます。だから、多分不倫。あの世界に不倫とかいう概念があるかどうかも。
 大学に入学前から趣味バレですよ!
 なにこのハードモード! バレてしまっているのは仕方ないのですが、私が声を大にして言いたいのはアレですね ――

この程度の妄想持ちなら、どこにでもいるぞ!

 入学後知ったのですが、やはりこの程度の妄想持ち幾らでも存在したようですが(怖いですね)彼らはピンポイントで私が狂っているかどうかを確認しにきたそうです。

 私を探しに来た理由はユシフ−ビン−ユシフ・アル−ソフィの書を持っていたから。
 ……作家みたいに書くと「賢明な読者は知っているであろうが、ユシフ−ビン……」かもしれないが、普通の人には何がなにやらだろうから、簡単に説明。

【ユシフービン−ユシフ・アル−ソフィ】賢者ユシフや狂えるユシフと呼ばれた人物。モーゼの五書よりも遥かに古くに作製された「力の書」の作者。力の書の内容には不老不死になる方法が書かれている ――

 こんな感じ。
 ネクロノミコンほど知名度は高くなく、その筋の人なら誰もが知っているエイボンの書ほどでもなく、まあ知ってる人は知ってるんじゃね? と言われるような書。

 話は飛ぶが以前新聞に宇宙に興味を持つ過程で、ギリシャ神話から――と書かれていた。私はまさに出だしは”そう”だった。
 朝テレビを観ていると必ず出て来る「今日の運勢」
 星座というものがあることを知り、星座はギリシャ神話に通じる。そして宇宙へ――ここで終わっていたら良かったのだが(いや、今でも宇宙大好きだけどね。はやぶさが消える姿はいつみても泣ける)宇宙を調べていたら「宇宙放射線」なる存在を知り、放射線を調べて……核兵器まで辿り着いたわけですよ。
 なにをどう調べたのかは長いので割愛。
 それでまあ核兵器の歴史を紐解いていたら「ナチスが核兵器作製に失敗してた」ところに辿り着き、その頃絶賛厨二病だったので傾倒となるのです。
 間違いなく何処にでもいる腐女子厨二病患者です。同じ道を辿った人は私だけではないはずだ。
 そしてそこで「ヘブライ語」に興味を持ったんですよ。
 ヘブライ語はユダヤの人々が使っていた言語……ウィキペディア先生を見るとわかりますが、実はディアスポラ以前にはすでに使われなくなっていたので学ぶ過程で……それは後々。
 ドイツ語ではなくヘブライ語に興味を持ったのは、重度の厨二病に罹患していたためです。それは認めます。
 重度の厨二病患者らしく、人と違うことする自分格好良い! だったわけです。
 そしてそれに浸りたいが為に色々なことをするわけですよ。その努力を勉学に回したら、お前もっと……というのは言わない。言ってもしかたないことだから。
 ヘブライ関係を調べてると「日本にイエスの墓がある」などという頭を抱えたくなるようなことを知り……行ってみた! そのくらいヘブライに関係にも興味がったんだよ 思い出させるなよ! これが黒歴史ってやつだな!

 それで行ったはいいが辿り着けなかった。(私は今だに訪ねたことはない)

 道に迷ったとかじゃなくて、電車の時間を調べ間違って辿り着けず。都会の人には理解できないだろうが、田舎は普通に電車は一時間に一本程度で、バスも同じく。中心街だって終電の時間は二十二時台。ちょっと外れた所はバスの最終が十九時台とかやってくれる。
 電車の時間を調べ間違って乗り継ぎできず。
 無理をしたら辿り着けたかもしれないが、そうすると帰って来られなくなるので。でも折角近くまで来たのだからと足を伸ばすことに。とは言っても普通に未成年なので、そんなに駅から離れることもなく、周囲を見回してもコンビニの看板を見つけることはできず「○○商店」前の自動販売機で飲み物を買って、帰りまでの時間を過ごした――

 滞在していた駅は有人駅で、地方イベントのパンフレットなどが無造作に置かれていて、時間があったので、それらを手に取って読むことに。
 その中にあったんですよ「狂えるユシフ」が書いた本が。
 旧ヘブライ語だと一目で分かったのは、私の要らぬ努力が実を結んだ瞬間でしたね!

 その古さびた書を手に取った時、私は見えざる神々と確かに交信した。彼らの言葉は分からなかったが通じ合ったのだ。その脳裏に浮かんだ苦悶の表情を浮かべる古代人の姿。名状しがたき恐怖、そして震え。何も無い筈の壁の裏側に潜んでいるであろう蠢くものたち。恐怖は愉悦となり、そして私は――

「済みません! この本、頂きたいのですが! お金払います!」

 駅員さんに交渉しましたとも。突然現れたばか中学生に、駅員さんも驚いたことでしょう。ですが彼らはプロでしたので、しっかりと対応してくれました。
 駅員さんたちも置いた覚えがなかったので、誰かの忘れ物かもしれないという妥当な判断が下されました。
「落とし物として交番に届けて、落とし主が現れなかったら連絡するよ」
 喜んで住所と名前と電話番号記入して帰ってきましたとも。
 それから約半年後 ――

「エフ。本届いてたわよ」
「ん? なにか買ったかなあ」

 親から手渡された封筒。差出人はあの駅! 封を開き現れたのは、あの古錆びた怪しさ溢れ出す書。
 もちろん急いで駅にお礼の手紙を送りましたとも。
 そして本を開き、文字を堪能して一人、コツコツと訳すことに。手元にはヘブライ語の辞典はあったからね。
 訳し終えた私はそれをコピー本にしたのですよ。
 全文は予算の関係で無理だったので、五分の一程度。
 てめえ、何考えてるんだ? と言われそうですが、あの時の私はハイテンション厨二だったので。若いって怖いな――
 五冊ほど作り(プラス見本誌一冊・\50)即売会へと持って行き(もちろんメインは別の二次創作本)二冊売れました。その内の一冊を購入したのはミスカトニック大学関係者で「おい、極東におかしい子供いるぞ」となり、会議で名前があがったのだそうだ。

 名前と言ってもフリーメールアドレスなんですが。

 いちおうね、あそこも大学だから、優秀(と書いてメガキティと読む)な学生を確保することに余念がなく、年がら年中スカウトがうろつき回ってます。

 スカウトは在学生のアルバイトでもあります。

 私は優秀というよりは、有望という感じだったらしい。卒業するまで有望のままで ―― ずっと有望のターン! ―― 優秀にはなりはしなかったが。

 そして今思うのは、もう一冊買った人は元気でいるのだろうか?