君が消えた六月三十一日

[03]novel.txt,mail.txt

 まゆりと私はかつては同じジャンルで、それなりに交流していたが、互いにジャンルが変わってからは、ほとんど交流はしていなかった。
 珍しいことではないので気にしてはいない。同人ジャンルでは良くあることだ。
 まゆりのはっきりとした年齢を私は知らないが、2002年当時には二歳になる娘さん(話題にするときは”秋姫”と呼んでいた)がいた。
 だから私より五歳くらいは年上だろう。
 すっかり同人から足を洗ったかと思っていたのだが、そうそう簡単にこの界隈からは抜けられないらしい。
 斯く言う私もその一人なのだが――
 それはさておき、突然ゆりからメールが届いた。

▼このメールアドレス、まだ使えるかな? まゆりだけど、エフ元気?▲

 昔はフリーメールではなくプロバイダーのメールアドレスでやり取りしていた。私もまゆりもその頃からプロバイダーが変わっていないので、当時のメールアドレスは使用可能であった。アドレス帳にも記載されていたので、差出人が名前で表記されており……ちょっと思い出せずにアドレス帳を開き、アドレスそのものを確認したのは秘密だ。
 (ここで書いておきながら”秘密”とか)
 懐かしい相手からのメールだと思い開くと「大至急話がしたい」と書かれていた。その時は暇だったので(私は自宅警備員なので、大体暇なのだが)「いいよ。twitterでいい?」とtwitterのアドレスを書いて送り返した。即座に返信があり「twitterじゃなくて、チャットがいい」と、IPアドレスも見ることができる入室パスワード制のチャットとパスが送り返されてきた。
 何ごとか? と思い、パスワードを貼りつけて、名前は当時のまま「エフ」で入室した。ちなみに現在のH.Nは違う。


まゆりさんが入室しました。
エフさんが入室しました。

エフ(私):久しぶり、まゆり。元気にしてた?
まゆり:うん! あのさ、突然で悪いんだけど、熊谷さんが管理してたまとめサイトのアドレス覚えてる?
エフ:覚えてるよ
まゆり:教えてくれない?
エフ:いいよ。ちょっとまって……url はい
まゆり:ありがとう
まゆり:消えてる!
エフ:え? 熊谷さん消さないって……
まゆり:インフォシークの無料だったから消えたんだ
エフ:あーそっか。でも熊谷さんなら、別のところを借りるなりしてそうだけど。ちょっと待ってくれる? 熊谷さんにメール送ってみる
まゆり:ありがとう!
エフ:ところで突然どうしたの?
まゆり:あのさ、このアドレス見てくれる? url*2
まゆり:悪い冗談ならいいんだけど。リンクページにある<佐倉さんのマイページ>この佐倉さん、いま同じジャンルで、にじファンで活動してるんだけど、彼女の作品に感想書いた人のマイページにサイトリンクがあって、クリックしたらここに辿りついて……怖くて


 インフォシークはホームページの無料サービスを2010年10月31日に終了した。熊谷さんのが管理していたまとめは、上記のスペースを利用していたので綺麗さっぱり消えていた。

 突然連絡を寄越したまゆりだが、彼女は当時、私のサイトに来てくれて、掲示板にも書き込んでくれていた。掲示板には水瀬さんも書き込んでおり、彼女は毎回urlを書き込んでくれていた……それはクッキーの仕業なのかもしれないが、ともかくまゆりも偶に水瀬さんのサイトに足を運び、そこからリンクページを辿り【色褪せない夢を見る】を見たことがある。

 まゆりが教えてくれたurl*2をクリックした先にあったのは【色褪せない夢を見る】
 以前の【色褪せない夢を見る】とほぼ同じであった。違うのはトップページの「推奨環境」からNetscapeが消えてFirefoxが追加されていることくらい。右隅には変わらず【色褪せない夢を見る】と書かれている。
 トップページの違いはそれだけだが【問題】のリンクページに大きな違いがあった。
 まゆりが言う通りリンクページには<佐倉さんのマイページ>がリンクされていた。それとリンク切れになっている熊谷さんが管理していた水瀬リュリュさんに関するまとめ「君が消えた六月三十一日」と水瀬リュリュさんが運営していた「君が消えた六月三十一日」の跡地。水瀬さんのサイトはcoolオンラインの無料スペースを使用していたので、これもまた消えている。

 現在リンクが生きているのは<佐倉さんのマイページ>のみ。その佐倉さんの感想欄に、頻繁に書き込んでいるのが投稿者【色褪せない夢を見る】
 この文字に覚えがあったまゆりは<【色褪せない夢を見る】さんのマイページ>へと行き、自己紹介欄のサイトのところにある、なにも書かれていないバナーをクリックして【色褪せない夢を見る】に辿りついたのだという。


F:なんか変な感じだね
まゆり:熊谷さんのまとめサイトを読んでもらえたらと思って
F:そうだね。下手な説得は水瀬さんみたいになるからね。熊谷さん、ひどく後悔してまとめサイト作ったくらいだから
まゆり:熊谷さんから返信きた?
F:いや、まだ
まゆり:そっか
F:佐倉さんのところの感想に目、通してくる


 その日、熊谷さんから返信が届くことはなかった――そして今も返信はない。

 佐倉さんに信じてくれと――私も堂々とは言えないのだが【色褪せない夢を見るの管理人】から頻繁に感想を送られると、最後には失踪する。
 初めて熊谷さんから聞いた時は、私も正直言って信用はしなかった。

 熊谷さんのお兄さんが失踪し、熊谷さんはその原因を探り【色褪せない夢を見る】に辿り着いたそうだ。兄さんの失踪が判明したのは2001年の8月20日。
 兄さんのスペックは当時25歳、一人暮らし。ごく一般的なサラリーマン。趣味はネットだったという。
 休み明けの月曜日に出社してこない兄さんに、会社が電話するもつながらず。同僚の男女二人が訪問したところ、アパートはもぬけの殻だった。
 そこから実家に連絡がゆき、失踪と認定されることに。

 熊谷さんたちの家族は、事件に巻き込まれと訴えたが、部屋は整然としており、現金や通帳などの類も持ち出されいたことと、二週間ほど前に大学時代から付き合っていた彼女と別れて落ち込んでいた――という証言があり、事件性がないと判断されてしまったのだ。

 当時大学生だった熊谷さんも、警察の見解と同じく兄さんは失踪したものと考えた。違うのは、覚悟の上の失踪であろうとも捜そうと思ったこと。
 どこかに痕跡はあるはずだと、手掛かりを求めてPCを立ち上げて中身を見た時、兄さんがおかしなことに巻き込まれていることを知った。

 お兄さんは小説を書いていた……らしい。”らしい”になってしまうのは、熊谷さんが見つけたnovel(番号).txtファイルの中身は、どれも文章が支離滅裂になっており、意味を成さない。
 それでも支離滅裂なのはまだ良いほうで、後半になると記号や数字などの羅列になる。novel.txtファイルは幾つかあり、ほとんど上記のような状態だったという。
 ほかにmail.txtがあり、送られたメールを記録していた。そのやり取りで熊谷さんは兄さんが小説サイトを持っていたことを知り、そこに通っている「なにもの」かとやり取りがあり、オフでも会っていたことを知る。

 最後に会う約束をしていたのは2001年8月18日。失踪したのは恐らくこの日だろう――

 novel.txtは私も見たが、内容は覚えていない。覚えようとしても覚えられないと言ったほうが正しいだろう。
 精神が分裂した……などという表現が生やさしいと思えるほどに、ひどい文章で目を通すのが精一杯で読むことは不可能だった。だが見れば同じ物だと分かる自信はある。
 なぜなら「君が消えた六月三十一日」の水瀬リュリュさんの小説が徐々に崩壊し、兄さんが残したnovel.txtと同じになった。
 ソレを見た時、私は熊谷さんの言っていたことが本当だと、恥ずかしながら初めて信じた。
 不思議、いや、怖ろしいことに読めないのだが同じだと分かる。
 それ矛盾しているだろう! 破綻してるだろう! と言いたくなるのは分かるが、事実なのだ。
 だから佐倉さん。
 不便だとは思うが連絡手段を限定し【色褪せない夢を見る】から送られて来るメールは全て無視して欲しい。
 あなたに送られている感想は今のところは感想で、他者である私たちが見ても感想であると理解できる。
 だがある一線を越えると、それはあなた以外には読めないものになる。熊谷さんのお兄さんのnovel.txtの中身と同じようになるのだ。
 タチが悪いことに、当事者はそれを苦もなく読めるので、他人が「そのメールおかしい」といっても話が通じない。
 それは恍惚とするほど美しい文章――に見えるようで、他者がどれほど否定しても、否定するほどそのメールにのめり込む。

 だから私たちが理解できる文章で感想を送られているうちに、離れるべきである。

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 水瀬さんが残した奇怪な文章は……今のパソコンには引き継がなかった。あのころのパソコンは外付けハードディスクもなかったので、処分した際に消えた。
 でも目を通せば分かる。読めはしないが。