剣の皇子と偽りの側室【04】

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  [悪夢師・01]  

 現在は広大な領土を所持するラージュ皇国だが、建国当初はそうではなかった。当初から広大な領地を持っていたユスティカ王国とは違い、徐々に力をつけ領土を広げていった国家である。
 ユスティカ王国がなぜそれほど広大な領地を持っていたのか? ユスティカ王国の前身は【楽園】とよばれた、長年にわたり大陸を支配していた国の一部であったからだ。
 【楽園】は崩壊することなく、領土の一部を明け渡し、なのになぜか広大な領地を持ちユスティカ王国を興した ―― ラージュ皇国と同じくらいに謎めいた国家である。

 建国者はジョニー・ユスティカといい【楽園】の支配者の一人であったとされている。

 ユスティカ王城は錬金術師パンゲアが一夜にして作りあげた、それに対しラージュ王城は数十年にわたり人の手により作りあげられた。
 王城に施されている呪いはリュディガーが用意したものだが、すべての建物に直接かけたのではなく、大地に呪いを用意しておき(地の楔)そこに建った城を呪うように仕込んでおいたのだ。
 ラージュ皇国といえば呪いであり、呪われた建物として有名なのが後宮である。
 皇族男性以外を排除するその呪いの構造は、世の呪術師が「神の領域」と称賛するほど。その後宮、よく勘違いされるのだが、ラージュ皇国の後宮は皇帝の欲求を満たすための施設ではない。
 ラージュ皇国は理由があり ―― ユスティカ王のみ知っている、ユスティカ王国を滅亡させる国家、ラージュ皇国 ―― 血が途絶えないようにするために、様々な呪いを施した。
 血を繋げるための後宮なのだが、前述の通りラージュ王城は最初から現在の形ではなかった。
 王城は呪術師リュディガーの死後に完成した。設計図が残され”寸分違わず作るように。そうしなければ呪われる”と書き残されており、誰もが恐怖に戦きながら一分の狂いなく作りあげられた。
 後宮が完成したのはフランシーヌ・ラージュの孫の代。
 それまでの間に血が途切れたらどうなるのか? それを解消するのがラージュ皇族【女性】後宮はフランシーヌ・ラージュその人であった。後宮が完成するまでは皇帝の子ではなく、女性皇族の子が皇帝に選ばれていた。
 後宮完成後は「リュディガーがそうするよう書き残していたので」皇帝の子が選ばれるようになるが、この過去を踏まえて、誓いを立てた皇族女性の息子にも皇位継承権が発生するのだ。

 過去に則ればヨアキムやエドゥアルドよりもベニートのほうが皇帝の地位に近い――とも言える。現在ではそのように考えるものは皆無であり、ベニート本人もそんなことは考えた事もない。

 ベニートはヨアキムの執務室へとやってきて、山積みになっている側室希望者の書類に目を通す。
「エドゥアルドに協力を要請されたのだが」
「私は”側室リザはくれてやらない”ときっぱりエドゥアルドに断った。あとはお前がどうにかしろ、ベニート」
「はい。ところでエドゥアルドからリザは侍女がいないと言われて、そんな些細なことで目立つのは不本意なので、侍女を城下町から用意したいと思うのだが。いいか?」
 エドゥアルドに【ヨアキムの側室に詳しいだろう】と話しかけられた。
 ヨアキムが首を縦に振らないので、ならば皇帝から命じてもらえば! と父に言って叱られ、同席していた母である皇后にも叱られ、それでも諦めずにベニートに話しかけて来た……といった次第である。
「城にいる侍女から選ぶのではなくて?」
 側室リザに専任の侍女が付いていないことで”冷遇されているのでは!”と騒ぎまくるエドゥアルドを刺激しないようにするためにも侍女を用意することにした。
「ああ。城の侍女は真面目に侍女の仕事をしてくれるから、すぐに正体がばれてしまう」
「外部の者のほうが余計に正体に気付きそうだが」
「侍女として採用するが、採用条件は”侍女の仕事はしない”だ」
 様々な条件を提示してやっと手に入れた侍女の名はブレンダ・ビショップ。
「どういうことだ?」
「他に仕事を持っている女性だ」
「そんな女性が雇われるのか?」
「貧乏だからな。それに、皇子さまに進言したいことがあると息巻いているから、後宮で働いてくれるだろう」
「なんだ、その女は」
「お針子だよ。私のドレスを作ってくれている女性。名はブレンダ」
 ベニートのドレスは沸いて出てきた物ではない。富んでいるものはともすれば忘れがちだが、作製している者は確実に存在している。 
「貧乏な針子な……お前が着ているドレスを見る分には、腕は良いようだが」
 最近王宮では見られなくなった八種の宝石を縫い付け、びっしりと刺繍を施し、大量のギャザーを寄せてたラージュ皇国伝統のドレス。
「職人気質で、自分が気に入った仕事しか引き受けないから貧乏なんだ」
「男のドレスしか作らんのか?」
「違う。ドレスシンプル主義に警鐘を鳴らす、伝統文化の担い手と言えばいいかな?」
「……面倒な女というわけか」
 ヨアキムは溜息を吐きなが、虫師に関係することが書かれている本を手にとった。黒に近い紺色に染められた革で表装されている、作者不明の本。『師』に関する本の作者はほとんど作者不明となっており一般には手に入らない。
「それは?」
「呪術の本だ」
 ラージュ皇国は呪術師が多い。建国者に協力したのが希有な呪術師リュディガーであり、皇都にも呪術が施されているので、呪術師にとってはかなり魅力がある。ただ彼らが立ち入るのは皇都だけで王城には近寄りたがらない。彼らの手に負えない呪い【皇帝】が存在するゆえに。とくにヨアキムが生まれてからは、王城を覆う呪いは色濃くなり、王城前で息を吸うことすら出来ぬほど。
「呪術? なんで」
「虫師について少し触れている箇所がある」
 ヨアキムは栞が挟まれているページを開き、ベニートはのぞき込んだ。
 そこには蠱毒(こどく)という「容器に多数の虫を入れ共食いさせ、最後に生き残った一匹を呪術の触媒とする」ようなことが書かれていた。
「……虫師は蠱毒に使用できる虫を持っている。その虫は小さくとも、犬や猫よりも強力な媒体となる……か。これだけ?」
 ベニートはざっと目を通し、虫師に関する僅かな記述を読み上げた。
「これだけだ」
「そっか」
「それでだ、ベニート」
「なに?」
「読んで分かるように『師』の技術は別の『師』と交わる部分が幾つかある」
「そうみたいだね」
「別の『師』について書かれた本に、虫師の記述があるのではないかと思うのだが、そもそも『師』について私はあまり詳しくはない」
「私も詳しくはないけれども、探ってみる」
「頼む」
 ヨアキムに苦労と迷惑をかけて笑っているベニートだが、彼の迷惑さと有能さを天秤にかけると、ヨアキムは悩むことなく即座に有能さが勝ると言えるので、結局多少の迷惑は飲み込むことになる。

**********

”後宮完成後は「リュディガーがそうするよう書き残していたので」皇帝の子が選ばれるようになるが”

ラージュ皇国後宮は蠱毒を作る壷だ
皇帝を男に定めたのは、後宮を呪うため
一箇所に女を集め、共食いさせる
勝ち残った女の腹から生まれてくる呪われた子
死んだ女たちは呪い、それは後宮の糧となる

ラージュ皇国の貴族とはなんなのか?
それは建国の際に活躍した者たちだ
彼ら貴族たちはある物を与えられた
人々が思うような特権ではない
僅かながら呪いから逃れられる力
むろんラージュ皇族から怒りを買えば簡単に呪われるが
他国と違いラージュ皇族の女性を娶っても
その家は滅びることはなく、皇家に併合されることもない
貴族たちは僅かに呪いから目こぼしされる

その血はある一時期、邪魔になる
目こぼしされる貴族の血は
血の呪いの原石を持つ皇子が生まれるのに障害となる
だから ――
血の呪いの原石を持つ皇子が生まれる前と前は
貴族ではない女から皇帝が生まれる必要がある
少々の目こぼしが邪魔なのだ
血の呪いの原石が再び形になるためには
完全に呪われる必要がある
逆に血の呪いの原石を持つ皇子は
貴族の血から生まれる必要がある
血の呪いの原石を持つ皇子【が】呪いに負けてしまうからだ

平民が皇帝の心を掴む
それは仕組まれたことだ

血の呪いの原石を持った皇子の妃は貴族であるべきか? それとも平民であるべきか?

当然貴族のほうが良い
平民など……

そろそろ時間切れだ
安堵するな
どれほど嫌がっても人は眠る
眠りは俺を拒むことはできない

ああ、悪夢だな
だがお前が”どうして私がこんな目に遭うのか教えてください”
そう神に祈ったから、俺はこうしてやってきたのだ

俺はエストロクの神だ
またの名を悪夢師という
目覚めるといい
また会おうオリアーナ


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