悪意の肖像
 氷に支配されているメーシュ王国より北に位置するクラ地方。
 寒さに閉ざされた高い山並みが続くそこは誰も支配しようとはしない。冬の荒れる海よりも白く、そして透き通ることない濁った灰色の空を支える山々の中腹より上にクラ人が住んでいるといわれている。
 その寒さに震える山に彼等が住み着いている理由は諸説ある。その一つに彼等クラ人が神と会話できるために会話しやすい最も高い山に住み着いているというものがあった。
 もう一つは彼等が天空への入り口を守る者達ゆえに、その場を離れられないという説もある。《大陸の神々の寵児 テオドラ》がクラ人の血しか引いていないことと、クラで産まれたことからその噂は真実味を人々に与えていた。

04 毒花



 大陸でもっとも強かった吸血鬼デューンは、神々が住んでいるといわれる天空を目指した。天空に上るためには、大陸で最も高い山を登りその山にすむ天空の守人の一族に《門》を開いてもらわなくてはならなかった。
 山を登り天空の守人の村へと入ったデューンが「天空に行きたい」と告げると天空の守人達はあっさりとデューンのために天空の《門》を開いた。
 何の抵抗もなく開かれたことにデューンは驚いたが、開かれた《門》の向こう側にある世界の色と香り、そして旋律に魅せられ天空へ足を踏み入れた。その後ろを《門》を開いたクラ人も従った。
 後ろを従うクラ人など全く気にもせずに、デューンは天空の花々を踏みながら小さな小川の前に辿り着く。
 小川の流れ程度はデューンにとっては超えられないものではなかったが、何処から流れ何処へと向かうのか? 知りたくなったデューンは流れを遡る。途切れることない小川と、極色彩と淡色彩の花が交互に混じった世界。
 どれ程歩き続けたのかデューンにも解らないが、小川の始まりに辿り着くことが出来た。
 そこに神がいたわけではないが、いないわけでもなかった。神の世界の泉に沈んでいる真白きつぼみを持った花、その中から僅かに漏れる光。
「あの光はなんだ?」
 デューンの問いに神は思念で答える。《あれは神々の寵児である》
 美しき世界の内在した神の寵児は、花の中で世界へ降り立つまでの時間を微睡のなかで過ごしていた。透き通る水よりも一層透き通り柔らかな光を放つ《大陸の神々の寵児》
 デューンはその泉に乱暴に踏み込み、身を沈めてその花を摘みとる。
「初めての潜水だが上手くいったようだ」
 水面から顔を出し、笑いながら花を手に持ち陸地へとあがる。デューンの手にある《大陸の神々の寵児》は水の中に会った時と同じく、透き通る光を放ったつぼみのまま。
 どこにいるか解らぬ神々に向けてデューンは語る。
「これを持って帰ってもいいか?」
 答えは《良いぞ》
 あっさりとした答えが返ってくることを予測していたデューンは、また神々に尋ねる。この花には特別な力はあるのか?
 神は答えた《死者を生き返らせることが可能である》
 デューンは神々に問いかけながら、来た道をゆっくりと戻る。来る途中で見たどの花々も 《大陸の神々の寵児を秘めた真白き花》 の前には色を失う。
 色の失われた花々と降り注ぐ光のなかをデューンは歩き続けた。神々に聞きたいことを全て聞き終えてもまだ出口には届かず、手に持っている真白き花は輝きを失わない。
 デューンは花を眺めながら、ずっと背後を歩き続ける天空の守人に声をかけた。
「お前は何故私についてきたのだ?」
「天空の 《門》 は開いた守人しか閉じられない」
「外で待っていれば良いではないか」
「世界と天空では時間の流れが違う」
 守人はデューンに天空の 《門》 について語る。
 守人が天空の《門》を開くことができるのは生涯一度だけ。
 開いた場合は天空に招いた相手を必ず世界に帰さなくてはならない。《門》を開いたまま死ぬことは許されず、天空は世界よりもずっと時間の流れが緩やかなため、世界で守人が待っていては死んでしまうことがある。
 そのために守人は門を開いた際には必ず後をついて行かなくてならない。
 デューンはその話を聞き、少しだけ守人に興味を持った。何ゆえに守人は天空の《門》を開く力を手に入れることが出来るようになったのか? それ以上にデューンの心をつかんだのは《門を開く資格》
 清らかな体でなくては 《天空の門》 を開くことはできない。
「ここで私がお前を抱いたら、どうなるのかな?」
「誰一人そんな事を試した者はいなければ、吸血鬼に抱かれた者もいない。試してみますか?」
 豊かな赤銅色の髪を持つ少女と、銀色の髪を持つ吸血鬼デューンは天空でその肌を重ねる。神々の居る《楽園》の中心でデューンと肌を重ねた少女の目が何よりも良く覚えていたのは、彼女を抱こうとも吸血鬼がその手から離さなかった《大陸の神々の寵児を秘めた真白き花》
 少女は全裸のまま楽園の花々を踏みながら吸血鬼とともに出口までやってきた。
 デューンは《門》より出て世界に戻り《天空》にいる少女に振り返る。
「戻ってこられそうか?」
 少女は首を振る。
「そうか。では最後に聞こう、お前の名は?」
「リュドミラ。いずれまた会いましょう、デューン」
 デューンは守人達にリュドミラとの出来事を告げ 《大陸の神々の寵児を秘めた真白き花》 を見せてその場を去った。守人たちはその出来事を脚色して 《天空の闇花》 なる物語とした。

 リュドミラは天空に囚われ、デューンは世界に放たれる

 デューンは 《真白き花》 を持ち世界を流浪し、何時しか戻ってきていた 《リュドミラ》 に閉じ込められる。
 ピエタの街で人々を眺めながら生きていたデューンの元を訪れた悪夢師のセフィロトは、リュドミラから聞いた《天空の闇花》が欲しいと語るとデューンは喜んでその花を与えてやった。その花が本当に人を生き返らせることができるのかデューンは知りたかった。

「昔話はどうだった?」
 そして今、デューンの目の前に 《天空の闇花》 により生き返った悪夢師が瀕死の体でいる。
「その話、メーシュのロキにしやがったのか? 吸血鬼」
「いやいや。彼は 《天空の闇花》 が欲しいと私を探していた。既にセフィロトに与え使われた後なので、代用品になるものを教えやったのだよ。《天空の闇花の卵》 を 《孵化》 させる方法をね」
 デューンの語りを聞きながら、虫の息とは思えない大声でローゼンクロイツは笑う。
 自らの体から生えた花メーシュのロキは 《毒花》 と呼びながらも手折った。手折られた瞬間、体中が焼けるように熱くなりそしてすぐに硬直し崩れ落ちた。
 ロキは崩れ落ちたローゼンクロイツに振り返ることなく、その花を持ってエリーゼの下へと向かう。その様子を黙って眺めていたデューン。止めを刺すようにいわれた部下がローゼンクロイツの元へと近寄ってきたところで、彼等を殺し昔の話を教えてやった。
 そしてしゃがみこみ、既に目が濁り始めているローゼンクロイツに話しかける。
「私はセフィロトではないから、お前の意見を聞いてやろう。さあどうする? 悪夢師ローゼンクロイツ。吸血鬼になるか? それとも骸となるか? もしくは、動く死体となるか?」
 ローゼンクロイツは、デューンの後ろに立っているテオドラに視線を向けて望みを語った。


― 大陸の神々の寵児。世界の全てを呪え、この《悪夢》で ―


《終》


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