「もういいかい?」
……私は隠れているのか?
「もういいかい?」
いや! 良くはない! 来るな! 来るな!
「こっちに隠れてるのかな?」
来るな! 来るな! 来るな! ****!
15 ラストチャイルド
男は膝を抱えて隠れていた。
なぜ自分が隠れているのか解らないが、人に見つかってはいけないという思いから隠れていた。
本当は隠れていてはいけないことも理解している。
だが見つかって全てが終わってしまうという思いが、彼を暗がりに押し込めていた。
狭い場所に窮屈な体勢で座り続ける。
「どこに隠れたのかな? *****!」
子供達が本当に自分のことを探しているのかどうは解らない。子供特有の高い声のせいなのか、名前の部分が聞き取ることができないのだ。
「何処に隠れてるのかなあ? **** は」
無数の子供達が自分のことを探している。
そして彼は気付いた、自分の名前が思い出せないことを。それが本当に思い出せない物なのか、最初から持っていないものなのかも解らない。
床の板目に視線を落とす。
隠れている理由も隠れている場所も、自分名前も解らないが見つかったら破滅だという思いから男は息を潜めている。
何時まで隠れてれば彼等は諦めていなくなってくれるのだろう?
果てのない ”かくれんぼ” に男が恐怖を感じた時、目の前が明るくなった。
「みいつけた」
男の頭の上から聞こえてくる子供の声と同時に、男の内側から湧き上がる “発見されてしまえば” 全てが終わりだという声。
男は咄嗟に手を伸ばし、子供の首を締め上げる。
自分の手が子供の首を締め上げ、骨を折る感触は特に恐ろしくは感じなかった。
だが力を抜き手から落ちて床にドサリと崩れた音を聞いた時、男は恐怖を感じた。殺した子供の顔を見るのが恐ろしくなり、男は奇声を上げて隠れていた場所から逃げ出す。
窓の少ない作りのやや暗い雰囲気の屋敷。男が隠れていたのは、自分自身が幼い頃に一時期過ごしたことのある屋敷だと気付いた。
遊んだ思い出のある古びた屋敷だが今は男に恐怖しか与えない。その屋敷の中を男は駆けずり回る。
「あっちにいたよ!」
子供の軽い足音が床板で男に伝わる。
「あっ! ****」
「待ってよ ****! 見つかったんだから今度は **** が鬼だよ」
自分に鬼になれと迫ってくる子供達の声に取り囲まれ、男は手近にあったドアノブを掴み部屋に飛び込む。
冷や汗の伝う背筋と視界に飛び込んできた暖炉の炎。
体の寒さにその明るい炎へと近寄り手を伸ばすが、温かさは感じられない。
得体の知れない恐怖が体の内側を蝕み冷やしてゆく。得体の知れない恐怖は理性というべき箇所をも蝕んでゆく。
男は暖炉の上に飾られている斧を手に取り、自分に言い聞かせるように声を上げた。
「逃げているから怖いんだ。そうだ、こっちから……相手は子供だ! 私の方が強い! 武器もある、武器を持っているから殺せる!」
男は斧を握る手に力を込めて、再びドアノブを掴んで扉を引き、子供達の声のするほうへと進む。
子供達は斧を持った男を見ても、臆することなく同じように話しかけてきた。
「**** 次は君が鬼だから僕達のこと見つけてね!」
それだけ言うと彼等は煙のように消え去った。
男は斧を持ち、子供達が隠れているのではないかと思しき場所を次々と斧で破壊してゆく。叩き壊した箱や壁の向こう側から血が噴出し、男はそれを浴びながら斧を振り回して殺し続けた。
血で滑った斧を廊下に落とした時、一人の声が向こう側から聞こえてくる。
「もういいよ」
男は血塗れたままその声の方向へと進み扉を開く。そこにはクレヨンで無心に落書きをしている金髪の子供の後姿があった。
「もういいよ」
言い続ける少年の背後から首に手を回して、最初の子供と同じく締めて殺す。
「これで終わった……」
男は最後に殺した少年をから手を離す。少年の身体は ”くるり”と向きを変えて男の方を虚ろな瞳で見つめ、男は少年の顔を見た。
「……私?」
自分が何者なのかもわからない男は、光を失い自分を移す事もなくなった瞳がはまっている少年の顔をみて《自分だ》と強く感じた。
男はよろめきながら母の化粧室へと向かった。母がどのような人物であったかは思い出せないが、男は母の部屋がある場所を知っていた。もう母はいなくなったが、そこには鏡台があるはずだと男は母の部屋へと真直ぐに進む。
男にとって鏡台と母は切り離せない存在だった。
母は何時も鏡台の前に座り、身支度を整えて《誰か》を待っていた。男はその《誰か》が嫌いだった。
母は誰かの訪問を嫌っている素振りは見せなかったが、男には喜んでいないこともわかった。だが母は喜びはしなかったが《誰か》が訪問するたびに《良かった》と言い、男の頭を優しく撫でた。
「ここに居たのは長くなかった……」
無言のまま扉を開くとやはり部屋は無人だったが、丁度類は手付かずのまま残っていた。
質の良い鏡台の前に立ち、男は自分の顔をはっきりと見る。
そこに写っていたのは、やはり先ほど殺した少年と同じ顔。
「私は一体?」
自分は大人だと思っていたのに、突如子供が映し出され男は困惑するが、鏡の前にいるのは自分だけなので別人とも思えず彼は首をひねる。
そして弾かれたように、自分が殺した子供の顔を確認しに向かった。箱の中で首を切られている少年も、壁の向こう側で額に穴をあけられた少年も、その他、男が殺した全ての子供達は ”男と同じ顔” だった。
死んだ全ての自分が、自分に向かって笑い声をあげる。
「うああぁぁぁ!」
男は悪夢から目を覚ました。目の前にある天蓋のついたベッド、そして指先に感じる刺繍の施されたベッドカバー。
身を起こして辺りを見回す。
「窓が高い……」
部屋の天井は高く、窓は手の届かぬ高さにあった。
「囚人……なのか?」
男は自分が何者なのかは解らないが、この場所が高貴な囚人を繋ぐ場所であることは解った。自分が高貴な立場にあったことと、その立場を失い牢に繋がれている。普通ならば喜ぶべき真実ではないが、男は少しでも自分のことを思い出すことが出来て安堵した。
二重扉の外側に通じる部分が開く音を感じ、次いで扉の《鍵》が開けられ扉が開く。
「目を覚まされましたか!」
男の前に現れたのは、翡翠色をした瞳の美しい女性であった。
「君は誰だ?」
声をかけられた女性は、男の言葉に驚きの表情を浮かべた。何故彼女が驚きの表情を浮かべたのか? 男には解らなかった。
「私の名はエリーゼと申します。貴方のお世話を仰せつかったものです」
「……私の名前は何と言うのか、教えてくれないか? エリーゼ」
記憶を失う前の男を知っているエリーゼですら見たことのない、少年のような笑顔を浮かべる男を前に彼女は目の涙を浮かべて微笑んだ。
「どうしたのだ? エリーゼ」
男がいるのは中庭も存在する、王族を捕らえておく豪華な牢獄。
「ありがとうございました!」
人々に礼を言われている呪解師のテオドラは、彼等の言葉を無視して牢獄を見上げていた。テオドラは依頼されて吸血鬼になった王と、生き返った恋人を牢獄に封じた。
吸血鬼となった王を捨てたその後国は急速に凋落し、人々は慌てて捨てた王にすがろうと呪解師テオドラを探したが、その姿を何処にも見つけることが出来ず、国は何時しか消えるように滅んでいった。
《終》
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