私の名を呼ぶまで【56】

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[56]私の名を呼ぶまで:第三十二話

 カルマルの町に辿り着いたヨアキムの元へテオドラが訪れた。
 連れてきた騎士たちはテオドラのことを覚えていたので、簡単に再会することができ、
「お久しぶりです。ヨアキム皇子」
「久しぶりです、呪解師テオドラ」
 挨拶もそこそこに、カタリナを視ることになった。
「問題はありませんよ。何一つ」
「そうですか」
 こうしてヨアキムが気にかけていた出来事の一つから解消される。

「……呪解師テオドラ」
 だが知りたいことは増え続けていた。
「はい、なんでしょう?」
 カタリナを下げてから二人きりになり、世間話など抜きにして、すぐに本題に入る。
「あの……」
「はい」
 テオドラは出された赤紫色のハーブティーを飲みながら、ヨアキムの話に耳を傾ける。
「あなたは死体を見つけることはできるか?」
 思った以上に酸っぱかったハーブティーに驚くが、少しずつ飲めば慣れるだろうと、ちまちまと飲み続ける。
「死体? 見つけられると思いますよ。具体的なことを聞かせてください」
 カップを置き、間に盛られているラージュ皇国の焼き菓子を掴む。
 砂糖をふんだんに使える国の菓子は甘く、ハーブティーの酸っぱさを際立たせる。
「リュシアンの話を聞き、カレヴァの妹ラトカ、彼女も寄生されていたのではないかと思うのだ」
「寄生されていたでしょうね」
 酸味と甘味を行き来しながら、テオドラはつとめて真面目な表情を作る。

―― 私、笑いたい時に限って、真面目な話をされるんですよね

「彼女は虫が孵って死んだわけではない」
「それなら卵が残っているでしょうね」
 皿に焼き菓子を置き、ハーブティーを一気に飲み干して渋い顔をしながら答える。
「彼女は後宮の呪いにより爆ぜて死んだ。その遺体をどこに埋葬したのか? 陛下と皇后しか知らない。本当は二人に聞けば良いのだろうが……笑われるかもしれないが、しがらみや遠慮、なにより嫌われたくないという気持ちがあって」
 この辺りの感情をテオドラは持ち合わせていない。そのことについてヨアキムは気付いているが、改めて説明するとなると不可能に近かった。
 テオドラという存在の感情が奈辺にあるのか? ヨアキムには見当がつかない。
「なる程。ラトカ殿は側室で爆ぜて死んだのですね?」
 ”多くの人”は、聞きたいことを聞けない――普通の人からすると、信じられないような永きを生きているテオドラは、自分にはない考え方であり感情だが、理解はできている。
「そうです」
「いつ頃亡くなられたのですか?」
「陛下から聞いた話から推測すると、バルトロが生まれる約一年前。おおよそ二十五年前になるはずだ」
 バルトロはベニートと同い年で、今年二十四歳。
「四半世紀ってやつですね」
 ここではない世界で使われている百年を一世紀、五十年を半世紀、二十五年を四半世紀と表すことを思い出し、テオドラは思わず口にした。
「しはんせいき?」
 まったく聞いたことのない言葉に、ヨアキムは首を傾げる。
「すみません独り言です。二十五年前にばらばらになり、どこに埋葬されたのかも定かではない……と」
「ああ。だが王城内に埋葬されたはずだ」
「根拠はありますか?」
「世間には病死として公表し、家族も一人をのぞいては知らなかった。棺には皇后が代わりに入って、あとで皇帝が助け出した。細切れとは言え、死体を持ち出す余裕はなかったはずだ」
「それはまた……ヨアキム皇子、死体の発見が得意なのは虫です」
「……」
「ですが虫といえども、二十五年前の砕けた死体を見つけるのは難しい。おそらく普通の虫師では無理でしょう。あの探求心旺盛で才能あるグレンでも」
「あなたは?」
「死体を少々損壊してもよろしいのでしたら見つけられます」
「誰の?」
「ラトカ殿のご両親の遺体を少しもらえれば」
「……」
「私が虫師について少々知っているのは、父がそっち方面の技を持っている関係です」
「虫師なのか?」
「違います。私は両親共に呪解師です。ただ父は呪解師よりも趣味に生きている人でして……ノベラの息子なので趣味については説明を避けさせていただきますが、父は一種類の虫を操ります」
「一種類だけ?」
「はい。虫師も得意な虫というものがあります。リュシアンはご存じの通り蜂。グレンは蛾のようです。ですが彼らは他の虫も扱うことができます。それで私の父はと言いますと、虫を操りますが、一種類しか操れないので、虫師とは呼ばれません。ただ能力は優れているので、父だけが呼ばれる名があります」
「なんと?」
「妖蛆師。蝿と蛆のみを操ります。蝿と蛆は一種類として数えます。そして蛆は腐肉を好み、蝿は腐臭に敏感です」
「だがもう肉など残っていないはず」
「ですから父の蛆です。ご両親の骨の欠片を一口たべさせていただければ、その娘を捜し出せます。蝿というのは嗅覚も優れている。父の蛆で捜せぬ死体はありません。土に還っていても捜し出します」
 テオドラの自信とを前に、ヨアキムは覚悟を決めた。
「お願いする。カレヴァの両親の遺体はあまり破損させないで欲しい」
「はい。ところで罪人を蛆に食べさせてもよろしいでしょうか?」
「罪人?」
「調べる際は蛆から蝿にする必要があります。成長させるにはある程度の肉が必要なので。成長させるだけでしたら、動物でも構わないのですが、目的があるので、人間を食べさせて成長させてほうが調査の精度が上がるのです」
 ヨアキムの喉元を冷たいなにかが触れ、表現し難い恐怖を感じ、唾を飲み込む。
「罪人であれば構わない」
 テオドラは依頼を完遂する。その為にはまさに手段を選ばない――テオドラ自身は手段を選ばないという考えはない。
 確実にそして最小限の被害で済ませる。その過程が”人にとって”多少悍ましいものであろうとも気にならないのだ。
「王城内を捜索するさいは、夜を指定してもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「良かった。昼間だと目立つので」
「なにが?」
「父の蝿は凶暴でしてね、胴体を糸で結んで、しっかりと握っていないと危険なのですよ。でも傍目からみると、蝿を持って歩いている変な人になってしまうので。滑稽な姿をさらして、人々の興味を引きたくはないので」
「分かりました」
「それでは、父の居場所でも探しますか。大蟾宮(だいせんぐう)にいてくれるといいのですが」
 ホロストープ王国で約束した期限に間に合うようにすると確約し、
「それではヨアキム皇子、また会う日まで」
 ロブドダン王国へと向かうヨアキムたちをテオドラは見送った。


「交換条件? 蛆一匹とエンブリオンの骸一つですか……いいでしょう。リザ・ギジェンがいたサセットス村の住民に悪夢師の奇病をかけるように頼んだ貴方ですね? 悪友って本当に嫌ですね。父と育ての親が悪友同士ってのは、娘にとっては最悪です」



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