私の名を呼ぶまで【10】
ブリギッタ,リザ
皇子がメアリー姫と侍女になっているクローディア王女に近付かないよう命じたのは、そのエドゥアルドさんという人が危険だからとのこと。
エドゥアルドさん大国の皇子なので、虫師から虫を大量に購入することが可能で、もう成人しているので資産は独立しており、皇子であっても金の使われ方を調査するのは中々難しいのだそうです。
「購入したと解っても、それが後宮で使われたのかどうか? 確認するのは難しいのです。虫師の虫は珍味としても重宝されているので、食べる為に買い、もう食べてしまったと言われたらどうすることもできません」
まさに足が付かない行動なんだ……でも、虫をばらまいたことは何の罪になるのだろう? 従兄殿に聞いてみたら、不思議そうな顔をされた。
「面白い方ですね。そのような事を言ったのはあなたが初めてだ」
そうですか。従兄殿のほうが面白い人のような気がするのですけれども。
従兄殿も虫をばらまく行為がどのような罪になるのかは解らなかったようで、調べて今度教えてくれるとのこと。
そこまで知りたいわけではないのですが、でも調べてくれるというのなら、ありがたく。
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私はまた皇子から派手なドレスを渡され、夜会に参加した。
いつも通り派手から縁遠い、地味なドレスを着用している方ばかりの中で私の目立つこと。
「ブリギッタ」
相変わらず一文字も合っていない。
返事をするのも面倒というか、呼ばれてもいないのに返事をするような趣味はないので黙っていた。
「ドレスはもっと地味な方がいいか? ブリギッタ」
いいえ、これで構いませんよ。
宝石を縫い付けられたドレス、着ているというよりは”着られている”といった感じですが、悪くはないです。似合っていないかもしれませんが。
「ならば良い。私もアイシャの息子だからだろうか? ドレスは派手な方が好きだ」
あーはいはい。皇子は派手なドレスに派手な美人が好きなんですね。皇位を巡る争いから、いかにも地味目で派手を嫌う、お妃の地位に固執しない女を妃にしておかなくてはならないけれども、心の底では違うものを求めているのですね。
皇子が去ったあと、側室の一人に声をかけられた。
身長の高さが特徴的で、顔が綺麗……後宮には相応しくないくらい綺麗な顔立ち。
その側室が笑った……あれ、この顔どこかで見たことがある。目の前の側室の顔が一気に詐欺師っぽくなった。
「中庭でお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
声がとても低いです。そして聞き覚えがあります。
私は背が高く、シンプルドレスにケープを羽織った怪しい人について中庭へと出た。この白い肌に亜麻色の髪。間違いなく……
「”この私”のことはリザと呼んでください」
従兄殿でした。
ここではっきりとさせておきたいのは、従兄殿は男なのか? 女なのか?
背の高い声の低い女性という可能性もある。
「もちろん男ですよ」
女装は趣味ですか? 趣味で女装をしてリザという名で側室になっているのですか? 皇子は知っているのですか?
色々と聞こうとしたのですが、向こう側から声をかけられ……振り返ると、兄皇子を少々陰険にしたような顔立ちで身長の低い男性が。
従兄殿……いや側室殿が私の耳元で”エドゥアルドです”と囁く。
姑のアイシャさまとは違う敵意を感じつつ、隣で上手に顔を扇で隠している側室殿に肝を冷やしつつ。私がそんなことを感じる必要などないのだが。
エドゥアルドさんは、自分の立場が危うくなるような事は言わなかった。そして彼が近付いて来たのは私の隣に立っている側室殿に話があったらしい。
「リザ」
「エドゥアルドさま」
”げほごほ”と私は心中で咳払いをする。
その人は側室リザ殿じゃなくて、従兄ベニート殿ですよ。話を聞いていて解ったのは、エドゥアルドさんは、側室殿のことを気に入っており、自分の側室になれと……本気で気付いていないのか? それとも気付いていながら側室になのか。
立ち去った背の低い彼の後ろ姿に私は問い質したかったが、もちろん問うことなどしなかった。
「お見苦しいところをお見せいたしました」
たしかに”お見苦しい”ところもありましたが、それよりも好奇心が上回りました。
「以前あなたに説明した通り、私の母は陛下の姉にあたります。その関係で私は幼いころ、後宮で育ちました。母には人に言えない趣味がありました」
聞くところによると従兄殿のお母さま、この方がリザ殿と言ったそうだが、彼女もアイシャさまのように派手なドレスが好きだったが、後宮はシンプル至上主義で派手なドレスを着るなど許されない空気に満ちていた。
フリルを大量に使ったドレスや、宝石がふんだんに使われているネックレスなど身に付けていたら結婚もできない状況で、リザ殿は人形遊びでその不満を解消したのだそうだ。
人形なら派手な衣装を着せても誰も咎めはしない。
年頃になりそれなりの貴族へと嫁ぎ、従兄殿が生まれた。従兄殿は幼いころは女の子のように可愛らしく、リザ殿はかつて叶わなかった夢を息子で果たすことに。
夫も住んでいる城で息子に女装させるわけには行かないので、年に数度王城へと従兄殿を連れて里帰りし、かつて住んでいた後宮の一角を借り受け「大きめな人形のドレス」を発注し、従兄殿で楽しんでいたのだそうだ。
リザ殿は従兄殿の着せ替えですっかりと満足して、いまはもうそんな事はしないそうだ。だが息子の従兄殿はこれが癖になってしまった。
「誰にも言えぬ、ばれたら身の破滅というこのスリルが癖になりましてね」
自宅で女装ではスリルは味わえないと、そこで皇子に側室にしてくれと頼み、渋る皇子を説得して、両親にも内緒で後宮に住み”皇子の側室リザ”と”皇子の従兄ベニート”の二重生活を楽しんでいるとのこと。
後宮のことに詳しい理由はわかりました。昔から出入りしているし、周囲をとても気にして生活しているのだから、詳しくて当然ですね。
「それでリザの姿をエドゥアルドが見初めまして。私のこの姿も堂に入ったものですね」
うん……まあ……否定はしません。
側室リザと自分の後宮にいる側室を交換しろとエドゥアルドさんが皇子に持ちかけたものの、もちろん皇子は突っぱねた。
自分の後宮に従兄殿が女装しているなどとは言えないので、とにかく拒否するしかないらしい。
それにしても説得される皇子もどうか? 後宮に他の男性とは後宮の意味がないと思うのだが……私の表情から考えを読んだらしい従兄殿が「後宮」というのもを説明してくれた。
「後宮の女性が産んだ子はすべて皇族となります。父親が誰であるのかは問われません。何故なら他の皇族の後宮に出入りできる男性もまた皇族のみ。要は皇家の血を引いてさえいれば良いのです。後宮とはそのような物です」
従兄殿の言い分からすると皇子の側室が従兄殿の子を身籠もっても、大きな問題にはならないと。
「私も卑怯だったことは認めます。皇子の心の間隙を突きましたから」
弱っていた皇子の心をの間隙をついた出来事については言葉を濁されたけれども、そんなに知りたくもないので、食い下がりもしなかった。
「四年前の出来事とだけ言っておきます」
あまりにもあっさりと私が引き下がったので、拍子抜けしたのか、聞いて欲しかったのか不明だが、四年前のことだと教えてくれた……が、私は調べるつもりはない。
「お妃さまには、ご迷惑はおかけしないように致しますので」
部屋に戻って皇子と侯爵令嬢の逢い引きを侍女と眺めながら、皇子も色々と大変なんだなと……従兄殿を側室リザにしたということは、皇子は側室が自分の子を産まなくても良いと。そして「皇子がそんな考えになっている」ことを従兄殿は知っていたということ。
その考えになったのが四年前。
ラージュ皇国が戦争して指揮をしていた皇子が右目を失ったのが約二年前だから、そこから考えると、四年前というのは剣の側室が亡くなった時期にあたるのだろう。
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