私の名を呼ぶまで【09】
クリスタル,アイシャ
私の部屋で起こった出来事は皇子に解決を任せて、私はいつも通りエスメラルダ姫の来訪を受けて、彼女の話を聞きいていた。
「なにか言いなさいよ」
そのように言われたので、虫師について聞いてみた。
虫師の存在を知らなければ、エスメラルダ姫は関係ないだろうと……考えたのだが、私の予想に反して良く知っていた。
エスメラルダ姫の話では『虫師』とは、虫を自在に操るもの。それは多岐に渡り、農村部などでは畏怖される存在なのだとか。
そしてエスメラルダ姫が疑われた理由も分かった。
「あなたのような貧乏人では購入できないわ。虫師の虫は高額なのよ。宝石や書籍なんかよりもずっとね」
あの量の芋虫の”包”を買えるとなると、かなりの財力が必要ってこと。この後宮でもっとも金持ちなのは、やはり大国ユスティカのエスメラルダ姫。
「エスメラルダ姫は違うと思います」
エスメラルダ姫が帰ってから、侍女が私に呟いた。私もその意見に同意だ。
では誰が犯人か? それを聞かれると答えにつまる。
捜査を続けているらしい皇子は、最近はあまり後宮には足を運びません。
足を運ばないだけで実際は忙しくはないのでは? とも思えない。なにせ窓から見えるところで逢い引きしていないので。
恋人との逢瀬を絶ってまで、お飾り妃の身の回りで起きた下らない嫌がらせ事件の捜査をしなくてはならないとは。部下にでも任せておけばいいのではないかな? と思うのですが。なにはともあれ、お疲れ様です、皇子。
軽く心で感謝を呟き、私はいつも通りの時間にベッドに入り、安眠を得る――筈だったのだが、
「お妃さま。エスメラルダ姫付きの侍女が会いたいと」
深夜に他の側室の侍女が訪問してくるとは。
会うのは面倒だ。寝起きの顔と格好で会うわけにはいかないので、それなりに着換えて、うっすらと化粧を施して……寝る前に化粧を落として着替えをして……ああ、眠い。
でも会わないで食い下がられるよりはと、女騎士と侍女同伴で会うことにした。
「虫師についてですが、なぜお妃さまはご存じなのですか?」
表情が強ばっている姫の侍女に、先日あったことをかいつまんで教えた。
呪術師のところへと行ったことと、皇子がエスメラルダ姫を疑っていることは省いて。だが話を聞き終えたエスメラルダ姫の侍女は顔を青くした。
「姫は疑われているのですね」
皇子の心中は解らないとしか答えられなかった。
虫師の虫は高額だから、仕方がないのかもしれないがねえ。
「故郷の王女さまたちが言われた通りになってしまいました。信じていただけないかもしれませんが、姫はそのようなことを私に命じてはおりません」
いや、信じるよ。でも私が信じても、皇子が信じないことには。
姫の侍女は話をしてくれたことに礼を言い、
「姫は近く故国へと帰ることになると思いますが……これだけは信じてください。私と姫さまは、決してお妃さまの部屋に虫の包などばらまいていないと」
うん、信じてる、信じてる。だから私を解放して。眠くて仕方ないの。
**********
「犯人が分かった、クリスタル」
相変わらず一文字も掠ってませんって、私の名前。
引き裂いたドレスを置いて行った犯人が判明したとのこと。
「犯人はアイシャ……私の母親だ」
姑さまでしたか。私への嫌がらせの一環ですか?
「決め手は皮肉にも、お前の部屋にばらまかれていた虫師の虫だ。ドレスにも幾つか付着しており、室内を芋虫が這っていたのが証拠となった。クリスタル、お前が言った通り、ドレスは別のものであった。」
クリスタルはドレスについてなにも言ってないって。言ったのは私。
アイシャさまは当初は「違う!」と言い張っていたが、虫師の虫という証拠を前に観念したとのこと。
観念しないと虫師の虫をばらまいた犯人にもされそうになったので、急いで否定を……ところで私の部屋に高額な虫をばらまいたことって、なにかの罪になるのかな?
虫ばらまき罪? そんな奇妙な罪状はないよね
「虫師の虫は自然にある虫とは違い、特殊な条件が揃わない限り成虫になることはない」
へえ……包みが透明になるくらいだから、色々と手が加えられているのも納得できる。
そして”特殊な条件”ってなんだろう?
「理由は羨ましかったのだそうだ」
はい?
犯行の証拠を突きつけられ、観念した義理母のアイシャさまは皇子に犯行動機も全部語った。じつはアイシャさまは派手で美しい豪華なドレスがずっと欲し
かったのだが、後宮の女性は地味でなくてはならないと言われているので、我慢して地味でシンプルなドレスを着て過ごして居た。
周囲も地味シンプルばかりなので、なんとか我慢していたのだが、そこへ一際派手なドレスを着た普通顔の女が夜会に現れた。
そう、普通顔の派手ドレス着用女とは私のことである。
息子の嫁というだけで憎いのに、同性としても憎い相手となり、会った時にドレスに染みを作ってくださったのだとか。
そして皇子が派手なドレスを何着も作らせ、私に贈っていると聞き腹がたち、手持ちのドレスに細工して引き裂き、私のドレスと取り替えた。
取り替えた際に”虫の包”が数個付いていたのが運の尽きであった。
持ち帰ったドレスは、アイシャさまが体型に合うようにご自分で手直しされ着て鏡の前で楽しんでおられたとか。
姑アイシャさまの方が、私よりずっとスタイルいいのか……まあ、いいか。
虫師の方はまだ判明していないようで。
私に言えることはエスメラルダ姫ではないのでは? くらいのもの。皇子は無言で話を聞き、部屋へと引き上げていった。
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「エドゥアルドが絡んでいると厄介ですからね」
事情通というかやたらと後宮に詳しい従兄殿がやってきて、聞きもしないことを説明し始めた。
エドゥアルドって誰? というところから私と従兄殿の会話は始まった。
聞けばエドゥアルドとは、皇后の産んだ皇子で弟にあたる、先日兄皇子が「気をつけてください」と言った弟皇子の名。
「最近後宮で、とある女性と会っているようです」
エスメラルダ姫じゃないだろう。彼女は皇子が好きで、他の皇子など視界にも入っていないし、皇子を害するようなことを持ちかけたらすぐに報告するに違いない。
彼女の皇子好きは、お茶の時間だけで充分伝わってくる。
「そう、侍女クロードと会っています」
答えて当たったので褒められたのだけれども、従兄殿はどうして後宮での出来事をそんなにも詳しく知っているのか? そちらの方が不思議というより不気味です。
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