君雪 −7
 産後のアレステレーゼが浅い眠りから目を覚ますと、枕元に座り肩を落としてうつむき加減になった息子がそこに居た。
「どうしたの?」
 そう尋ねられたエバカインは、クラサンジェルハイジの産んだ親王大公が “何者か” に殺害されたと告げ、そのまま無言に。解りやすい態度の息子にアレステレーゼは身を起こし、傍にいた侍女に眠っている王女を連れてくるように命じた。
 侍女は恭しく緊張の面持ちで眠っている王女を抱き上げアレステレーゼに差し出す。
 渡された我が子を抱いたアレステレーゼは他の者を下げ、息子から視線をわざと外し独り言のように呟いた。
「ご決断を下し、自ら手を下されたのね」
 肩を一瞬震わせただけで、肯定も否定もしない息子に声をかける。
「エバカイン」
 ぽつりぽつりと膝に落ちる涙に、息子は変わっていないのだと安堵しつつ、変わっていなければこの事実は辛いだろうと思いながら口を開くのを待った。
 握り締めていた手に少し力がこもり、そして、
「俺が何言っても仕方ないけど……お兄様、あんまり表情変わらない方だけれども、初めて “皇子” が誕生した時、すごく嬉しそうにしていらした」
 皇妃の産んだジェルディンは皇帝にとって初の息子。
 帝后と帝妃は皇女。当然扱いに差は一切ないが、それでも初めての皇子の誕生を “弟が増えたかのようだ” と言い皇帝は喜んでいた。
 “弟にしてはお年が離れすぎですよ” 笑いながら言ったエバカインに “自分の年をすっかりと忘れておった” その言葉の後に続いた笑い声に、一生人の父親になることのない自分には体験することのできない、何者にも変えがたい幸せがあるのだと知り、それが兄の手元にあることを嬉しく思った。
「……俺さあ陛下の御子が欲しいとか、そんな大それた事考えたことないんだけどなあ」
 だが皇帝の子は幸せだけを齎すものではないと今、謀殺とともに付きつけられ、無邪気という年ではないかもしれないが、それでも無邪気に親王大公の誕生を祝ったエバカインは、単純に祝ってしまったことを心中で詫びた。
 今でも兄の子が生まれるのは嬉しいと思えるが、純粋に誕生を祝う言葉を兄に告げていいのかと。それと同時に自分が随分と心の狭い人間に思われていることにもショックを覚えた。
「それはそうでしょうね。私だってあんたと陛下の御子なんて考えたこともないわ。陛下に似た御子ならそれは帝国の宝だけれど、あんたに似た子なんて出来たら私の心臓が持たないわよ」
「欲しいなんて考えたこともなかったんだけど……そうは思ってもらえないんだね」
 兄の傍に居るだけで良く、他の正妃が産んだ子の可愛らしさに目を細めて、無事に成長すればいいなと遠くから幸せを願うエバカインを、そのまま理解してくれる人は少ない。
「自分がどう考えているかなんて、自分しか解らないものよ。そして語れば語るほど、嘘に聞こえることもあるわねえ」
「何で俺、ここに居るんだろう……」
 止まることなく零れ落ちる涙に、腕に抱いていた王女を枕元に置き “やれやれ” といった表情で、頭を抱きしめ背中を子どもをあやす様に軽く叩きながら、
「私の息子だからでしょう」
 当たり前のこと言わないで頂戴と、作ったような口調でアレステレーゼは言う。
「そうだね……」
「早く帰りたいなら、陛下にお願いして許可もらいなさい」
「いや、それは良いんだ……初めて出来た妹も可愛いし。無理言って帰らせてもらっても、陛下にご迷惑かけるだけだしさ」
「じゃあ確りと必要なだけ此処で時間を過ごしていくといいわ」
 母の胸を借りながら涙に滲む視界の先にいる、枕元で眠っている妹に、これが最後でもっと強くなるからと心の中で呟いた。
 結局エバカインはデバラン侯爵が死ぬまでエヴェドリット王城にカウタマロリオオレトと共にいることに『自分で決めた』
 その決定にアレステレーゼは「ただ飯食らいにはならないで頂戴ね、私が恥かくんだから」そう言い、息子をそれはこき使った。黙っているよりも動いている方が良いと動き回るエバカインには、皇君らしさはどこにもない。
 皇君のするようなことではないので悪く目立ち、召使などに『育て方が……王女はやはり相応の貴族が教育を』などとアレステレーゼは陰口を叩かれたが、そう言われることを知っていてもアレステレーゼは息子の気持ちを慮った。
 召使どもが陰口を叩いているのを知っているかとゼンガルセンに問われたアレステレーゼは『知っておりますが、痛くも痒くもございません。私は息子に対する接し方に文句をつけられる覚えはありません。例えそれが皇帝陛下であっても』胸を張って答える。
 その答えに満足したゼンガルセンは、娘の養育面を王妃に一任することに決めた
 
 人形遊びの好きな大君主は、当人には及ばぬものの可愛らしく愛くるしいゼンガルセンの第一子・ヒルシュベイ=シュベリアがいたく気に入り、アレステレーゼの寝室で王女を加えておままごとを繰り返し、それをみたゼンガルセンが首に青筋を立てて “落とすからやめろ!” と叫びたいのをこらえては(叫ぶと落とす恐れがあるため)取り上げようとするゼンガルセンと、必死に可愛いヒルシュベイを取られまいとする大君主。両者の間にエバカインが入り、必死に調停するという平和過ぎる毎日が繰り返されて、その騒がしさをアレステレーゼはベッドの上から眺めていた。

 そんな日々が続く中、遂に後宮の大権力者の寿命が費える日が訪れた。

 デバランが死ぬ直前に、どうしても枕元にカウタマロリオオレトをつれて来いと叫ぶも、ゼンガルセンが牙を剥き決して王城から移動させなかったことや、それをロヴィニア側に高く売りつけたことなどエバカインは知ることはない。
 ゼンガルセンが最後にデバランに屈辱を与えたことにロヴィニア側はある程度の譲歩を示し、帝国軍総司令長官クロトハウセの蟄居を解くことに同意した。
 それと同時に、クロトハウセはケシュマリスタ軍と共に最前線へと赴き、そこでカッシャーニが率いてきた帝国軍を受け取り、今回はゼンガルセン抜きのエヴェドリット軍とも共闘し会戦の指揮を執ることになる。
 それと同時にエバカインが皇帝の警護にあたる為に、大君主よりも一足先に宮殿に帰ることとなった。
「また会いましょうね、ヒルシュベイ王女」
 “妹” に別れの挨拶をし、エヴェドリット王と王妃そして大君主に見送られ、
「それでは大君主殿下、私は先に戻っておりますので」
「宮殿で会おうね」
「はい、陛下と共にお待ちしております」
 母をよろしくお願いしますと、義理父に頭を下げエバカインは王城を後にした。
 消えてゆく宇宙船に何時までも “バイバイ” と手を振る大君主に、
「さあ、大君主殿下。お部屋に戻って何をして遊びますか?」
 優しく声をかける。
「あーさっき王妃がしてたのがいいなあ」
「編み物ですか。よろしければお教えいたしますわ」
「そいつに教えても無意味だぞ」
 隣に立っていたゼンガルセンがそう言うも、
「それは私が決めることです、お教えするのも私なのですから。シャタイアス閣下が前線に赴かれているのですから、王は急いで執務に戻ってください。では行きましょうか、大君主殿下。部屋に戻るわよ、ヒルシュベイ」
 黒髪の女性の腕に抱かれ機嫌の良い金髪の女児と、
「あのねあのね、ラスにプレゼント作りたいんだ」
「何がよろしいでしょうかねえ。先ず毛糸の色から選びましょう」
 金髪の男性。その三人が去ってゆく姿に、
「あいつに妻子取られたような気がする」
 憮然としてそう言ったゼンガルセン。
 傍にいた側近耐え切れずに笑い出したが、笑われても仕方ない状況だと本人が一番解っているので、何も言わずに不満を飲み込み仕事へと戻っていった。


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