君雪 −20
 お前が私のことを忘れてくれないのならば、私はお前を連れていこうか。
 座って必死に雪を握り固めようとしているカウタの背後から声をかける。
「カウタ」
「なに? ラス」
 必死に、全身で雪球を握っている。そんな精一杯でなくとも直ぐに握れるものを……
「あのな、私と一緒に辺境に向かわないか?」
「辺境って何処?」
 雪を握り締めながら振り返って、不思議そうに聞き返す。
「宇宙の果て。異星人と交戦しているのとは別方向。開拓が盛んな方だ」
 此処と同じように何もなく、空と地平線が続いているような場所ばかりがある空間。
「そこに行ってなにするの?」
 最早力はないが僭主の残党を刈るという仕事もあれば、開拓者の生活を脅かす宇宙海賊を狩る仕事もある。休みなく働こうが途切れることはないくらいに辺境は仕事がある。だが戦場よりは危険は少ない。
 そして宮殿のように大多数の者がいる場所に住むわけではないから、カウタの身の安全を心配する必要もない。
 僅かな供を連れて、カウタを見守りつつのんびりと余生を過ごすのも悪くはないと言ったつもりだったのだが、
「やることは多数ある。一生宮殿に戻る事はないが」
「じゃあ行かない」
「どうしてだ?」
 あっさりと拒否されてしまった。あっさりとではあるが、その拒否は絶対の拒否。
「ムームーが悲しむじゃないか」
「……」
 此方を向いていた顔を元に戻し、再び雪球を握り始める。此方を向かず、淡々と語る言葉が雪に響く。
「ラスまで宮殿から出て行ったら、ムームーは一人だけだよ? 寂しがるに決まってるじゃないか」
「お前、陛下に向かって……」
 それは真実なのであろう。お前だけが陛下の御心の内を知ることが出来るのだからな。
「私が先に死んじゃうのは仕方ないけど、生きているうちはムームーのそばにずっといるって決めたんだ! 何も出来ないけれど、一緒にいるって決めたんだ」
 雪が握り固められる音と、自信満々に語るカウタ。
 モスグリーンのコートと金色の髪と、雪を握る……陛下……私は陛下に異心を持たないことを誓い、それを終生貫く自信もありますが、少しだけ貴方が羨ましくもあります。首を傾げながら雪を握る男に誓われる絶対の忠誠。
 その忠誠だけは私には手に入らぬもの。帝国の皇帝にだけ捧げられる唯一のものであり、私には捧げられぬもの。仕方ないとは解っていても、この男から向けられる忠誠がどのようなものなのか、私は一度でいいから感じてみたくもあります。
 いいえ解っております。私が皇帝となってもこの男からこれ程の忠誠を向けられることはないと。貴方であるからこそ、壊れゆくこの男ですら忠誠を捧げるのだと。

「……先に死ぬのは仕方ない、か」
 私は陛下を裏切りません
 私は陛下を裏切ります
「それはねー寿命は長いけど、事故とかで死んじゃうかもしれないし。それは仕方ないよ、でも私は死ぬまで宮殿から出ない、ムームーと一緒にいるんだ! 迷惑に見えるだけだろうけど、決めてるのー」

 陛下は私に言われました『カウタマロリオオレトは強い』
 本人に向かって認める気はありませんが、陛下の言われたとおりだと私もおもいます。いいえ、最初から陛下に言われずとも解っておりました。
 誰よりも責任感があり、そして意思が強かったから絶望を突きつけられても死を選ばずに、このようになってもまだ生きることを選ぶのだということを。
「そうか」
 頬を撫でる風の冷たさと、嬉しそうなカウタの声が私を連れて行くようです。私は一生貴方を裏切りませんが、死ぬ時に裏切りたいと思います。
「ラスのことも忘れないよ。ムームーとお話をして忘れないようにするんだ。そうそう、思い出した! あのね、幸せの子ってのがいてね……」
「カウタ」
「何?」
「私の覚えていようとしなくていい」
「いやだよ」
「大丈夫だ、忘れる前に私がお前を連れて逝く」
 陛下、貴方の『我が永遠の友』を私にください。いいえ、たとえ許可されずとも、私はこの男を連れていきます。
「え?」
「私が死ぬ時、お前も連れて逝く。嫌だと言おうが一緒に死んでもらうからな」
「ラス……だってラスは戦争に行って……」
 折角握った雪球を落として私を見上げてくる。
 膝を折り落とした雪球を拾い上げ握りなおして渡しながら、
「辞める」
 告げる。
「やめ……る?」
「今回の会戦を最後に帝国軍総司令長官を辞任し、帝国軍務から一切手を引くことに決めた」
 我侭でしょうし勝手でしょう。
 ですが私はこの男を連れて逝きたいのです。
「辞めちゃうの?」
「ああそうだ。私は軍人以外にも政治的能力もあるから、宮殿でも仕事は溢れるほどにある。それをこなしつつ、十二年後一緒に死ぬぞ。いいな」
 貴方と最後まで一緒にいられるはずだったこれを連れていきます。
 裏切りでしょうし、勝手でしょう。
 ですが私はこの男と共に死にます。たとえ誰が許してくれなくとも、
「うん! 一緒にいく!」
 この男がそう言ってくれるだけで、私の覚悟は揺るぎません。
 両手で受け取った雪球と、満面の笑み。
 気が狂れているから『死のう』と言っても笑えるのか? それともお前は気が狂れていなくとも笑って私と一緒に死んでくれるのか?
「よし、此処で思う存分遊んだら帝星に戻って陛下から許可をいただこう。お前はこんなのでも “我が永遠の友” で “元ケシュマリスタ王” だからな。陛下の許可が必要だ」

 おそらく……

「変なのー」
 立ちたいと手を伸ばしてくる男の手を握り、ゆっくりと引き起こす。
「そうだな、心中の許可をくださいなんてのは馬鹿のすることだ。だが私はする」
 雪を払いながら話しかけると、
「うん、私馬鹿だからいいよー」
 全く変わらない口調で答えてくる。
 この男は……気が狂れてなくとも私と共にきてくれると思うのです。
「お前と一緒にするな! さあ、雪だるまを作って、雪像は何を作れば良いのだ?」
「象さん!」


レーザンファルティアーヌとずっと一緒に居て、ケセリーテファウナーフと一緒に逝くの


 結局、総司令長官を退官するのに二年かかってしまった。会戦には向かわなかったが、引継ぎなどの関係で……まあ宮殿から出なかったのだから良いだろう。
「さて……」
 まさか退官届を出すなど思ってもみなかったので、いささか奇妙というか身の置き場がないというか……長官室の窓から一抹の寂寥感を持って景色を眺める。
 退官など、軍人を始めた頃には思ってもいなかったことだ。
 三十年近く前だったな……あの時私は戦死してこの人生を終えるつもりだった。
「あなたが生きていてくだされば、私は……」
 私が軍人になる切欠となったロガ兄上。
 まさか貴方が戦死して、私が天寿を全うしようとするとは……軍人になった当時の私には考えもつかなかったことです。
「あなたが生きていらしてくださったなら、私はカウタマロリオオレトを連れていこうとは思いませんでしたし、考えたとしても実行はしませんでしたでしょう」
 やはりあの時死ぬべきは私だったと今でも思います。そしてあの時貴方の代わりに死ねなかった私は、死に場所を失ってしまったのでしょう。
「許してください……貴方を守りきれなかったことを……許されても困るのですが……」
 軍人としての悔いは唯一つ。貴方を、ロガ兄上、貴方を生還させられなかったことです。


 私は退官の書類にサインをして総司令長官室を後にした。


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