ALMOND GWALIOR −27
“陛下に会いたい! 陛下に直接会いたい” とごねるキャッセルを追い出して、陛下に勧める平民を選ぶ作業を再開した。
帝国に現在[陛下と年齢がつりあい皇太子を産める]王女は一人もいない。
そのため、適齢期の貴族女性を各王家に選ばせ、正妃候補としたのだが入り組んだ利害関係でその話も潰れた。私としても、潰れてくれた方が何かと良かったので同意した。
その後王女を作ると各王は言ったが結果は出なかった。
陛下は二十三歳、年齢的には若いが陛下の寿命と皇族が一人きりというこの状況を考えれば、平民の正妃でも仕方ないだろうということで平民を宮殿に送り込むように各王家と話をつけた。
一王家、一億の十八歳の娘だが、陛下は全く興味を示してくださらない。
「デ=ディキウレ、陛下が集められた女で少しでも興味を持たれたのを発見できたか?」
弟に調査しておくよう命じておいたのだが、
『残念ながら一人も発見できませんでした。今回集められた平民の中に陛下のお好みはいないようです』
「好みでなくとも正妃にしていただかなくてはな。特別気に入ったのがないということは、四人を平等に扱っていただけるということだ。重ねて聞くが、一人として気に入られてはいないのだな?」
『はい。どれ一人として興味を持たれていらっしゃいません』
「そうか。それとミスカネイアが臨月になったので仕事を一時休ませる。その間、ザウディンダルを隔離する必要がでてきた。次の会戦、陛下に従わせる為にもこれ以上の生体機能の乱上下は避けねばならない。何処に隔離すれば良いと考える?」
『そうですねえ。下手に隔離しては余計に窮地に追い込まれますし……皇君にお願いしますか?』
「それも考えたが、皇君のところには陛下が偶に足を向けられる。できれば陛下から離したところで安全な場所を」
『正直ありませんね。もう少し考えてみますが……一時的に帝国騎士本部に詰めさせては如何ですか? あそこでしたらキャッセル兄の支配下ですし、そうそう部外者は入り込めません。私も警備に付きますので』
「……体調不良ということで滞在を引き伸ばすとしても、半年以上も隔離しておくわけにもいかんだろう。何よりケシュマリスタ王は帝国騎士だ。理由をつけて出向くことが可能だ」
『そうですね。何処か良い場所を探してまいります。それまでの間のことをキャッセル兄と話してきますので』
「解った、任せる」
デ=ディキウレは先天的な病を持って生まれてきた。
皇帝や王族の血を引くものには珍しくないことらしいが[普通の]上級貴族、王族と婚姻など結んだことのない私の父は最初その病に驚き “私生児とはいえ陛下の御子” を殺してはならないと必死に手を尽くした。私も子供ながら父と共にデ=ディキウレの看病をした。
症例を調べたりして……その際に両性具有の存在をも知ったのだが、とにかくその時は混乱している父を助ける為に必死に症例を調べ、できる限りの世話をした。
生まれた時は瀕死だったが、治療の甲斐あり回復の兆しが見えた時は本当に嬉しかったが、それに続くようにキャッセルのことが判明し落ち込んだ。もちろんデ=ディキウレにキャッセルのことは言わなかったが、治療後一人で出歩けるようになったデ=ディキウレは、自分でキャッセルのことを知り落ち込んだようだ。
“ようだ” としか言えないのは、それに関して私は全く関知していないからだ。
情けないことだが、デ=ディキウレがキャッセルのことを知り落ち込んでいるのを回復させたのは、キャッセル本人とタウトライバ。
私はといえばキャッセルの事があった後、実母である皇帝に現状の打開を懇願しに行き、そして重傷を負い逃げ帰ってきた。身体のほうは直ぐに治ったが、精神的な面の回復に時間がかかった。回復するまで誰にも会わないで一人部屋にこもっていた。そんな私に気を遣い、キャッセルとタウトライバは、できる限りのことを二人でしようとしていたらしい。
ある程度デ=ディキウレが落ち着いてからキャッセルのことを知ったと報告を受けて、思わず弟二人を怒鳴りつけた。その頃から私は弟達を怒鳴りつけるようになっていた。そして弟達は黙って怒鳴られる。
怒鳴ることで私が神経の失調を回復しているのだと、弟達なりに考えていたらしい。父からそれを聞かされた時、自分の至らなさに愕然とした。
判断の付かぬキャッセルが尊厳などなく虐げられていたことを知った時、自分が一番近い位置にいるのに何も話してもらえず悔しく思っていたのは嘘だったのか。そして私は気を落ち着けて、デ=ディキウレに会いに行った。
すっかりと元気を取り戻していたデ=ディキウレは『私生児なのに隔離されている弟』の存在をつかんだと報告してきた。隔離されていた弟、それが実母皇帝の御世においては廃棄処分される型の両性具有だと知り、皇帝の夫達の協力のもと “私” が引き取った。
『女王』としか呼ばれていなかった、緩やかに死に向かわされていた衰弱している弟。左の瞳が有名な平民帝后ザウデード侯爵グラディウスの藍色と同じだったので、これからの人生は彼女のように死ぬまで何の憂いもなく幸せであれば良いなと思い、爵位と名をあわせた貴族が好んで使用する “ザウディンダル” と名付けた。
処分対象の両性具有に大貴族風の名をつけた事に良い顔はされなかったが『皇帝の夫達』が上手く取り成し、偶には権力を使って黙らせた。
キャッセルの事件が判明したころは夫になったばかりで何の権力も持たない彼等だったが、私がザウディンダルを引き取った頃に[帝国待望の後継者]を身篭らせ、その発言力と影響力は驚異的に上昇した。
皇帝を身篭らせたのは帝婿デキアクローテムス。
ロヴィニアの王子は皇帝を身篭らせる前から着実に力を蓄えていた。この点はやはりロヴィニア王族なのだろう。
帝婿は実兄であるロヴィニア王に『王子』を所望した。実兄と王妃の間には長兄、現在のランクレイマセルシュ王と、無性のガゼロダイスだけがいた。無性が誕生したことで、王妃と自分の間には決して「王女」が誕生しないことを知った王は、これ以上王子を増やしても仕方なかろうとそこで子を作るのをやめていた。
帝婿はその兄に『王子』が欲しいと願い出た。どのように説得したのかは解らないが、王は帝婿の願いどおりに第三子を作り後継人として帝婿を指名した。
そこに皇帝懐妊、ロヴィニア系皇太子誕生確実の知らせが届く。前ロヴィニア王は実弟帝婿の機嫌を損ねないように接してくるようになり徐々に権力を持ち始めた、ここに『セゼナード公爵エーダリロク』が関係するらしいが、残念ながら私はその経緯を知らない。
その帝婿が持ち始めた権力と、同時に皇婿の実兄嫌悪からザウディンダルはザウディンダルとして私の元にいることが出来た。
皇婿が実兄を嫌悪した理由は、ザウディンダルを作為的に作ったことにある。
ザウディンダルはテルロバールノル系僭主の末裔で本来なら『誕生するはずはなかった』存在。
皇婿の実兄テルロバールノル王ウキリベリスタルは僭主狩りで女性型両性具有(男王)、夫であり実兄でもある男、その二人の間に生まれた五歳と三歳の息子を捕らえ、皇帝の前に引き出した。
生殺与奪権の関係上両性具有は生かして皇帝に献上しなくてはならないが、それ以外は生かしてつれてくる必要も、まして皇帝の前に引き出す必要もなかった。その上ウキリベリスタルは劇薬である成長促進剤をも持ちこんだ。
両性具有は隔世遺伝しやすい。祖母が両性具有であれば孫も両性具有になる確率が高い、そして両性具有に “実兄” がいるところから次は『男性型両性具有(女王)』である可能性が極めて高い、むしろ確実だった。
皇帝の夫達は妊娠しやすい時のみを狙って皇帝の寝所に向かっていた。そしてザウディンダルは皇帝の子。
彼等は三歳と五歳の子が骨や筋肉の異常な成長による痛みに絶叫しながら、皇帝に遊ばれているのを傍で “見ているしかなかった”
皇帝の夫四人の中で最も気の弱い男だったが、その一件以来皇帝の寝所に入るのを拒否し、兄王ウキリベリスタルと死ぬまで会話することはなかった。ウキリベリスタルは気の弱い皇婿は後ろ盾である王家との絶縁など不可能、直ぐに音を上げると思っていたようだが皇婿は後宮に来てウキリベリスタルが思っている以上に強くなっていた。
何よりも、皇帝の他の夫達が協力した。特に帝婿が皇婿を取り込み、後宮からテルロバールノルの存在が消える。
唯でさえ皇帝を四代続けて出していないテルロバールノル王家は、二代続けて皇帝を出すことになるロヴィニア王家に飲み込まれた。その時になり初めてウキリベリスタルは焦ったようだが、最早時遅し。
関係回復の道は閉ざされたまま、ウキリベリスタルは殺害される。
そのウキリベリスタルが死んだ後の混乱期、カレンティンシスが実弟カルニスタミアを叔父皇婿ではなく、ケシュマリスタ王に預けたのは叔父皇婿がカレンティンシスを無視し続けたことにもある。
皇婿はカルニスタミアを引き取っても良いと言ったが、カレンティンシスは信用できなかったようだ。
『カルニスタミアはケシュマリスタ王に預けた』という連絡を受け取り無言のまま連絡を切り、
「こちらに来なくて良かったね、ライハ公爵。儂は貴様を好きにはなれんし、性格も歪ませてしまうであろう。皇帝陛下の我が永遠の友を歪ませるのは本意ではない、だが貴様が兄の子だと思えば殺したくもなる」
そう呟いた。
だがその言葉に皇君が続けた。
「心配しなくてもいいよ、皇婿。だって間違いなくライハ公爵は壊れてしまうのだから。あの子に壊されるよ、簒奪の意思を持つラティランクレンラセオに壊されて、手駒にされるよ。あの子は他人の人格を壊すのが得意だったよ、三人の甥もそれで壊れてしまったのだからね」
その時初めて私は、ラティランクレンラセオの三人の弟が『ラティランクレンラセオの姦計』により殺害されたことを知る。そして簒奪の意を持つ王がいて、それは虎視眈々と皇帝の座を狙っていることを知った。
ライハ公爵カルニスタミアが成長期に毒にしかならない環境におかれていることを知りながら、私は無視した。
男王が生きていれば無理をしてでも助けたかもしれないが、ウキリベリスタルの実子と思うだけで、皇婿と同じく無視できた。
男王を ”生かしたまま焼却処分すること” を強く押し、押し通しきったウキリベリスタルの子だと思えばどうなっても良かった。
強く破滅を願えなかったのは、私の中にある負い目。
三年の長きに渡り男王を陵辱した私は、ライハ公爵の破滅を強く願うことはできなかった。
ライハ公爵は誰よりも幸せになればいいと思い育てたザウディンダルと関係を持ち、ザウディンダルはその関係を拒否することなく続ける。
両性具有は血統の近い者に強く惹かれる。当然の結果だったのだろう
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