ALMOND GWALIOR −26
― 間違って持って帰ってきたのかい? キャッセル、勝手に人の物を持ち出したといわれるよ。我が共に付いていって説明するから、返してこような
― ちゃんとご奉仕してその代価として貰ってきたんですよ、帝君様
― ご奉仕って?
― 帝君様も何かくれますか? 物をくれるならご奉仕しますよ。僕はとっても上手なんですよ こうやって上目遣いで

 “私生児” は次々生まれるが、まわされる予算は一向に増えない。
 先天的な《発症》を抱えた弟も生まれ “上手く飼育するように” と渡された父は、予算の大半を病を抱えた弟に回し、それ以外の子は腹を空かせて育った。
 それが悪いとは言わぬし、父にしてみれば全く自分と関係のない子を渡されて≪死なないように≫と言われたのだ、仕方ないと……言いたくはないが、仕方ないと割り切っている。
 私も病弱な弟に掛かりっきりになり元気な弟達を見ることを忘れていた。
 元気だった弟の最年長はキャッセル。タバイは当時から胃腸が弱く大変だった。
 キャッセルは本人的に、努力したつもりだったらしい。確かに努力はしただろう、たくさんの料理や服を奉仕の見返りとして持って帰ってくるようになったのだから。
 私は全く気付かなかったし、最初に気付いたのは私や父ではなく帝君だった。
 皇王族の方も最初は警戒していたらしいが、間抜けな私が気付かなかったことに段々と気が大きくなり、遂に身元がわかる物まで簡単にくれて寄越した。
 キャッセルはその日、皇王族の紋の入っているタオルを大量に手に入れて帰って来た。相手は奉仕させた痕跡を消すために必ず身体を洗って帰していたのだ。
 その時身体を拭かれたタオルの肌触りのよさに、常々キャッセルはそれを持って帰って、弟達を「肌触りの良いタオルで拭いてあげたかった」のだと。
 箱に入れて持って帰って来たキャッセルを見た帝君は中身を見て、何処かに置いていたのを間違って持って帰って来たのだろうと思ったのだそうだ。それで同族系皇王族だったので、一緒に返しに行こうと言ったところ、これは貰ったのだとキャッセルは言い張った。
 そこに帝君と仲の良かった皇君も現れ二人で相談して “どうやって貰ったのか” をキャッセルに詳しく聞くことにした。その場に私と父も呼ばれたのだが。
 当人は何をしているのかも理解していなかったので、私の前でも平気で “今までしてきたこと” を帝君相手にやった。キャッセルは帝君に口で奉仕したあと “何くれますか?” 泣き出しそうになっている帝君に向かって笑顔で交渉しだす。
 私は途中から父の後ろに隠れていたが、覗き見るようにしてキャッセルが何をしたのかを知った。父も硬直して、私を制止する力をすっかりと失っていた。
 泣き出した帝君と驚くキャッセルに、その場にいた皇君が『此処にあるものなら何を持って帰っても良いよ。ありがとうねキャッセル』と告げ、キャッセルはカーペットとシーツ、それとテーブルに乗っていたフルーツ篭を貰って、
『兄さん、先に帰ってるね。何とっておけばいい? やっぱり葡萄?』
 上機嫌で去って行った。本人はその日、大量のタオルにカーペット、シーツに果物まで手に入れて、最良の日だったらしい。
 その後皇君に “泣いている場合ではないよ” と促された帝君は、件の皇王族に代わり土下座して謝ってきた。
 謝られる筋合いもなければ、私と父もキャッセルに謝らなくてはならないのでと思ったが、当時は何を言っていいのか解らなく黙ってそれを見ているだけ。
 “後で具体的な話をしましょう。皇婿と帝婿にも私と帝君で話をしてきますので” 父と皇君が話をしていた。
 ”父も皇君も帝君も皇婿も帝婿も全く関係ないのに”
 その場にいたキャッセルに最も関係がある自分は蚊帳の外。全く役に立てない誰も自分に期待しない現実が悔しかった。
 家に戻ると帝君宮から持って帰って来たカーペットの上に全員が寝ていた。
 テーブルには “はいどうぞ” と書かれたメモと葡萄に桃。
 桃など誰かが噛み付いた後があった、誰かが食べたかったのに我慢したのだろうと思うと、妙に悲しくなり上を向いた。
 キャッセルを侍らせていた皇王族が、リスカートーフォンに連なる者だったことで帝君は必要以上に罪悪感を持ち、そこから私達のことを気にかけてくれるようになった。権力も何もない皇帝の夫達だったが正式な夫であり、王子である彼等の裕福さは桁違い。
 “妻” の乱交で生まれ、父までも殺されている私達を不憫に思っていた彼等が気にかけて物をくれるようになり、私達は切迫した生活から解放されることになる。
 物乞いのようだと陰口を散々言われ、自分自身も惨めだとは思ったが、弟が身売りして手に入れてくるよりはマシだった。


二十五年近くも昔のことだが、細部に至るまで完全に覚えている
断言できる、死ぬまで忘れることはない


 キャッセルが加虐嗜好になった原因がそこにあるのかどうかは解らない。
 本人は “あの程度の過去は関係ありませんよ” そう言い切る。過去のことを自分の今の趣味と勝手につなげないで欲しいとも、だから私は弟の『肉体関係』に関しては口を挟まないことにしている。
「やり過ぎだぞ、キャッセル」
「そうですか?」
「あれでは今夜の会食の際にまた文句をつけて、食事を投げ捨てるだろう。もっとも、あの男の口に合う料理などこの世に存在しないのであろうが。よくもまあ、あれほど料理に文句をつけて怒れるものだ。ヒステリー王の名は伊達ではない」
「勿体ないことですね」
「生まれながらの王太子で王となった男には、料理を捨ててはいけない、飢えるなどという感覚は存在せんだろう。あの男があの態度を取っている間は吝嗇で名高いロヴィニア王と競闘できるので良いといえば良いのだが」
「ロヴィニア王は不思議ですよね。あの人だって裕福育ちなのに、何で私達より食い意地張ってるんでしょうか? その上がめついし。子供の頃に苦労した私達ですら怯む吝嗇加減ですよね」
「確かに。それで何用だ? キャッセル」
「ザウディンダルのことです。帝国騎士の総統括として、ザウディンダルの保護を依頼します。出来る限り外部からの接触を絶ってください」
 キャッセルは新兵器の核たる “帝国騎士” のトップとなり、数の少ない帝国騎士をまとめている。
「理由は」
「昨日の強姦未遂の結果、精神の安定値が急激に下がり、感情が全く安定せず脳波が異常になりました。薬を使えれば問題はありませんが、まだ薬物の使用は最低限に抑えなくてはいけません。それに事情を知っており、完全に信頼できる医師はタバイ兄の妻であるミスカネイア義姉のみ。無理をしてもらってはいますが、臨月間近の妊婦に暴行未遂の診察、その後の治療の全てを行わせるのは。疲労の度合いからいっても胎児に悪影響が出ると思われます。本人はザウディンダル一人だけならば、出産も五人目なので慣れているので陣痛がくるまで診察は可能と言っています。男の我々ではそう言われてしまえば返す言葉もありませんが、タバイ兄が心配して胃が痛んでいるようなので」
「タバイめ。あれほど臨月間近になったら妻を仕事から遠ざけろと言ったのに」
「タバイ兄はミスカネイア義姉に押し切られた形でしたが。私としてもザウディンダルの主治医であるミスカネイア義姉が居てくれた方が心強くはありますが、生まれてくる子のことを考えますと。それに今朝、タウトライバの妻であるアニエス義妹にも色々と言われまして。私には解りませんが、産前産後の妃のケアに生まれてきた子の世話全てを受け持ってくれているアニエス義妹の意見をないがしろにすることはできません。ここは帝国宰相としてはっきりと命じて休ませてください」
「解った。ミスカネイアがザウディンダルの尻拭いは出来ない期間があるという事だな」
「はい。それと昨日再び帝国騎士本部のデータベースへのケシュマリスタ側からのアタックがありました」
 帝国騎士の身体データは帝国騎士本部で管理している。
 出来たばかりの組織で方針の定まっていないところも往々にしてあるのだが、身体データの共用をしない方向で話を進めている。理由はザウディンダル。
「両性具有を祖先に持つケシュマリスタだ、類似の情報は多数持っているだろうに。何もザウディンダルのデータなど取らなくても……やはり狙っているのだろうな」
 ザウディンダルは元々妊娠しないタイプの両性具有だが、機能を逆転させることは可能だ。可能といっても多種多様な薬を投与し生理的に無理を強いての話ではあるが。
 そのためには身体機能データを細かく採取する必要がある、それを知っているのであえて帝国騎士の情報を非公開とした。
 ザウディンダルが妊娠するのは基本的に構わない。その相手が “陛下” でさえなければ。
 皇帝が両性具有を妊娠させてしまえば、退位しなくてはならない。“次の皇帝の座” を狙うケシュマリスタ王にとって無血で乱なく、自らの評価を落とすことなく帝国法に則り皇帝の座に就ける最良の方法。
「間違いないでしょう」
「ところで、本当にザウディンダルの情報は一切漏れていないのだな?」
 善王を気取り、善王の治世を敷いている男に隙は少ない。そしてその男の協力者かもしれない男も。
「私一個人としては、可能な限り手を尽くして機密保持をしたつもりですが。何か至らぬ点でもございましたでしょうか?」
「ケシュマリスタ側が帝国騎士本部のデータベースにアタックを仕掛る際に、ケシュマリスタ側は必ずある人物を客として招いている。技術庁長官、帝国情報局のトップにいるザウディンダル嫌い」
「アルカルターヴァ……」
 ケシュマリスタ王とテルロバールノル王は、よく二人で意見をあわせて私を妨害する。
 帝国と王国の意見対立は良くある事だが、厄介なことに代わりはない。
「あの男が長官権限で攻撃を仕掛けてきていたとしたら、どうだ?」
「守りきれなかった可能性もあります」
「やはりあの王二人、手を組んでいると考えた方が良いようだな」
「そうですね。そうなりますと、余計にザウディンダルを隔離した方が良いと思われます」
「解った。露骨に隔離しては余計な警戒をいだかせるだろうから、それとなく宮殿から引き離す方法を考える」
「はい。でも正直に言いますと、次ぎの会戦に伴わなければ良いだけです。帝星に残しておけば如何ですか? [次ぎの会戦]は帝星にも余剰兵力を残しておく必要があるでしょう」
「次ぎの会戦に “照準” を合わせているだろうケシュマリスタ王が異義を唱えるのは目に見えている。警戒すれば良いだけのことだ」
「解りました。それで此処からは雑談なんですが、陛下のお加減は?」
「眠っておられる」
「それは良かった。しかし繊細なお方ですね、あの程度の顔の崩れで失神とは。タバイ兄はあの通り、胃が弱いのでやはり此処は私が傍でお守りした方が。私でしたら何があっても胃に穴が開くようなことはありませんし」
「却下。身の内側から同性愛と加虐愛がダダ漏れしているお前が傍にいて、間違って感化されてしまえば陛下が狂気の帝王になってしまうだろうが」
「同性愛はしまえませんが、加虐愛は箱に入れて蓋して鍵かけて重ししておきますから。陛下にお会いしたいです。っていうか、会せてデウデシオン」
「いい年して “っていうか” などと言うな」
「会いたいよー陛下に会いたいよー」
「陛下が無事ご結婚し、皇太子殿下がお生まれになったらな」
「一体何時になるんですか」
「もうそろそろ、最終的な追い込みをかけねばなるまい……とは思っているのだが」


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.