ALMOND GWALIOR −291
ザウディンダルは”初めて見る”塔の内側に驚き、そして懐かしさを感じた。明かり取り用の透明な天井。塔一階の中心に湧き出す清らかな水。
だがやはりどこかが違った。
「……ル。ザウディンダル」
「は、はい! 陛下」
「<ライフラ>がいるのはもう少し上だ」
「はい」
機材を背負ったシュスタークと共に、ザウディンダルは螺旋階段を登ってゆき、中階の操作室へと辿り着いた。
―― ザウディンダルを塔に入れると<ライフラ>が消えると<ライフラ>自身が言っていたぞ
―― そこはご安心ください陛下。それは唯の収容です。今回は停止ですので<ライフラ>が完全に消えることはありません
「<ライフラ>……現れぬか」
シュスタークは操作板に両手を乗せて身を乗り出し<ライフラ>の名を呼ぶが、返事はない。だが≪ディブレシア≫が出て来る。
ザウディンダルはその間に設計図を見ながら壁を剥がし、外観とは結びつかない高性能機器の塊を前にして、今度は機材を広げてエーダリロクに指示された通りに問題のコードを切ってゆく。
「解るか? ザウディンダル」
「はい」
ザウディンダルは設計図を見ながら、手順表通りに作業を続けた。<ライフラ>が現れるまでは手持ち無沙汰なシュスタークは邪魔にならいよう、部屋の隅で膝を抱えてザウディンダルを見つめていた。
「……陛下」
「どうした? ザウディンダル」
「あのー。なんで部屋の隅で、そんないじけたように座ってらっしゃるんですか?」
「いじけてなどおらぬ。邪魔にならぬよう、身を縮めておるだけだ」
「お願いですから、普通に座ってください。本当に、本当にお願いします」
そんなやり取りをしながら、外部と連絡を取り合い連動させ、途中で何度か休憩を入れ、作業は続けられた。
「明日の朝、カルニスタミアが入って来て、そこから最終工程に入るそうです」
「そうか。明日で最後か」
無事に二日目の夜を迎えた二人は、生い茂る蔦の隙間から僅かに望める夜空を眺めた。
「……」
「ザウディンダルとこうして、二人きりで巴旦杏の塔から夜空を見上げる日が来るとは思わなかった」
「俺もです……なんか、変ですよね。俺は両性具有で、陛下は陛下なのに……」
「そうだな。皆は無事だろうかな?」
「大丈夫ですよ。みんな確りと自分の主を守って……ると、思います」
デウデシオンとカルニスタミアとエーダリロクが守っている此処は安心できたが、他の面々を思い出して、
―― 皇后大丈夫なのかなあ……他の三王家はどうでも良いけど……
各王たちは無事なのだろうか? と思いながら、寝る準備に入った。
**********
―― エヴェドリットの【柱】前
「……」
大地と同化をはかる王子二名。あの時以来、両者無言のまま。
「……」
―― ロヴィニアの【柱】前
「懐かしいですわね。あの時は貴方も他の僭主と手を結び、王の座を狙っていましたものね」
「お恥ずかしい限りです」
「ですが最後でご自身の実力を理解して、王に下った。それはとても良い判断だと思いますわ」
「手厳しい」
メーバリベユ侯爵とリグレムスは、過去の話に花を咲かせていた。彼の目からみた「エーダリロク」に関する話は、彼女にとってとても楽しいものであった。
―― テルロバールノルの【柱】前
「あんな王子さまらしい王子さま、初めてみたよ」
「当然じゃろうが」
「そうなんだけどさ」
「……その頃の殿下はどうであった?」
「えー知りたいの。ローグ公爵」
「……」
「そんな、親の仇に会った時みたいな顔しないでよ。でも僕も知りたいな、ケシュマリスタにくる前のカルニスタミアのこと。教えてくれます?」
「……教えてはやろう」
「やった!」
こちらもロヴィニア同様、王子の話題が会話を彩っていた。
―― ケシュマリスタの【柱】前
「楽しいです」
ロガはヴェクターナ大公の話を聞いて、ずっと笑い続けていた。
「陛下の幼い頃の、楽しい話はまだまだあります。我輩たちは陛下の成長を見るのが楽しくて、楽しくて。一挙手一投足に……今の皇后のように笑っておりました」
ぼんやりとしていた皇帝シュスターク。彼は子供の頃からぼんやりで、失敗も多かった。それらをヴェクターナ大公が登場人物全員の声色を変えて寸劇のように語る。
そしてロガは脳裏に彼らを描く――幼少のシュスタークの話を聞いているのだが、失敗しているシュスタークの姿が成人しているのだが、ロガの中ではまったく違和感がなく、その脳内再生の姿は訂正されることはなかった。
「そうそう、陛下と言えば……アマデウスがですね」
「”アマデウス”はビーレウストさんのことですよね」
「はい」
―― エヴェドリットの【柱】前
「ぐおあああああ!」
「どうしたビーレウスト」
「皇君が、俺の事アマデウスって! うおぉぉぉ! 殺してぇ!」
起き上がって叫ぶビーレウスト。
「落ちつけ。ビーレウスト。我はミッションに戻るぞ」
適度に諫めて、また地面に俯せになるアシュレート。
「…………」
殺したいのは山々だが、ロガが側にいるので殺しに行くことも叶わず、再度同化ミッションに入るビーレウストだった。
**********
「皆に苦労をかけたな」
寝袋に入り幸せそうにしているシュスターク。その頭上に座り、シュスタークの長い髪を梳かしながらザウディンダルはまとめていた。
このまま寝かせると、朝には絡まって大変なことになるのだ。
「俺が言うのもおかしいんですが、それはまあ気にしなくても。ですが皇后……どうしました? 陛下」
ザウディンダルが「皇后」と言った時、すっかりと目を閉じ眠る一歩手前であったシュスタークの目が見開かれる。
「ザウディンダル!」
「どうしました? 陛下」
「起きてもいいか?」
「もちろん……どうなさいました? トイレですか」
「いや、トイレではなく……あ、だが今言われたら、ちょっと行きたくなった。トイレに行ってくるから、寝ないで待っていてくれザウディンダル」
「俺付いていきますから」
シュスタークを一人で歩かせるわけにはいかない。敵がいる、いないではなく……とにかくシュスタークは一人で歩かせるわけにはいかないのだ。
無事に用を済ませて出てきたシュスタークは、一階の泉へとザウディンダルを連れてゆく。
「ザウディンダル」
「はい」
何を言われるのだろうかと、夜の闇に包まれた空間でシュスタークと向き合う。シュスタークはザウディンダルの両手を握り絞め、真剣な面持ちで、
「ロガの騎士になってやってくれぬか?」
「はい?」
”訳の解らないこと”を言いだした。
「駄目か?」
「あのですね、陛下。俺は皇后の帝国騎士ですけれども。それとは別の? 近衛的なヤツですよね?」
「そうだ。リストに名があった」
「はいぃ? 俺が? それ帝国騎士じゃなくて? 騎士?」
ザウディンダルは帝国騎士としてロガに仕えているが、通常の騎士としては能力が足りず、そのようなリストには載る筈がない。
「ああ。ロガがザウディンダルさんが良いと」
「あの、その……俺、この通りなんで公式には無理ってか、なんかの間違いってか」
ロガは人間で弱いのだから、相当強い女性が警備につくべき――ザウディンダルがそう続けようとしたところ、
「間違いというか、悪戯だそうだ」
シュスタークの台詞は何時も斜め上である。
「誰が!」
「ハイネルズがヤシャルと一緒に”忍んだ”結果だそうだ」
大公となったハイネルズは故国を遠く離れて一人頑張っているヤシャルを気にかけ、悪の道ならまだしも『由緒正しき皇王族の道』に誘い込んでいる最中である。ヤシャルは非常に真面目だが、良く良く考えれば父はラティランクレンラセオで、叔父はキュラティンセオイランサで大叔父はヴェクターナ大公。悪戯好きの素地は間違いなく持っている。
「あんのっ!」
公式の書類になんてことを! と、ザウディンダルは拳を作って”ぷるぷる”させたが、直ぐに脳裏に「私のこと呼びました☆」なるハイネルズの顔が浮かび、怒りが急速に引いてゆく。
「駄目か?」
「いや、俺弱いですし。多分駄目と言われると思いますよ」
「公式にはヴィクトレイを付けるが、もう一人付けたい」
「……俺で本当にいいんですか?」
「ああ。ザウディンダルが良いのだ」
―― 翌日
簒奪の打ち合わせを終えたカルニスタミアが塔の中へとやってきて、
「<ライフラ>を甦らせるぞ」
追加の装置を持ってやってきた。
これらは≪ディブレシア≫の出方を見てからエーダリロクが今朝方までかけて調整したもの。
「おう!」
それらを使い、無事<ライフラ>を復元することができた。ちなみにこの追加部分に「もう一人の両性具有は判明しているので、皇帝に報告不要」と書き込まれている。
それらを読み取り<ライフラ>は眠りから覚めた。
<管理システムのライフラです……陛下、塔の閉鎖をお望みですね>
「ああ。目覚めて直ぐに閉鎖を命じるのも酷かも知れぬが」
<気になさらないでください。私は陛下に忠実です。そして救ってくださり、ありがとうございます>
「いいや。余は部屋の隅で膝を抱えて座っておっただけだ」
「……(本当か? ザウディンダル)」
「……(うん)」
相変わらずのシュスタークの正直さにカルニスタミアは、優しく見つめることしかできなかった。
<”祈り”と呼ばれるこのライフラ。陛下とザウディンダル、そして陛下の我が永遠の友に二度と会うことがないように祈り、陛下への別れの挨拶にさせていただきます>
塔の壁という壁から音が響き渡り、そして砕け散るような音が小さくしたかと思うと、一瞬にして静寂に包まれ――
「<ライフラ>停止したか?」
答えは返ってくることはなく、こうして巴旦杏の塔は約三十年ぶりに閉鎖された。
三人は顔を見合わせ、まずは無事な姿を見せようと片付けるのを後回しにして塔を後にした。
出てきたザウディンダルとシュスタークを労うデウデシオンの脇を通り抜け、
「俺ちょっと中見てくるから、あとは任せたぜカルニスタミア」
「解った」
塔の停止が終わり【柱】が復活して、完全な閉鎖となる。
【柱】の復活は中に入っている王たちが仮死状態から復帰すること。【柱】から無事に生還した彼らは、本当に閉鎖されたのかどうかを確認するために、塔前に集結することになっていた。四大公爵と彼らを守って(?)いた者たちが、続々と巴旦杏の塔の前に集まる。
「本当に閉鎖できたのか?」
エーダリロクの実力は認めているが、彼らの認識ではエーダリロクとシュスタークは同じであり、容姿認識による排除攻撃があったことも知らないので、いま中にエーダリロクが居ると聞いても、ひとつ確証が持てない。
「ビーレウスト」
「なんだ」
「入ってこい」
「へいへい」
宇宙でもっともエーダリロクを信頼している三人のうちの一人であるビーレウストは、ザセリアバの命令を受けて塔入り口をその長い足で跨ぎ中へと入った。
「死んでねえぜ」
「おおー」
まばらな拍手が上がり、気の抜けた歓声があがる。
「本当に閉鎖できたようだね」
「ヴェクターナ大公」
最後に塔前に到着したのは、ラティランクレンラセオとヴェクターナ大公だが、
「皇君、ロガは?」
ロガの姿はなかった。
「皇后は体調検査をしてから、こちらへ。バロシアンが付き添っておりますので、ご安心を」
「そうか」
その頃ロガは、バロシアンと共に体調と流産していないかどうかを確認し、
「陛下にお話しても大丈夫のようですね」
「はい」
「皆さんをあまりお待たせするわけには行きませんから、急ぎましょうか」
「陛下がきっとお待ちですよ」
二人は塔へと急いだ。
**********
「ロガ!」
「陛下」
三日ぶりの再会を抱き合って喜ぶ。そしてこちら側からは見えない、塔を挟んだ向こう側にある林を見つめた。
「どうした? ロガ」
―― ナイトオリバルド様と目の色が逆の人も、微笑んでくれているような……そんな気がする
「なんでもありません。あの陛下、大事なお話があるんですけれども」
バロシアンは此処で言うのは避けたほうが ―― そうは思ったが、好きにさせることにした。騒ぎに巻き込まれてみなければ、解らないこともあるだろうと。決して突き放すのではなく、この先も起こるであろう出来事に対処できるようにする為に。
「なんだ? ロガ」
することはしておきながら、ロガが妊娠したとは思ってもいないシュスタークは、膝を折り目線の高さを同じにして両手で頬を包みこみながら尋ねる。
ロガは右手をシュスタークの手に重ね、左手を下腹部に置いて、はにかみながら妊娠の報告をする。
「二人目ができました。今度も女の子です。本当は三日前に分かっていたんですけれども、内緒にさせていただきました」
シュスタークの怜悧な目が驚きで大きく見開かれ、
「あ……そうか! 娘か! デキュゼークに妹ができ……」
喜びを露わにしたのだが、その語尾を打ち消すように、デウデシオンが叫ぶ。
「タバイ!」
離れた位置に待機していたタバイは、呼ばれ馳せ参じて、そのままデウデシオンと共に、
「陛下! 第二皇女は是非とも当家の妃に!」
叫び近寄ろうとする四王たちを押さえ込む。
正確には「三王」
「離さんか! カルニスタミア」
カレンティンシスは抑え込まれたら色々と困るだろうと、カルニスタミアが先手を打って羽交い締めにする。
「陛下、我がリスカートーフォンの妃に」
「陛下、ここはケスヴァーンターンに!」
叫びながらラティランクレンラセオとザセリアバは、タイミングを合わせて、自分たちを取り押さえているタバイに頭突きを加えて自由になり、シュスタークに飛び付く。
「普段は絶対協力し合わないのになあ」
塔入り口から他人毎のように見ているビーレウストと、塔に入ってみた同じく他人毎のようにしているアシュレート。だが、
「お前等も来い!」
黄金髪を振り乱しているザセリアバに号令をかけられ、互いに顔を見合わせて、首を傾げてから騒ぎに飛び込んできた。
「ははは、大変だねえ、ラティランクレンラセオ」
シュスタークに飛び付こうとしたラティランクレンラセオを、バロシアンが「せきねんのーうらみー」と棒読みだが殺意満載の台詞を吐いて殴りつけた。
相変わらずの皇君は、硬直してしまったシュスタークの手をロガの頬から引き離し、
「逃げてくださいませ、皇后。なあに、王族がはしゃいでいるだけのこと。気にしないで下さい」
驚いているロガに声をかける。
「ザウディンダル! 皇后を連れて大宮殿に大至急戻れ!」
ランクレイマセルシュと殴り合いになりつつあるデウデシオンがロガ同様騒ぎについて行けずに棒立ちになっているザウディンダルに指示を出す。
「あ、うん! 解った兄貴! 皇后、失礼します」
ロガを横抱きにして、ザウディンダルは走り出した。
「ロガ! 心配しなくて良いからなあ。あとで余も行くから……ザウディンダルたの……」
シュスタークの声が途切れたような気がしたが、ザウディンダルは振り返らず必死走り、黄金で作られた夕べの園に傷跡を残しながら大宮殿に逃げ込み、皇后宮を目指した。
「ザウディンダルさん」
「はい!」
「もう、大丈夫じゃないでしょうか?」
ザウディンダルは立ち止まり、慎重にロガの足を床の上に置く。ザウディンダルの腕に捕まり、感覚を戻したロガが離れて、
「ありがとうございました」
周囲に人がいないことを確認してから、頭を下げて礼を言う。
「いいえ。……皇后の騎士ですから」
顔をまっ赤にしながら、ザウディンダルはロガにそう答えた。
「ありがとうございます……ザウディンダルさん、膝を折ってください」
「はい」
正式に任命することは出来ないが、ロガは膝を折ったザウディンダルの前に白く肘までの長さがある手袋に覆われた手を差し出す。
ザウディンダルはその手を恭しく受け取り額にあてる。
「私に誓いますか?」
「誓います。永遠と永久の騎士が貴女に誓いを捧げます」
下腹部に手を軽くあて微笑むロガをザウディンダルは優しく見つめる。
「ありがとう……立って下さい、ザウディンダルさん」
「はい。さ、行きましょうか。デキュゼーク親王大公殿下、皇后が帰ってくるのを今か今かと待っていることでしょう」
喧騒から遠く離れた人気のない廊下を二人は並んで歩き、皇女の元へと帰っていった ――
ALMOND GWALIOR【完】
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