ALMOND GWALIOR −289
 デウデシオンがその刃を皇帝シュスタークに向け、一本下賜されることとなった、僭主たちが持ち込んだ巨大な両刃の剣。
 シュスタークの手元に残ったもう一本は、ザセリアバに下賜されることとなった。後にそれはエヴェドリット特有の武器「デスサイズ」に取って代わることとなる。
「壁に立てかけておけねえし、剥き出しにしてると人間死ぬわ、攻撃的にも程がある」
 エヴェドリットの完全なる武器は、真に完全なる武器であって、保管を考慮していない。人間に害はあるが人造人間にはまったく害無く、むしろ糧となる物質を放射しつづけ、両刃は彼らの攻撃に耐えられるように頑丈。
「普通武器ってさ”何でも切れる”ことを前提に作る。実際この武器も”何でも切れる”って前提だけど根本が違うんだよ。エヴェドリットが振り回して”壊れない”だから何でも切れる。普通の武器は”あまり労力を使わず”何でも切れるが主流だ」
 彼らの武器が壊れる最大の理由は、彼らの殺戮に追いつけない。どれほど丈夫な素材であろうとも、彼らの飽くなき破壊の前には壊れる。
《あれ達は、仕方あるまい》
「材質的にあの力じゃ、壊れない筈なのに」
《刃を向ける相手もあれ達だ。材質は悪くないだろう》
「分かってるけどよ」
 両刃の剣は完成されていたが、より高みを目指すこととなる。その強化改良は持ち込んだ僭主たち ―― ディストヴィエルドを筆頭として改良を続けた。
「我の頭脳を使いたいなら、あの料理人を抑えろ、セゼナード公爵」
「お前等内臓なくても死なないし、思考能力にはなんの関係もないだろ。エヴェドリットが胃袋抜かれた程度でごちゃごちゃ言うなよ、食材」
 そしてエーダリロクは放置しておくと周囲を破壊してゆく武器の保管装置を作ることとなった。エヴェドリット側からの依頼ではなく、
「作れるか?」
 一本を与えられたデウデシオン……の元にいるザウディンダルから。
「作れるとは思うぜ。でも小型が欲しいって、具体的にどんなんだ?」
 エーダリロクは両刃の剣のために、所持者の邸の一室を、丸ごと保管用に改造したのだが、
「こう筒みたいなやつで、全方向から、俺たち以外の人間でも見られるような」
 ザウディンダルの希望は”誰でも見られるように”であった。
 手のひらで丸みを作り、横に引っぱるように動かして形を表す。それを見てエーダリロクは両手でなにかを優しく包み込むようにして球を作る。
「全方向から見たいなら、筒よりも球だろ」
「そうだけどよ……でも筒っぽいのが」
 自分が言っていることが正しいことは分かるが、希望がそうならば――
「取っ手が上になって、鋒が下を向いて、保存液で浮きすぎず、沈まず……って感じか?」
 完璧のみを追求するエーダリロクにとって、少々”まずい”ところがあったり”こうした方がいいんじゃないか?”と思いながら、依頼主の希望通り作るのもエーダリロクの楽しみの一つである。馬鹿にしているのではなく、自分にはない発想を楽しむのだ。
「そう!」
「出来るだろうな。ちょっと待ってろよ」
 目の前の画面に設計図を描き出すと、ザウディンダルが持って来ていた”自分で作ってみたが、どうにも上手くいかなかった設計図”を見せる。
 その図面を元にエーダリロクは問題があった箇所と「こうしたほうが良くなる」箇所を説明しながら描き出す。
「ありがとう、エーダリロク。技術開発用の金払うな」
 滅多使われることのないザウディンダルの資産。それをエーダリロクの口座に振り込もうとしたのだが、あろうことか拒否されてしまった。
「いらねえよ」
「ええっ! それは困る!」
 ロヴィニアが”仕事は引き受けるが、金は貰わない”それは死の契約。やっとデウデシオンと思いが通じあい、幸せを手に入れたザウディンダルは、まだ死にたくはなかった。
「じゃ、じゃあいいや。依頼はナシで」
 黒く柔らかな髪がが動き、藍色の瞳が目蓋に隠れる。怯えから黒い睫が微かに震え……
《両性具有をあまり虐めるな、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ》
―― 俺、ザウのこと虐めてねえよ!
 難しいことではなかったことと、ザウディンダルがやっと幸せになれたことでお祝いの意味で無料したのだが、無料がお祝いにならないのが彼ら。わざわざ説明しても、信じてもらえないこと請け合いなので、別のオプションでひっそりと祝ってやることにして、少々高額にして金を受け取ることにした。
「まあ俺から金受け取らないと……まあ、そうだよな。じゃあザウから貰うとするか」
 エヴェドリットのことをとやかく言える家柄ではないロヴィニア一族の王子。
「ああ!」

**********


 ザウディンダルはその保管容器を、人目につくように正面玄関を通ると広がっているホールに設置した。
 下部が若干発光し内部を照らし出す。その透明な液体の中に浮かぶ剣。
「ザウディンダル」
「兄貴! おかえり」
「またその剣を見ていたのか」
「うん!」
 帰宅したデウデシオンの腕に抱きつく。
「そんなに気に入ったのか?」
「うん」
 ザウディンダルはこの剣が ―― 後に<リスカートーフォン>と公爵名そのもので呼ばれるようになる ―― とても気に入っていた。
 それは剣自体が気に入ったわけではなく、この剣がデウデシオンが皇帝より直接手渡されたこと、受け取る姿を間近で見ることができたこと。それがザウディンダルにとって価値があった。
 二人のやり取りを思い出す都度、ザウディンダルは幸せで誇らしい気持ちとなる。
 だからこの剣を人目につかない所に置いておきたくはなかった。皇帝より下賜された剣を人々に見て欲しかった。
「そんなに気に入ったのならお前の物にしていいぞ、ザウディンダル」
「いらねえよ。そういう気に入ったじゃないんだよ」
「良く解らんが、まあ……私も好きだ」
 透明な筒に両手をおき、剣を見つめるザウディンダルの横顔であったり後ろ姿であったり。微かで淡い光に照らされるその姿を、ずっと剣を見つめているのではなく、声をかけると笑顔で振り返るその姿を、デウデシオンは愛しく思っていた。
「本当に俺、嬉しくてさ」

 デウデシオンの元にあったこの両刃の剣。中心部分の透かし彫りは当初は「我が明けの明星よ 我が宵の明星よ 我はその星に祈り 我はその星となりて堕る」であったのだが、後にその部分は別のものに変えられた。
「お前を表すものにした」
 文章を刻む際にエーダリロクが”誤字?”とデウデシオンに確認し”誤字ではない”と言われ説明を受けて納得し刻み込んだ文。
「うわ……ありがと、兄貴」
 それはザウディンダルを表す言葉。
「皇后にも見ていただこう」
「……うん。そうだな! 兄貴とこの剣の前で、俺もう一度誓うよ」
 シュスタークと共にやって来たロガは、この剣を前にして再度誓われたことをとても喜んだ。

**********



 ザウディンダルが書類上では『死亡』した後、デウデシオンはこの両刃の剣が入った筒に触れ、
「行ってくる」
 挨拶をして宮を後にするのが日課となった。
 デウデシオンが『死亡』するその日まで、ずっと。


CHAPTER.12 − 形而上の憧憬[END]


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