ALMOND GWALIOR −273
 落下したラティランクレンラセオを追ってデウデシオンが降下し、一人宇宙に残った『マスク・オブ・儂』ことカルニスタミア。

―― さて、それでは

 ラティランクレンラセオへの復讐はデウデシオンに譲り、別の目的を果たすために、威力を最小にして銃を構える。
『儂からの祝砲じゃあ、受け取れ!』
 狙いはビーレウストが配置された衛星。
 カルニスタミアが装備している銃は、元々殴り合いと殺さないことを前提としていたので、殺傷力は低い。
 ビーレウストが配置された衛星は軍事衛星なので、ある程度の防衛機能はついているが、基本値が全く違うので二発目を食らったら、軍事衛星は破壊されてしまう。
「ちょっ!」
 一撃目で慌てているビーレウストの声を聞き、カルニスタミアは音声を切って、己の耳だけで声を拾えとばかりに話かける。
「兄貴の愛人になるそうじゃな」
 ただカルニスタミアの言葉は拾えても、ビーレウストの言葉が届くことない。
「ちょっとまて! 通信しろよ! いや、情夫はいいだろ!」
「兄貴と貴様の関係をとやかく言うつもりはない。じゃから祝砲じゃ。次ぎからは前回、陛下の前で兄貴が暴行されていた映像をばらまいたことに関する腹いせじゃ。効果的であろうが、認めようが……先程の帝国宰相と同じで、腹が立つのは腹が立つ。じゃから、撃つ!」
「ちょっ! カルニスタミア!」
 政治的判断やらなにやらを吹き飛ばし、弟として撃つカルニスタミア。
『さあ、データを採取するがいい!』
 照準をわざと外して、急接近して腕に装備されていた湾曲した特殊合金で作られた”カッターナイフ”で軍事衛星真っ二つ。
 寸分の狂いもなく中心から二分割された軍事衛星を前に、
「……あれ、誰が弁償するんだ?」
 叔父の心配よりも先に費用の心配をしたのはザセリアバ。他の物ならばまだしも、軍事関係の品は《やばい》とすぐに考えてしまうタイプ。
「お前だろ、ザセリアバ」
 どれ程自分が悪かろうが、進んで払おうとはしない男ランクレイマセルシュが何時も通りに責任を押しつける。
「なんで我が弁償せねばならんのだ! ランクレイマセルシュ」
「あの衛星にお前の叔父がいたことが原因だろ」
 ここにいる三人に先程の会話は当然聞こえてはおらず、恒例の押しつけなのだが、今回ばかりは”正答”であった。ただし何時も押しつけているので、誰も黙って受け入れたりはしない
「関係ないだろう!」
「ではカレンティンシスだ。お前の弟が」
「あれは儂のカルニスタミアではない! マスク・オブ・カルニスタミアじゃあ!」
「同じじゃねえかよ!」
「全く違うわい! 儂のカルニスタミアはなああ!」

 事態の収拾が見込めない王三人と、崩壊してゆく軍事衛星から逃げだそうと移動艇に向かうビーレウスト。その移動艇を撃ち抜くカルニスタミア。

『タバイ兄さん。これで良いんですね』
「事態は無事……こらっ! キャッセル」
『宇宙が大変なことになってます。行きますよ、タバイ兄さん』
 この時点でキャッセルが異変に気付き、肩近くにいたタバイを掴んで宇宙へと飛び上がった。
「待て! キャッセル。私を握っ……!」

―― そうですよ、キャッセル兄さん。恋人の逢瀬、要するに抱き合っているシーンに邪魔者は置いていってはいけません。持ち運んで撤去するのが脇役の仕事です ――

 極度のロマンチスト、タウトライバの言葉を曲解することなく、正面から受け止めた結果、大気圏から脱出する当たりでタバイは異形化し、キャッセルが握っている手から逃げ出して、
「――!」
 角も復元された頭を抱えて、口はないが全身で咆吼を上げようとしたのだが、壊れた軍事衛星と銃を持って漂っているビーレウストの姿を発見し、近衛兵団団長として助けに向かった。
 宇宙空間も難なく移動できる翼で近付き、ビーレウストを回収して大気圏近辺まで連れて行き、エーダリロクがいるポイント目がけて叩き落とす。
「待て、団長! 人間は誤魔化すの面倒なんだって。まさか生物が叩き落とされるとは思ってなかった。間に合うか!」

―― 空から人殺しが降ってきた☆

 と、一部皇王族が確認してしまったが、帝星に住む臣民たちの目に映ることは避けられた。皇帝再来の名を持つ皇帝と奴隷皇后の目出度い結婚式の最中に、この上なく縁起の悪いエヴェドリット容姿のリスカートーフォンが帝星大宮殿に降ってきては、宇宙を包む幸せムードが萎んでしまうというもの。
「安心しろ、ビーレウスト。完全に臣民の目は誤魔化したぜ」
「……手間かけたな」
 エーダリロクの背後に見事に落下したビーレウストが起き上がり後ろから肩を抱き込んで、画面を見つめる。
「ビーレウスト、焦げ臭いけど大丈夫か?」
「平気だ。露出してた皮膚が焼けただけだ。主に顔がな」
「そっか」
 エーダリロクが振り返ると、ビーレウストの顔は焼けた皮膚が既に再生を始めていた。
「あれ? ビーレウスト、どこか痛いってか、脇腹どうした?」
「団長が急いで落下させようとして、殴りつけてくれたんだが、これがまた……痛くてな。内臓全部逝ったな」
「そりゃ大変だ。異形化した団長は手加減してもまずいもんな」
「本当によ。あだだだだ……」
 タバイは機動装甲同士の戦いにビーレウストが巻き込まれたら一大事とばかりに、急いで落下させようという親切心からの負傷。
「治療器入るか? 一応稼働させてるから」
「じゃあ入る。あ、イテテテ……」
 飛び込むように治療器へと入り、ビーレウストは意識を手放した。

 そんな外傷に強い一族を叩き落とし負傷させたタバイだが、この二人の戦いに割って入ることはできない。
『帝国最強騎士、お相手願おう』
「マスク・オブ・ライハ……ではなくて、マスク・オブ・儂か。相手にとって不足はなさそうだ」
 タバイは止めたいと願えども、機動装甲同士の戦いを阻止することはできない。仕方なしに壊れた軍事衛星の破片が漂わぬように回収にあたって、周囲を見ないことにした。
「銃撃は不可で」
『それは好都合』
 両者拳をつき合わせ、飛び退き戦闘を開始する。

 《帝国最強騎士》について、明確な規定が設けられたのもこの時代である。
 脊椎核が十個以上から名乗ることができ、十個未満の物は、他者よりも抜きん出ていようが決してその地位につけないこと。
 皇帝や皇太子はその地位に就けない。王や王太子も同じく。
 この時代キャッセルに次ぐのはラティランクレンラセオ、その次は脊椎核の数でカルニスタミアとシュスターク。そして五番目にキュラティンセオイランサが位置していた。
 第五代最強騎士キャッセルが任務遂行不可能になった後、キュラティンセオイランサが六代目に収まったのはそのように定められていたためだ。
 帰還率が定められたのもこの時代。それまでは機体の破損率により帰還は個人の能力で”まちまち”であったが、それを一律15%と明確に表記。
 様々なことが決まった時代は、戦争の激化を物語ってもいた。

 装甲を弾き飛ばし、己が戦っているのと同じように殴り合い、そしてカルニスタミアの機体の破損率が10%になったところで無言で離れ、
『さすがに強い』
「白兵戦ではこうはいかないだろうけどね」
『失礼いたします』
 マスク・オブ・儂ことカルニスタミアは充分なデータを採取して去った。
 ちなみに軍事衛星の修復費用はエーダリロクとビーレウストとカルニスタミアの個人資産から出すことで王たちが勝手に合意している。
 カルニスタミアを見送ったキャッセルが
「兄さん、戻りましょうか」
「……」
 タバイを掴んで帝星へと帰還。タバイはこの先数日は陛下の挙式に並ぶことができないが……それは致し方ないことであろう。突然の欠席者はタバイだけではない、ラティランクレンラセオもまた暫く欠席となる。
「ガルディゼロ侯爵閣下!」
「王は無事だよ」
 ラティランクレンラセオを連れ帰ったキュラは、あの場で幸せ一杯に抱き合っていたデウデシオンとザウディンダルを思い出し不機嫌になり、

「ぎひゃはははは! ききききひゃはあひゃひゃっひゃひゃっひゃっあ!」

 ラティランクレンラセオの笑いは収まらず。
 式典の関係もあるので、決着をつけなくてはならない王三名は、
「結果として帝国宰相が勝った……に異論はないな?」
 ランクレイマセルシュが宣誓するように手を掲げて発言し、
「そうじゃな」
 カレンティンシスも同じように宣言する。
「勝ちは勝ちだ」
 最後にザセリアバも手を掲げて宣言して、互いの顔を見て頷き合い、ラティランクレンラセオの代理として皇后同意書に連名でサインを終え、こうしてロガは王たちの同意を得て『ロガ皇后』となった。

 こうして四大公爵たちから合意をもぎ取り、奴隷の少女を皇后に就けたことで、帝国宰相の仕事は終わった。
 次は一個人としての復讐である ――

**********


「なんじゃろうなあ」
 帝国宰相から記録映像媒体がケシュマリスタを除く三王家に届いた。
 内容は「ラティランクレンラセオの拷問」ということは分かっている。
「兄貴は見ぬほうが良いのではないか?」
 閲覧してよいのは成人した王族限定。拷問内容はわかっていない。
「儂が見ずして、誰が見るのじゃ!」
 カレンティンシスはラティランクレンラセオが拷問されたところで、痛くも痒くもない……とも言えないのが辛いところ。カレンティンシスは精神感応で記憶を共有できてしまうので、今回の拷問も巻き添えを食う可能性が非常に高い。 
「儂一人で充分じゃろう」

―― 殺してくれたら楽なのじゃがなあ……とは言っても、死なれるとこまるしな

 カルニスタミアは自ら拷問することはないが、どれほど残酷な光景でも目を背けずに最後まで見届けることができる精神力を持ち合わせている。
「なにが、儂一人で充分じゃ……だ! 儂はなあ!」
「分かった分かった。見るぞ」
 一人しか正妃を迎えない皇帝の挙式ゆえに、どの王族もかなり時間に余裕があった。そう帝国宰相にも ――
 二人は並んで座り、正面から画面を見る。
「再生するぞ、兄貴」
「早ようせい」
 画面に映し出された光景に、
「……」
 二人はまず無言になった。たしかに目の前に映し出された光景は拷問だが、彼らが予測していた拷問とは全く違った。
 開始二十分ほどで、カルニスタミアは一度スイッチを切り、
「兄貴……無理するな」
 顔色が悪くなり意識を失いかけているカレンティンシスに優しく声をかける。以前であればそれ程気を使わなかったのだが、カレンティンシスが両性具有だと知ってからは、それまで通りと同じように接することができないでした。
 いままで通り接したいとは思うのだが、どうしても守ってやりたくなるのだ。
「む、無理などして、おら……」 
「恐怖のあまりに漏らしただろうが」
「漏らしておらんわい! ちび……少し滲んだだけじゃあ!」
「……」
 カルニスタミアは体を捻り、隣に座っているカレンティンシスの体に腕を通して立ち上がる。
「兄貴は見る必要はない。体を洗ってゆっくりと休め」
「な……儂は」
「兄貴は王として挙式に参加するのが仕事じゃ。この映像は……それ程観たければ、ラティランクレンラセオの頭をのぞけば良かろう」
「いやじゃあ!」
 記憶を共有するのが嫌なのか? この場を立ち去るのが嫌なのか? カルニスタミアは敢えて聞かず、腕の中で暴れている兄をものともせずに浴室へと連れてゆき、手際よく服を脱がせる。
「洗ってやるから、ほれ」
「何をするつもりじゃ!」
「洗ってやると言ったじゃろうが。聞いておらんかったのか?」
「……き、貴様も一緒に入るつもりか!」
「おかしなことはせぬから、気にするな」
 カルニスタミアも服を脱ぎ捨て”手間のかかる女王さまだ”漏らすどころか、気取られたら最後のようなことを考えながら、湯を張った小さめの浴槽へむかう。
 ”小さめ”ではあるが、あくまでも彼らが使用する物の中では小さめなだけで、大人が二人入っても余裕がある。
「体を洗ったら、サウナ……どうしたのじゃ? 兄貴」
 顔を赤らめ”もじもじ”としているカレンティンシスに気付いたカルニスタミアは、兄がもう熱さにのぼせたのかと ――
「カルニスタミア」
「なんじゃ。熱すぎたか?」
「違うわい! ……カルニスタミア」
「はいはい」
「儂を抱いてもいいぞ」

 実兄(半分実姉)の突然の誘いに、カルニスタミアは眉間に皺を寄せ、拒絶と拒否と迷惑を隠さず露わにして、全裸の兄を見つめた。
 彫像から流れ出ている豊富な湯の音に一縷の希望を託し聞き返す。
「良く聞こえんんかったのじゃが……もう一度、言ってくれるか?」
 カレンティンシスとしては覚悟を決めて、勇気を出し、王としてのプライドを投げ捨てての誘い――
「儂を抱け! 命令じゃああ!」
「……なんでじゃああ!」

―― 儂、拷問されるのか? 映像を見て、兄貴拷問したくなったのか? いや、だが……逆、いやその……


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