ALMOND GWALIOR −230
 タバイと共にザセリアバの元へと引き返す途中、カレンティンシスはこの騒ぎについて尋ねた。
「イグラスト。パスパーダ生死不明の報は策か?」
 この状態になってしまえば、デウデシオンたちが僭主の動向を掴み、狙って起こした騒ぎであることは明確であった。
 だがそれを口に出し、問いただせる者は僅かであり、その一人がカレンティンシスであった。
 言葉で返すことのできないタバイは、角の生えている首をゆっくりと横に振り否定する。
「そうか。貴様の心情など知らぬが……生きていれば良いな。儂はパスパーダは嫌いじゃが、あの男がいなければ……」
 それ以上カレンティンシスは言わなかった。
 タバイはその先に続くのは、自分たちの立場云々だろうと考えたが、実際は違う。

―― カルニスタミアが儂を玉座から引き摺り降ろすのに、苦労するであろうからな

 その違ったことをタバイが知ることはなかったのだが。

**********


 皇帝の無事がエーダリロクからもたらされ、心置きなく食事を再開していたエヴェドリット勢に、
「ザセリアバ! 陛下からの勅命じゃ」
 カレンティンシスは怒鳴りつけるように命令を伝える。命令を下され、全員がザベゲルンの塊から離れて、そしてカレンティンシスの隣に立っている《異形》に視線を移動させる。
「隣に立ってるのは、タバイか」
 ザセリアバが近付いて、顔をのぞき込む。
「……」
「我とやりあわんか?」
 口の周囲にこびり付いたザベゲルンの破片を手の甲で拭いながら、ザセリアバはタバイ笑いかける。
「……」
 美しいケシュマリスタ容姿に容赦ない残酷さを露わにした表情を前にして、タバイはキャッセルのことを考えた。
 無事だろうかと考えながら、目の前の良く似ているが弟よりもはるかに丈夫で”壊れることのない”王の提案を拒否するために頭を横に振る。
「ふられたか」

―― 後で我を殺しておけば良かったと思わねば良いがな

 帝国宰相が生死不明であるのなら、そのまま不明にしてやろうと考えながら、
「お前ら、機動装甲回収しろ! 我は別ので出る。追いついてこい!」
 ザセリアバは全員に指示を出し、その場から離れた。
 動かない触手の大本であるザベゲルンと、手足をおかしな方向に曲げられ、床に胴体が溶接されたディストヴィエルドは、罵りあいを始めた。
「この形になっても、まだそれ程怒鳴れるとは。大したものじゃ」
「……(怒鳴るといえば貴方さま……)」
 タバイは”無言”だった。
 口がないのがこれ程までに楽だったのは、後にも先にもこの時だけである。
「カレンティンシス殿下」
「アロドリアスにタカルフォスか」
 怒鳴り合っている僭主の傍で、しらばく宇宙を眺めていたカレンティンシスの元に、部下二名が到着したのは、ザセリアバが搭乗した機体が自艦を離れてすぐの頃。
「その隣にいるのは……」
 カレンティンシスの元に馳せ参じた二人は、彼らの主の隣に立つ異形に銃を構える。
「イグラストじゃ。イグラスト、儂の警備にはアロドリアスが付く。貴様は行け」
「カレンティンシス殿下!」
「タカルフォス。貴様はどうしたのじゃ?」
「陛下を無事に殿下のお部屋に案内いたしました。そしてボーデン卿を連れてきて欲しいと命じられたので! あの、ボーデン卿はどこにおいででしょうか?」

 正格にはシュスタークを部屋まで案内していないのだが、彼はすっかりと案内した気持ちになっている。

 皇帝からの命に目を輝かせて尋ねる若き副王。その問いに答えたのは、
「それならば陛下の私室に。ロッティスと共にいた」
 隣にいたアロドリアスだった。
 アロドリアスはリュゼクに命じられて、皇帝の私室前で部隊と共に僭主と交戦していた。
 それらが片付いたので、父であるローグ公爵に連絡を入れて《このポイントへ向かい、殿下の護衛につけ》と指示を出されてそれに従った。
 その途中で皇帝シュスタークからの命を受け、喜び勇んでボーデンが何処に居るのかも聞かずにダーク=ダーマへと急いでやってきた。
「そうか。ではイグラストと共にゆけ」
「はい」
「良いなイグラスト」
「……」
「ロッティスと貴様が使う部屋を用意させておく。早くロッティスを連れてくるがいい。レビュラ……は目には見えない部分に相当な怪我を負っているはずじゃからな」
 タバイは頭を下げ、タカルフォス伯爵と共に歩き出した。
 その背を見ながら、
「怪我?」
 アロドリアスは声を上げた。
 だがカレンティンシスはそれを制し、あることを尋ねた。
「怪我に関しては貴様は知る必要は無い、アロドリアス。ところで貴様はいつもレビュラと言っていたな」
「はい」
「レビュラに公はつけぬな」
「はい? テルロバールノル貴族の大方は両性具有に爵位などという認識ですので」
「リュゼクもそうであったな」

―― 是非ともレビュラ公爵を殿下の部下として迎えてください ――

「もちろん、そうですが」
 カレンティンシスはリュゼクの真意は分からなかったが、望むことは理解できた。
 彼女の心に何が起こったのか? それを事細かに聞くつもりはカレンティンシスにはなかった。
「……さて、ラティランクレンラセオに陛下の命令を伝えに行くぞ。ついて来い、アロドリアス」
 誰よりも信頼できる部下の言葉。その真意の向こうに見えたもの。
 彼女がいつか自分ではなく、違う誰かに従う日が来るのだろうと感じつつ、カレンティンシスは歩き出した。
「はい」

―― リュゼク、それで良い。お前は王に忠誠を誓うものじゃ。王のみに忠誠を誓え。個人に忠誠を誓ってはならぬ

 もしも彼女がカレンティンシスの王妃であれば共に滅びた。だが彼女は王妃ではなく、カレンティンシスは王。
―― 父はこれを望んでいたのじゃな
 先がないに等しい自分の王妃に、未来ある彼女を添えなかった父王ウキリベリスタル。
 その意味を理解して、カレンティンシスは自らが本当に王としてなにも望まれていなかった事実に直面するも、悲しみはなかった。
 それを受け入れた。
 あとは時が動くままになるであろうと、覚悟を決めて。

**********


 ローグ公爵に見張られていたラティランクレンラセオの元へと足を運び、負傷に対しては触れずに、
「陛下のお言葉しかと聞いたな」
 シュスタークの言葉を伝えた。
「しかと聞きました」
 悪びれず、何事もなかったかのように、長い腕を折り胸の前にあてて、真摯な表情で《皇帝》の命令を受け取る。
 ”ラティランクレンラセオには非がない”と思わせる動きと態度を前に、カレンティンシスは王として攻撃を加える。
「この度の失態について陛下への取りなしをして欲しいと思っておるのなら、儂に膝を折って助力を請え」
―― この程度の言葉に激高する男なら楽じゃが……
 王が王に対して”膝を折れ”と言い放つのは、王国に亀裂を走らせる原因でもある。その亀裂はすぐに小競り合いに発展するような深刻な物となる。普通の王はそうであり、一般的な王同士はそうなのだが、カレンティンシスとラティランクレンラセオは違う。
 そのようにならないことを知りながらの言葉であり、
「是非ともお願いしたい。アルカルターヴァ公爵の慈悲に縋らせて欲しい」
 ラティランクレンラセオはカレンティンシスが考えた通りに膝を折った。
「……解った」
 目の前で膝を折り、カレンティンシスの慈悲に縋らせてくれといった男がどれ程危険か? 解っているが、今は目の前の危険を回避するので精一杯だった。
「では陛下のご命令に従って、戻るとする。息子もダーク=ダーマにいる筈なのだが」
 帝国軍の被害状況と、生死不明の帝国宰相。
 この状況下でラティランクレンラセオが動かないようにするためには、カレンティンシスが間を取り持ってやるのが最良。
 下手に追い詰めても駄目なのだ。
―― 儂にこの状況を使って、この男を殺害する能力があればな……ないことを知っていて、お前は儂に膝を折ったのじゃろうが

「あの……」

 ”ヤシャル”の声が聞こえ、二人はその声の方向に振り返った。
「ヤシャル、無事であったか」
「戻るぞ、ヤシャル」
 ラティランクレンラセオは立ち上がり、息子に行くぞと声を掛けるが、
「それは出来ません」
 ヤシャルの背後にある扉の影から、拒否が上がる。
「何者じゃ? 貴様」
 扉の影から現れたのは”ダーク=ダーマ”
 その見事なまでの《知っている知らない容姿》にアロドリアスはカレンティンシスを庇うようにして銃を構える。
「ハセティリアン公爵妃に御座います」
 今にも撃ち出しそうな銃口を前に、ハネストは敢えて両手を広げて笑った。
「この威圧感……」
 その広げられた両手から発せられた力強さは、強風を巻き起こす羽ばたきのように感じられ、誰もが半歩ほど下がった。
 下がらせたハネストは気にはしていない。彼女は圧力を与えるために、わざと動いたのだ。
「アルカルターヴァ公爵殿下。我はヤシャル公爵殿下をライハ公爵殿下から直接預かりました。ですので、ケスヴァーンターン公爵殿下に返すにはライハ公爵殿下の許可が必要です」
 ヤシャルの肩に手を置き、ハネストは自らの体の後に押す。
「そうか。ラティランクレンラセオ。ヤシャルは儂が預かる、良いな」
「もちろん。カレンティンシス」
「なんじゃ?」
「陛下に忠誠を示すために、ケルシェンタマイアルスを殺そうと思うんだけど、君はどう考える」
 腕を組み小首を傾げて笑うラティランクレンラセオ。
 皇帝が迎えた奴隷の子を親王大公にするために、皇位継承権第一を所持する息子を殺害すると彼は言い出した。
 ヤシャルを殺害してしまえば、ケシュマリスタ王の息子は”残り”一人。
 ケシュマリスタ側の跡取りである以上、皇位継承権はシュスタークとロガとの間に産まれた子になることは確実。
「なぜ儂に聞くのじゃ」
「息子を殺せば上手く収まることを知っているのは”君も同じ”だろう?」

 互いに実子を殺害して求める物がある者同士

「早く戻れ、ラティランクレンラセオ」
「そうさせてもらう。ヤシャルの処遇は君に任せるよ」
 ラティランクレンラセオはそれだけ言い、単身で移動艇に乗り込み自らの旗艦へと戻っていった。
「相変わらずじゃな」
 見送るつもりはないが、見送る形となったカレンティンシスは溜息をつく。
「……」
 ヤシャルのすすり泣く声を聞きながら、ハネストに名乗る許可を与えた。
「ところで貴様、名前は?」
「ハネスト=ハーヴェネス。エヴェドリット系ビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主に属しておりました」
「なるほど。儂は特になにも言わぬ。命令通りに動け」
「御意。では僭主の回収作業を手伝ってきます」

 ハネストはヤシャルをカレンティンシスに預け、僭主の収容を行っているタウトライバの元へと向かった。

「泣いていても何も始まらんわ、ヤシャルよ」
「……」
「実力がないのも、才能がないのも、仕方のないことよ。世界は平等ではないのじゃからな」
「……」
「儂が誰よりも知っておる」
「……」
「アロドリアス、ヤシャルを儂の艦へと連れて行け。貴様がヤシャル専任の警護だ。何があっても離れるなよ」
「御意」
 港でプネモスと二人きりになったカレンティンシスは、ゆっくりと宇宙に解放されている方向へと進む。目の前に広がる星々と闇に近付きながら《死を望む》
「ヤシャルは決して才能がない王子ではない。ただラティランクレンラセオが優れているだけじゃ」
 宇宙まで”あと一歩”どころか”あと五歩”もあるところで足が止まる。
 踏み出せない死だが、王としてはそれは強さとなる。
「はい」
「父王に期待されぬ、実力のない王子か……それでもヤシャルと弟のシティアノは実力に差はないからな」
 ヤシャルと弟のシティアノの能力はほぼ同じ。容姿も才能もまさに”王妃の息子”であり、どちらかが突出しているという事は無い。その兄弟はカレンティンシスとカルニスタミアの間にあるような、圧倒的な実力の差はなかった。
「殿下、戻りましょう」
 カレンティンシスの眼前には星々が広がっているが、見ているものは違う。
「死にそびれたわい。カルニスタミアと同室で過ごさねばならぬではないか」
「お嫌ですか?」
「儂は嫌ではないが、カルニスタミアが煩がるであろう」
「煩がることを解っていらっしゃるのでしたら、少々加減して差し上げればよろしいのでは」
「儂は王じゃ。王が王弟の機嫌など取るか!」
「それでこそ、儂等の王です」
「儂はここで死ななかった。じゃからプネモス、次はお前も儂と道連れとなるぞ」
「お連れしてくださいますか。このプネモス、どこまでも」
 カレンティンシスはプネモスと共に、二度と戻るつもりのなかった自らの旗艦へと向かった。

**********


 カレンティンシスの旗艦ではキュラティンセオイランサの治療が行われていた。
 リュゼクは治療器を動かしてから、ロガをシュスタークの元へと連れて行こうとしたのだが、彼女たっての願いを聞き入れて治療が終わるまで立ち会うことを認めた。
 傷が治っても治療器が”完了”を告げないことにリュゼクは首をかしげ、治療が進むに連れて治療用シリンダーの中にいる”人物”に声を失った。
 透明で”縦”に置かれるタイプの治療器は、中にいる人の姿がはっきりと見える。重傷者でない場合は横置きではなく、縦置きの方が使われるのが一般的。
 意識を失いかけていた、腹部を五発ほど撃たれた男はシリンダーの中に入れられた時は、白い肌で線の細い顔立ちだった。
 腹部以外にも、打ち身などの怪我が確認されたため、リュゼクは完全治療のボタンを押した。その結果シリンダー内に金髪で皇帝に良く似た顔立ちの、褐色の肌をした男が現れた。

 治療が完了するよりも先にボーデンを連れ帰ったタカルフォス伯爵が、ロガの私物を壊したことを詫びに来て、騒がしい謝罪が終了したところで、治療完了のアラームが室内に響き薬液が排出されてシリンダーが開く。
「僕は繊細なんだよ、デーケゼン様」
 医療用のタイルを濡れたまま、薬液を滴らせて歩き話をしている三人の元へと近付いてきた”全く知らない相手”に、タカルフォスは腰の銃に手をかけたが、リュゼクが手を乗せて押しつけて「抜くな」と無言で指示をだす。
 腰に両手をあてて、体を縮めてロガに顔を近づける。
「君に裸みられるの、恥ずかしいな」
「凝視してませんよ」
「そう? ところでさ、僕は格好良いかい?」
「はい。ナイトオリバルド様の次に」
「君ってさ、とっても”人を見る目”があるよね。正直怖い位だよ。そんな君に選ばれたんだから、陛下は本当に素晴らしい方なんだね」
 ロガの真意に気付いたキュラティンセオイランサは、まだ濡れている手をロガの頬に伸ばそうとしたのだが、
「ばう」
 ボーデンの鳴き声によって止まった。
 いつの間にか篭から降りたボーデンは、自分が乗っているゾイが作ってくれたツギハギだらけの布を咥え、キュラティンセオイランサを見上げる。
「えっとさ。もしかして、手を拭けってこと。いいのかい?」
 キュラティンセオイランサの問いに答えるかのように、足元まで運び布を口から放す。
「それじゃあ、まあ」
「そんなぼろ布じゃなくて。もっと清潔なので手を拭いたほうが!」
「なに言ってるんだい。この布、陛下ですらおいそれと触ることの出来ない品じゃないか。ありがたいねえ」
 キュラティンセオイランサは手を拭き、ロガの頬に触れる。
「これからも、よろしくね。后殿下」
「はい」
 ロガは頷き、布を再び篭のクッションにかけて、ボーデンを乗せた。
「デーケゼン様、后殿下の警備お願いしてもいい? ”なおさない”と、叱られちゃうんだよね、僕」
「了承した。この治療室を預ける。自分で出来るな? 終了し落ち着いてから来るがよい。急いで来るような真似はせぬようにな。それでは参りましょうか、后よ」
 キュラティンセオイランサに見送られる形で、三人は治療室をあとにした。
 一人だけ現状の解らないタカルフォスは、ロガをミスカネイアに預け、扉の前でリュゼクと二人きりになってから尋ねた。
「あの人は、誰ですか?」
「見たことを忘れろとは言わん。誰にも言うなとも命じぬ。じゃが、儂はなにも答えるつもりはない」
 リュゼクは”知らない”で通すことを決めた。
 王の命令で整形し肌の色まで無理矢理変えているキュラティンセオイランサ。それを助けるのでなければ、話題にすることはできない。
 キュラティンセオイランサ本人に問うことも、王カレンティンシスに尋ねることも。
「はい」
 年長者に叱られてばかりのタカルフォスだが、聞いていいことや、突き詰めてはいけないことの判断はつく。知らない「褐色の肌の男」が、エヴェドリット語でははなく完全にケシュマリスタ語だったところに、今回攻めてきた僭主ではなく”あの王家関連”の暗部だろうとして目を瞑る。

 治療室で一人きりになったキュラティンセオイランサは、治療器相手に文句を言う。
「嫌だなあ。痛いんだよなあ……あーあ。機械は曖昧さがないから嫌いだよ。もっと僕に優しくしてくれよ。本当にもう……」
 顔や腕も億劫だが、頭皮や爪の下も貼り替えなくてはならない。
「慣れたもんだけどさ」
 キュラティンセオイランサは文句を言いながら、指先を爪を解かす溶液に浸す。
 自分の爪が溶けるのを眺めながら、太股に穴をあけてやったラティランクレンラセオのことを思い出す。
「いい気味……そうだ、キャッセル様大丈夫かなあ。あの人死ぬ迄平気で攻撃し続けるからなあ。死ぬことを理解して欲しいけど……無理だよね」
 溶液から手を上げて爪の部分をつまむ。
「いったーい。次は皮膚を……」

**********


 帝国側の勝利――を知り、アニアスはクルフェルを呼び艦橋を離れキャッセルの元へとむかった。
 辿り着いた先にあったものは、アニアスの想像を裏切らない光景であった。
 銃を固定していた台は壊れ、それでも撃ち続けると、床に銃を突き立てて自分の足で踏み、覆い被さり全身で抱えて、衝撃もなにもかもその身ですべて受け止め――その結果、上半身の筋肉が抉り取られて内臓が……
「落ちてますよ、キャッセル兄さん」
 ほとんどの内臓は零れ落ちていた。
 声をかけられたキャッセルは、本当に血の気の失せた顔を持ち上げて目を細めて笑おうとしたのだが、
「ご安心ください、キャッセル兄。全てが終了しましたので、この私が腕によりをかけてミルフィーユを作ります。さあ! 治療器に入りましょう。内臓が復活したころには、ミルフィーユが!」
 アニアスはいつものアニアス過ぎて、そのぶれない姿勢に表情が動かなかった。
 銃の震動で肉が抉れようが、内臓が落下しようが、骨が軋み、折れようが死を感じることのなかったキャッセルだが、
「え……ミルフィー……」
「ご要望がおありですか! 何でも作りますよ! 洋なしのタルトにフルーツケーキ! 后殿下に出しそびれたシュークリームは」
 治療器に入れば菓子に責められ、入らないで死ねばタバイやタウトライバが泣く……死を恐怖しない男にとって、どちらを選ぶのか? 難しい問題であった。
「ち、治療器に入れて……アニアス」
「畏まりました! 内臓拾って持っていきますね。胃袋、胃袋。貴方の胃袋を掴む男、アニアス!」

 アイバス公爵アニアス=ロニ。彼の料理は確かに上手く、まさに胃袋を掴まれる――と表現したくなるが、今の彼はリアルに胃袋を掴んでいる。

 二人が搭乗している護衛艦に近付いていたクルフェルはいつも通りの会話を拾い、状況を見てキャッセル兄を助けねばと、急いで近くにいるイズモール少佐の艦に指令を出した。
 帝国騎士は最低でも中将。ニューベレイバ公爵クルフェルは大将であり、少佐よりは遥かに階級が高い。命令を受け取った少佐は急ぎ艦を隣接させて、指示通り乗り込む。
 同じく艦に機動装甲を隣接させたクルフェルも、機動装甲の操縦部を開きバラーザダル液と共に乗り込んだ。
「ついてきてくれ!」
「畏まりました! 閣下」
 クルフェルは血の跡を追い、キャッセルが連れて行かれた治療室へと辿り着く。
 そこで見た物は――
「治ったら、まずなに食べたいですか? キャッセル兄」

 何時もと変わらぬアニアスの姿であった。


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