ALMOND GWALIOR −3
 皇帝の傍に仕えるようになった兄貴は俺の事を四番目の兄タウトライバに任せる。
 兄貴は摂政、タバイとキャッセルの二人は帝国軍士官学校に編入、当時何もしていないで最年長だったのがタウトライバ兄。
 俺より七歳年上のタウトライバ兄は、苦労しながら毎日子守りを始めた。十一歳が四歳の弟の面倒を見るのは、珍しいことでもなけりゃ出来ないわけでもない。出来ないやつもいるけれど。
 尤もタウトライバ兄は、子守りじゃなく監視が本当の仕事だった、俺じゃなくて、召使の。
 それを召使達に気取られるとマズイから、俺の子守りを必死にしてた……多分な。
 一年間俺の我侭を我慢して、ついに爆発した。
「ザウディンダル。これも食べろと言っているんだ。お前は体が弱いんだからな」
「要らない。タウトライバもいらない」
 何時もの会話だった。
 俺はそれが溜まっていく事も、それがある一定量溜まると、人は怒ることも知らなかった。「タウトライバもいらない」と言った後、俺は椅子から吹き飛んで、壁に激突する。
 痛いなんてのは感じる暇はなかった。顔から血が噴出した、額の傷だから血が良く出る。その血に恐怖を覚えて、震えていたら、
「あ……」
 俺を殴り飛ばしたタウトライバ兄が、目見開いて顔を真っ青にして頭を押えながら膝を付いた。
 なんて言えばいいのか解らないが、俺は自分が悪い事をしたんだろうな……そう感じながら、寂しくなった。もう少し成長した時「俺達は全員必要ない」事を知る。そうだ、タウトライバ兄は自分が必要ない子だと言われている事を理解している年齢だった。
 俺なんかよりも長い事、そう言われて生きてきた。俺なんか問題にならない程言われて生きてきた。
 傷ついていたタウトライバ兄の心に、無神経な子供はその傷口をこじ開けた……タウトライバ兄は一年近く俺の無神経な言動に耐えていた……今聞いても答えてはくれないだろうし、そんな事聞き返すのも……。
 親のない、必要のない子ども二人は、誰にも助けを呼ぶことを知らないで、片方は泣いたまま、片方は血を流したまま震えてる。
 機転が利いた侍女が医者を呼んでくれ、そしてその侍女は俺を殴って怪我をさせた事で泣き出したタウトライバ兄を宥めてくれた。当時二十歳だった侍女の名はアニエス。
 家名のない子爵家の娘は、大学を出て宮殿の登用試験を受けて俺の侍女になって、タウトライバ兄の恋人になった。
 恋人になったっても、当時のタウトライバ兄は十二歳でアニエスは二十歳、姉弟みたいな感じだったけどな。
 そして、タウトライバ兄は嬉しそうに十六歳で二十四歳のアニエスと結婚する。
 結婚するまで色々あったらしい。後になって聞いた程度だが、必要の無い俺達と結婚するのはアニエスにとっても、その家族にとっても危険が多かった。それでもアニエスはタウトライバ兄を選ぶ。
「似合いますよ、デウデシオン兄」
「お前も中々だ、キャッセル」
 兄貴とキャッセル兄は髪を結い上げた。
 帝国で男の独身主義をあらわす行為。弟が結婚すると、兄は結婚相手を早々に見つけるか、独身を貫き通すかの表明をしなけりゃならない。
「タバイはいい女性を見つけるのだぞ」
「はい。ですがまさかタウトライバに先を越されるとは」
 キャッセル兄は同性愛者、兄貴は……母親だったディブレシアに襲われて以来、人と接触する事に嫌悪を抱くようになった。だから二人は早々に独身主義を表す。
 末っ子のバロシアンは始めての結婚式ではしゃいで、嬉しそうに主役の二人に手を振って近寄っていこうとする。それを一歳年上のセルトニアードが必死に止める。
 “次はタバイ兄さんかな?” とクラタビアが言えばクリュセークが “そうじゃないか?” と笑って答えてた。その時俺はふと気付いた、他の兄弟は一歳違いで兄と弟と一緒にいる状態なのに、俺だけ一人浮いている事に。
 俺は本来なら直ぐ上のアウロハニアと……不思議だったし、一人だけ変な扱い……その時もショックだった……ような気がする。
 その理由を知った時の衝撃に比べれば、本当になんてこと無かった。本当に……
 シダ公爵妃になったアニエスだが、俺の侍女を続けた。タウトライバ兄が召使を監視していた理由、それを妃となったアニエスは教えられ今度はアニエスが俺の召使の全てを監視するようになった。

 俺は、異父弟達が嫌いだ
 どいつもこいつも、人に気を使って
 あいつらは、絶対に結婚しない……
 理由は俺が髪を結い上げる権利が無いからだ

 十歳になった時、兄貴は俺を呼び出した。その時俺は嬉しかった……呼び出された事が。部屋に入るまでは。
「来たかザウディンダル」
 窓を分厚いカーテンで覆われた部屋で、兄貴は今にも怒鳴ってきそうな表情で俺を見た。
 意味は解らないが、叱られるんだと思いながら周囲を見回す。座っている兄貴の後ろに立っているのは、タバイ兄と後でその妻になる女の医者、キャッセル兄、そしてタウトライバ兄とアニエス。
「デウデシオン? 何」
「服を脱げ、ザウディンダル」
「デウデシオン閣下、先ずは説明を」
 タバイ兄の隣に居た医者が声をかけるが、兄貴は頭を振って、
「口で説明してもわかる筈もなかろう。早く服を脱げザウディンダル」
「は、は……い」
 兄貴に一礼したアニエスが俺の服を脱ぐのを手伝った。
 全員の前で全裸になる。人に裸を見せるのは特に恥ずかしいと思ったことは無い。庶子の俺でも身の回りの世話は全部召使がする。
 体を洗ったりする事も、その関係で裸になるのは恥ずかしくはなかった……だが、何故か兄貴の前で裸になるのは恥ずかしかった。
 昔着替えを手伝ってくれていた兄貴の前で脱ぐのが恥ずかしいなんて、自分でも少し驚いた。
「そこの椅子に座れ」
 太腿を固定して足を開くような椅子に座った俺の前に医者が来る。
「そのモニターを見てください」
 言われたとおりに見た、俺はそれが何なのか全くわからなくて、それが変わっているということも知らなかった。
「レビュラ公爵閣下は分類上は男性ですが、女性の生殖器をもお持ちです」
 何を言われたのか解らなかったが、兄貴だけモニターから目を逸らして苦しそうにしてたのが印象に残っている。
「体に穴が開いてるの?」
 その後、裸になったキャッセル兄と医者の女の体を見比べさせられた。二人は、一つしか持ってない。
 今思えば生々し過ぎる行為だが、あの時はそんな事よりも、ショックの方が大きかった。
「俺、……おかしい……」
 タバイとキャッセルとタウトライバは必死に慰めてくれたが、兄貴だけは横を向いたまま怒ったような表情のまま、何も言葉を発しなかった。
 部屋を出るまで、兄貴は一言も言葉を発しないで、そして目も合わせてはくれなかった。
 それから俺は徐々に自分の体のことを教えられる。
 最初の頃はほとんど理解はできなかったが[女王]という言葉は宮廷隠語で[男性型両性具有]を指すのだと聞かされた時、何かが崩れ始めた。
 俺は自分が影で[女王]呼ばれている事は何となく知っていた。この体のことを指すとは思いもしなかったが。
 帝国じゃあ皇子や皇女、皇帝の配偶者の呼び方以外に性別を表す称号はない。
 王は王であって、それが女だろうが男だろうが関係は無い。
 だから「女王」なんて称号は存在しない。それを敢えて付けられた……侮蔑の意味も相当に込められた言葉。タウトライバ兄やアニエスが必死に体のことを隠しても、何処かから漏れてそう呼ばれるようになったのだと。
 [女性型両性具有]は[男王]と呼ばれるらしい。両者の違いは、繁殖機能。[女王]は妊娠できない、[男王]は妊娠できる。
 ただ、
「正式には結婚できません」
 俺は弟達が結婚しても、髪を結い上げる権利がない。
 女王にそんな権利はない。玩具にはそんな権利なんざない……そう突きつけられた。
 本当は髪を切ってやろうかと思ったが帽子に関する規則の厳しさに躊躇っているうちに、気が付けば弟の一人が女と一緒に暮らすようになった。
「私は彼女とは結婚する気はないからな」
 セルトニアードは共に暮らす女と、籍を入れる気はないとはっきりと言った。
 俺の弟にあたるセルトニアードが結婚してしまえば、クルフェルは髪を結う、だが俺は結えない。

 だからどいつも……

 俺を年の離れたタウトライバ兄が付きっ切りで面倒を見ていたのは、俺のこの体のせい。年が近い、まだ知らない兄弟が一緒にいて[それに気付いた]りしたら、問題になると。
 俺が驚いたり、兄弟達が俺のような体に興味を持つのを避ける為。
 自分のベッドの天蓋を下ろして鏡で男なのに女の部分を見ては落ち込む。
 見なけりゃいいと解っていても、どうしても気になって。

 この体と兄貴の接触嫌悪の理由を知ってから、俺は女がダメになった。普通に接するのはいいが、この体で誰かを抱くのかと思うだけで……そこを掻き毟りたくなる。
 まだ ”知らない頃” そこを掻き毟って……叱られたんだけれどな……兄貴に。


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