ALMOND GWALIOR −18
 帝王ザロナティオン。不敬が黙認される階級においては “狂気の皇帝” とも四足の皇帝とも呼ばれる。
「四足の皇帝なあ。戦闘時以外は本当に四足で歩いてたらしいが……陛下は何時でも二足歩行してくれてるから、それだけでも教育の賜物なんだろうなあ」
 銃を調整しながらエーダリロクが呟く。
 ザロナティオンは幼少期が一切なく、誕生直後に成長を劇的に促進させる薬物を用いられ誕生から一ヵ月後には銃を持って戦わされていた。
 その弊害から彼は通常時は手を床につき四つん這いで歩き、死ぬまで治ることはなかった。
 急激な成長に対応するべく、知識不足を補うために脳内に知識を得る為のチップを埋め込み、眠っている間に殺されることを恐れ睡眠を阻害する薬を服用した。
 “眠っていると殺される” という強迫観念は終生まとわりつき、彼は三十二年の生涯で総睡眠時間が900時間に満たない。
 その睡眠不足が狂気の最大の要因だということは明白なので、現皇帝シュスタークはとにかく眠ければ即座に寝ていただくという徹底した状況にある。
「ザロナティオンは常軌を逸した育ち方したからなんだろうが……でも陛下に対しても常軌を逸してるってか……まあ、これが温室育ちってのかも知れねえけどなあ。勿体ねえじゃねえか、強いのによ」
 ビーレウストは渡された銃を触りながら、マニュアルに目を通し、試射の項目をもチェックする。
「そりゃあ、リスカートーフォンからみたら勿体ないだろうなあ。文句なしで強い御方……っても、お前等 “拳を交わしたから仲良くなる” とかいう生き物でもないからな。殺す為にやるのが大前提だろ? たった一人の皇族がそんなの相手にするわけにいかねえだろうが。甥のアシュレートくらいで我慢しておけば」
 エーダリロクの言う “甥” とはエヴェドリット王ザセリアバ=ザーレリシバの実弟・ジュシス公爵アシュレート=アシュリーバ。
 年はビーレウストよりも二歳年上に当たる。
「アシュレート弱いからなあ。あいつは俺と反対で艦隊指揮の方に才能があるが、肉弾戦はまるでだ。兄もアシュレートも艦隊戦の名手だけどよ、いま一つこう……リスカートーフォンらしさがなあ」
 ビーレウストは五人兄弟の末っ子で、会った事があると言われても記憶も定かではない長兄は戦死。次兄と三兄は皇帝ディブレシアの夫となり亡き人となっている。四兄は甥であるジュシス公爵と同い年で名をシベルハム=エルハムと言う。
 人殺し大好きのビーレウストから見れば、この二人は非常に落ちついているように見える。もちろん落ち着いている方がいいのだが、人殺しを好む性質の一族の中では逆に浮き、先代エヴェドリット王ガウダシアには【期待】もされなかった。
 その点ガウダシア王の末っ子であったビーレウストは、血に酔い人を殺す性質が露わだった為に王には非常に可愛がられて育てられた。
「つかさ、アシュレートもシベルハムも俺よりも純粋戦闘力高いんだけど。それが弱いってんだから、どうやっても俺は相手してやれねえな。どうしてもやりたいなら、ザセリアバに相手してもらえば?」
 文句なく強いエーダリロクだが、ある一定の線を越えた世界では普通に分類される。
「ザセリアバは異常だ。俺は知らねえがリーデンハーヴ長兄は強かったらしいし、それが直に現れたんだろう」
 ザセリアバはリスカートーフォンの本来の特性である、身体の純粋な強さも、戦争指揮の上手さも持ち合わせている。そして最近になって重要視され始めた【ケシュマリスタ系特質脊椎】こと帝国騎士の能力も所持していた。
 血に酔う傾向も強く、それ以上に食人傾向も強い。
「リスカートーフォンの強い強くないの分類は良く解らねえからな。でもまあ、リーデンハーヴ王子はお前の母さんルシアンタルア王妃似だったんだろ?」
 長兄であったリーデンハーヴの長子で現王ザセリアバと、先代王のビーレウストはそりが合わない。
 気質が近過ぎて、同族嫌悪の部分が多い。
 当人達もそれを知っているので、ザセリアバは半ばこの年下の叔父を放逐状態にしており、ビーレウストも黙って放逐されていた。ただそりは合わないが、主従関係は悪くはない他者からみれば不思議な関係でもある。
 その関係の根底は、『決して反逆しない』
 反逆に関してザセリアバはビーレウストに絶対の信頼を置いていた。
 ビーレウストは面倒が嫌いで、権勢欲が皆無で、殺人衝動だけが強い典型的なエヴェドリット性質。ザセリアバが細かい事や八つ当たりで怒ろうが、やや常軌を逸する程に人を殺害しても全く罰しなければビーレウストは黙ってザセリアバに従う。
 純粋に人殺しが、戦争が好きなビーレウストは人心を掴もうとする小細工を一切しない男であり、反逆する為に必要な配下を一人も持たない。
 周囲に誰も置くことをせず、成長してからは側近すら排除し、女を抱くだけでそれ以外はほとんど独りで過ごす男に腹心は一人もない。
 ビーレウストが自分は艦隊指揮の才能がないと言うのは、全く人の感情を考慮しないことが関係する。ビーレウストは艦隊指揮も悪くはないのだが、艦隊指揮を延々と続けてしまう。個人戦闘ならば自分が生きて戻れば終わりだが、艦隊指揮となると『すべての艦隊が敵に破壊されるまで戦わせ続ける』タイプ。
 使われている部下達が生きて帰りたいと思っていることは知っていても、自分の戦争を続けたい欲求の前にはそんなことは霧散してしまうのだ。
 よって彼が戦争で指揮を執る場合は、ザセリアバの帰還命令が絶対必要となり、そんな命令を受けるくらいなら最初から指揮をしないとビーレウストは言い張り、結局余程のことがない限り艦隊指揮はしないことになっていた。
 元々戦争が好きでシュスター対シェート親子の戦争に参加し、シュスターが負けそうになった時『より多く殺す為』に寝返った一族の末裔に “被害を最小限に” や “適度に切り上げて” などと言っても無駄。
 自分一人で人を殺し、物質を破壊することのみに生きる男に “反逆” など警戒する必要はない。
 逆にビーレウストの実兄シベルハムや、ザセリアバの実弟アシュレートのように『普通』に指揮をする方が警戒心抱かれる。
 尤も警戒心を抱かれる方が普通で、戦争巧者でありながら全く警戒心を抱かれないビーレウストが異常なのだが。
「うん、まあ……らしいな。俺は知らねえが、お袋は親父も怯む強さだったらしい」
 単独で生きることを好むビーレウストが、唯一 “気を遣う相手” がエーダリロク。
 人殺しを好む王子と異性に全く興味のない王子は、誰が見ても仲が良かった。
「ははははー。ガウダシア王は強かったって聞いてたけどなあ」
 会話はそこで途切れ、試射とデータ収集が開始される。
 血に酔いやすく、血の匂いを嗅げばそれこそザロナティオンのような変貌を遂げるビーレウストは、わざわざ多数の人を殺す為に銃器使いとなった。
 直接肉を切りその感触を楽しむのではなく、その驚異的な聴覚で臓器が停止してゆくさまを楽しむように替えたのだ。
 二時間に及ぶ試射の結果、
「一般に支給するにはもう少し改良が必要だな。グリップが太過ぎる、俺なら握ってられるが、一般的な兵士には無理だ。三発撃って掌の骨が骨折じゃあ使い物にならねえよ」
 軍用手袋を脱ぎ捨て汗を拭く。
「そうだなあ。反動制御の割合をもう少し上げるか。でもそうすると、威力落ちるし……いっそ、一般兵に銃の支給止めりゃあいいのかなあ。今は昔と違って地上戦なんてねえし、戦艦に異星人乗り込んでこねえし。そっちの方が軍備費抑えられて良いと思う」
「手前の兄貴の吝嗇王が喜びそうだな」
 採取したデータでのシミュレートを見つつ改良箇所を二人で上げて、
「食事にしようか。叔父貴が招待してくれた、何かあるかも知れねえけど飯が美味いのは確実だからさ」
「いいな」
 言いながら、二人は着替えもせずに帝婿宮へと食事をしに向かった。


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