ALMOND GWALIOR −17
 ビーレウストは約束や所定時間などほとんど守らない男だが、エーダリロクから呼び出された時、理由はなんであれ指定された時間より前に約束の場所に到着する男だった。
「武器の調整まだ終わってねえのかよ」
 当然呼び出す方も、長い付き合いでそれを知っているので約束時間前に準備を終えておくのだが、
「終わってる予定だったんだよ。ガゼロダイスがザウディンダル虐めに行って、キュラに見つかって騒ぎにならなけりゃな」
 突然舞い込んだ “事後処理” に時間をとられ、用意を整える事ができないでいた。
 姉でもなく兄でもない【自分よりも先に生まれた人】であるガゼロダイス。ほぼ省みられることのなかった無性は、皇帝の相手を務めたことにより僅かながら地位を得てしまい、それが【彼女】の増長にも繋がった。
「ガゼロダイス殺しちまえば」
「陛下が気に留められてるからムリだろな。今でも兄貴に “ガゼロダイスはどうしておる” って訊ねてくださるそうだ。あの方はお優しいからな」
 帝国の上流階級に女性が全く居ない状態の為、最終的に【無性に一時的に女性にして】相手をさせることとなった。
 自分の初めて経験の為に体のつくりを変えられた親戚筋の【女性】を気に留めないような皇帝ではない。
「まあな。陛下があれを直ぐに忘れるような人だったら、楽なんだけどよ」
 のんびりとした覇気も何もない皇帝だが、ビーレウスにしてみれば不必要なほど優しさを持ち合わせていた。自分の相手をした無性など、直ぐに記憶から排除し多数の女を侍らせればいいものを……そう思いつつも、その姿が誰にも想像できないのが今の皇帝だった。
「楽だけど “尊敬申し上げ” は出来ねえだろうよ。陛下は[ザロナティオン]でありながら、お優しいってのがポイントだからな」

 彼等が[第三十七代皇帝シュスターク]と仰ぐ男は[第三十二代皇帝ザロナティオン]のクローンにあたる。
 クローニングによる後継者は禁止されているのだが、その当時帝国には皇族が二人しか存在しなかった。皇帝であるザロナティオンと、無性であったビシュミエラのみ。
 無性のビシュミエラに後継者を望むことは出来ず、本来後継者を作らなければならないザロナティオンは生殖と “食べる” ことが同時に行われる食人狂でもあったため、性行為を行った相手が生きていた事は一人の例外を除いてなく、やっと一応の終結をみた内乱が後継者が居ないことで再び起こることを恐れ、人々はザロナティオンのクローンを後継者にすることを黙認した。
 ザロナティオンの狂気は戦争による後天的なものでクローンは作成後、教育で落ち着かせれば次の後継者は普通に得られるだろうとの目論見からそれは行われた。
 ザロナティオンの息子であり、ザロナティオンでもある三十四代皇帝ルーゼンレホーダは[人々の目論見どおり]教育によって大人しい男に育った。

 彼の身の内で、彼≪ザロナティオン≫と彼女となった≪ビシュミエラ≫が交じり合い、帝国に大きな災禍をもたらすとは誰も思いはしなかった。おそらく二人もそんな事は思いもつかなかっただろう。

 ザロナティオンに「食糧」として囚われ、その驚異的な再生力で延々と食糧として体を提供し続けた無性のビシュミエラ。同族を取り込み身体強化を行う能力に無性は絡み合い、ルーゼンレホーダにザロナティオンは本来持っていなかったモノをもたらしてしまった。
 男性と無性の特徴をもったルーゼンレホーダの血が王家や皇王族にばら撒かれた後に判明した「女性因子殺害遺伝子」ビシュミエラとザロナティオンが絡み合ったそれは「女」の誕生を阻害し、ルーゼンレホーダの血を受けた上位貴族の系譜から女が消えた。
 最初は誰も気付かなかった、そして気付いた時には既に遅く。最後の高位の女性であったのが、現皇帝シュスタークの母にあたる先代皇帝ディブレシア。
 彼女の誕生後、上位階級には女児が生まれず四十四年が経過した。
 その彼女も二十年以上前に崩御しており、帝国にはルーゼンレホーダの子孫以前の系譜にしか女性が存在しない。
 十歳や二十歳年上くらいは我慢してくださいと家臣は言い、皇帝は我慢するものだが運の悪いことにその程度の年齢差の王女は一人も存在しなかった。
 離婚させて正妃に添えられる【王女】で最も若いのは、ケシュマリスタの王女で現在六十九歳。次に近いのがロヴィニアの王女で七十三歳。
 エヴェドリット王女で最年少は七十九歳で、テルロバールノルでは八十二歳の王女。テルロバールノルの王女などは現皇帝の素体にあたるザロナティオンのほうに年齢が近いほど。
 二十三歳の皇帝は、ただでさえ女性に対する欲求が少なく、容姿からして男性を好む恐れがあった。年上を特段に好む性質もないので下手にかなり年上の女性を勧めて男に走られては元も子もない。
 そして現皇帝にはどうしても【皇女】を作ってもらう必要がある。
 それらを優先する為に、正妃は貴族階級ではなく平民から選出されることが決まった。もちろん平民正妃が認められるまでには紆余曲折があったのは言うまでもない。
 王国側で自領の貴族から正妃候補を選び、皇帝の前に差し出して関係を持たせてみたりしたが、やはり王女が良かろうと正妃候補をなかったことにして王女誕生まで二年の期間を貰って、誕生を待ってみるも望んだ結果は得られず終い。
 帝国唯一の皇族で、後継者も何も居ない皇帝をこれ以上独り身にしておくわけにはいかないと平民を選出するが、女性に興味をあまり持たない皇帝は用意された億の数の十八歳の娘達を見て、驚きはしたがそれ以上の感情も持たない。
 どうしても興味を持って欲しい帝国は、一人選んだ娘と感情を高ぶらせる為に墓地へと【肝試し】に行ってもらったが、娘以上に皇帝が驚いてそれ所ではなくなってしまった。
 皇帝は内情を知っていたのだが、驚いて気を失ってしまったのだ。
 その失神の際に口から泡を吹いたことや、失禁したことは報告にあっても誰も触れることはない。
「俺はどちらかってと[ザロナティオン]がポイントだけどな。それにしても、どの程度の[痛み]で陛下のザロナティオンは[覚醒]するんだ?」
「さぁ。測ったことないからどうにも。偽体計測してみたことあるが “偽体” がカルニスだから、やたらと高い。それにカルニスと陛下じゃあ、全く違うんじゃないか? っていう先入観があるからどうにも。ザロティオンのデータとつき合わせてみても、最終形態のはねえし」
 その皇帝の内心を読むことが出来るただ一人の相手、カルニスタミア。
 彼は皇帝の偽体でもある。
 視覚的な皇帝の影武者は体格と、少し手を加えれば皇帝の頭髪にみえなくもない同じ長さの黒髪を持つビーレウストだが、機器に対しては同じような神経伝達を持つカルニスタミアが務める。
 人間は見た目で誤魔化せるが、機動装甲などの機械は神経伝達などの内部的な同調が必要な為、カルニスタミアが必要となる。
 皇帝の搭乗する機動装甲の調整などは全てカルニスタミアを使って行われていた。
「確かにカルは異常なほど強いからな。あの痛覚耐性、最高レベルだしよ。ザロナティオンは通常耐性なんだよな」
 だが個体差はある。
 カルニスタミアの痛覚耐性は帝国最高に位置している。それの対となる現皇帝シュスタークの痛覚耐性は【不明】
「通常ってかある一定量を越えると発狂するらしい、そのラインはかなり低い所に設定されている。そうは言っても、ザロナティオンは常時発狂してたようなもんだから、発狂もなにもなあ」
 ザロナティオンの完全なるクローンにあたるシュスタークは素体の性質からして、多種多様な耐性検査をした際に “ザロナティオン” が目覚める可能性があるために、皇帝には一切の検査が行われていなかった。
 帝国騎士ならば通常行われる痛覚耐性も、それを恐れるあまりに誰も “してみよう” と言い出せない。
 その代わりを務めるのがカルニスタミア。
「一度あの人を揺り動かしてみりゃあいいのに。目が覚めたザロナティオンに会ってみたいぜ」
「やめろって、ビーレウスト。あの人本当にザロナティオンクローンだから、その気になれば “咆哮” も出るんだぜ。それでたら、耳のいいお前は全く相手にならないぞ」
「相手にならなくても、見てみてえな。それで殺されるなら悔いはねえ。一度でいいから見てみたい、四足の皇帝の真の強さを」


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