ALMOND GWALIOR −171
 大宮殿の警備に当たっているアシュレートが同族だが遠い存在でもある僭主二名の名を呟く。
「ケベトネイア=ケベイトアとインヴァニエンス=イヴァニエルドか」
 ケベトネイアとインヴァニエンス、この二名は帝星襲撃のメンバーに確実に入っていると《情報源》は言い切った。
 ケベトネイアは地下迷宮を網羅している。そしてインヴァニエンスは「幼女のまま」なので、帝国軍襲撃には適さない。
「見た目は五、六歳か」
 そしてなによりもインヴァニエンスはケベトネイアを敵視しているので ―― 目を離さないでしょう。我が知らない歳月で和解した……ということはまず考えられません ―― とのこと。
 僭主同士の確執。各々の”個”があり、それと同じ数だけの”野心”がある。だが野心を満足させる地位は少ない。よって確執は避けられない。
 特に王位と皇位の二つを狙う僭主。
 狙うものが二つと多いと見るか、襲撃に関わる億の人員からすると少ないと見るか? これもまた個々の違いだろう。
「よくもまあ、こんなに無能を揃えたもんだ」
 ”副官として使え”と兄のザセリアバ王が置いていったバーローズ公爵イジェルケン=ルハーヴが卓を挟んで向かい側に座り《防衛軍》の名簿を見て負の方面の感動を見せる。
「上手い配置だろう?」
「いちおう褒めておく、アシュレート」
 僭主を帝星におびき寄せ、戦いながら入れ替えを行う「ジルオーヌ作戦」この作戦の成功は、敵を上手く招き入れるところにかかっている。
 その重要な作戦を任されているのが、アシュレートだった。
 ”防御”もしくは”攻撃”そのどちらかに徹することは割合簡単だ。勝とうが負けようが”徹して”いれば良い。だがおびき寄せるとなると、徹していているだけでは上手くいかない。策を弄さなくてはならないのだ。
 その一つが、

―― 良いとこに生まれただけで、才能もないのに、高位に就いている ――

 よくある「不満」
 部下にしてみれば、その地位には実力に相応しい人に座って欲しいと思いがちだが、上層部から見たとき血筋だけで高位に就いている無能は非常に重要となる。
 これには様々な使い道があるのだ。
 今回の大宮殿おびき寄せにも、この血筋だけで無能な指揮官が大いに役立つ。それは部下である上級階級ではない者たちの「無意識の思い込み」と相俟って効力を発揮する。
 一般階級の者たちは有能な者に地位について欲しいと考えるも、帝星近辺警備は《上位貴族指揮》だと疑わない。
 本当はそんなことはないのだが、彼らの思考では平民の指揮官が帝星近辺を守っている方が奇異に映る。
 そんな彼らは平素見下している無能な《上位貴族》が帝星近辺警護についていていることに、違和感を持たない。
 世界を「その形」で動かしていることもあり、これが常識となっている。
「帝星の周囲をここまで無能で固めるとは、奇策を好むお前だから作戦が通ったようなもんだろう」
「だが無能でも無能に見えない者もいるからな」
 アシュレートが言う無能は《軍人として》であり、その他のことは考慮されていない。
「たしかに。人格が優れていれば無能でも許される……らしいな。我等以外は」
 彼らエヴェドリットからすると、度し難い無能であろうとも、なんら問題はない。ただ軍人として無能なだけで、人として優れている。だからそれ程無能に見えないような者も挟み込んでいる。
「そういうことだ」
 帝星周辺の艦隊配置は複雑。
 元々帝星の警備はデウデシオンがその権限のほとんどを握っている。これは現皇帝シュスターク登極以来のことで、今回の作戦の時だけ変更するわけにはいかない。
 表だって変えないで、裏ではアシュレートが……というのも通用しない。なにせ帝国軍にはエヴェドリットだけではなく、他王家出の者もいるのだ。不本意ながら皇帝に一任されている帝国宰相に従っているだけで、他王家の公爵に従う義理はない。
 作戦だと言われようが、その作戦も自らの王が認めて、彼らに命じたのでなければ従うはずはない。従わないとその者たちを排除すると、余計な問題が増えるだけ。
 帝国防衛の対異星人戦のように、全てが隠されないで戦っている分にはいいのだが、秘密にしなくてはならない作戦の場合は、これらを触るのは致命傷となってしまう。
 よってアシュレートは”この状態”を保ちながら帝星をほぼ丸裸の状態にしなくてはならなかった。一目で丸裸と解っては”あからさま”なので細心の注意を払って。
 そこでアシュレートは帝星防衛の最前線に、普通貴族で帝国軍に属している、有能でも無能でもない普通の者たちを配置した。
 つぎに上位貴族で人格者だが軍事的には無能な者を配置し、帝星にもっとも近い場所には性格もあまり良くはない自尊心だけが大きい無能貴族を配置する。それだけではあからさまなので、部下に有能な者が配置されている隊や、援軍として駆けつけられる距離に別部隊を配置したりと上手く補えるように。
 無能の配下になったからと言って悲惨な目に遭うわけではなく、普通の上司の下に配置されたからと言って割を食うわけでもない。
 戦争好きの僭主に対してと考えれば、無能や普通の部下のほうが気が楽だと考えることもできる。

 同種族同士、戦いとなれば何処にいようとも逃れられない。

 アシュレートの見込みでは、僭主が抜けてくるだろうルートは三通り。
「それ以外で抜けて来たらどうするつもりだ? アシュレート」
 アシュレートが帝星近辺に駐留させている自らの艦隊は少ない。
 説明などする必要もなく、エヴェドリット王族が大艦隊を率いて帝星周辺にいるのは、誰もが警戒する。警戒されても本来ならば配置されるのだが、エヴェドリット王族の元帥艦隊がそこにあっては、僭主も攻め倦ねて作戦を変える可能性がある。
 よっておびき寄せるために、数を減らす必要があるのだが、もっともらしい理由を求められる。その理由こそがアシュレートの用兵にあった。アシュレートは「奇策」と「奇襲」の達人として知られている。奇策と聞いて誰でも真っ先に思い浮かべるのが「少数で多数に勝つ」というもの。
 その思い込みを利用させてもらったのだ。味方にむけて、そして僭主にもむけて。
「それは帝国宰相に任せる」
「あいつに責任を擦り付けるってわけか」
「帝国宰相も希望しているからな」
「どうしてだ?」
「機動装甲の大宮殿配置だ。―― 僭主が大宮殿まで入り込み、艦隊では対応できず、機動装甲で撃退した ――という理由で、配置許可を伸ばすつもりだ」
 この部分はザセリアバ王もランクレイマセルシュ王も譲歩を示した。もっとも譲歩と言えば聞こえは良いが《このタイミングで殺せばいいだけのこと》という感情を隠さずの交渉であったので、その際の室内は凍り付くような空気であった。
「そうか。じゃあ精々頑張ってもらおうか。頑張りすぎて死ぬかも知れねえが」
「死んだら死んだで厄介だ」
 アシュレートは決して楽観視していない。かなり危険な状態になることも理解しているが、ここまでしなければ僭主をおびき寄せて、入れ替えることはできない。
 一人か二人を入れ替えるのではない。できる限り多くの者を入れ替える必要がある。その為には、どうしても上手くおびき寄せ、そして交渉する必要があった
「そうか?」
「ああ。后殿下の後ろ盾が」
「ロヴィニア王になるだけじゃねえか」
「ランクレイマセルシュか……后殿下の後ろ盾が……どうした?」
 アシュレートは話題に入る前に”にやにや”と笑っている、戦死した自分の父親と同い年の公爵を見つめた。
「何でお前、奴隷妃のこと后殿下と呼んでるんだ?」
 帝国においてロガはまだ「奴隷妃」でしかない。ロガは生涯「奴隷皇后」の呼び名がついて回ったのだから、この頃「奴隷妃」呼ぶ者の方が多いのは特筆するほどのことでもないのだが。
「女官長と話をするので、その言い方が移った。まあ移って悪いものでもないので、我はこのままでゆく」
「女官長……ってと、セゼナード公爵妃か。あの強かな娘、あれは良いなあ。息子の嫁に欲しかったくらいだ」
 バーローズ公爵は浅黒い肌に、眼差しの鋭さを強調するかのような銀髪の下で力強く頷く。
「そうか。ランクレイマセルシュの事を再確認しようと思ったのだが”こちら”を先に説明しておこう」
「”こちら”?」
「指揮権についてだ」
 アシュレートは書類の画面を閉じ、卓に肘をつきバーローズ公爵の表情を窺いながら、王にも秘密にしている「案」を説明する。
「防衛の指揮権譲渡についてか? なんだ?」
「我はこの作戦中、一時指揮不能になる」
 アシュレートが僭主襲撃中に不明になった場合、総指揮を執るのはこのバーローズ公爵と「ザセリアバ王」が決めている。
「それで?」
「その際の指揮権はメーバリベユ侯爵に渡す」
 アシュレートはそれを完全否定し、自分の赤い手袋の甲部分に描かれている図案化された白抜きの夕顔を手元にあったペン先で引き裂いて見せる。
「理由は?」
―― 王からの命令ではない ―― ことを語らず明かにして見せたのだ。
「お前には言えない理由で我は指揮ができなくなる”予定”だ」
「絶対ではないのか?」
「違う。我としてはその予定は、この面倒で精神をすり減らす作業の褒美として是非とも享受したいのだがな」
 肌に薄く赤い線がついたがアシュレートは気にせず、話を続ける。
「エーダリロクも絡んでるのか」
 メーバリベユ侯爵単体で、アシュレートを動かすのは考えられない。バーローズ公爵はざっとメーバリベユ侯爵の周囲を思いだし、単独作戦指示ならば”こいつ”しか居ないだろうとエーダリロクの名を上げた。
 有能や平凡、無能などとは次元の違うところに存在する天才。
 いまはもう存在しない帝王を思わせる容姿と、戦争技術開発の飽くなき探求心。
「そうだ。あの天才エーダリロクが絡んでいる。思い描いた通りになる可能性は高い」
 アシュレートもそれを隠すことはしなかった。メーバリベユ侯爵は堅実な才を持ち、バーローズ公爵に”息子の嫁にしたい”とは言わせたが、戦争においては、誰もを納得させるような才能を未だに発揮したことはない。
 従わせる、あるいは納得させるとしたら、そこはやはり夫であり天才と誰もが認めるエーダリロクを出さなくてはならない。
「了承したが。だが王には伝えなくていいのか?」
「後日で充分だ。先に伝えると、王が作戦を無視してしまうだろう」
 それは何事にも代え難い褒美。
 人生において一度きりしかもらえないだろう《ご褒美》
「なんだ? 知りたいな」
「……王に教えないのであれば、教えてやろう」
「良いのか?」
「恐らく我一人では対応できんからな。死ぬつもりはあるか?」

―― アシュレート。お前も知っての通り………………
―― なんだと? カルニスタミアはそんな事は言っていなかったぞ?
―― あの忠臣が”ばらす”かよ。これは帝国宰相も知らない
―― なぜお前は知っているのだ? エーダリロク

―― そいつは秘密。どうしても知りたかったら、金払えアシュレート

「愚問だな。お前の親父リーデンハーヴと二十年近く前に名を交換してから、今日この日まで戦死したいと思わなかった日はない!」
「それでこそ、戦争狂人。良いだろう、相手は……」


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