ALMOND GWALIOR −170
奴隷というのは「助けあって生きる」というのが基本。排除される者や、一人で生きようとする者などもいるが、普通は助け合って生きている。
「ミネスさん。届け物です」
「はい!」
ミネスは半年ほど前に祖父が死亡し、衛星に身寄りが一人もいなくなってしまった奴隷の少女。両親は開拓民として何処かへ入植するために送られていった。
送られる当時体が弱かったミネスは衛星に残され、祖父と一緒だった。ミネスの祖父はかなりの高齢。本人の証言を信じると百歳を越えていたことになる。
「どうです? 一緒に夕食でも」
「あ……は、はい……バルミンセルフィドさま」
「”さま”は要りませんから」
一人になってしまったミネスを、同じように一人になってしまったロガや、ロレンそしてシャバラが気遣っていた。
「良い名前ですね」
「あ、ありがとうございます。バルミンセルフィドさん」
ミネスは彼らの后殿下ロガと同じ年に奴隷登録されたので、書類上”同い年”となる。
「私の母の名前とちょっと似ています」
年下だがミネスよりも背が高いバルミンセルフィドと並んで歩いて話をする。
「母ちゃん……じゃなくて、お母さんの名前ですか?」
穏やかな物腰で、優しげな顔立ちのバルミンセルフィドに、
「はい。私の母の名はミスカネイアと言います。ミスカネイア・エーデルス・ミルフェルドアルマンス」
「へ、へえ……」
ミネスが恋心を抱いても不思議ではない。
バルミンセルフィドがミネスにそのような恋心を抱くことはないのだが。
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―― 振ってしまったのですね☆可愛い顔とは言いませんが、素直で貴方のことを好いてくれていたのに
―― まあね。あのさハイネルズ……ハイネルズのお妃はトリュベレイエス=トリュライエスさまに本決まり?
―― ええまあ……その。私の希望というのは通りませんし、あまり希望ありませんから。だって選べる相手がトリュベレイエス様に……
―― もう一方、私が迎えても良い?
―― 地位と安定、そして権力ですか?
―― うん。できれば父上の補佐をしたいから。本当は父上は私に好きな人と結婚して欲しかったかも知れないけれど
―― 直接申し込んでください。なあに政略結婚でも好きになれますとも☆だって皆さん、私の従兄弟ですから。エルティルザやバルミンセルフィドと同じく
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まだ彼らは子供だが、そろそろ子供の時期が終わる。
「シャバラ、ミネスさんを連れてきたよ」
「おうバルミンセルフィド! ミネスに”さん”なんて要らねえよ!」
それを漠然と感じつつ《子供の頃》を過ごして居た。
皇王族三人と奴隷三人で食卓を囲み、
「へえ〜ミネスさんのお祖父さんは、生まれる寸前に帝王の断末魔を聞いたと」
本日はミネスの祖父の話に。
ミネスの祖父は「母親の胎内にいたとき、帝王の叫びを聞いた」と、繰り返しこの孫と友人たちに語っていた。
「凄いですね。数千人が流産したと言われているのに」
「俺もそれをゾイから聞いてたから、爺さんの話あんまり信じてなかったんだよ。最初は帝王の声でそんなに人が死んだっての信じられなかったけどな」
「そうでしょうね」
エルティルザは”解ります、解ります”といった表情で、コロッケにかぶりついていた。
「その帝王の子孫がナイト……じゃなくて、シュスターク帝なんだよな」
口が肥えてるだろうに、よく家の料理を食べるな……と思いながら、シャバラは話を続ける。
「はい。陛下は超直系の子孫です☆」
「超直系って?」
―― そんな言葉ないよ……ハイネルズ
心で突っ込みを入れながらも、エルティルザはコロッケが口の中にあるので、口を開くわけには行かずにそのままに。
「すっごい血が近いってことですね」
ハイネルズが言った「超直系」とは、言葉としてはないが、意図は「クローン」を示している。他の二人はシュスタークがザロナティオンクローンだとは知らないが、ハイネルズだけは母親から聞いて知っていた。
バロシアンが自らの出生を知る時にザウディンダルの出自を知ったように、ハイネルズは自らの誕生を知る際に「シュスタークとザロナティオン」が同一人物であることを知る必要があったため、彼だけは知っていた。
「そうなんだ。だからなんだろうな、ミネスの爺さんシュスターク帝の声を聞いた時”ザロナティオン大帝!”って叫んで大暴れして大変だったんだよ。もう動けなくて、俺たちやロガ総出で体洗うくらいだったのにさ」
「へえ……でも記録にはザロナティオン帝の声って甲高いって書かれているよね」
「確かにね。でも実際は違ったのかな?」
「え? 音声くらい残ってるんじゃないのか?」
「奴隷の皆さんには馴染み無いかも知れませんが、ザロナティオン帝は喋ることができず、叫ぶばかりだったので、音声というのはありません。行動も普通の思考回路でみたら奇異に映るような動きなので、一般公開はありません。書物には正しく書かれていますが、見たのと文字は相当な差があります☆」
ザロナティオンの声は上級階級を支配する。それは記録音声であっても同じことで、扱いは非常に厳重にされている。
支配する部分を取り除いて記録しておけば良さそうだが、その部分を抜くとザロナティオンの声は、今のシュスタークの声と全く同じになってしまう上に、声が途切れ途切れで益々「なにを言っているのか解らない」もしくは「幼児語を喋っていることが明かになる」ために、誰も手をくわえたがらない。
「そうなんだ」
ザロナティオンという皇帝は、未だに扱いが難しいのだ。
「ミネスさん、これもどうぞ」
その脇で、バルミンセルフィドが「女性に優しく」を実演し、最初から取り分けていた料理をそっとミネスへと差し出す。
「そんなに食べられない……です」
「ええ。食えよ、ミネス。お前いっつももっと食うじゃねえか」
シャバラは”ロガもシュスタークの前じゃあ、飯食うの上品になってたよな”と、后殿下となった幼馴染みの行動に重ねて”茶化す”と、
「シャバラ!」
ミネスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふふふ、ミネスさん☆」
「は、はい!」
「ハイネルズ、怖がらせてるよ。慣れない人にその喋り方止めなさいって」
「仕方ないじゃないですかエルティルザ。これが私なんですから。それでミネスさん。貴族の男は、元気にお腹いっぱい食べる少女が大好きですよ。聞けば陛下が后殿下に好意を持った理由の一つは、食事している顔が可愛かったとのこと」
「ナイト……じゃなくて、シュスターク帝は飯持って来てばかりだったからな」
「それは言わないお約束です、シャバラさん。あれが私たちの父方兄弟の精一杯だったのですから。国家防衛や予算を組むことよりも遥かに脳みそ使って、あの有様ですとも☆」
―― あーナイトの異父兄弟だもんなあ……
シャバラは語るハイネルズを見ながら「でもそれで良かったような。ハイネルズの案なんかだったら大変なことになってような」と感じてしまい、すぐに「勝手にそんなことを思って悪かった」と思い直して、
「ハイネルズも食えよ」
「ありがとうございます!」
そっと自分のコロッケを差し出した。
**********
「ミネスさんとバルミンセルフィド仲良くなりましたね」
”傍から”見ていても、ミネスがバルミンセルフィドに好意を持っているのははっきりと解ったが、その好意はあくまでも奴隷としてのもの。
ミネスの好意は「バルミンセルフィドの恋人になりたい」というものではなく、できれば傍仕えになりたいという、かつてロガがシュスタークに対して持った感情と同じ「召使い希望」で止まっている。「善い主に仕えたい」という奴隷が持つ普通の感情なので、誰も問題視はしていなかった。
「そうだな。実際格好良いし、前に居た奴等……って言っちゃ駄目なんだったな。えーと前にいた王子さまよりも近寄り易いってのはある」
「バルミンセルフィドって割ともてるんですよ」
奴隷のミネスが向ける感情とは違い、大宮殿では妃になりたい女性から、バルミンセルフィドはかなりのアプローチを受けていた。
「そうなんだ。まあ、あの顔だったら……っても、エルティルザも格好良い部類だろ?」
「ありがとう、ロレン。でも私……若干マザコン気味なんですよ」
三人の中で最も女性人気が高いのはバルミンセルフィド。奇怪な詩を好むが、それもまた貴族らしいと。そしてかなり水をあけられてエルティルザ。
「……マザコン……な。そうなのか、でも解ってるなら治せるんじゃないのか? それとも母親が勝手にくっついてくるのもあって? とか」
「いえいえ。母は優しくて一生傍にいたいと思わせる人ですが……こう言うと可笑しいでしょうが、父は私が母から離れないで居て欲しいと思っているので」
「なんで?」
「父には母がいなかったので。母に甘えている息子という姿を見ると幸せな気分になれるのだそうです。それが自分の息子であると、より一層」
「エルティルザの父方の祖母って……」
「ディブレシア帝です。戸籍上は母などとは言える相手ではありません」
「そっか……」
「いつかは離れるのですが、できる限り家族で仲良くして、父を喜ばせたいという気持ちが」
「いいんじゃないの? 今はまだ家族大事で。そのうち好きな女ができたら、そうも言ってられなくなるんじゃないか」
「そうですよね」
「でもそれじゃあ、バルミンセルフィドやハイネルズも同じなんじゃないのか?」
「違いますね。バルミンセルフィドの母のミスカネイア伯母さまは、甘えたくなるような方ではないので」
「厳しいの?」
「まあ、厳しいかな。タバイ伯父さん優しすぎるので、妻であるミスカネイア伯母さまが頑張るしかないようです。我が家は父が甘くて、母は優しい感じです」
「お前の父さん、本当に……家族好きなんだな」
「そうですね。異父兄弟の中で最初に結婚したくらいですから。家族に憧れているのだと思います」
「なるほど。ところでハイネルズは?」
ちなみにハイネルズは三人の中でもっとも女性に人気がない。
なにが駄目なのかというと、あの性格以上に、他者を寄せ付けない空気が強すぎるため。
「ハイネルズのご両親は解りません」
「エルティルザたちでも全然知らないの?」
「はい。ハイネルズ曰く、母上は”強く厳しくそして強い”御方だそうです。父上は兄弟に似ているとのこと」
「そんなに強いのか、ハイネルズの母親」
「そうらしいですね。でもハイネルズを見ていると解るでしょう」
「うん……まあ」
「性格はあの通りですが、人を寄せ付けない緊張させる空気を持っています。ハイネルズの本質はおそらく”そう”なのでしょう。いつも気合いを入れて、その空気をもう一つの性格で消しているような」
それは幼少期から兄弟のように育ったエルティルザやバルミンセルフィドは、はっきりと感じていた。拒みはしないのだが、近付かせない。その相反する感情を呼び起こさせる空気をハイネルズは持っていた。
「エルティルザが言いたいこと解る。あいつ最初は”おかしなヤツだな”って感じだったんだけど……なんだろう、悪い奴じゃないんだけど、なんか違うんだよな。あの以前居た王子様たちに近いような。特にあのリスカートーフォンの王子と。顔がそっくりだからってんじゃなくて、こう……あのさあ」
「解ります。どうもハイネルズは祖先のリスカートーフォン王女の血が強く出ているので、あの雰囲気になってしまうのです……でも」
「でも?」
「いつもは私たちに合わせてくれています。たぶんハイネルズの本質は血を強く求める物でしょうが……私たち、とくに私は殺すことが苦手でして」
エルティルザもバルミンセルフィドも人を殺したことは「まだ」ない。いずれ殺すことになるのは、軍人を希望した以上避けて通れない道だと解っている。
「……」
「直接肉に刃をめり込ませる殺し方をするわけではありませんが、トリガーを引き一瞬で数万を殺害することができる機体に乗るのです……」
それと同時に、ハイネルズが既に人を殺した事があることも感じていた。
エヴェドリットのように「人を殺して来た」と言いはしない。だが三年ほど前から表情に特異な嗤いが現れるようになった。それはいつもの表情には表れないが、ふとした弾みで現れる。
その時の空気は、キャッセルなどに良く似ている。
「でも俺が見た分じゃあ、ハイネルズはお前たちに合わせてる時、楽しそうだよ。本質ってのがリスカートーフォンでも、それ以上にお前たちと一緒にいる方を選んでるんだ。だから自信持てば良いと思う」
それに支配されたら、キャッセルを排除している家庭に遊びに来ることはできない。それを知っているからハイネルズは誤魔化して、変わらない毎日を送る。
「ありがとう、ロレン」
「それはこっちの台詞だよ」
「?」
「お前たちだって、俺たち奴隷に合わせてくれてるだろう」
「いいえ、そんな事はありませんよ。むしろ奴隷の皆さんが私たちに」
「そういう事なんじゃない? 多分さ、みんな偽るって程じゃないけど、嫌われたくないから自分を良く見せようとするじゃないか」
ハイネルズは人を殺す快感と、エルティルザやバルミンセルフィドと過ごす日々のどちらかを取れと言われたら、躊躇わずに後者を選ぶ。
―― だから私は、武官にはなれないのです。性質的に”向き過ぎ”ですから。そこから距離を置き、エルティルザやバルミンセルフィドとの距離は永遠にこのままで
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