ALMOND GWALIOR −115
「飯美味かったみたいだな」
 笑顔で茶を淹れるエーダリロクと、
「ああ……飯は美味かった。間違ってフォーク食ったのはちょっとなあ。銀は不味いからよ」
 勢い付きすぎて、フォークまで食ってしまったビーレウスト。
 普通であれば一時間半ほどかけてゆっくりと食べるところを、暗黒史に触れられて十五分以内で食べきったビーレウスト。
 そして普通の人間ならフォークを食べられないが、彼等はちょっとばかり気合いを入れて顎を動かすと簡単に噛みきれる。そして食しても、特に問題はない。
「胃薬飲むか。銀溶解促進剤あるぞ」
「嫌だ。それ軽く胃も溶けるじゃねえか。団長でもあるまいし」
 銀を食らおうが溶解剤を飲んで胃が溶けようが、別段生死に関わることのないビーレウスト。
 ちなみに当代で ”胃が溶ける” の代名詞になりつつある近衛兵団団長閣下は、
”懺界の報告……理解出来ん。今度の会議の後、デファイノス伯爵殿下に説明を求めてみよう。理解出来たらバルミンセルフィドと会話が弾むかもしれないしな”

 良い父を目指して決意を新たにしていた。

 本人の知らぬところで数々の暗黒史強制発掘されているビーレウスト。だがエーダリロクが言うように手元にある事実を ”うまく” 繋げるのは得意と評しても、誰も否定はしない。
 幼少期は全く違う素材を切り貼りしていたのでおかしいが、成長し少しは自分を省みることができ、まとめて繋げる素材は 《三年前》 《ザウディンダル》 《薬物中毒》 と絞り込まれている。
 エーダリロクの淹れてくれた紅茶の温かさを陶器と手袋ごしに僅かに感じながら 《出だし》 を求めていた。
「ザウディスは手前が言った様に、何時だって誰かが傍に存在する必要がある。誰かは ”誰でも良い” わけでもねえ。本当に必要なのは帝国宰相だ。でもよ、あの頃はカルが大部分を占めていた。それが陛下の側近復帰で崩れた。よって、そこを起点として話を始める」

 エーダリロクは黙って頷いた。

 湖面は陽光を反射し、普通の人間では眩しすぎて目を覆いたくなるほど。中州は風が強く、二人の髪を舞い上がらせる。


− 三年前 −

 ザウディスと関係を持ったことで ”皇帝の側近” から遠ざけられていたカルは、諸処の事情で復帰した。
 数々の要因があるのだが、どれが正しいのかは当事者であっても解らない。
 だがカル側近復帰に最も権力を行使した兄である王のカレティア。望んではいない復帰だが、復帰した事に文句を言うわけにはいかない。
 カルの復帰を陛下は純粋に喜ばれた。
 陛下に裏がないことはカルも良く知っている、いやカルが一番知っているだろう。
 期待に応えたいという思いと、本人の真面目さから、ややザウディスから離れた。
 ザウディスは ”寂しい” 等とは言わなかったが、周囲にいる俺……じゃなくてビーレウストやキュラはそれを感じていた。

**********

「今のところ、訂正」
 ビーレウストの言葉は、瞬時に画面に活字として映し出される。その画面を長い指で軽く叩き ”訂正” を求める。
「何が?」
「キュラは抜け。アイツが何を考えてザウディスを抱いてたのか、俺には解らねえし、手掛かりになる物もねえ」
「解った」
 言われた通りにエーダリロクは ”キュラ” と ”今のところ、訂正” 部分を排除し、続きを促す。
「この先も限りなくキュラの心情部分は削除する。何考えてるのか、本当に解らねぇからなキュラの奴は」

**********

 俺……じゃなくてビーレウストやキュラが抱いても、両性具有 ”特有” の血の近い相手に抱かれることで精神が安定する。
 ザウディスはカルと同じ王家に属する出の僭主を親に持つ事から、精神をとても安定させた。
 だからザウディスが自殺未遂を図ったのは、その反動だった可能性もある。
 突然訪れた孤独、それを満たす ”血の近い相手” の不足。
 不足を補うために、ザウディスは些細な失敗をおかす。失敗の全ては現陛下の庶子兄弟を束ねるパスパーダ大公の元へと届く。
 傍にいたかった筈だ。
 だがパスパーダ大公は拒否した。些細な失敗をおかしたザウディスに対して冷たい態度を取り、拒絶する。
 パスパーダ大公の真意は解らない。
 いや ”その時点” では解らなかった。あの男、パスパーダ大公はザウディスを普通の人間にしたがっていた。
 帝国宰相の権力を持ってしても不可能な 《普通の扱い》
 それに固執していた……

**********

「どうした? エーダリロク」
 手元の紙に書きながら話続けていたビーレウストは、エーダリロクの困惑の気配を感じて頭を上げた。
「いや、ちょっと ”固執” の部分が気になってな」
「俺の独断すぎるか?」
「いや、そうじゃなくて。俺にも思い当たる節があるんだけどさ」

**********

 両性具有のザウディスの居場所は少ない。
 逃げ込む場所が全く無いわけでもなかった。パスパーダ大公に拒否されたザウディスは、下働き区画に良く逃げた。
 当時下働き区画を管理していたのは、セルトニアード。
 今は二十三歳になってるから、当時は二十歳。
 普通は十八歳から帝国近衛兵の本団属するのだが、帝国宰相支配下の後任者がいないせいか、セルトニアードは二十歳を越えても下働き区画が持ち場だった。
 下働きの管理や警備を取り仕切るセルトニアードは、責任者に与えられる部屋に寝泊まりして、後宮の方に戻って来ることは少なかった。
 恋人にあたる投降僭主のギースタルビアも後宮は居心地が悪く、一緒に管理者の部屋でひっそりと二人で暮らしていた。
 セルトニアードは他の兄弟達に比べて、控え目なところが目立つ。
 庶子達は生まれた時期によって、性格や雰囲気にかなり大きな差がある。パスパーダ大公から六番目のシャムシャント辺りまでは、性格に大きな翳りがある。
 壊れて明るい ”キャッセル” だが、それは翳りの別種の表現とも言えるだろう。
 七番目のアニアスから十番目のアウロハニアまでは、陛下の父君達、俺の兄などの若干の庇護もあり上の者達ほど暗くはない。
 最後がザウディス、クルフェル、セルトニアード、バロシアン。この四人は陛下が生まれる前後で、もっとも影が無い筈だがクルフェル以外は、各自特有の影が存在する。
 ザウディスは成長してから、自分が両性具有だと知った事が関係している。バロシアンは、おそらく己の出自を教えられている。異父兄が実父であり己と母を同じくする……というのは、血の濃い俺達でもかなり珍しいことだ。
 そしてクルフェルは同性愛者である以外は特に際立ったことはなく、現在副団長のアウロハニアなどと同じような、喧しいが明るさを持ち合わせている。
 そしてセルトニアード。
 連続猟奇殺人犯を父に持つと陛下の父から聞かされたが、本人が知っているかいないかを、俺達は知らされなかった。

**********

 血統を線で表しながら、ビーレウストは確認の意味を込めてエーダリロクに尋ねる。
「なあエーダリロク。帝国宰相はある一定の時期から ”父方の系譜” を抹消したんだよな」
「ザウがベル公爵、今は僭主ベルか、とにかくハーベリエイクラーダの血を引いていることを隠すために、他の系譜は全て抹消したって聞かされたよな。真意を悟られないようにするためには、良いだろう」
 二人で宮殿内をうろついていた時に皇帝の父の一人、皇婿から聞かされた経緯がある。
「殆どのヤツは ”普通” の輩だ。だがザウを含めて三人、公にできない父親を持っているのが存在する。ハーベリエイクラーダ系僭主のザウと帝国宰相を父に持つハーダベイ公爵バロシアン。そしてジュゼロ公爵セルトニアードだ」
「セルトニアードの父親は、猟奇殺人犯だって皇婿は言ってたな。隠す程ではない様な……世間的には隠した方が良いレベルか」
 ”人を殺していない人” を見つける方が難しい一族に属する男は、皇婿に聞かされた後に ”ある人物に思い当たった”
「恐らくな。ビーレウスト、お前の実家で考えりゃ、問題にならないだろうが。問題になったんだから、問題なんだろうな。でも誰なんだろうな。当時世間を騒がせていたって皇婿は言ってたが、猟奇殺人犯で限定しても、数名いるんだよなあ」
 支配領域の広大さから ”当時世間を騒がせていた猟奇殺人犯” であっても、場所によっては全く違う人物を指すことの方が多い。
「俺はセルトニアードの父親はサイルボルドンだと俺は見てる」
「どうしてだ? ビーレウスト」
「猟奇殺人犯のバックボーンを調べたりするのは俺の兄貴、シベルハムの趣味の一つだ」
 自ら猟奇的な殺害方法を好むアジェ伯爵は、猟奇殺人犯の犯罪をトレースし、試していない行為があれば ”試してみる” という、趣味がある。
「あの人、本当に猟奇殺人好きだな」
 エーダリロクは理解し難い趣味だと思いながら ”サイルボルドン” の名を入力し、検索をかける。
「まあなあ。それでよ、以前シベルハムの野郎が独自に集めた資料に目を通した事があるんだが、サイルボルドンはやたらと資料が整っててな。奇妙に思って尋ねた事があるんだ ”珍しく淡々とした資料じゃねえか” ってよ。返ってきた答えは ”ウキリベリスタル王が僭主狩りの途中で発見した” から見事な資料が残ってるんだとよ」
 向かい合って座っている二人の間にある画面は、指示に忠実にその名を捜索している様を映し出す。
「僭主狩りの途中?」
「そう。目的はザウディスの祖母、両性具有クレメッシェルファイラとその家族。それでこの時 ”発見” はしたが、逮捕はしなかった。ドウラハ409星、ケシュマリスタ支配下ってことで犯罪者は無視するしかなかったらしい……最初はな」
 サイルボルドンはその二年後に逮捕され、先代ケシュマリスタ王の命を持って即日処刑された。
「その二年間の間に六十八人殺害か。ファンディフレンキャリオスには知らせなかったのか」
 もちろんそれは ”偽装” であり、彼はそのまま宮殿へと連れて来られて、ディブレシアから数々の暴行を受けて殺害される。
「今の王達も仲良くはねえが、先代王達も仲良くなかったからな。これが手前の親父バイロビュラウラ王だったら、金欲しさに情報売ったかもしれねけどよ。それにしても、よく二年も放置しておいた猟奇殺人犯を ”他王家の王” が捕まえられたもんだ」
「その辺りは大体想像がつく。テルロバールノルだ、他王家の王を怒らせる言動させたら宇宙一。あのやたらと格好良い顔と ”選民意識の塊” 程度じゃ言い表せない、選ばれし者のプライドを前面に押し出して ”二年間猶予を与えてやったのに、ふん” みたいな言い方したに違いない」
 エーダリロクは言いながら、過去に見たことのあるウキリベリスタルの態度を笑いながら取ってみせる。ビーレウストはそれを指さし、指さした指を激しく振りながら同意していた。
「ウキリベリスタルの野郎の顔思い出した! 言ってる時の表情に態度に喋り方が想像つく! いや、想像じゃなくて、思い出す。ウキリベリスタルってそういう奴だったよな!」
「そうそう! カルニスが出来良いからって、俺達を見下していた時の顔!」
 ”俺達が出来悪すぎだっての! カルニスも比べられて困るだろうが!” 言いながらエーダリロクも同じように指を振って頷きの代わりにする
「ああ! 思い出した、思い出した! あの表情でファンディフレンキャリオスに ”無能が” とか言ったんだな。当時の王の中では頭一つ抜けてたもんな、ウキリベリスタルの色男っぷり。腹立っただろうなあ」
「対するファンディフレンキャリオスは、ケシュマリスタ最低ランクの顔立ちで、容姿に強いコンプレックスがあったしなあ。ファンディフレンキャリオスがラティランに固執したのって、容姿も大きいよな」
 ファンディフレンキャリオス王の息子達の中で、非の打ち所がなく最も美しかったのが、ラティランクレンラセオ。
「容姿は間違いねえな。その自慢の息子の美貌もカルの前にやや揺らいだだろうよ」
「カルニスの格好良さとラティランの美しさは全く別物だからなあ。で、俺達は何の話をしてたんだっけ? ビーレウスト」

 係留されているザイオンレヴィが風に揺れた。


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