ALMOND GWALIOR −114
「そう言や手前、ヒステリー様を ”おそらく” って言ったな。はっきりと判断できないのか?」
「ああ、出来ない。それで、これは知って良いのか悪いのかの線引きが曖昧だが、両性具有ってのは、巴旦杏の塔に登録しない限り種別が判断できないようになっている」
「へぇ……そいつは、面倒だな」
エーダリロクは前任者ウキリベリスタルが残したデータをみせて、説明を続ける。
「ウキリベリスタルが知った経緯はわからない。復元を命じられてから情報を集めて知ったのか? それとも復元を命じたディブレシア帝から教えられたのか。でも……ディブレシア帝はカレンティンシスが両性具有だって気付いてた様な気がするんだ。根拠は無いけどな」
「根拠なあ……多分気付いてたんじゃねえかなあ。俺も良くわからねえし、何の根拠もねえが、気付いていたような気がする」
二人は暫くの間、無言で頭をひねるが、結果から考えているのでそう思えるだけのような気もして、中々考えがまとまらなかった。
「今はこれについては考えないで、それじゃあヒステリー様は登録されていないのか?」
「そうだ……とも言えないんだな。登録して消したという可能性もある。むしろ登録して[型]を判断して、王としてやっていけそうだから……じゃないかなとも思うんだが、こればかりは推測しか出てこない」
《帝国でも傑出した頭脳》 と、無鉄砲なまでの行動力を持つエーダリロクが、ここまで ”推測” や ”思う” そして ”確証がない” と言うのは珍しい。
そして、その事がエーダリロクに過剰なストレスを与えていることが、声の調子からはっきりと感じられた。
「両性具有の詳細識別をする唯一の存在、それは巴旦杏の塔の《ライフラ》なんだよな?」
「おう」
《ライフラ》 は巴旦杏の塔管理システムの 《人格》 で、神殿を支配する 《暗黒時代により》 名が失われてしまったシステムの前身にあたる。
前身とはいえ 《ライフラ》 も恐ろしい能力を有しているので、神殿を支配する存在がどれ程のものかは、ビーレウスト達には解らない。
「そしてザウディスは登録されているから[型]がわかるが、ヒステリー王は登録されていない、もしくは抹消されてしまっているから[型]の判断が付かないって訳か」
「そういう事」
「でもあの性格を見て、王としてやっていけるとウキリベリスタルは踏んだと手前は観たわけだ。ヒステリー様の脳がザウと同じタイプだったら、さすがに諦めてるはずだ。そう判断したんだよな。俺はその意見には同意できる」
エーダリロクが欲しているのは、他者には語れない知識を活用するための基礎。それは王族ならば知っている知識。
「実際、王としてやっていけているよな」
「手前が違法アタックかけて証明したじゃねえかよ」
その裏打ちと、同意を求めているのだろうとビーレウストはそれを復唱して、自分の意見を重ねてゆく。
「そうだよな」
「だがザウディスは……」
長い睫と大きな瞳で微笑む姿は、成長しなくても良いのかもしれない……ビーレウストですらそう思う程に、ザウディンダルは子供が残っていた。
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今日もロガと一緒に散歩だ。
「ここは “夕べの園” という所で全てが純金で出来ている」
毎日のようにボーデン卿のところに通っていたら、ボーデン卿が鬱陶しそうにしたので……その目は確かに “甲斐性なしめ!” と言っていたような……いや、多分言っていったに違いない。何か少し進展があったらお伺いしたいと思いつつ、でもロガは毎日通いたいであろうからして……頑張るぞ!
「金って?」
「価値のある金属というべきか。昔から権力者の力を現すのに使われている、光り輝く金属だ」
昔は権威を表すために使われておったらしい。
権威というのがどのような物なのか、余にはいまひとつ解らぬが。余の容姿も権威の一つであるからして、この金と同等……でも余は飾りにならぬしな。
「すごいで……あっ! 傷つけちゃった……」
指輪でこすった所がへこんでしまって、ロガは驚いたようだが、
「気にすることはない。金は柔らかいので、傷がつきやすいのだ。直ぐに埋められるから気にする必要はない」
さて、夕べの園で昼食を取るとしようか
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ビーレウストは脳裏に描いたザウディンダルから、あることを思い出した。
先日 《実験》 に使ったキュラの伯母。あの実験の真の理由を聞いておこうと。
「ザウディスと言えば、キュラの伯母に対する実験の真の理由は?」
灼熱の大地で焼けただれ溶けながらも生きている伯母。通常であれば自殺を選ぶだろう苦痛のなかでも ”それ” は生きている。
「それもザウディンダルに関係してるんだ」
「ザウディスは個体の性質から自殺しねえだろう?」
両性具有は自ら死を選ぶ事は無く、死を恐怖し、決して自らの意志で死を穏やかに迎えることなど出来ない。
そのように ”作られて” いる。両性具有という個体全てに共通する 《性質》
「あの伯母は ”通常なら自殺するレベル” の苦痛を感じていながら、目の前に楽に死ねる薬がありながら選んでないよな」
「そうだな」
「でもな、あの伯母に投与した自殺を封じ込める物質の量は、両性具有が生まれつき持つ基本量の半分程度だ」
「あれで半分程度ねえ……ザウディスの自殺未遂事件の検証か?」
ビーレウストの言葉にエーダリロクはゆっくりと頷いた。
黒い手袋で覆われた長い指でテーブルを軽く叩きながらビーレウストは笑う。
三年前のザウディンダルは ”自らの意志で” 薬物を大量に服用し、危険な状態になった。
「そうだ。あの事を少し思い出してくれねえか? それと俺の覚えている事を突き合わせて、精度を高めたい」
あれは 《事件》 なのだから、語り合うよりも調べた方が良いのでは? と思ったビーレウストは、
「精度を高める? 調べりゃ……調べられねえのか?」
提案する途中で思い当たった。
ザウディンダルが関係する事件を、軒並み握り潰す男がいることを。
「帝国宰相閣下が完全に手中に収めてて、かなり厳しい……というか、全然手に入らなかった。最近俺にも余裕が出来て、あの事件によるザウディンダルの機能異常検査に着手して、少しは情報を貰えるようになったくらいだ」
エーダリロクは悪戯が失敗した時のように、軽く舌を出す。
それはザウディンダルの事件だけではなく、先日 《リュゼクに関する事件》 で、ろくに調べもしないで帝国宰相に取引を持ちかけて失敗した自分に対する自嘲も幾分含まれている。
帝国宰相パスパーダ大公デウデシオンという男は帝国において、完璧に近いほど痕跡を消すことが出来る権力を持つ男なのだ。
「なるほどねえ。帝国宰相閣下も……ザウディスのこと、本当に愛しちゃってるな。俺には関係ねえけどな。それとよ、エーダリロク」
「何だ?」
「俺が語るのは良いが、俺は特別調べたわけでもねえし、当事者ってわけでもねえ。それどころか、伝聞ばかりだが良いのか?」
ザウディンダルが薬物による自殺未遂を起こした時、ビーレウストとエーダリロクは大宮殿から逃走していた。理由はビーレウストに結婚を強要するエーダリロクの 《性別のない姉》 から逃れる為。
二人は逃走先でその事を知り、両性具有の管理者であるエーダリロクは急いで大宮殿に戻る。到着したころには、既にザウディンダルは意識を取り戻していた。
それよりも遅れて戻って来たビーレウストは 《管理者エーダリロク》 に子細を尋ねることもなく、ザウディンダルを二度見舞ったくらいのもの。
助けたキュラから ”あらまし” を聞き、騒ぎの一端を帝君宮に居を許されている者の責任としてアルテイジアから聞いた。
もともと他者に対して興味の薄い人殺しの王子に、わざわざ噂話を語るものはいなかったが、近衛兵が数名関係していた為に、属しているビーレウストの耳に嫌でもはいってきた。
特にビーレウストは 《耳が良い》 ので。
「いや、出来ればお前に ”お前が聞いた話や噂” を語って欲しいんだ、ビーレウスト」
「俺が語ることに意味があるのか? エーダリロク」
「俺は数値から読み取るのは得意だけどよ、不確かな話をつなぎ合わせて ”物語” の形状にすんの出来ないから。その点ビーレウストは小説とか作るの得意……どうした? ビーレウスト」
その性質とは正反対の柔らかな黒髪で覆われた頭部を己の腕で抱えて、テーブルに俯せたビーレウストに声をかける。
エーダリロクは自分がビーレウストを撃沈させたなどとは、思ってもいない。
「いや、あの……な、その……」
「ああ、そうだ! 俺さあカルニスから ”リスカートーフォン原論定理:八次関数編” 借りて読んでる」
”貸したのかよ……カルゥゥ!”
ますます精神が深い闇の縁に沈んでゆくビーレウストの前に、
「腹減ったのか? 昼飯食うか。叔父貴に作ってもらったんだ」
シュスタークの実父である帝婿手製の弁当を広げてゆく。
「わざわざ作ってもらったのか?」
「”ついで” だってさ。今日も陛下は后殿下連れてお散歩だから、その弁当作成を叔父貴が担当。早く慣れて欲しいっていう気遣いさ」
言いながら奴隷管理区画で食べた料理に近いものが次々と並べてゆく。
「皇君も手伝ってくれたって言ってたな。皇婿は盛りつけ担当だって。あの人センス良いからなあ」
《皇君》 と聞いてビーレウストは恐れていることを、バスケットからナイフやフォークを取り出し並べている、素晴らしく手際の良い給仕王子を前に尋ねた。
「あのな、エーダリロク。手前も皇君から俺の書いた本を形見分けでもらったのか」
「おう」
あまりにも軽く認められて、最早言葉を失った。
「……」
「俺は特別だってさ」
「何が?」
「ビーレウストの本を形見分けで貰えるのは、お前と同じくらいか、それよりも強いやつだけだって。俺は特別貰えたってことらしい」
「……それは……」
皇君はビーレウストが盗みに入ることを考えてのこと。
容易には盗み出せない、勝負を挑んでもかなり 《厳しい》 相手。
「帝国最強騎士にお前の兄アジェ伯爵、俺とカルニス、そして帝国宰相と団長様には渡したって言ってたな。後は陛下と……どうした? ビーレウスト」
ついでに身分もかなり高く(皇帝)地位も権力もある人物(宰相・団長)のみを厳選して。
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イグラスト公爵邸で主であるイグラスト公爵その人は[著者アマデウス]の本を開き困惑していた。
「面白いですよ!」
「そ、そうか……」
椅子の背ごしに自分の首につかまって、本を覗いている長子のバルミンセルフィドに 《難解? ……だろう?》 と言ったところ、息子は笑顔で上記のように言ってきた。
皇君から渡された本なので、目を通さない訳にはいかないと余暇を使って開いていたのだが、目が滑るというか目が踊るというか、何かが何かで、何だか何だかだった。
一言で表すなら 《訳解らん》 なのだが、著者が王子で贈り主が皇君なので、そんな事は言えない。
せめてもの救いは、タバイの困惑を息子達に気取られなかったことくらいだろうか。
「アマデウスって、これ誰ですか? 揃えたいです! お小遣いで買えますか?」
息子の好奇心の芽を摘んではいけないと、父親としての使命感に燃えて、
「これはデファイノス伯爵が幼少期に書かれたものらしい。他にも著書があり、兄や弟も頂いたと聞いているから、近いうちに借りてこよう」
「ありがとうございます! 父上!」
心当たりをあたることにした。
弟キャッセルは ”うきうき” と
「はい! タバイ兄さん。今度皇君様に写しがないかを聞いてきますね!」
兄の帝国宰相は、
「お前の息子は風雅? 優雅? 趣味人? なのであろうな」
とても言葉を選んで自分が貰う ”ハメ” になった[著者アマデウス 発行者ジャクライディス(皇君)]の「懺界の報告」なる本を渡す。
「息子は貴族らしく? 皇王族らしく? 妃に似て? 育ったのだと……父親として、嬉しく? なんか私達とは違う、王子に通じる優雅さ? を持って……はい」
私生児として庶子として優雅さや趣味とは無縁に育った兄弟は、それ以上言う事ができなかった。
ちなみに帝国宰相は甥のバルミンセルフィドが 《面白い!》 と叫んだタバイが貰った「戦争の理論と戦争」に目を通したが、全く理解できなかった。
「このタイトルで、何故全く戦争に触れていないのだ……解らん。これがリスカートーフォン気質なのか? 面白い?」
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「うおぉおっ! むがああ!」
「そんな雄叫び上げるほど美味いのか、良かった」
半分泣きながら、ビーレウストは弁当をかき込んでいた。
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