ALMOND GWALIOR −91
カルニスタミアは服を脱がせるのが上手い。僕の上で服をある程度乱暴に脱がせている彼の表情から何も読み取ることは出来なかった。
”女なら優しく脱がせてやる” と言っていた事もある。それは本当であって良い、僕と違ってカルニスタミアは女性に優しくて良い。
でも優しく脱がせてやるのは、女性だけじゃないだろ? 僕はカルニスタミアに聞いた事がある。何を言われたのか直ぐに理解して、彼は困ったように笑った。いや ”困ったように” じゃなくて、本当に困ったに違いない。
「気が乗らねえなら止めるが」
別のことを考えているのに気付いたカルニスタミアが身体を離して、僕の表情を窺う様に話しかける。
「君の前戯に熱が無いだけだ。何も考えられない程じゃない程度の前戯だ」
「そりゃ申し訳ねえなあ」
苦笑して前戯を再開する。カルニスタミアが僕を抱く時には、感情は込められてはいない。在るのは持て余した感情だけ。
性欲のはけ口になる女は幾らでも手に入るが、感情は女では処分できないらしい。その感情の根源にあるのは両性具有、確かに女だけじゃあ足りないな。
僕はそこにつけ込んで、関係を持ったんだ。
それらを知っているカルニスタミアは、無用な感情を込めることはしない。僕がするなと言ったのだけれど、少しくらいは感情を込めても良くはないか? と嫌味を言いたくなるほどに、絶対にそれを守った。
でも今は違う。
舌を這わせ、手で身体中を包み込むように触れる。此処にある感情を表現するのなら ”同情” が最も適切だろう。
「んっ……」
「少しは良くなったか」
「煩い。続けなよ」
幾ら僕でも、この状況で ”同情で抱くのはやめてくれ” とは言えない。
カルニスタミアの感情に対して僕が口を出すのは、間違っていると思う。僕の人生は他人から見たら、同情に値する。だから同情したいのなら同情すると良い。
その同情を僕が受け入れるかどうかというのは、また別なのだ。
外気の冷たさを感じられなくなるくらいに昂ぶった身体、それを昂ぶらせたカルニスタミア。
他人の同情なら僕は受け入れないだろうけれども、彼の、カルニスタミアの同情なら簡単に受け入れられる。
くわえ込んだ彼を離さないように力を込める。
「少しは緩めろ」
「嫌だね。無理矢理動かせばいい」
同情を受け入れると同時に、傷つけて欲しいとも願う。勿論 《傷》 は内面じゃなくて表面に、解るように、目立つように。その傷を先ほど僕の身体を愛撫していた舌で、甘く舐めてくれたら嬉しい・
彼が僕を傷つけてくれたら、それは最高に心地良い。
でも彼は動かない。
「根比べでもしようっての?」
「そんな事はせんよ」
彼は僕に入れたまま、ゆっくりとまた身体に触れ始めた。熱に浮かされて僕が身体の緊張をゆっくりと解いた隙に、彼は動き出す。
そこまでされたのならと、僕は揺り動かされる身体を固定するために、彼の背中に両手を回した。目を閉じるのは勿体ない程に美しい顔が傍にある。僕と目が合った彼は、小首を傾げはしたが、無言のままで動きを止めない。
《ザウディンダル相手だったら、どんな行動を取るのかな》
僕のもっとも醜い部分が、冷静にそんな事を考える。いいや、冷静じゃないな、こんな事を考えるなんて冷静じゃない。底意地が悪いだけだ。
「カル……カルッ!」
背中に回している手を少し動かし、爪を立てて縋る。硬い背中に爪が食い込んだ感触に喜びを感じながら、彼が僕を抱いている表情を見上げながらザウディンダルと自分を比べてしまう。
悪いのは君じゃないと知っているが、勝手に怨ませてもらうよザウディンダル。
「カルッ! カルニスッ!」
嬌声よりもその名を何度も叫ぶ。
声に熱がこもると同時に、僕の最大の武器が現れる。聴覚を破壊する音が、嬌声と共に発せられる。
もう自分では制御できない声と、身体の昂ぶり。彼は慣れた手つきで、この声になった僕の口を手で塞ぐ。
大きな手で口を塞がれて、僕は唇を噛み締める。
これがザウディンダルだったら、キスをして声を塞ぐはずだと……勝手な想像だけど……
感じているのも、そろそろ達するのも解る。
身体も感情も昂ぶっているが、やはり底にある醜さと卑しさは冷静で、彼にまで憎しみを覚えて背中に突き立てていた爪に力をより一層込める。
肉を抉る爪の感触があるはずなのに、彼は全く表情を変えずに僕に腰を打ちつけ、そして前を扱いて放たせた。
「…………」
少し遅れて彼が中で満たされる。大きく息をついた彼は僕の口から手を離し、背中に回っている手をゆっくりと外す。
「皮膚が挟まってるし、血がついてるぞ」
「関係ないだろ」
「儂の血と皮膚なんじゃがな」
僕は身体を起こして血と肉が挟まっている爪を指ごとしゃぶる。
「美味いか?」
「下の口で味わったのと同じ味、とでも言っておこうか」
”やれやれ” と言ってカルニスタミアはベッドから降りて浴室へと向かった。背中からは血が流れていたけれど、僕は謝らなかった。浴室のドアが閉まる音を聞いた瞬間、身体が震え出す。
何が起こったのか自分でも解らない。
震えの止まらない身体に恐怖を感じながら自分で抱き締める。
「……っ……」
溢れ出してくる涙が、震えている身体を抱き締め押さえている腕を濡らす。でも声だけは出なかった。
浴室にいる彼に向かって助けを求めたかったけれども、声がでない。
「助け……なにを助けてもらうつもりだよ……」
いいや、声は出た。ただ助けは呼べなかった。
震える身体と溢れ落ちる涙を持て余しながら、彼が戻ってくるのを待つ。時計を見たら彼が戻ってくるまでの間は、ほんの少し。
「どうした? キュラ」
濡れた髪を拭きながら戻って来た彼は、ベッドの上で無様な姿で待っていた僕に驚きの声を上げる。立場が逆だったら、僕も同じような声を上げたに違いない。
僕は彼の声を聞いたら、涙が止まり震えも収まった。
「どうした? キュラ。何を泣いて……」
「余韻だよ。気持ち良かったよ。でも僕は貪欲だから、もう一回抱いて欲しいな。もう一度この快感を」
僕はベッドから降りて、彼の性器を口に含み、もう一度熱を持たせようと奉仕する。
「待て、キュラ!」
もう一度熱を持って、僕を貫いてと。
彼は僕が意識を失うまで責め立てた。それが望みだったのかどうかは、痺れて麻痺したような下半身と、何度も達して吐き出す欲望もうしなった男性。
声は手で塞がれて行き場はなく、僕は悔しくて彼の指の腹を噛んだ。少しだけ痛みに顔をしかめたが、それでも彼は僕の口から手を離すことはなかった。
口に落ちてくる彼の血が、吸い込む血の匂いが僕の身体を貪欲にする。
目を覚ました時、彼はもう部屋にはいなかった。時計に目をやると、既に彼の警備担当時間になっていた。
血がこびりついた唇と、身体の内側から溢れ出してくる彼の白濁。望んだ全てがある身体を鏡に映して、唇を寄せる。
こんなにも彼に愛された身体が好きだ。彼は愛しているのではなく、ただ同情や契約で抱いたのだとしても。
名残惜しいが僕は彼の痕跡を全て洗い流し、出かける準備をする。僕は王子に足を開く為に此処にいる訳じゃない。それ以上に自分を慰める為に居る訳ではない。
「陛下、もうお目覚めになってるのか。最近早起きだなあ」
僕は陛下の身辺警護の一人だ。抱かれて泣いている無力な庶子ではない。
警察の服に着替えて部屋を出る。通路に人の気配がないことに少しだけ ”ほっとした” 自分を叱責しながら。
誰にも会いたくはなかった。
彼の部屋の前を通った時、中に人の気配を感じて入り口を少しだけ開いて中を見た。そこにはザウディンダルがいた。
なにかを ”そっと” 置いたザウディンダルの表情は、とても美しい。特にあの平民帝后から引き継いだ藍色の瞳は、表情によく似合う。
『綺麗な人間の帝后の瞳を持った子だな。両性具有だというのに』
そう言いながらラティランは僕の 《平民帝后と瓜二つの肌》 を剥いだ。僕の身体を何度も覆うその褐色の肌、その都度ラティランは剥いだ。
剥ぐ度に、ラティランはザウディンダルを引き合いに出す。
解っている、理由は解っている。ラティランは同じ特徴を持った相手に対して、憎悪をいだかせる為に、何度も同じ事をしたのだと。
僕はあの憂いを感じさせる濡れた美しい藍色の瞳を見る度に、身体中に激痛が走る。僕はあの瞳を前にすると、肌を剥がれた過去を思い出す。
だから嫌いだ。激しい痛みを呼び起こさせるあの瞳が嫌いだ。
ラティランは僕をザウディンダル嫌いにした。ラティランが仕組んだことだと解っていながら、僕はザウディンダルが嫌いだ。
僕はザウディンダルに気付かれないように、彼の部屋の前を去り、奴隷の住んでいる区画へと飛び出した。
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