ALMOND GWALIOR −90
空に赤い紋章が映し出された。
夕顔を図案化したエヴェドリット王家の紋章が夜空に、晴天の青空に映し出され、それに気付いた者達が、空を指さして不安の声をあげる。
この紋章が良い意味で映し出されることは、まずない。
殺戮、破壊、全ての死を意味することが多いのは、多くの者が知っている。いいや、知らない者は存在しない。
彼等の不安と恐怖はすぐに現実の物となる。投下された10基のミサイルは、惑星にある全ての物を焼く。高熱ではないが、確実に ”焼かれる” 炎に人々は包まれ、助けを求めるが、助けることのできる者は地上には既にいない。
全てが蝋燭の炎にも似た、兵器としては ”低め” の温度で焼かれている様を、地表から50メートル程のところに反重力ソーサーに乗り見下ろしているビーレウストの表情は何時もとなんら変わらない。
「なんて……ことを……」
同乗しているのは、キュラの伯母とその娘。もちろん、強制的に同乗させていた。伯母は娘を抱きしめ震えながら、眼下に広がる揺らめく炎に炙られのた打ちまわる人々を見ていた。
自らの夫であり娘の父親であったロディルヴァルドに捨てられた二人。妻であった伯母は、自分達に残されているのは 《死》 だけだと理解して、絶望に打ちひしがれている。なにも考えられない娘は、地上の異変に気付いているのかどうか? 伯母には解らなかった。
もちろん、知る必要もない。
ビーレウストは 《この程度の炎では焼け死ぬことのない上級貴族》 をモニターに映し出し狙いを定めて次々と撃ち抜く。
モニターに映し出された野外で頭を抱えて怯えている男が撃ち抜かれ、その衝撃で露わになった顔を見て、伯母は小さな叫び声を上げた。
「アーディルグレダム!」
「死んでさっぱりしただろ?」
ビーレウストの軽蔑した笑いを含んだ声に、伯母は頬を赤らめて瞼を閉じて俯く。言われた通り、この炙られ焼かれ死んでゆく惑星の上で射殺された ”彼女にとって全ての元凶” を見て、言われた通りの感情を無意識のうちに持っていた自分を突きつけられ言葉がでなかった。
「可哀想な男だよな。手前等の一族に関わったばっかりに、こんな惑星で焼かれて撃ち殺されるなんざ、憐れで言葉も出ねえなあ」
「……」
「手前はアーディルグレダムとかいう男が元凶だと思ってやがるようだが……誰でも自分が原因にななりたくはねえか。まあいいか、死んじまったんだからよ」
モニターに新たに映し出された 《標的》 に向けて、ビーレウストは射撃ポイントを指示し、まるで見えているかのような仕草で構え、笑いながら撃つ。
引き金を引いて僅か二秒後、上半身と下半身が別々になり、自分の身に起きたことが理解できない先ほどまで一つだった個体は、各々別々の方向に進み力尽き、炎の中に消えた。
全ての上級貴族だった者達を撃ち終えた頃には、惑星は完全な焦土と化し人間は全て炭となっていた。だが炎は未だ弱まることはない。
データを取る為に、炎はもう暫く維持されることになっている。時計を見て残り時間を確認したビーレウストは、地表まで反重力ソーサーを降ろす。
搭乗しているソーサーには、熱を制御し炎を通さない機能も備わっているので炎の中に降り立っても、熱さを感じることもなく、炎に焼かれることもない。
「なにを! やめてっ!」
ビーレウストは伯母から抱き締めている娘を引き離し、炎の中に放り込んだ。 己の眼前で焼かれてゆく娘を前に、伯母は絶叫するも助けに行こうとはしない。
《エーダリロクの言った通りの効能なのか……それとも、こういう女なのか?》
ビーレウストが伯母に投与した薬は、両性具有の自殺を阻止する物質。元々体内にある物質で、普通の人間に投与しても同じ効果がある。
− この ”試薬” は自殺を阻止するものだ。死ぬと解っている行為は取れなくなる −
伯母が投与された量は、ザウディンダルが生まれつき体内に持つ量の三分の一程度。通常であれば、この量で自殺はできなくなる。
両性具有は完全に自殺させない為に、通常よりも多くの物質を生産するように造られている。それだけの量を持っても自殺したザウディンダルを見て、元々その物質自体を調べたことはなかったエーダリロクは、詳細なデータを採取するべく自殺したくなるような状況下で上級貴族に投与しその経緯を見ることにした。
この自殺したくなるような状況下というのを造るのを面倒臭がっていたエーダリロクだが、図らずもこの状況に遭遇し、ある種の復讐も込めて実験を行った。
ひどい! ひどい! と叫ぶ伯母に、ビーレウストは冷たく言い放つ。
「助けにいかねえのかよ。ここから降りて助けに向かったらどうだ? 降りられる事は知ってるんだろ?」
「……」
伯母は娘が焼ける様を見ながら 《ひどい!》 叫ぶも、降りて助けに向かおうとはしない。上級貴族がこの炎では簡単に焼け死なない事を知っているのにも関わらず、伯母は降りようとはしない。
「もちろん、此処から降りたら俺は撃ち殺すし、撃ち殺さなくても二度と乗せはしないから、死ぬのは確実だけどよ」
伯母に搭乗した時に、二回ほど言って聞かせた言葉を、もう一度語る。此処から降りたら自分が殺されることを知っている伯母は、動くことができない。
降りなくても最終的には殺される事は理解しているが、助けに向かい殺される様な行動を取る事ができない。
「良いけどよ」
伯母に関しビーレウストが知っていることは皆無に等しいので、これが薬によるものなのか? 伯母の本性なのか? 判断がつかなかった。
助けに行くのが正しいとビーレウストは思っていないが 《酷い》 と思うのならば、何らかの行動を起こしたら良いのではないかとも考える。例えばビーレウストから銃器を奪って攻撃しようとしてみるなど,無謀な行動を取ることも可能な筈だが、伯母はただ叫ぶのみ。
規定の時間となり艦隊が惑星に向けて炎を消し、地表温度を下げるミサイルを投下する。一斉に消え去った炎と瞬時に常温に戻った大気と地表。
焼け焦げた建物が残り、骨も周囲には多数残っている。ビーレウストは片手に実験継続に必要な物が入っているケースを持ち、もう片手で伯母の髪を鷲づかみにして反重力ソーサーから降りた。
焼けた娘の核である頭を踏み潰し、完全に機能停止にしながら歩き続ける。
髪を引かれる痛みに叫び声を上げても、全く気にせずに目的の場所へとつき進む。
「ここらで良いな」
周囲に何もない、まるでグラウンドのような場所で伯母の髪から手を離して、ケースを地面に置くと、即座に腰から剣を抜いて伯母の足の腱を切り裂く。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
痛みよりも殺される恐怖に叫び声を上げ、髪を振り乱して逃げようと必死になる。ビーレウストは、もう片方の足の腱をも切り俯せで這って逃げようとする伯母の脇腹を蹴りあげて、仰向けにして大腿部の骨を折るように足をおく。
「手前、どこに逃げるつもりなんだ?」
両大腿部の骨を折られた伯母はあらん限りの声で悲鳴を上げ、痛みに失禁するがビーレウストは全く気にせずに話掛けたが、
「よく聞けよ」
「いやぁぁ! ああああ! ぎゃあああ!」
「煩ぇなあ」
両耳を人差し指で閉じ、伯母が静かになるのを少し待ったが一向に静かにならないので、神経部分に剣を突き立てて、
「痛くなくなっただろ。神経自体ぶった切ったからな」
ゆっくりと剣を抜く。突如訪れた無痛に驚いている伯母に ”これからの事” を教える。伯母には是非とも取って貰わなくてはならない行動があった。
「俺が持って来たケース。そう、俺が指さしているケースだ。あのケースの中には五十年分の栄養剤が入っている。そうだ、注入すれば栄養失調で死ぬことはない。あとは調整剤、あらゆる病気に耐えられるヤツだ」
そう言ってビーレウストは伯母の腫れ上がった足から降りて、彼女の服を引き裂く。
暴行されると考えた伯母は、動く手で必死にもがき ”止めてください! 許してください!” と叫ぶ。
これに関してはビーレウストが全く予想していなかった出来事で、
「犯さないで!」
叫んだ時、思いっきり吹き出して笑った。
ビーレウストは手を離して腹の底から笑い声を上げる。熱により雲一つない、異様なまでに青い空の下、笑い続ける。
「まさかレイプでもされると? 本気で? 何で俺が手前みたいな無様な女に触れなけりゃならねえんだよ。俺は王子だぜ、美女は幾らでも手に入る。下らねぇ女だ」
伯母は己の勘違いに恥じる暇もなく、笑いを収めたビーレウストによって皮膚を剥がれて声を失う。
「あの薬使わないと、死んじまうぜ。っても初めてだ、まずは俺が注入してやろう」
伯母から離れて薬品をセットして伯母に注入したビーレウストは、内心 《これで俺の役目は終わり》 呟く。
調整剤と栄養剤を注入された彼女は、まだ暫くは死なない。
「じゃあ、俺は戻るとするか。まあ誰も助けにはこねえし、誰もこの惑星には降りない。手前は一人、折れた足と皮膚を剥がれた無様な姿で、この焼けつく大地で絶望して生きてゆくもよし、自殺するもよし」
軍用ナイフを彼女の手元の大地に突き立て、
「じゃあな」
ビーレウストはその場を後にする。
背後から自分に助けを求めている声を聞いたが、振り返ることなく歩き旗艦を呼び搭乗し、
「データ収拾は任せたぞ」
「畏まりました」
その惑星を離れた。緑を全て失った大地しかないその惑星を。
ビーレウストは帝星に戻り、僭主狩りの報告をザセリアバ王に届けた後、すぐに奴隷の住んでいる惑星へと戻った。
「お帰り」
出迎えてくれたのは、蛇と戯れているエーダリロク。
「データ」
帰還中に纏めた全データの入っているボックスをエーダリロクに渡して、椅子に腰掛ける。
「ありがとよ。楽しかったか?」
「まあまあ。あの伯母? らしいのがいなけりゃ良かった。人殺しを情に訴えて止めさせようとする態度が気に食わねえなあ」
「そうか。今度は人殺しだけを楽しめるポイント探しておくぜ」
「期待してる」
「でさあ、帰ってきてすぐの所悪いんだが、奴隷姫の警備に向かってくれ。カルニスとキュラが帝星で病休してるから」
「解った。じゃあ行ってくる」
《病休》 の詳細を聞くでもなく出て言ったビーレウストの背に、エーダリロクは笑顔を向けた。
蛇とエーダリロクと多数の画面だけの部屋は、しばし無音が続いたが、話をしていなかった訳ではない。
《人殺しだけを楽しめるポイントとは。エヴェドリットらしいな》
− なにせ人殺しのエヴェドリット
届けられたデータを機械に取り込み、エーダリロクはデータ解析を開始しはじめた。画面には何時もと変わらないビーレウストが、これまた進歩の見られない皇帝と奴隷の仲睦まじい二人を遠くから護衛している姿が映し出されていた。
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