ビルトニアの女 外伝1
貴方を抱いた日

第八話・美しきかな、君

「そこまでバカじゃねえよ。だからこうやって王学府にいるんだろ? 別にアイツに捨てられたって自力で生活していけるさ。はん! 大体愛人にもなった事ねえのに、アレコレ口出しするんじゃねえよ!」
 噂の愛人は美しい少女であった。気の強い、それは気が強い少女だ。
 王学府で生徒を監督する「担任」という仕組みがある。デキの良い生徒を多数持つ教官は、卒業後も繋がりを持ち……というモノだ。
「誰が年取った時に捨てられて後悔するような生き方するかよ!」
 僕はそれほど力のある副教官ではないので、担任している生徒数も少ない。別にそれは構わない、今までもそしてこれからもそうだった筈だ。其処に一人の少女の事が持ち上がった、ドロテアと言う名の少女である。ドロテアという名前は有り触れたものだから、他にもいるが
「喧しいわ。俺は貴様等より頭は悪いが嫉妬してねえぜ? 学者の卵が何で美貌に嫉妬してんだよ、才能ならまだしも! 大体おまえが俺の顔に嫉妬するなんて身の程知らずにも程がある! 比べられると思ってんのかよ!」
 この気の強い美少女はただ一人。
 彼女は図らずも、最大の学閥に既に組み込まれているが通常の授業を行う為には、普通の教官、若しくは副教官の下につかなくてはならない。その白羽の矢が僕に立った。理由は僕が女性であるという事だ、確かにこの美しさと艶かしさでは他の男性教官や男性副教官が、変な気持ちになってしまうに違いない。
 他にも女の教官やら副教官はいたのだが、アンセロウム統括官に任じられた。『お主ならあの性格と上手くやれるであろう、アウローラ』
 最高責任者に任命されるとは名誉な事だ。王学府を移動した、教官待ちの彼女は中庭で他の生徒達と大喧嘩していた。時期総責任者と噂され、大陸一の高貴な人物であるオーヴァート卿の寵愛を独占しているとなれば、未熟な者は腹も立つだろう。
「諸君、学府移動した生徒を虐めるなど品が悪い」
 僕は窘める。だって、未熟じゃないか。どっからどう見ても彼女は美しい、この人を側に置きたいと思わない男はいないだろうから、それにとやかく言う必要は無いだろう。それに、オーヴァート卿は独身だ、彼女は恋人だといえば恋人でもあるだろう、学内で恋人同士など珍しくもない。教官とも然りだ。
 僕の声に喧嘩を吹っかけて、全く勝てなかった者達が避けた。
「アウローラ副教官」
 僕を見た君は驚いた顔をする。
「やあ、君の担任になる、アウローラ副教官だ」
「ああ……」
「そう驚かれても困るね。僕からみたら君の方がよほど珍しいよ」
「そりゃそうだろうが」
「僕はアーハス族のアウローラさ」
「噂にゃ聞いてたが、本当に金髪碧目なんだなアーハス族は」
「そうさ」

 亡国となったトルトリア、最後の美少女と言って過言じゃない君。

 学内の案内などはない。王学府は何処も同じ構造なので、わざわざ教える必要がないのだ。すぐに教室に連れて行き、授業を開始する。授業終了後、再び言い合いになっていた、今度は男性とだ。ルシオというドロテアよりは十以上も上の青年。
「綺麗綺麗って言われてるけどよ、大したことねえじゃねぇか。アウローラ副教官のほうが綺麗だぜ」
 引き合いに出してもらえるのは嬉しいが、勝負にならないのだよルシオ。僕の顔も、そして君の態度も口調も。案の定、
「別に俺はここに美を競いにきた訳じゃねえ。テメエに美を認められに来たわけでもねえ。大体テメエに美的に認められると何か良い事あるのかよ? 言ってみろよ、テメエが綺麗だと認めりゃあトルトリアは壊滅しなかったのかよ? テメエは何だ!」
 ふむ、怒った顔も文句なく美しい。さて、
「ルシオもそんな下らない事を言うんじゃないよ」
「すみません」
「僕を美しいといってくれたのは感謝するが、こういう引き合いに出されるのは困るね」
 ルシオが立去った後、マシューナルの教官・副教官の名簿を差し出す。彼女には必要のないものだけどね。これをみて、誰の下に付くかを決めるのだが、彼女は移動した時点でオーヴァート卿の直轄と定められているのだから。書類を捲っている彼女に
「煙草を吸うよ」
「ご勝手に」
 良いな。そうか……
「君はいいねえ」
『お主ならあの性格と上手くやれるであろう、アウローラ』は『ドロテアならお主と上手くやれるであろう』という意味だったのだな。
「何がだ?」
 僕は少数民族で、街中の人達とは少々違う。格好もそうだし、喋り方も違う。そして何よりも風習が違う。
「アーハス族に生まれなくて良かったよ」
 街中であれば罪悪になる事を、部族内で行う。
「……春風の乙女か?」
 春風の乙女、それは我々の部族が信仰する対象である“アルマデンテロアン遺跡”の前で捧げられる少女の事。
「良く知ってるね、感心感心」
「アーハスの信仰、春風の乙女。それは美しい生娘の生贄だって聞いたが、本当か?」
「本当だとも」
「聞きたいんだが」
 人はそれを野蛮だと切り捨てる。僕もね、それは廃止したいのだが、簡単に止められるものではないのだよ。
「何だね?」
「誰が美しい乙女って決めるんだ?」
「規定があってねえ、目が一重で髪の毛は癖なく真直ぐで、瞳は澄んだようで声は歌うよう……と」
 彼女の質問は不思議だった。声高に生贄は悪だと言わなかった事に驚かされた。
「男共は惜しくないのか? 族の中でも一番の美少女を五年ごとに一人捧げるんだろ?」
「まあね、惜しくはないらしい。昔、一人の男が最も美しい美少女が惜しくなり、取っておいて自分の妻にしようとしたら一族が危機に瀕したっていう言い伝えがあるからね」
「権力者が取に来ただけだろ? だから殺すんだろ? 美女はこの村にはいませんと」
 そうだね、権力者は美女が大好きだ、君のような美しい子がいたなら軍を率いてくるに違いない。
「そう答えたのは君が始めてだね」
「それに、強い部族に自分の所の一番綺麗な女を取られるよりなら殺したほうが悔しくねぇんじゃねえのか? ったくよ、嘗て神を越えた一族だっているのに、神様のご機嫌取りか」
「君は本当に変わっているよ、ドロテア」
「俺から見りゃ、あんたの方が余程変わってるさ」
「そうかい?」
 僕は煙草を吸い込んだ。彼女に勧めたが、彼女は吸わないと言った。

 他の人にとってはどうだったかは知らないが、僕にとっては可愛い生徒だったよ。
 彼女と一緒に学びたくて、態々教官を変えて留年までしてきたばか者・バダッシュもいた。彼女と一緒にいた時が、僕にとって最も楽しい時間だったと確かにいえる。
 そうだね、僕の一族が改宗を拒み、アルマデンテロアン遺跡を稼動させるなんてバカな事をしなければ、僕は君の卒業を見送れたに違いない。

「アウローラ!」

 僕が割れた地に飲み込まれそうになった今、君は腕から黒い紐のような物を出した。それが魔の舌でとてもか細い紐。僕の手に巻きつけるのが精一杯、揺れる足場と片腕を僕に取られて、君は身動きができなくなっている。君まで地中に飲み込まれては困るから僕は君に魔の舌を切るように指示をだした。地鳴りが響くが、声が届く範囲。でも、手が届かない……僕は胸元から一本の煙草を取り出して投げつけた。ソレすら届く範囲だよ。片手が使えないから魔法も使えない、君はとても悔しそう。

「いきたまえ、君よ」

僕は死に向かう道すがら、君の顔を見た
とても美しかったよ、君は

頑張って生き続けたまえ、君よ

誰よりも美しき女、ドロテアよ


「ある部族の滅亡に関する学徒の日記」に続く


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