ビルトニアの女
その花は咲き乱れ終焉を高らかに告げる【08】
「今日の捜索はこのくらいにしておこうか!」
「オーヴァート卿。まだ昼過ぎです……と申しますか、先程昼食を終えて捜索を再開したばかりですが」
 言う事をきかずに、ヤロスラフの代わりとして捜索隊に混じっていたオーヴァートは、適当に捜索を切り上げた。
「真面目なだなクラウスは。だが今日は解散だ! 全員地上へ強制移転!」
 棺を探すために地下へと降りていた一行は、一瞬にして地上の日の下へと放り出される。眩しさに目を細めつつ、
「一瞬で移動させることができるのならば、捜索が完了した地下のポイントまで移動させてくれれば良いものを。まったく、皇帝ときたら」
 セツは毒づき、さっさとその場を後にした。
 その毒を聞きながら、残された者たちはレクトリトアード以外はやっとの思いで目の焦点を合わせてから、さほど渇いていないが喉を潤すために、広場のほうへと移動することにした。

 一足先にセツは城の正面入り口でヒルダに寄りかかっているパネと出会った。
 派を変えたと一目で解るエトワールを眺めつつ、
「どうした? パネ」
 来た理由を尋ねる。疲労困憊で意識が薄れかけていたパネだが、ここに来た理由だけははっきりと述べた。
「そうか。詳しいことは後で聞こう。それでお前が連れて来たエルセンはどこだ?」
「それは……」
 パネは先程の経緯を説明し、聞いたセツは表情一つ変えずに、
「そうか」
 興味もないとばかりにマクシミリアン四世が進んでくる予定の大通りに背を向ける。
「這ってこなければ、取引が成立しないのならば、存分に這わせてやれ」
「……」
「お前の話を聞く分では、エルセンは国の安全と引き替えにここにやってきたのであろう。広場からここまで這っただけで国が護れるのならば安いものだ。その程度であれば俺は嬉々として這いずり回ろう。たとえ泥で汚れていようがな」

**********


 歩けるものならば、一歩で進める距離をマクシミリアン四世は”じりじり”と這っていた。まさに辿り着くのに何日かかるのだろうか? 本当に辿り着けるのだろうか? と誰もが思うほどの進み具合。
 顎を石畳に乗せて、そこを起点に必死に体を縮める。
 他者には全く進んでいないようにみえても、マクシミリアン四世には大きく進んでいることが体で感じられた。
 顎が石畳ですれ、皮膚が裂けるのはすぐのことだったが、マクシミリアン四世は気付きもせずに進んだ。
「ふぅ……?」
 ”さあ、もう一歩だ”と顎を浮かせたところで、体ごと持ち上げられた。
 何事だ? と見回すと、持ち上げた人物と目があう。
「離せ! フレデリック!」
 現れたのはミロ。
 ミロは有無を言わせずマクシミリアン四世を小脇に抱えると歩き出した。手足のない国王を、他国の国王が抱えて歩く姿はかなり異様な光景ともいえる。
「嫌だね。この国は俺の国だ。俺はこの国でお前が這いずり回る許可を出さない」
「貴様! 余はここを這って進まねば、国が……」
「煩ぇえな! 貴様が憐れに惨めったらしく石畳を這いずり回ってたら、ドロテアが悪く言われるんだよ!」
「……」
「周りを見てみろよ! 貴様に対する憐れみの眼差しを! 煩い、黙れ! 俺はこの国で、ドロテアを悪く言うヤツは許せない! 悪く思う事すら許さねぇ!」
 経緯を見ていた者たちが向ける眼差しと、思うこと。
 マクシミリアン四世のことを哀れに思い、ドロテアに対しては《やり過ぎだ》という感情が向けられる。
 向けられるドロテアはなにも感じはしないが、それを許せない男がいた。
「落ち着け、フレデリック三世……余はそんなつもりは……」
 人々に憐れと思われたくはないのはマクシミリアン四世も同じだが、人はそうは見てくれない。
「大体、貴様はなにをしに来たんだよ! なにがしたいんだよ!」
 ミロはマクシミリアン四世を持っている腕を伸ばしきり、下から見上げるようにする。悪意ではなく、まさに激高した感情そのものをぶつけてくるミロに、マクシミリアン四世はすぐになにも言う事ができなかった。
 謝罪しにきたのだと言ったところで”この状態”のミロには通じないこと、マクシミリアン四世にもはっきりと解った。
 落ち着いて話合うことができれば、歩み寄れるだろうが、ドロテアに触れるとその冷静さは一瞬にして消滅する。
「……」
「ミロ。落ち着いて」
 張り詰めている空気に、怠惰でやる気のなさそうな声が、どうしようもないくらい普通の空気にその場を変えた。
「エルスト……」
 広場に向かう途中だったエルストとクラウス。レクトリトアードとビシュア、そしてはっきりと見える霊体二名。
「まず落ち着かないと」
 気負いがない男は近付いてきて、この状況の説明を受けた。
「成る程ねえ」
「だがフレデリック三世は、這い回ることを許可しないと」
 ”普通は許可しないよな”と脇で聞いていたビシュアは思ったが、同時にドロテアらしいとも思った。
 おそらく《こうなること》を見越して、這って来いと言ったのだろうと。
 どう考えてもこの距離をマクシミリアン四世が這って城に辿り着くことは不可能。奇跡でも起きない限りは無理だが、
「だから、俺が持って運んでやるっての」
「それでは、国の命運が」
 奇跡はかなり簡単に起こった。
 ミロが運んでやると名乗りでることは、ビシュアからしみれば奇跡以外の何物でもない。
 ドロテアのことだから、計算づくでのことだろうが、それでも奇跡なのだ。
 この場でミロがマクシミリアン四世を殺害することもできるが、敢えてそうしないのは、エルセン国民からしてみれば奇跡として見るしかない。
「ここは一つ、全員で土下座でもして」
 形はどうであれ、和解が見えてきた。
「土下座で頼みを聞いてくれたことなどない」
「そうだね」
「ですがエルセン王よ。ここを這いずり回られても、困るといえば困るかと」
 いつの間にかミロからマクシミリアン四世を取り上げて、さりげなく小脇に抱えているエルスト。
「では不測の事態としたらどうだろうか?」
「不測の事態? たとえばどういうことかな? レクトリトアード」
「俺が間違って這っていたエルセン国王を蹴飛ばしてしまい、そのまま城に……と」
【レイ、それはまずいだろ】
「嘘ってすぐに見破られそうだけど、実際蹴ったら納得はしてもらえそうな」
【エルスト、本気で言っているのか?】
「玉座に突き刺さったら、そのまま王位が奪われる可能性もあるだろうが! エルスト! 考えてものを言え」
【多分それ違うって、警備隊長】
「もういい。俺が運ぶ! エルスト! そいつを寄越してくれ! 首絞めながら進む!」
「蹴るのが駄目なら、間違って投げてしまったということで」
【どああああ! 突っ込みが追いつかねえ! クレストラント!】
【年寄りは、話についてゆくのが精一杯だ】

 ビシュアが見ている目の前で、国家間の和解は近付いたり遠ざかったりしていった。

**********


「ドロテア」
「なんだ? ヤロスラフ」
 既に城に戻り、棺が置かれている部屋で本を読んでいるドロテアに、
「なんか悲惨なことになっているぞ」
 窓から外を見ているヤロスラフが、和解なのか決裂なのか、凡人には判断できない状況を見て、元々深く刻まれている眉間の皺を更に深くした。
「誰が?」
「マクシミリアン四世が」
「あっそ。ところで、オーヴァートは何処へ行った?」
 読んでいた本に栞代わりにノートの切れ端を挟んで顔を上げる。
「マルゲリーアのところに。最終局面でエド法国に、マルゲリーアを派遣すると言っていた。それを口頭で伝えてやると」
「そりゃありがたいな。あそこには神が近寄れないからなあ」
 バレア大僧正はエルセン王国に「神」が送られてこないことを恐れてエド法国へと逃げ込んだが、皮肉というのはおかしいがエド法国だけはドロテアであっても神を送ることはできない。神が近付くことが出来ない存在が「法王」として君臨しているために。
 イングヴァールと直接対決などとなれば法王こと廃帝エルストも勝ち目はないが、実際に攻め込んでくると思われる選帝侯の血筋の者と、それらに率いられる魔物であれば法王で充分対応できる。
 だが体面上という問題が出てくる。
 援軍を送ったか? 送らなかったか? が、ここでは重大な問題になるのだ。センド・バシリア共和国に対して出兵と交換条件にしての「神」の援軍。真の目的は彼らの殺害だが、それを隠すためにも聖騎士も同じように旧トルトリア領に布陣する。
 布陣したのに援軍がきていなければ、交換条件が成り立たない。
 もちろん他に交換条件があるとしても良いのだが、見えない交換条件では探られることは確実。あくまでも均一に、足並みを揃えた条件が必要だ。
 幸いエド法国は神の代理人が最初に開いた国という建前があるので、他の神ではない援軍でも”ぎりぎり”ながら誤魔化しがきく。
 オーヴァートはむろん、それらを考えての行動だ。
「おい、ドロテア」
「なんだよ、ヤロスラフ」
「マクシミリアン四世が酷いことになっている。見ていられないくらいにな」
「じゃあ見なきゃいいじゃねえか、ヤロスラフ」
 すっかりと俗人化した元僧正は、選帝侯の無類の視力でマクシミリアン四世を追っていた。
「だが目が離せない」
「離せよ! その深紫の眼球抉ってやるって」

**********


 結局マクシミリアン四世をどうするべきか? の結論は、悲惨なことながらレクトリトアードの意見が部分採用され、全員で円陣を組み”間違って”マクシミリアン四世を放り投げてしまい受けとめ、受け止めた人がまたマクシミリアン四世を放り投げて……を繰り返して城へと向かうことになった。
 進行速度そのものは這い回る時とは比べものにならない程に速いのだが、なにかが失われて行くようでもあった。
 マクシミリアン四世が這いずり回っているのを見てはいけないと思い目を逸らした人々が、やはり目を逸らすような状態。
 無駄に高く投げてしまうレクトリトアード。
【そんなに上に放り投げなくても!】
「力加減を間違った」
「申し訳ございません! エルセン王!」
 回数を少なくするために、距離を稼ごうと本気で投げつけるクラウス。
【そんな苦痛に満ちた表情するくらいなら、輪から外れなよ! 警備隊長!】
 ビシュアはありがたく逃走させてもらっていた。
 さすがに自分の国の国王を、放り投げつつ前進することはできなかった。たとえ後で酷い目に遭うとしても、末端ながらエルセン国民としての最後の国王に対する忠誠だった。

「あの宙に放り投げられているのって……マクシミリアン四世? ……かしらね、ヒルダ」
「そうでしょうね、マリアさん。銀髪ですから」
 パネを休ませて、引き返してきた二人は、通りの向こうから奇声を上げつつ、宙を舞わされている物体に足を止めた。
 助けにいく類のものではなかろうと、到着をひたすら待った。待つしかなかった。

「パーパピルスめぇ!」
「うるせえ! エルセン!」

 この場合、正しいのはマクシミリアン四世の叫びであろう。

 城門に辿り着いたところで、マクシミリアン四世は開放された。一見すると体を覆い隠すために伸ばしている銀髪が僅かに乱れている程度だが、顔は……。
「目が、完全に回ってるわね」
 マリアがマクシミリアン四世の瞳が眼球内で高速移動している見て”あらら”といった表情になる。
「でも強いですね。あそこまで投げられたり回されたりしてたら、普通は吐いたり漏らしたりしてますよ。目を回しているだけで済むなんて、相当な強さですよ」
 ヒルダは感動しつつ、マクシミリアン四世の治療にあたった。
 マクシミリアン四世。勇者の血を引く”せい”で、他者よりも丈夫であったため、簡単に気を失うことはできない。いまも無類の三半規管の強さにより、不必要に耐えてしまった。
「途中で吐いたりしたら、さすがに止めたんだけど。城門が見えるまでは、意識があって怒鳴ってたからねえ」
 最後まで放り投げられながら、城に来てしまった。エルストは意識を失ったら小脇に抱えて駆け出そうという気持ちはあったのだが。
「ご本人は、ある程度苦労して城に到着することを望んでいたようですからね」
 ドロテアの指示した方法はたしかに苦痛を伴うものだったが、
「どう考えても、こっちのほうが大変じゃないかしら」
 これはそれ以上にも見えた。

「あのさ、ヒルダちゃんとマリアにそいつの世話を頼みたい。この城にはエルセン嫌いもいるし、贔屓もいる。問題を抱えてるから……頼むわ」
 ミロは端切れ悪く、だが真摯に二人に頼み込んできた。
 城に迎え入れるということは、交渉が開始するということだ。交渉をしても良いと「フレデリック三世」は考えているが、その為には周囲の説得が必要だ。
 ”この機会”を逃したら、交渉の卓につく事は困難だろうとミロは考えている。休戦中という看板を掲げ、その前に積み上げた外交問題は、危ういバランスで保たれているが、同時にそれは今にも崩れそうであった。
「ドロテアに説明してから、ちょっと面倒な仕事してくるんで。……じゃあな、マクシミリアン四世。招かれざる客だが、部屋は貸してやるよ」
 意識を取り戻したマクシミリアン四世にそう告げて、ミロは交渉へと向かった。他国との交渉よりも、その交渉許可を国内で取り付けるほうが、余程難しい。その困難へと向けて、ミロは歩き出した。

 ミロを見送ったあと、
「エルセン国王は好き嫌いはない?」
 マリアは先程パネを部屋に送り届ける途中に聞いた、二人の旅程と食糧事情を聞き、温かい食事を用意するべきだろうと考えて、尋ねることにした。
 国王ともなれば、好き嫌いも多いだろうと。
「……ない……が、魚は白身以外は食べない、赤身の魚は嫌いだ。肉は羊は生後二ヶ月までしか食べない、それ以降の肉は味が嫌いだ。葉物は好きだが湯がいてないと食べない、根菜は……」
「好き嫌いと注文が多すぎ」
 マリアに笑顔で言い返されて、その美しさに見惚れつつも、
「今のは好き嫌いなのか。……自分の意見を述べただけなのに」
 王者らしく言い返したのだが、
「一般家庭でエルセン王が今言ったようなことを言ったら、泥酔して寝ているいるところに奥さんが煮えたぎった油を大量にぶっかけるくらいに我が儘です」
「……」
 具体的な復讐方法を聞かされたマクシミリアン四世は、
「食べ物はなんでも美味しくいただきましょう」
「わ、解った。司祭」
 ヒルダの言葉に従うしかなかった。
「ビシュアさんにエルセン料理の味見してもらいましょうね」
「そうねえ。あら? ビシュアは何処かしら?」

**********


 湯を沸かし、体と髪を洗うのはエルストとレクトリトアードに任された。
 クラウスはビシュアを探しに、本気を出す。理由は簡単だ、
「ビシュアさんがいなかったら、クラウスさんに味見してもらいますね」
 クラウスは要職にあり、国外の要人と会食もしたことがあるので味覚も正しいための人選だったが、選ばれた方はたまったものではない。ヒルダと食事限定の過去の走馬燈が濁流に押し流されてくる。
 そんな訳で、このヒルダの一言に何度目かの生命の危機を感じ、回避するべくビシュアを探しているのだ。見つかったビシュアの運命など、この状態のクラウスには考える余裕などない。

「ビシュア!」

 本気になった警備隊長から逃れる術はビシュアにはない。

**********


 ミロから”国内で他国の国王が変な行動を取っていたので阻止した”なる報告をドロテアは受け取った。
 部屋にいたヤロスラフは”顔を見てくる”と部屋を出てゆき、室内はドロテアだけになった。
 再び本を読みはじめて、興が乗ってきたところで、
「姉さん」
「何だ? ヒルダ」
 中断された。
「エルセン王の身支度が調いました」
「そうか」
 椅子から立ち上がり、ドアノブに魔法で施錠してヒルダの案内で進む。
「会って差し上げるのですか?」
「面倒だからな。とっとと片付けて国に戻す」
「面倒とか……もう」
「ここに長期間おいておくと、問題が起こるんだよ」
「問題?」
「ああ。色々とな」

 ドロテアが到着するまでの間マクシミリアン四世は、針のムシロに転がっていた。
 身支度を整えて食卓の前に座らされ、向かい側から食事を口元に運ばれる。両手のないマクシミリアンにとっては何時もの食事風景なのだが、
「はい、どうぞ」
 口に運んでくれているのがマリアで、部屋には他に男二名が立っている。
「ああ……」
『選帝侯と最高枢機卿の視線が痛い……』
 男二人から嫉妬の含んだ視線を向けられるも、必死でそれを無視をして、
「熱くはありませんか?」
「構わん」
 食事を続ける。
 男嫌いのマリアがマクシミリアンの口元に運ぶ役になっている理由は、もう一人の食事を食べさせる候補だったヒルダの”一口はこのくらいですか!”のフォークに巻かれたパスタの量を前にして、無表情と名高いマクシミリアン四世の表情が引きつったことが原因だ。
 人に後れを取るのが嫌いな国王が「その量は少々」口にしてしまったくらいに。
 そしてマクシミリアン四世はヒルダのことを全く理解していなかったので「その量は少々」と告げた場合、次に来る攻撃の方向性が違うことを知る術がなかった。

「解りました。では、このくらい! やっぱり男の人は一口でこのくらい必要ですよね!」

 言いながら巻き直したヒルダ。
 成人男性の中指と親指ほどの長さの円型皿に盛られていた、オリーブオイルとチーズだけで味付けされたシンプルなパスタは皿から一度にほぼ全てがフォークに移動した。
 どうやったら人の口に入るサイズのフォークで、皿の上にある一食分の量のパスタを一度に巻けるのか? 誰もが聞きたくなるが、聞いた所で《回すだけですよ》という答えが返ってくることは分かりきっているので誰も聞かないで沈黙を保つ。
「ランシェ司祭はお姉様をお呼びに……」
 いつもヒルダの食事の猛攻に晒されているクラウスは、マクシミリアン四世の救出に全力を尽くす。
 全力とは言っても、語尾に力無く腰は引け気味だ。
 ちなみにこの場にいるということは、見事にビシュアを捕らえて味見係として放り投げることに成功したとも言える。
 ちなみにビシュアの姿はマクシミリアン四世のいる部屋にはなかた。身分が低いことを気にしていない……だけではないのだが、誰もそれに関しては触れようとはしなかった。
「そうね、ヒルダはドロテア呼んできて頂戴。私が食べさせる役をするわ。これでも結構上手なのよ。アンセロウムが資料を読んで全く食事しない時に、脇から口に突っ込んで食べさせてたから」
 ヒルダの勢いで口に突っ込まれたら、肢体のないマクシミリアン四世はひっくり返ってしまうだろう。
 食べるのに手足に力を込めなくてはならない……というのも恐ろしが事実だ。
「そうですか、ではお願いします」
 言い終えてそのフォークに巻かれているパスタを一度に口に入れて、
「! …………」
 初めて観たマクシミリアンに鳥肌を立たせるが、立たせた本人は全く気付かずに、
「じゃ、姉さん呼んできますので! それまでゆっくりとお食事しててくださいね」
 去っていった。
 扉が閉ざされテーブルの上には、空になった皿一つと湯気を上げている多数の皿。そして ”もうお腹いっぱいです” といった顔をしているクラウス。
「さあ、どれから食べます?」
「適当に口に放り込んでくれ。一口の大きさを考えてくれたら……それだけで」

 このような理由でヒルダではなくマリアが食事の担当になり、マクシミリアン四世が来たと聞き、一応は顔を見せてやろうとセツやヤロスラフがやってきて、空気が凍りつく室内が出来上がったのだ。
 温かい料理から立ち上る湯気が、室内の空気の冷たさを際立たせていた。

 マクシミリアン四世が食事をとっている部屋に向かう途中、ドロテアは廊下で立ち止まり、無造作に扉を開いた。
「エルセン王はそこにはいませんよ」
「解ってる」
「? どうしたんですか」
「この部屋を見てどう思う」
 ドロテアはヒルダを手招きし、中に入るように促す。
 城の部屋はどこを好きなだけ使ってもいいとミロは言ってはいたが、ヒルダとしては事前に使用すると言わないで部屋に入るのは気後れした。
 気後れはしたのだが「問題が起こる」と言っていたドロテアが、その問題解決への解決口であるマクシミリアン四世の部屋に行く途中に”来い”と言ったことに興味もあり促されるままに部屋へと入った。
 もちろん、恐いというのも理由には含まれている。
「使われていない部屋ですかね」
 ヒルダがぐるりと部屋を見回して、首を振った。
 ほとんどの部屋が外壁と接して、大きな窓が開放的な城にあって、その中心部で窓一つない部屋は、
「息苦しいですね」
 ”そんなはずはない”のだが、ヒルダは四方を囲む美しい壁紙が貼られた壁が迫ってくるような感じがして、息苦しさを覚えた。
 天井も高く充分な広さもあるのだが、ひどく息苦しく感じられた。
「ここは城の内部を通り抜ける通路に面している、出口が一つしかない部屋だ。城の構造上、この種類の部屋になるのは仕方ないところだ。それでだ、通路はどう感じた?」
「通路ですか?」
 部屋は使われていないが城ということもあり、掃除だけは行き届いている。
 だが窓がなく掃除のとき以外扉も開かれないので空気は澱み、室内に居る者は落ち着かない。
「人目に付かない作りになってる」
 ドロテアに言われてヒルダは首を出して、両側を数度見て扉を閉めて、
「その様ですね」
 ”納得しました”とばかりに頷く。
「この部屋にマクシミリアン四世を滞在させる。掃除をマリアと、力仕事用にエルストでも使って部屋を整えろ。調度品はミロに用意させる」
「あれ? すぐに帰って貰わないと困るのでは?」
「もちろんだ。でもよ、すぐに帰せない状況になるだろう。王同士の話合いだとか様々あるんでな。最低でも三日は滞在するだろうよ。その間、この部屋に寝泊まりさせる。世話は……これもまあ、やっぱりお前とマリアに任せたい」
「解りました。でもミロさんがもう部屋を用意しているのではないでしょうか?」
「まあな。だから俺が言うのさ」
「どういう事ですか?」
「ミロも俺が選んだこの部屋のような場所にマクシミリアン四世を滞在させたい筈だが、部屋の割り振りは間違いなくトリュトザの奴がやる。そしたら、自分の領域に近い場所に連れて行く恐れがある」
「接触させないほうが良いんですか?」
「適度な接触はさせる。出来るだけ動きはこっちの思うままにしてぇんだよ」
「解りました。説明は後で聞きますから。まずはエルセン王に」
 エルセン王マクシミリアン四世と誰をどのように接触させて、なにを企んでいるのか? ヒルダには解らなかったが「全く解らない」と言う程ではなかった。

 ぼんやりと見えてきたその存在に、ヒルダは再度振り返り扉を見た。

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