ヤロスラフのゲートのお陰で、移動距離を大幅に短縮させることが出来た。
あくまでも “ヤロスラフ” のお陰。オーヴァートの作ったゲートはドロテアがそれに向けてかなりの魔法を放ったが、押しつぶされるような駄目なものだった。
「誰が此処を通れるんだよ」
「えー運試し」
ドロテアにアッパーを食らっている主の脇で、ヤロスラフがミゼーヌに距離を聞きながらその場に居ながら向こう側までのゲートを簡単に開き、
「さあ、通ると良い」
「皆さん、大丈夫ですよ! これは僕が移動する際に何時もヤロスラフ様が作ってくださるゲートですから!」
ミゼーヌの言葉を信じて、全員ゲートに足を踏み入れ無事にファルファス街道へと出た。
「俺だったら瞬間移動できるんだけどね」
「お前だけ瞬間移動してりゃあいいだろうが!」
なにやら言い続けているオーヴァートを無視するようにヤロスラフの指示の元、一行はクレストラントへと向かう。
街道を暫く進んで、舗装されていない横道に入り幾つかの小さな村を通り過ぎてゆくと 《それ》 が目に飛び込んでくる。
巨大な白い霧の塊。
セツの故郷ヒストクレウスは周囲が深い森で覆われていて、全体を覗うことは出来なかったがクレストラントは周囲にはなにもなく、否応なしにその巨大さが目に飛び込んでくる。
「白い霧の城」
フレデリック三世が見上げながら呟いた表現は非常に的確であった。
「霧に見えても実際は結界だからな。俺達はコレを越えて招き入れられたわけだ。ふっ飛ばした魔王サマよ、まだ居るならもう一度ご招待してくださらないか?」
そう言いながら、右手に聖火を左手に聖水の力を纏わせて結界に触れる。
「人間が神と選帝侯の力を破るか」
オーヴァートの感心した声と共に、その霧が徐々に色を失い、隠れていた魔王の城が姿を現す。
「ヤロスラフ。他人に見えないようにしておいてくれ」
「解った」
突如現れた巨大な城が他の者の目に触れないように細工してから 《勇者から魔王になった男の居城》 へと全員で足を踏み入れた。
「これはドルトキアフェン選帝侯の血統の作った城のようだな。……セラフィーマか」
オーヴァートは城に手を触れると、そこから葉脈のような細い紫色の管が建物全体を覆うかのように伸び、それは拍動を打っているかのような錯覚を人々に与える。
【これは驚いた……】
誰も居るはずの無い向かう予定の方向から聞こえてきた、セツに似た声。
セツの本当の声に似ていると解るのは、ドロテアとヤロスラフくらいのものだが、そのありえない方向から聞こえてきた声に一斉に視線を向けると、
【幽霊?】
「お前が言うなよ、アード」
アードと同じ霊体で、髪の短い男性が立っていた。彼の容姿ももちろん “レクトリトアード” その物。
「真面目に城から情報探っている時に悪いが、オーヴァート。もうちょっと容姿に色付けられなかったのか?」
あまりに同じ顔立ちに、ドロテアが呆れて言うと、
「髪色ピンクとかが良かった?」
「そっちの色じゃネエよ」
相変わらずの答えが返ってくる。
その答えを無視し、ドロテアは “かつて蒸発させた相手” に悪びれずに声をかけた。
「よお。霊体だけでも残っていて、何よりだ」
【あの時の勇者!】
この人を勇者と言っちゃあいけないよ……誰もがそう思ったが、誰も言わなかった。言わずともすぐに理解することは解っているので。
ドロテア達はあたりに腰をかけ、魔王と考えられていた勇者から、この状況の説明を聞くことにした。特に興味を持ったのはオーヴァート。オーヴァートが過去に遡れるのは、自らが皇帝になったところまで。それ以前はオーヴァートの権限外。
クレストラントが連れ去られたのは、オーヴァートが皇帝となるよりずっと以前なため、勝手に知ることは出来ないのだ。
勇者に霊体に皇帝に選帝侯に、神の力を持った人間と、後はごく普通と思われる人々を前に 《クレストラントのレクトリトアード》 は語り始めた。
クレストラントが敵に捕らわれたのは彼が五十を過ぎた頃。
自分達が勇者の血を伝えることも、自分が勇者であることも理解していたが、今まで何事もなかったのでクレストラント自身、魔帝のことなど気にせずに唯の村人として生活を送っていた。
「孫娘の三歳の誕生日だった」
子持ちどころが孫までいた勇者は、その日のことは今でも鮮明に覚えている。
突如攻めて来た敵に立ち向かいはしたが敗北し、気がついたときには既に聖風神の力を抽出し、満たす装置に閉じ込められていた。
抵抗はしたが逃げ出す事も出来ずに、いつの間にか姿形も人間とはまったく別のものになり、それと同じく自我も徐々に薄れていった。極度の意識の混濁を何度も繰り返すうちに、自分が誰なのかも忘れかける。
そして “恐らく自分を閉じ込めた相手” がそこから自分を取り出し、この城へと封印した。
「城に封印されていたの?」
「本人が攻めりゃあ簡単なのに、そうしなかった理由はそれか」
自我を失わせたが、完全にクレストラントを信用はしていなかったのだろう、そして下手に死なれ他の勇者の血族に生まれ変われても困るので守る意味をも含めて選帝侯の作った城に閉じ込められた。
【それでもまだ意思はあった】
僅かに残っていた自我をかき集め、出来る限りのことをした。
先ずはこの新たに与えられた聖風神の力をもって自分の身に起こった出来事を伝えようと、他の村の状況を探る。
【その時既に、キルクレイムは無かった】
【五十年前に滅んだからな。あんたが魔王としてこの世に名乗りを上げたのは三十七年前だそうだ】
次に地であるヒストクレウスに、自分の置かれている状況を伝えた。
【占い師に届いた形だろうがな……ただ……】
敵はそれを待っていた。
敵は勇者の気配を探っていたのだが、勇者が幼すぎる場合はその力が弱く発見し辛い。特にセツのいたヒストクレウスの村は皇帝の居城フェールセンに近く、その地にいる力の弱い勇者は選帝侯にとって探し辛いものであった。
【俺が送った力を手繰って村の場所を掴んだらしい】
それを理解した彼は同じ轍を踏むまいとエピランダには伝えずに、違う方法を取ることにした。それが《魔王として名乗りをあげること》
魔王という存在を知れば、勇者が必ず訪れるだろうと彼はそうやって待つことに。待っている間も、自分からあふれ出す魔力で魔物を作り 《魔王》 の存在を人々に知らしめ、戦いに使えそうな武器なども集めさせた。
「あの宝物庫はそういう意味だったんですか! ご趣味じゃなかったんですね」
ヒルダにそう言われたクレストラントは苦笑を浮かべた。
だが徐々に意識は蝕まれてゆき、二十二年前にエルランシェにウィンドドラゴンを放ったところで 《勇者としての意識》 は途絶えた。
クレストラントの言葉が途切れると同時に、全員がドロテアの方を見る。その視線につられてクレストラントもドロテアを見つめて、もやは呼吸もしていないのに息を飲む。
【もしかしなくとも……トルトリア人か……悪かった。言い訳になるだろうが、あの場に人が居るのは危険だと教えたかった。だが同時に……やはり言い訳だな。すまなか……】
彼は人々を危険から遠ざける為の威嚇としてウィンドドラゴンを放った。トルトリアの首都にウィンドドラゴンを居座らせ人々を逃がし、いずれ訪れるだろう勇者を自分の下へ導かせようとした。
だが彼は途中で遂に “勇者” としての意識を失ってしまった。意識を失った彼が制御を手放したその時、ウィンドドラゴンは “ただの魔物” と成り果て、人々をその本能の赴くままに襲う。
発見されない勇者、姿を現さない魔王、突如襲われ滅んだ敵に繋がる首都。それらは全て一つの線上にあり、一人の女を誕生させた。
視線を受けたドロテアは笑い、言い捨てる。
「謝罪するんじゃねえよ。魔王が魔王の仕事して謝罪してりゃあ世話ねえぜ。トルトリアは魔王が滅ぼした、それで良い。手前から謝罪も何も受ける義理はねえ。魔王が魔王の仕事をしたんだ当たり前だろうがよ。死んだ奴等が無力だったのさ」
ドロテアの言葉に、クレストラントは声を失い謝罪することを諦める。
その後意識はほとんど戻ることなく、そして遂に最後の記憶 “ウィンドドラゴン” が殺しそびれた、かつてのトルトリアに住んでいた少女が成長し、ドロテアと言う名の女になって魔王クレストラントの前に現れた。
クレストラントが本来考えていた策は失敗に終わり無数の罪亡き人を死に追いやったが、その策から逃れた一人の女こそが世界を《かえる》
その目的は魔帝を倒すことではなく、この世界そのものを作り変える。
「俺を呼び寄せることは出来たんだな」
勇者とは正反対に位置する女の見るものは、魔帝の先。そんなドロテアの視線に射抜かれながら、クレストラントは答える。
【その皇帝金属に反応することは出来た。敵はフェールセン皇帝の一派だから、皇帝金属には反応できるようにしておいたんだろう。その上、聖火神の力だ。俺でも呼び寄せられる……ん? その力……聖水神まで。お前は一体何者だ?】
「ああ? 唯の女だよ」
ドロテアはそう言うと立ち上がり、宝物庫のほうへと歩き出す。
「何か欲しいものでもあるのか?」
「ん? いや、最後に埋葬でもしてやろうかと思ってな」
言いながらエルストと並んで歩く。
後ろをついて歩く人々をヒストクレウスとアードは眺めながら、
【あれならウィンドドラゴンも殺しそうな女だな。魔王の俺よりウィンドドラゴンは弱いから殺せるだろうが】
【実際殺したそうだよ、半年くらい前に。逆鱗剥がしてに並んで歩いている男のレイピア刺して断末魔をあげさせたそうだ。あの女は、ちょっと違うぞ】
顔を見合わせ二人は少しばかり乾いた笑い声を上げたあと、ドロテア達の後を追った。
ドロテアは宝物庫に入ると宝を踏みつけながら歩き、目的のものを掴んですぐに戻ってきた。
「これ、お前のものか?」
クレストラントの眼前に突き出した宝。
色褪せきったクマの小さなヌイグルミ。
【ああ……孫の……エセルハーネの宝物だったよ】
ドロテアが以前立ち寄った時に見つけた奇妙な品は、彼にとって本当の宝の忘れ形見。
「此処の魔王、こんなもん宝物庫に保管してて可笑しいんじゃネエかと思ってたが……コイツどうする?」
クレストラントの願いを聞き入れ、城の外に穴を掘り “埋葬” した。
寂しげにその場を見つめる彼と対照的に、陽気な声で歌いながら城を破壊するオーヴァート。消えてゆく城を眺めながら、ふとドロテアはあることに気付いた。
「おい、クレストラント」
【なんだ?】
「グレンガリア王国からの訪問者が訪れたことはなかったか?」
五十歳で捕まってから七十六年となると、逆算するとグレンガリア王国が存在していた頃に生きていた計算になる。最後のグレンガリア人であったアンセロウムが死んでから既に四年が経過しているが、グレンガリア王国の前身に《存在》していた男が存在する。
【一度だけ奇妙な男が村を訪問してきたことがあった。真赤な髪を持った男が】
「そうか。その話は後で聞くが、おいアード」
【なんだ?】
「さて、コレが何か解るか?」
ドロテアが宝物庫から持ち出した “杖”
【戦闘用の杖だろう。攻撃も出来るし、魔法威力も上げてくれるありがたい代物だ】
細工が施されているが決して華奢ではない、戦いに耐えうる作りの銀色の杖。一列に黒い水の魔力をあげる石がはめ込まれているそれを、ドロテアは言いながら投げつける。
「こいつは水属性だから、お前これに憑け。そしてクラウス、お前が使え」
名前を呼ばれ咄嗟に掴んでしまったクラウス。
「なるほど。ギュレネイスの警備隊長、属性的に水だもんな」
「幽霊に憑かせる目的で連れて来たのか」
受け取ってしまった警備隊長は、アードと視線を合わせた後、エルストの方を見る。そのエルストは風の力を持つレイピアを持っていたため、
「クレストラント、お前はコレに憑けよ」
クラウスと同じく憑く相手にされていた。
「でもエルストって火属性だって聞いてたけど。でもエルストだもんね」
「ええ、エルストさんですから、どうでも良いかと」
美女二人、ヒデエ事言ってるなあ……と思いながらも、グレイは黙って先ほど消えた魔王の城が記憶に残っている間にと描き記していた。
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