ビルトニアの女
運命の女神【3】
1. アルフォンス二世(ミロの祖父)はエルセン王女(ジョルジ四世の妹)を王妃に迎えて、カルロス二世(ミロの父)が誕生
2. ジョルジュ四世(マクシミリアンの祖父)はアルフォンス二世(ミロの祖父)の妹を王妃に迎えて、ルートヴィヒ(マクシミリアンの父)とヘレネーが誕生
3. カルロス二世は王妃(国内貴族)との間にカルロス三世を儲ける
4. カルロス二世は愛人(マリ)との間にフレデリック三世(ミロ)を儲ける
5. カルロス三世は十一年前に事故死。それにより愛人の子であったフレデリック三世が即位(学生と兼業)
6. 十一年前当時「少年王」マクシミリアンが、祖母(アルフォンス二世の妹)の血統によりパーパピルス王国の継承権を請求

「いつも話が途切れちまって説明が最後までできなかったからな。いい機会だ、覚えておけ」
 ドロテアから渡された箇条書きに目を通して、ヒルダとレイと誰にも見えないアードは頷いた。
「それで次の項目は姉さんが皇帝の愛人になる、という訳ですね」
「そうだ」
「でもこれですと、ミロさんもエルセン国王になれるんですね」
「無理だ」
「え?」
「血筋はな、血筋だけならなあ。でもよ、コイツは現法王の一派、エルセンは?」
 パーパピルス王国はエド正教だが王家の宗派はジェラルド派。エド正教最大派閥は、ザンジバル派。
「ザンジバル派です……パーパピルスのヴァルツァー家はジェラルド派でしたね! 隣国にジェラルド派の国王を置くほどザンジバル派は寛容じゃないでしょう。そうですねえ、はいはい。逆ならごり押ししそうですが。だから子供なんだ、生まれてすぐにザンジバル派にするんですね!」
 ヒルダは手を叩いて、それなら解ります! と声を上げた。
 ヴァルツァー家とはパーパピルス王家の姓。教会の信者、特に寄付の多いものが掲載される名簿には王国の名や国王の名は記載されない。記載される場合は一族の名、この場合はヴァルツァー家、当主のミロ=ヴァルツァーの名が載る。
 宗派ごとに分かれている名簿なので、ジェラルド派の部分を見れば桁違いの寄付をしているので一目で解るのがヴァルツァー家。
「そういう事。先日会った、ホフレことゲルトルートもザンジバル派だ。ちなみにヴァルツァー家ってのは、とある家の分家だ。レイもヒルダもヴァルツァー家の主筋の一族に会ったことあるんだぜ」
 言われてヒルダとレイは全く見当がつかず、顔を見合わせていると背後から声が聞こえてくる。
【ヴァルツァー家の主筋ったら、ロートリアス家だよ。勇者誕生以前から続く大豪族だ】
「バダッシュか! バダッシュ=シン=ロートリアス」
 レイは自分を何かと気にかけてくれた相手を思い浮かべた。
「勇者はバダッシュと一緒にベルンチィアで、あのクソ親父とっ捕まえたんだってな。ドロテアに言い寄ってたんだってなあ」
「勇者?」
「レイのことだ。ミロ、レイはレイで呼べ、いいな。それと、ジジイの首落したのは俺だ」
 そんな会話をしていると、馬の蹄の音が石畳に響き始め、それはドロテア達のほうへと向かってきた。
 国王を囲んでいた人々が避け、そこに現れた人物は、
「こいつがトリュトザ侯爵だ、ヒルダ」


 世襲大臣のトリュトザ侯がこの場に現れたのは、当然ながら出て行った国王を連れ戻すため。
 パーパピルス王国の治世においては協調のある国王と世襲大臣だが、それ以外では一切の会話はない。世襲大臣は自分が国王の憎悪の対象であることを知っているが、どうすることも出来ないので黙って耐えていた。
 国王の憎悪の根源は、ドロテアを失ったこと。
 トリュトザ侯は自分がそれ程政治的な能力が高くないことは理解していた。
 理解はしていたが、世襲で大臣になれる家柄に生まれて、大臣にならない道など思いもしなかった。彼が世襲の大臣の座に就いた時、国王はカルロス三世。
 ミロの兄にあたる、トリュトザから見れば “凡庸” な、気が楽な相手。
 この国王相手なら……と思っていた矢先に、国王が事故死する。理由が『出来の良い弟に馬鹿にされないために、伝統の度胸試しをして』の死亡。
 カルロス三世には王妃も子供もいなかったので、トリュトザ以下家臣は先代王が愛人に生ませた子であるミロを国王に仕立てた。王学府は在学生が国王になることに難色を示したが、トリュトザは何とか説得に成功した。
 王学府の説得が最も簡単であったことを知るのは、この後。
 とうのミロが首を縦に振らない。国王になるのを拒否する者がいるなどということ、世襲大臣の子であったトリュトザには理解できなかった。
 どうやっても懐柔できず、身内にも危険が及ぶなどと脅してみたが、
『王学府の生徒を甘く見るなよ。第二のグレンガリア王国を作らない為に《遺跡》を触る資質を磨いているんだよ。その中にはいかなる権力にも屈しないことも含まれている』
 一蹴される。
 トリュトザは腹も立ったが、この気の強い男が国王に向いているのではないかとも同時に感じた。
 そしてミロは頭は賢く、何よりも自分が育った国が好きだった。トリュトザの意見には首を縦に振らなかったが、自分で考えてミロは国王の座に就く。


―― 新国王の心をつかんで離さないトルトリアの美少女を、疎ましく思わなかったと言ったら嘘になる ――


 パーパピルスの王学府からドロテアが消えたのは、もちろんトリュトザが手配した。学府移動希望届けを出したのも、国外に出るのに必要な金を用意したのもトリュトザだ。
 トリュトザはドロテアにバスラバロド大砂漠を生きて越え、そして皇帝と渡りをつけて欲しいと願いつつも、心の奥底で死なないだろうか? と願いもした。あの美少女が死ねば、新国王はどんな女であっても王妃に迎え入れるに違いないだろうと思い。
 結局トリュトザの望みどおりにはならず、ドロテアは追ってきたエルセン王国側に付いた貴族の子弟を全て殺害し、無事にマシューナル王国にたどり着く。そして皇帝の愛人となり、ミロがフレデリック三世として在位することが出来る道筋をつくる。
 ドロテアがオーヴァートの愛人になったとヤロスラフに聞かされたミロは、トリュトザを問いつめ……許さないで今に至る。


「俺は頭のイイ女が良いと言った訳よ、俺にドロテアを諦めさせるんだからそれに見合った女を寄越せとね。美貌は仕方ない、両目を瞑って我慢してやるから、あのバカな言動をどうにかしろと。せめて王学府入学試験を突破しろってね、突破したら入学しなくてもいいから」
「賄賂とコネが効かないんですもんね」
「そう言う事。あれって余りにも入学試験の成績悪いと呼び出し喰らうんだよ、知ってたか?」
 そんな出来の悪い人は試験を受けるわけがない。大体試験受けるだけでも結構な金額を必要とするのだ、腕試しだとかそんな簡単な気持ちで受けられる試験ではない。
「いいえ。最初から目指してもいない試験のアレコレなんて知る必要もないので知りません。まるっきり無駄な知識を詰め込むほど、私の頭には余裕はありませんよ。聖典と回復魔法で手一杯です」
「その通りってか、ヒルダらしいってか」
「一問も答えられないで学長から呼び出し喰らって、四時間説教。コレばっかりは権力者の娘でも避けられはしないんだよ」
 余程ミロはフィアーナが嫌いらしく、手を振りながら散々に言う。彼女の父親が目の前にいるというのに。
「それにだ、ヒルダ。俺がコイツの愛人なんかになったらトリュトザ侯が我が世の春を謳歌できないだろうが」
「そうですね。でも、いなくても謳歌できてないんだから、黙っておいて置けば良かったのかも知れませんが。姉さんが王妃になると私も貴族……別に今と変わりませんね」
「まあな……おい、宰相が呼びに来たんだから帰れよ」
 隣座っている国王に帰れと指示を出すが、
「今日の執務はもう終わった。解ったな、大臣」
 戻るつもりは全く無く、大臣を追い払うように手を動かす。
「そのような事を申されては困ります」
 言われても完全無視のミロ、二人の態度を見比べてドロテアは「はん」と嘲笑を含んだ声を吐き捨てた。
 “戻ってください” と “いやだ” が繰り返されていると、
【ドロテア何か来るぞ!】
「黙れ、ミロ! リュイ!」
 アードの言葉に反応し、言い争っていた国王と大臣に怒鳴りつけて異変を探索する。 アードが察知した “何か” をドロテアが判断する前にそれは空中に現れた。
「姉さん、空鏡が」
 そのあまりに想像もしたことのない状況に、何が起こっているのかも解らず、見上げたまま立ち止まる。パーパピルスに住むほとんど人達は、空に突如現れた巨大な鏡のような物体の正体を知らない。
「アレクスだろうな。オーヴァートならこれは作らないだろうから、もしかしたらセツかも知れねえけどよ」
 “これ” が追ってくるとしたら、目的は自分だろうとドロテアは椅子を動かし真正面で会話できるようにする。
「何事だろうね」
「アレクスって法王猊下のことか? ドロテア」
「それ以外、これを作れるアレクスはいねえよ、ミロ」
 空中から「フォン……」という音がして、画面が開く。そこに映し出されたのは、
「マリア?」
 空鏡に一番に映ったのは、ドロテアの予想に反してマリアだった。
『ドロテア!』
 少し青ざめた顔と、強張った声。緊張を解そうかとドロテアは、表情を変えないで笑えない言葉を紡いだ。
「どうしたマリア? そんなに慌てて。セツが行方不明にでもなったのか?」
 一番ありえない出来事。言った本人が一番そう思っていたのだが
『何で解かったの!』
「なにぃ?」
その冗談は、冗談にはならなかった。


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